邂逅と介抱 許昌。中国の真ん中ほどにある都市だ。曹操が拠点を張っているここで、九九は散策を楽しんでいた。
九九は魏、曹操の兵だ。くらいは高くないが、反董卓連合軍を結成した際に志願した在野の兵で戦果を見初められて勧誘された女性である。
彼女は妖狐と人間の子、いわゆる半妖だった。半妖への人あたりは強い。両親ともに幼い頃に亡くなり、辛酸を舐めることも多く、彼女の性格は内気な性格に育っていた。
「あれ……あの人」
九九は市中の大通りで気になる人を見つけた。その人はフラフラとした足どりで今にも倒れそうで。小走りに駆け寄るとその人ーー男は中国では珍しい金髪をさらりと揺らし地面に膝をついた。
「大丈夫ですか?」
九九は屈んで手を差し伸べた。男は辛そうにしながらもありがとう、と礼を言ってその手を掴んだ。立ちあがろうとしたが、男は力が入らないのかそのまま九九にしなだれかかった。
(とても辛そう……だけど、これって)
男に黒いモヤがまとわりついているのが九九には見えた。彼女は妖の血を引いているため、この世のならざぬものを視える力を持っていた。
「ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」
九九は抱き止めている男の背中を力強く何回か叩いた。男は強く咳き込む。すると、口の中から黒い塊が飛び出していきその塊はそのまま空へ霧散した。
「あれ……? 貴女は……一体何をしたのかな」
さっきまで顔が青かった男は嘘のように元気を取り戻し体を起こした。自分に何が起きたのか不思議でたまらない顔だ。
「えっと……、悪いものが見えたので、祓っておきました……、って、そんなの信じられませんよね」
九九はポリポリと頬をかいた。男は九九の風貌を眺めると、九九の手を恭しくとって唇を寄せた。
「信じますよ。貴女は私の天女です。名乗りが遅くなりましたね。私は郭奉孝。天の使いである貴女の名前を伺っても?」
郭奉孝と名乗る男に驚きと恥ずかしさで目をまんまるくさせる。郭奉孝といえば、曹操が一目置いている軍師、郭嘉のことだ。推挙されたとはいえ、一般の兵にすぎない彼女は郭嘉のことは遠巻きに見たことしかなかったが名前だけはもちろん知っている。
「九九、です。あの、私も曹操軍の下に身を置いています。そんなに畏まらないでください」
「貴女のような可憐な女性が? これは驚きですね。うーん、それじゃあ、お言葉に甘えて普段通りに行かせてもらおうかな」
「そうしてください」
「お礼がしたいのだけれど、今晩時間はあるかな?」
「……え?」
「九九殿のことをもっと知りたいんだ。とっておきの美酒を用意するよ」
九九は再び驚いた。というのは冒頭に述べた通り半妖のなりのせいで、彼女の日常は他人に怖がられたりヤジを飛ばされることが多い。なので上官である高貴な存在の彼が自分に興味を持ってくれたこと、さらにはお礼もしてくれるということが大変貴重なことだった。しかも美酒ときた。九九がお酒を好きな理由は後の話にとっておこう。
(この人なら、きっと大丈夫、だよね?)
そう自身に言い聞かせると、未だに握ったままの郭嘉の手に反対の手を乗せる。
「あの、じゃあ。今晩また、お会いしましょう」
「! ありがとう! そうだね、陽が沈んだ頃、またここで待っていてくれるかな?」
「わかりました」
色良い返事を聞けた郭嘉は名残惜しそうに手を離すとそれじゃあまたあとで、と微笑み、その場を立ち去った。
九九は握られた手の感触を思いながら、郭嘉が見えなくなるまでその後ろ姿を惚けて見ていた。