ファンタジーオメガバきりちオメガ性がゆえに忌み嫌われて生きてきた小国の貴族である圭。
努力して勉学や剣技も極め、軍で活躍し「智将」という二つ名で呼ばれるくらい重宝されるも親からも「汚らわしいオメガ」と疎まれてきた。
適齢期にもかかわらず婚約者もできず、軍人として独身を貫いて将来は修道院にでも入るか、と諦めの境地にいた圭に縁談が舞い込んだ。
相手は長年小競り合いを続けていた氷河帝国の皇帝。
和平交渉の条件に氷河の好色な皇帝が姫を娶りたいと言ってきたが、姫達が拒否をしたためオメガの圭にお鉢が回ってきたらしい。
人質として助平おやじの慰み者になるなんてまっぴらごめんだったが、拒否することもできず、すぐに圭は帝国に連行されることになった。
氷河の城下町に着いて明日は王城に入るというその前の晩、ケイは宿を抜け出して下町の2階は宿にもなっている庶民的な酒場へ入った。
料理や酒も美味く、活気がある店でケイは身分を商人だと偽って客に聞き込みを始めた。
氷河は経済が安定していて、食べ物も豊富で交易も盛ん。近年は評判の悪い年老いた皇帝に代わって若い皇子が次期皇帝として執務に当たっていて、戦を止めて和平の道筋を作った人物として民からの人気もあるらしい。
自分がこれから世話になる皇室にも一応まともな人物もいることにホッとしたケイだったが、明日には王城へ入り碌でもないおっさんだか爺さんに抱かれる、という現実から逃避したくて酒をあおる。
しばらくカウンターで一人酒を楽しみ、ほどよく酔いが回ってきたところで「隣ええかな?」と見知らぬ男が声をかけてきた。
切れ長の瞳の美青年はニコリと微笑み、ケイの返事も待たずに腰掛けると「この人とおんなじモンちょーだい」と店員に告げた。
西の方言を使っているのでこの国の人間だろうが、庶民では無さそうだ。
衣服こそ商人か地主の息子あたりの印象だが、髪は美しく整えられ、指先に荒れもなく、わずかにコロンの匂いがする。
貴族のぼっちゃんのお忍びか、とあえて指摘せずまた酒を口にしたケイに「お兄さん、ひとり?えらいハイペースやけど、大丈夫?」と男が声をかけてきた。
いつもなら無視をするか無難にやり過ごすのに、酒のせいか要らないことを口走ってしまった。
努力してきたが誰からも認められず親からも見放され、売られるみたいにこの国に来たこと。明日には意にそまぬ相手と寝所を共にすること、心底嫌だけど逃げられない。
逃げても行く場所がない。自分はなぜこの世に生まれてきたんだ、と腹の底に溜めていた愚痴を吐き出したケイの話を初対面のその男はふんふんと黙って聞いてくれた。
「すまない、会ったばかりなのにこんな話をされて困っただろう。忘れてくれ」
恥ずかしそうに瞳を伏せたケイの前髪を指で掬った男は、切なげに眉を寄せて笑う。
「ええよ。俺も似たようなモンや。明日になったら結婚相手が来るらしい。それくらい自分で選びたいのに、ままならんわ。めちゃ年上のオバハンとか汚いおっさんやったら最悪やわ」
「許嫁がいるなんて、よい家柄なんですね」
「ちゃうちゃう。しがない自営業の長男や」
おどけながら話す男はどうやら同じ境遇らしい。すっかり意気投合したケイは、改めて乾杯をして酒を酌み交わす。
「…データにのっとって軍備を進めた方が合理的なのに、慣例がと言って頭の硬いヤツが反対してきて…」
「あー、わかるわ。昔は昔、今は今よな?君、かなりおもろいな。一緒に仕事したいわ」
「…やめといた方がいいですよ」
「だって俺、オメガですから」
忌々しげにそう口にしたケイだったが、名も知らぬ男は「それが何?」と言って笑う。
「え、だって男のくせに男を誘って、汚らわしい存在でしょう」
「そんなん体質やから仕方ないやん。君は君や。さっき会ったばかりやけど、賢くて優しくて視野が広い素晴らしい人間やと俺は思うで?それに可愛い顔しとるし」
生まれて初めてかけられた賞賛の言葉に、涙腺が緩みそうになるケイ。
すると名無しの男は目を細めながらケイの手に指を絡めた。
「俺、君のこと好きになってしもた。このまま二人で逃げへん?」
「え?」
「ふたりで畑耕したりしながら、誰に気を使うこともなく気楽に暮らすねん。こどもは野球チームできるくらい作って…」
「はは、夢みてぇな話だな」
「夢くらい見てもバチは当たらへんと思うけど?」
悪魔のような甘い囁きにうっかり頷いてしまったケイは、アルファであったその男と一夜を共にしてしまう。
幸いにもつがいにはなっていないことにホッとしたケイは、まだ日が昇る前に寝ている男を置いて逃げるように酒場の二階から飛び出した。
昨夜の男の熱と甘すぎる愛の言葉がケイの全身を捉えて離さない。
しかし一晩限りの…泡沫のような夢だと割り切ったケイは身支度を整えて城へと向かう。
そこで出迎えたのはほんの数時間前まで肌を合わせていた男だった。
皇族にしか許されない豪奢な衣装は美しい彼にぴったりで、しかしよく見れば出会った時のような胡散臭い笑みを浮かべているが、額に大きな青筋を立てている。
「どーも。さっき爺さんから正式に皇帝の座を譲り受けた、シュート言います。今日から君は俺の嫁さんや。よろしゅうな♡」
「えっ?は?」
これは都合の良い夢ではないか、または何かの策略家と混乱するケイの手をシュートはぎゅっと握って小さな声で囁いた。
「こんな立場やから気楽に、とはいかんけど。君とやったらうまく国も動かせそうや。幸せになろな?」
「っ、う…ぁ、」
恥ずかしさで顔を真っ赤に染めたケイにシュートは言い放つ。
「手始めに今夜から野球チーム作りに励んで…」
新皇帝の頬に思い切りビンタした麗しく賢いオメガは、色々ありつつも末永く幸せに暮らしましたとさ。(おわり)