小さい頃からあまりクリスマスには興味がなかった。
欲しいものとかそんなになかったし、キラキラのイルミネーションも人混みも苦手だし。母さんが用意してくれる骨付きのチキンとケーキは好きだったけど、ごちそう食べて寝たら枕元にサンタという人がおもちゃを置いていく不思議で不気味な日というくらいの認識しかなかった。
更に小学校に入学して最初のクリスマスにサンタの正体を兄にバラされて以来ファンタジー感もなくなり、12月は俺の誕生日とクリスマスの2回。ケーキとごちそうとプレゼントがもらえるだけのチートマンスと化した。
ただ圭は4年生くらいまでサンタを信じていて、俺は圭のおばさんに頼まれて、その話に付き合わなければならなかった。
「サンタはお母さんなんだよ」って言ったら圭はびっくりするかな、泣いちゃうかなって想像したりもしたけどかわいそうだから頑張って黙っていた。
「良い子にしてたら、サンタが来るんだぜ!オレがきょねん欲しかったブランドのキャッチャーミット、誰にも言ってないのにもらえたもん。まじですげぇよな!」
そう言って笑う圭が好きだったから、いつも圭の欲しいプレゼントをこっそり聞き出して、圭のおばさんに伝える仕事もしていた。
「いつもありがとう。葉流ちゃんは圭ちゃんのサンタさんね」
圭のおばさんにそう言われて、どこか誇らしくなっていたのもある。
そして圭もサンタを信じなくなり、シニアの頃になるとクリスマスのケーキも食べないよう俺に指示するようになって、さらにクリスマスともサンタとも縁がなくなってきた。
でもいつも圭は俺の横にいて、一緒に野球ができていたら幸せで。
それだけでよかったんだ。
ただ、今年の春に高校を卒業した俺達は出会ってから初めて離れ離れになってしまった。
俺はドラフト指名を受けて東京から遠く離れた北の大地の球団へ。圭は東京の名門大学に野球推薦で進学した。
圭と離れたくなくて北の大地には行きたくないと駄々をこねたけど、最後の甲子園が終わってから恋人となった圭に『時間を見つけて会いに行く』『クリスマスには一緒に過ごそう』とキスしながら言われて、単純な俺は頷いてしまったのだ。
入団したら寮生活になるのは聞いていたから俺はもらったばかりの契約金を使って、北の大地と東京の2カ所で賃貸マンションを借りた。
球団や親には、親が本拠地に観戦しに来た時のホテル代わり。そして東京のマンションは遠征時に近所の人の目を気にせずに親と会う部屋がほしいからと説明していたが、圭とのイチャイチャする時間を1秒でも多く持ちたい一心だった。
それを聞いた圭は無駄遣いだと言って怒ったけど、それなりに有効活用できているので俺は満足している。
そんなこんなで俺はプロ野球1年目で好成績を収め、新人王になれた。
圭と離れた寂しさはあったけど、こまめに連絡をくれたり会いに来てくれたおかげで、俺は頑張れた。
そしてオフシーズンになったら圭とたくさん会える、と喜んでいたのだがそうは問屋が卸さない。
トレーニングをするなら本拠地の球団施設が一番良い。さらにトレーナーもそこにいるから俺は北の大地から離れられなかったし、取材だテレビ出演だCMだと言われて東京に行ってもすぐまた北海道にとんぼ返りしなければならなかったりした。
圭も圭でオフシーズンでも練習はあるし、レポートを書いたりもしなきゃいけなくて忙しいと言っていた。
だから「クリスマスにはそっち行くから待ってて」って圭から連絡が来た時にはめちゃくちゃ嬉しくて。
24日は朝からトレーニングを頑張って、広報とかの仕事も入れずにいた。寮に外泊届を出したところ、球団職員から「ハメを外すな」「恋人が出来たなら報告しろ」「スキャンダルはやめてくれ」と釘を刺されたけど、「バッテリーを組んでた幼馴染と会うだけ」と説明したらあっさり解放された。
俺は嘘をついていないけど、大好きな恋人とハメを外す気満々だったのでちょっとだけ胸が痛んだ。いや、圭にハメまくるだけだから別にいいのか。
圭は18時着の飛行機に乗ると言っていた。
昼飯を食べてすぐ寮を出て北の大地で借りているマンションに行って部屋の空気を入れ替えた。ハウスキーパーが定期的に掃除はしてくれているけど、やはり締め切っていると空気が悪くなる。
ネットで買った2人の着替えとかゴムやローションを寝室にセットして、ウーバーで料理を注文する。
チキンにピザにポテト。あとはちょっとだけサラダにウーロン茶。
シニア時代の圭には叱られそうなラインナップだけど、クリスマスらしくていい。
そしてこの日のために用意したプレゼントも出しておく。
本当は指輪を贈りたかったけど、アクセサリーはしないだろうから、俺とおそろいのリストバンドとTシャツにした。
あとは圭が来るのを待つだけとなり、俺はスマホ片手に室内をうろつく。
ほんとは空港まで迎えに行きたかったけど、パパラッチ対策で自宅待機となった。
圭と結婚できたら窮屈な寮生活も五月蝿いパパラッチも煩わしい女達も全部解決できるのだが、今は仕方ない。
暇を持て余した俺がテレビをつけると、ニュースが流れていた。
北国らしい大雪のニュースに、窓の外を眺める。
東京ではあまり見ない二重になった断熱ガラスの向こうは白く染まっていた。
すると手元にあったスマホが震え、見てみると圭からの電話だったので急いで通話ボタンをタップする。
『葉流ちゃん?今大丈夫?』
「うん」
いつもと変わらない圭の声の後ろから漏れ聞こえる音からして、今空港にいるのだろう。
もうすぐ会える喜びに胸が震える。
『そっち、めちゃ雪降ってるみたいだね』
「うん。なんか白い」
『ハハッ。なんかさ、雪のせいでオレの飛行機が飛ばないみたいで』
「……え!?」
「今はまだ様子見なんだけど、下手したら欠航になるかもらしくて」
「…」
「明日の朝の便に変えた方がいいとか言われてさ。もうちょい待って無理なら明日にするわ」
思ってもみない知らせに、俺は思わず床に膝をついた。
「お〜い、葉流ちゃん。聞こえてる!?」
「……ヤだ」
「なんだって?!」
「いやだ。圭に今すぐ会いたい」
ショックすぎて泣きそうになりながら電話に向かって駄々をこねる俺に、圭は『しょうがねぇな〜葉流ちゃんは』と言って笑っている。
笑い事じゃないのに。
『天気ばっかりは仕方ねぇだろ。明日には絶対行くから』
「…うん」
『イイコにしてたら圭ちゃんサンタが最高のプレゼントを持って行ってやるからさ。だから今日はしっかり飯食べてあたたかくして22時には寝ろよ?な?』
「……うん」
優しい圭の声に慰められて電話を切った俺はしばし放心状態のまま床に座り込んでいた。何時間経っただろうか。明るかった空がすっかり暗くなっている。
時計を見たら、予定では圭がうちに到着するくらいの時間になっていた。
このままふて寝もできたけど、明日会える圭に嫌われたくなくて、気持ちを切り替えて立ち上がる。
風呂に入って身体を入念に洗って、ウーバーから届いた飯をひとりでもそもそと食べて。残ったヤツはラップをして冷蔵庫に入れた。
軽くストレッチをして21時半に布団に入る。
何度スマホを見ても圭からの連絡はない。飛行機も早々に欠航となったみたいだ。
寝付けなくて寝室のテレビをつけたが、今夜はホワイトクリスマス。ロマンチックな夜を過ごしてください、と笑う女子アナウンサーを睨みながらテレビのスイッチをすぐに切って布団をかぶる。
何がクリスマスだ。
何がサンタだ。
ほんとにいるなら、すぐに圭に会わせろ。
トレーニングも試合でもめちゃくちゃ頑張って、苦手なマスコミ対応とかも頑張ったいい子だぞ、俺は。
そうサンタに毒づきながら瞼を閉じる。
何も欲しくなかった子供時代は存在すら否定したくせに、本当に欲しいプレゼントが手に入らなくなった途端サンタに頼る勝手な自分に呆れながらも明日のために眠りについた。
■
頬に触れる冷気に、目が覚めた。
ゆっくり瞼を上げるも辺りは暗い。けれど近くに人の気配がする。
少し開いたドアの隙間から差し込む光が逆光となって顔は見えないけど、俺がその人物を間違うはずがない。
「ごめん。起こしちゃった?」
「…けい?」
「おう。遅くなってごめんな?」
ベッドサイドのルームランプに手を伸ばすと、やわらかなオレンジの光が灯る。そこに浮かび上がった赤みがかった頬にそうっと手を伸ばすも、ひんやりと冷たい。
温もりが心地よいのか、俺の手に頬を寄せた圭は外の冷気を纏ったコート姿のまましゃがんで俺の顔を覗き込んだ。
「…今日は、来れないんじゃなかったのか」
時計は深夜0時少し前を指していた。
まだ良く回らない頭でそう尋ねると、圭はいたずらが成功した子供のような顔を見せる。
「ダメ元で羽田から仙台に飛んでみたんだよ。そしたら雪がマシになっててさ、なんとか最終の便に乗って。タクシーぶっとばしてきた」
すげぇだろ?と笑う圭を俺は身体を起こして抱きしめる。
「けい、圭…」
「言っただろ?いい子にしてたらサンタが来るって」
「うん。会いたかった」
「おれも。葉流ちゃんに会いたかったよ」
ぽんぽん、と背中を叩いてくれる圭に俺は思い切り体を預けて甘える。ぐりぐりと圭の肩口に頭を擦り付けると、冷たい雪の結晶が俺の鼻先に当たった。
やはり圭はすごい。
クリスマスイブに一番会いたい圭に会えた。
サンタは信じてなかったけど、圭がサンタだったのだ。
嬉しくて幸せで胸がキュンキュンしてたまらない俺が圭に触れるだけのキスをすると、圭もくすぐったそうにしながらもキスを受けてくれた。
「今日は遅いからプレゼントはまた明日!コンビニで買ってきたケーキもあるから……え?」
コートを脱いで立ち上がろうとした圭の手を引っ張った俺は、倒れ込んだ圭の体を素早く布団の中に引きずり込んだ。
「は、葉流ちゃん…?俺、まだ風呂入ってないしさ」
「別にいい」
「いや、良くないから。吹雪の中来たばっかでさ。めちゃめちゃ体冷えてるし…って何、服を脱がそうとしてんだ!清峰ぇ!!」
ジタバタと足掻く圭の白いタートルネックの裾から手を入れると確かに滑らかな肌がひんやりとしている。
「圭」
「んだよ、わかったならどいてくれ」
「俺が温めてやるから」
「は?…ちょ、え?」
「いい子の俺に、プレゼント早くちょうだい」
そう言って、俺は包装…ではなく圭の衣類をゆっくりと解いて、最高のプレゼントを堪能したのだった。
恋人はサンタクロース兼プレゼント