許婚桐智旧家として名高い、西の桐島家と東の要家。
戦前、桐島家の息子と要家の娘が惹かれ合い恋仲になっていたがどちらも一人息子に一人娘で家を継がねばならず、さらに生まれながらに婚約者がいたため家のことを思って結ばれることはなかった。
しかし別れる時に「それぞれに息子と娘ができたら許嫁にしよう」と約束した2人。残念ながら子どもたちは男しか生まれなかったので、その約束は後の世代に引き継がれることになった。
そんなロマンティック全開の約束に縛られた要圭は、幼い頃から許婚の写真を見ながら育った。
色素の薄いサラサラの髪に白い肌の美少女がブルーのエプロンドレスに身を包んで微笑んでいる。その写真の裏には手書きの文字で「秋、5歳」と記されていた。今どき珍しい古風な名前だが、和風美人の彼女には似合っていると思った。
「大人になったらこの子と結婚するのよ」
周りの大人たちにそう言われ続けた圭は結婚相手くらい自分で選びたいが、彼女とは一度くらい会ってみたい。そんな複雑な思いを抱えながら成長した。
そして圭が高校を卒業する18歳の頃、ついに2人の顔合わせの機会が訪れた。
要家の曾祖母は既に亡くなっていたが、桐島家の90歳を超えても一族を掌握している御大が圭に是非とも会いたいと言っているらしく、場所は大阪のホテルに決まった。
「アキさんは圭ちゃんより一つ学年は上らしいわよ。姉さん女房ね」
「…母さん、まだ結婚すると決まったわけじゃないだろ」
スーツを身に纏い、東京の土産を手に両親と共に新幹線に乗った圭は、期待と不安を抱えながら流れる車窓の景色を眺めていた。
大阪を代表する高級ホテルに着いて待ち合わせの部屋に通されると、そこには『アキ』そっくりの美しい男とその両親がいた。
弟がいると聞いていたので、彼がそうなのだろうと納得した圭が『アキ』本人を探すも室内に他の人影はない。
トイレにでも行ったのかと先に他の人達に挨拶しようとしたが、互いの両親が何やら揉めている。
「えっ!?そちらが…アキちゃん!?男の子?」
「アキ?いえ長男の秋人です…で、もしかしてケイちゃんというのは」
「はい、こちらが一人息子の圭で…え、あらやだ。これけいちゃんがかわいいから女装させた写真だわ!」
「うちもそうですね。2人ともかわいい顔してるから、女の子に見えたんですねぇ」
「ど、どないしょう…ひい爺ちゃん怒らせたらエライことになるで」
「う、うちも桐島の御大にはお世話になっているし…今さら無い話にもできないですよね…」
互いの子供の性別を勘違いしていたことがわかり、大の大人が4人で慌てふためいている。
相手の性別を勘違いしたまま18年も過ごしてきたなどそそっかしい母らしい、と呆れながら大人たちの騒ぎを眺めていると、一人冷静に椅子に座っていたアキ…こと秋人が「まぁ、座って茶ぁでも飲んだら?」と言って圭に紅茶をすすめてくれた。
品の良い薄いグレーの細身のスーツに身を包みティーポットからサーブする様はキマっていて、こちらが女性ならすぐさま惚れていただろう。
「…どないかした?そんなに見られたら穴開くわ」
「すみません」
「イケメンやから見惚れてくれたとか?」
「…かもしれませんね」
秋人はにっこりと笑ってはいるが腹の底が見えない、食えない人物だと感じた圭は、すぐさま東京に帰りたいと願ったが事態はそううまくは行かなかった。
御大が体調不良で緊急入院したものの、2人の婚約を楽しみにしていて病床でも気に掛けるため、今更「男同士だから結婚できません」とも言えなくなったと聞かされ、さらには桐島家一族からの土下座をされた圭。
御大が亡くなるまで、という約束で東京の大学(しかも圭の進学先)に通う秋人とデートを重ねて証拠写真を撮る、というミッションが週1で課せられた。
最初はいけ好かないヤツだと思ってイヤイヤ出掛けていたが、秋人は優しく聡明で、話をしていても楽しい。
良き友人になれるかも、と思っていた矢先、御大が亡くなったという知らせを受けた。
これで馬鹿らしい許婚ごっこも終わりだ、と少し淋しく感じていた圭に秋人が「今までありがとう。お詫びに飯奢るわ」と誘いをかけてきた。
秋人の高級車の助手席に乗り、プロ野球を観戦し、バッティングセンターに行ったり買い物したりして、夕食を済ませた後。最後は秋人が借りている高級タワーマンションでもう少し話をする事にした。
馬鹿みたいに笑い合いながら、これでこの関係も終わりかとしんみりする圭に秋人は言いづらそうに口を開いた。
「あの、要クン。ちょっとした提案があるんやけど聞いてくれる?強制するつもりないし、無理なら断ってええから」
珍しくはっきりしない態度の秋人に首を傾げた圭が「…なんですか」と、聞き返す。
「あんな?いっぺん、俺とセックスしてみいへん?」
「……はぁ!?あ、アンタ、ホモだったのかよ!」
「ちゃうちゃう!いやー、生まれた時から圭ちゃんのかわいい顔見ながら育ってきたせいか、正直言うて君の顔がどストライクやし、抱ける」
「お前が抱く方かよ」
「先っぽだけ!な?アカンかな?」
「バカが!無理に決まってんだろ!!頭沸いてんのか!?」
夜景の綺麗なリビングで言い争っていた2人だったが、圭は「帰ります」と言って荷物を手に立ち上がろうとしたのだが、その圭の体を抱きしめた秋人は圭の耳元で切なげに囁く。
「圭クンが好き。最初は男の許嫁なんてアホらしいと思ってたんやけど、どうしようもないくらい好きになってしもた」
秋人のストレートな愛の告白にウッカリときめいてしまった圭。
「…それを先に言えよ、馬鹿」
そう言って微笑んだ圭の唇に秋人の唇が重なる‥寸前に手で口づけを阻止した圭。
「ちょお!ここはブチューっとキスするとこやろ!?」
「誰がお前なんかにファーストキスをやるか」
「えっ、圭クン…したことないん?かわいい、妖精さんかな?」
「そういうソチラは経験豊富なんですね、近寄らないで下さい。性病うつされたくないんで」
「失礼な!こう見えて俺、童貞やし!」
「それはそれでキモいです」
そんな軽口の応酬のあと、なんとか健全なお付き合いをすることになった2人がセックスする仲になったのはそれほど遠い未来ではなかった。(おわり)