「帰ったぞ千空!」
郊外のごくありふれた一軒家。玄関から響く明朗な声色に、家主である千空は腰を上げて同居人を出迎えに向かった。
「おかえり。早かったな、龍水」
「はっはー、今晩のことを考えたら自然と仕事も早く片付いてしまってな」
「随分とおかわいいこと言うじゃねえか」
素直に思ったことを口に出せばほんのわずか頬を染めた龍水に突然背中を抱き寄せられ、爽やかな柔軟剤の香りが千空の胸を満たした。空いた左手は輪郭をそっと撫でて、そのまま額にキスを落とされる。玄関の段差があってもなお追い付けない身長差に若干のいら立ちを覚えつつも、このキザな行動に龍水なりの照れ隠しが含まれていることを千空は知っているので、彼の機嫌を損ねることはなかった。
「あ“ー、こんなとこでイチャついてる暇はねぇんだったな。やるんだろ、”アレ”。なら先にシャワー浴びてこい」
「ああ、そうさせてもらうぜ。なにしろ今日のディナーは、
___お好み焼きパーティーだからな!」
「わりい、待たせたな」
「いや、ちょうど今準備を終えたところだ」
酒を飲んで寝落ちてしまうかもしれないから、という理由でお互い風呂を済ませ、ダイニングテーブルには昨日一緒にスーパーへ買いに行った食材と酒、そして近所の電気屋で買ったホットプレートが並んでいる。龍水は世界復興後もほぼ仕事場――イコール龍水財閥でフランソワの作る料理を食べていたこともあってか、このごく普通の家庭用ホットプレートは見慣れないようだった。食卓で料理ができるのだと説明すれば、大きな目をいっそう輝かせて楽しそうな顔をされた。石神村で子供の相手をしているときと同じような感覚に、百夜もこんな気持ちだったのだろうかと懐かしさに頬が緩んだ。
ホットプレートの電源を入れ、これまたどこにでも売っているお好み焼き粉と刻んだキャベツで生地を作り、肉を焼いていく。
「こうしてふたりで食事を作るのは、フランソワを起こす以前振りだな」
「あ”ぁ、そういや一緒に食い物作ったのはあん時だけか。つってもあれを食べ物と呼んでいいのかは謎だがな」
「とても食べられるようなものではなかったからな!」
今日一本目の缶ビールを開けながら龍水はからから笑った。千空も缶を開ける。
肉が焼けたら先程作った生地をプレートに丸く広げていく。片手にボウル、片手にお玉を構えた真剣な顔の龍水は、酒で浅くなった千空のツボを刺激するには十分なシュールさだった。なんなんだコイツ、愛おしさが無限に増幅していきやがる。
片面が焼けた頃合いを見計らってフライ返しでひっくり返す。千空よりもかなり大きいサイズを焼いていた龍水は、片手で器用にそれを返してみせた。初めてのはずなのに龍水にかかればお好み焼きを返す程度朝飯前らしい。返したら少し待って、調味料で適当に味をつけたら第一作の完成。
「美味いな……!」
「そりゃ良かった」
アルコールで程よく良い気分になった千空は目を細めて目の前の龍水を見ている。高級なワインや日本酒ではなく数百円の缶ビールを片手に心底幸せそうな顔の恋人に、思わず似合わねえなと吹き出した。