「どういうつもり?貴方、こういうの好きだと思ったのに!」
「ちょっと…急に何?だからさっきから言ってるよね、私。十分格好良いって。」
ぎゃあぎゃあ、慣れてしまったやりとり。私に見せてきたのはそっちでしょ。冷たくあしらってほしいのか、それとも恋に浮かれる乙女のように反応して欲しかったのか。彼女の心は読めない、いいや、読む気が起こらないの間違いかもしれない。
白いスーツなんてあからさまに高そうなものを、何処から持ってきたのだろう。身長差はいつもより無いように思えて、一体何があったのかと彼女の足元を見れば答えはすぐに出た。
「…あれ、ヒールじゃないんだ。いつもは身長も態度も大きいくせに。」
「余計な事を言わないでくれる?ふん、だったらワタシの身長を抜かしてから言うことね、貴方みたいな小柄なヤツに言われても説得力はないから、」
「褒めてほしいのか、ただ見て欲しいだけなのか分からないよ、時間が惜しいとは思わなかったの?」
「そ、そんなわけないでしょ!わ、ワタシは貴方に見せたくてわざわざ用意したのに!」
震えている。ドラコの手は確かに私を強引に捕まえているが、慣れない意地の張り方と格好良い振る舞い方の間でまだ、戸惑っているらしい。大体、学校の中で白いスーツを着るなんて、浮かれ過ぎているのは彼女の方じゃないのか。私は眼鏡越しに赤くりんごのような恥じらいを見せてくる彼女に、挑発を仕掛けてやった。
「女王様がこんな庶民相手に求婚だなんて、どういう気持ちの変化なの?ああ、それとも…その白いスーツを選んだ理由は案外大したことのないものだったりする、のかな?」
「はぁ?求婚…?!い、いきなり変なことを言うのかと思ったら、勝手に思い上がって…ホント、めでたいヤツね!このワタシに似合う最高級のものを、仕立ててもらったの!」
「ふーん、あっそ。…お金持ちは服を持て余してるのかと思ったや。」
「いっそ、ワタシのドレスを貴方に着せてあげましょうか?ドレスに着られてる貴方を、精一杯笑ってあげる。」
変なやつ。私は背丈の近い彼女のドレスであっても、着る気は起きない。笑われ者になりたくないから、じゃない。彼女にとって、着飾らないと対等な関係になれない価値観に、私の心は追いつきそうにないから。
――恋人、なんて無理そうだなぁ。
・
「こ、こういうの、好きじゃない…?」
格好の良い服装は、長身の彼女の魅力をよく引き立ててくれている。長くて、雲よりも掴めない繊細な髪の毛は彼女なりに頑張ってまとめてくれたみたいだった。素直に褒めるよりも先に、突然の変わりっぷりに私は置いて行かれた気分になるだけ。褒めなきゃ、知ってる。何か、言わなきゃ、分かってる。
「…似合ってるよ?ロン、そんな格好して、どうしたの?」
「別に何もないよ、ただ…君の好みが気になっただけ。なんか…上の空な時があるなって、最近思ったんだ。わたしの見た目がやっぱり受け入れられないのかな、とか…そもそも、女の子同士で付き合うのに抵抗がありそう、とか」
「ねえ、待って。ロン、途中から違う話になってる。私、君と付き合うのに抵抗なんか感じてないさ。無邪気で溢れそうな笑顔の君を、…わ、私が独り占め出来るのは、正直…嬉しすぎるから。」
もごもご、唇の動きを小さくしたのに彼女ははっきりと聞こえていたみたいだ。うんと大きなシルエットに隠れるみたいに、ロンの影に抱きしめられた私。それから緊張と判別のできない恋心に震えて、跪く。私の傷だらけの手の甲に、しっとりとした感触。ふわり、彼女の印象になったリップクリームのにおい。光景が私の頭の中で鮮明にシャッターを切って、忘れさせないようにしてくる。
ずるいくらいに格好が良い。不器用なところもあるのはそれなりに親交のある私なりに、彼女を揶揄ったことがあるから。勿論、絶交しかけたこともあったけど。
踊ってくれませんか、そんな台詞が今にも聞こえてきそうだった。
「…お、お気に召して、くれマシタカ…」
「うん、すごく。素敵。…君の良いところが、もっと増えちゃった。でもさ、ロン。」
「私は君の三つ編み姿、もずっと見ていたいかも。」
恥じらいもなく言うきみの方が恐ろしいよ、音をあげたロンに、私は意味もなく大人のフリをしてしまった。
――だって、一緒に照れたらずっと、石のままになっちゃいそうだから。