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    knoh

    癒着が好きです
    @knohen78

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    knoh

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    待ち合わせ場所について考えるドと兄の話

    路地裏より呼び出された場所への近道と、踏み入った路地にはいくつか水溜まりができている。先程の通り雨のせいだろう。頭上に目を向けると、ぶらりと垂れ下がる電線越しの空は灰色のままで、いつ再び降り出すかわからない。早めに用事を潰してしまおうと、ずかずかと奥へと進む。踏み付けた拍子で弾けた水飛沫が革靴を汚すが気にしない。

    横壁には悪趣味な落書き。所々錆びた配管からは水滴がしたたり落ちている。果たして誰が捨てるのか、水色プラスチックのゴミ箱は溢れんばかりの中身に申し訳程度に蓋が斜めに乗っかっている。それらを横目にびちゃ、と時折音を立てながら進んでいく。ダクトから吐き出された空気が丁度首のあたりに触れ、不快な生温さに思わず顔をしかめた。

    こうして人気の無い路地を通る度、まるで別世界に入り込んだようだとありきたりな感想を抱く。街の喧騒が次第に離れていくのを背中で感じながら、暗がりへと歩みを進める。どことなく自らの立ち位置と重ねてしまうのは、自虐的な思考からなのか。気付けば随分長い期間、白と黒の間を行ったり来たりしている。ふらっと路地に入り込み、何食わぬ顔で抜け出しては騒がしくも健全な生活にまた溶け込んでいく。最初こそ何もかも手探りで余裕も無かったが、やはり何事も経験、慣れてしまえば容易くなるものだ。ただなかなか体力的にしんどい時というのは少なからずあって、いっそ全て捨てて戻れなくなった方が楽かと考えたりもする。その結果、例えばこの細道の先で急に輩に刺されたりして、誰にも知られずちっぽけな男の人生が終わる可能性も0ではない。自分が片脚どころか半身を突っ込んでいるのはそういう世界だ。が、それも悪くないと思っている。中途半端に生きてきた人間にはお似合いの末路だと。ただそこでたったひとりの家族の存在が必ず頭に浮かんで、投げやりになりそうな大門を思いとどまらせるのだ。

    まあ、現在の自分を価値あるものたらしめているのはまさにその中途半端な立ち位置、警官という身分であるので、そもそも捨てる訳にはいかない。法律的には既に真っ黒で、捕まったら終わりの二重生活。やり切っていくことに変わりはないとこれまで何回も繰り返してきた思考にまた同じようなオチを付けたところで丁度、自身を呼び出した男の姿を正面に捉えた。

    壁にもたれかかりながら一服している男に声を掛ける。
    足元には煙草の吸い殻がいくつか散らばっている。本数から見て、どうやら結構待たせたようだ。遅いぞ、という声色も若干低い。不機嫌そうだ。早く帰りたい身としてはむしろ都合がいい。
    「お前が急に呼び出したんだろうが・・・。ほら約束のやつ。」
    要件のデータが入ったSDカードを手渡す。代わりに差し出されてきた封筒を一応受け取る。これで用は済んだ。長居は無用と一声掛けて帰ろうとした時、逆に男から呼び止められた。
    「人を待たせといて自分は直ぐ帰んのかよ。」
    「はあ?」
    「近況くらい聞かせろって。」
    なんだお前不機嫌じゃなかったのかよと思ったが、自分は男にとって利用価値の高い癒着相手、失っては困る駒だ。変な噂が立てられていないか、不安要素の有無を確認したいのだろうと察する。返事も待たずに新たな煙草に火を付け始めたのを見て、1本分くらいは付き合ってやるかと考え直した。男の横に並ぶように立ち、自らも胸ポケットから煙草を取り出した。
    「特に何も変わんねえよ。」
    肺に煙を充満させ、吸った分の空気と共に吐き出す。互いの煙が混じり合って霧散する。
    「怪しまれもしてない。そのデータもすんなりコピー取れたし。」
    「ふうん。慣れたもんだなあ。最初はこっちが不安になるくらいてんてこ舞いだったのになあ。」
    「うっせ。いつの話だよ。・・・そっちこそどうなんだよ。面白くなさそうな顔してるけど。」
    探られてばかりでは癪なので、男の方へ話を振る。すると鬱憤が溜まっていたのかつらつら話し始めた。
    「シノギの一つで管理任せてるガキが勝手にてめえの懐を潤してたらしくてなあ。丁度昨日立場ってもんをわからせてやったんだ。たださっき立ち寄ったらアガリ分用意するのにまだ時間かかるとかぬかしやがるから、今夜もう一回行かなきゃなんねえの・・・。言うことひとつ守れやしねえガキがよ。面倒しか生まねえよ全く。」
    「はーん。」
    なめられてんじゃん、と笑う。それが面白くなかったのか矛先が再び大門の方へ向けられた。
    「そりゃあなあ~。大門クンみたいに素直にしっかり仕事こなしてくれるやつなんてそうそういないぜ。」
    SDカードを指先でくるくる弄びながら言う。地面には水溜まりもある。おい落とすなよ、と釘を刺すと適当な返事をされつつも懐にきちんと仕舞われたので良しとした。
    「最初ン時は目も当てられなかったけど。」
    「何回も擦るなよ。俺だって新人だったっての。」
    確かに当初はひどいものだった。慌てて入手したデータが目的のものではなかったり、探るタイミングを掴めずドブから指定された日時に間に合わなかったり。パトロール中度々姿を消す大門を訝しがる同僚も居たし、そこに下手な嘘を付いてしまったことがより仇となり単独行動が制限された時期もあった。単純にサボっていたと見做されただけで助かったものだが。今ではアドリブなんてお手の物だ。
    あ。
    訝しがられるといえば。と、以前から感じていた不満をぶつける。
    「てかお前待ち合わせ場所どうにかなんねえの。毎回毎回如何にも怪しい場所指定しやがって。」
    用が無ければ通常こんな路地裏に人は入り込まない。しかも現在は職務中でもなく仕事帰りのスーツ姿だ。万が一目撃されたら言い訳が面倒だった。
    「あのなあ俺一応指名手配くらってんだよ。そこらのカフェとかにゃいかねえだろ。」
    「お前に自覚があったことに今物凄く驚いてるわ。わかってんならまずその派手頭どうにかしろよ。」
    「染めろって?。ちまちま変装なんてそれこそ柄じゃねえよ。」
    んーどうすっかなあ、と意外に男が妥協案を考え始めたので暫くそのまま放置することにした。

    空を見上げる。先程より雲に覆われているような気がする。そろそろ危ういか。折り畳み傘なんて気の利いたものは持っていないし、どっちみちクリーニングに出すにせよ濡れて重くなったスーツを引きずりながら帰るのは嫌だった。
    まあ次から検討してくれ、俺は帰る。と言おうとしたタイミングで、ドブの方から一手早く声が掛かった。
    「家でもいい?」
    家。住居。目の前の男と瞬時には結びつかない単語に反応が一拍遅れる。
    「・・・え、お前の?」
    他に誰がいんだよ、と笑う横顔。正直驚いた。人の内面にはずかずか入り込み好き勝手暴きたがる癖に、自らにそれが及びそうになると途端に距離を取ってくる。そんな男が自らの住処に来ていいという、そこまでの距離感を許すことが意外だったからだ。確か女の家にけしかけることはあっても連れ込むことはしないと以前言っていた気がする。
    「そのまま宅飲みもできるし一石二鳥じゃん。」
    「なんで俺とお前が仲良く飲む前提なんだよ。即帰るわ。」
    「いいじゃん~。愚痴でもなんでも聞いてやっからさあ。溜まってんだろ色々。」
    「・・・よくもまあ人に家教えられる立場だよな。お前ン家で知らねえ輩と鉢合わせるのとか御免なんだけど、俺。」
    「心配ねえよ。他には誰にも教えてないし。教えるつもりもないし。」
    さらりと口に出された言葉。やはり懐に入られるのは嫌がるのか。なのに俺は許可すんのかよ、と変に意識したせいか自分でもわからないがほんの一瞬返答が遅れてしまう。
    「へえ。随分信頼されたもんだ。」
    微々たる動揺を誤魔化すように軽口で返す。
    「そうそう。」
    横目にうんうんと大袈裟に頷くドブが映る。と、その腕が横から伸びてきて肩に回された。反射的に振り向くと男の顔が案外近くにあって驚く。視線がかち合うと、いつものニヤけた表情を浮かべながら男は言った。
    「お前だからだよ。」
    大門。とわざとらしく作られたワントーン低めの声に、先程の一瞬の揺らぎが誤魔化せていなかったことを悟る。
    うわ。出たよ。人たらしめ。
    時折この男はこういうことをしてくる。これ以上懐柔でもしたいのだろうか。そんなことしなくても大門がドブに充分従っていることはお互い承知の筈だ。となればこれは単なる嫌がらせにすぎない。
    腕を払いのけながら心底嫌そうな顔をしていたのだろう。大門の表情を見てけらけらと男は可笑しそうに笑った。
    ―――

    数日後、いつものように路地裏で待ち合わせると、男は要件を切り出す前に場所を変えると言い放った。大人しくついていくと、到着したのは大通りから中道を数分歩いたところにあるマンションの一室であった。前回の提案に関して、てっきり冗談で揶揄われていただけだと思っていたが、男は本気だったようだ。どうやらここが現在のドブの住処らしい。

    意外と殺風景だな、というのが部屋に入って最初の印象だった。普段の粗暴な態度からてっきり女からの貢ぎ物やら空の酒瓶やらが散乱しているようなイメージだったが、室内は綺麗なもので、むしろ必要最低限のモノしか置いていないようだった。もしかしたら寝て起きる為だけの空間なのかもしれない。中央にはテーブルを挟むようにソファーが2つ配置されている。その1つに部屋の主がどかっと座ったのに続いて、大門も向かい側のソファーに腰を下ろした。周囲を軽く見回す。締め切られた窓は単色のカーテンで覆われていて、外の光は殆ど入り込めていない。そのため室内はまだ陽が昇っている時間帯であるが薄暗かった。手元に目を向けるとテーブルの上には灰皿があり、そういえば煙草を持ってきていないことに気付いた。だが今日はそこまで長居はしないつもりだ。

    こちらを気にせず箱を取り出し一服しようとしている男へ要件を訪ねる。煙を吐き出しながら男が言うには、来週とあるシノギでゴタつきが起きる予定だから通報があればカバーしてほしい、もしかしたら直接フォローを頼むかもしれないから当日付近にいてほしいというものだった。よくある頼み事で、特段注意することもないだろうと二つ返事で了承する。
    「要件っつったら今日はこれぐらいだなあ。あとはここの案内したかっただけ。」
    ようこそ我が家へ、なんて軽口を叩く男。
    「意外に綺麗にしてんじゃん。」
    「几帳面なんだぜこう見えても。」
    まあ今後はここで落ち合う感じでもいいかもなあと言うドブ。必要以上に馴れ合うつもりは無いが、外で待ち合わせるよりは人目も気にならないので正直助かる提案ではあった。
    「あ、来るときは酒と煙草よろしく。」
    「なんでだよ。自分で買え。」
    「場所提供してやるんだしついでにいいだろ。ケチだな~。」
    「パシられんのが嫌なんだよ。」
    「じゃあ金払うから買ってきてよ。飲もうぜお互いの愚痴を肴にさあ。」
    「パシられてんの変わってねえし。というかお前どんだけ宅飲みしたいんだよ・・・。」
    はあ、とため息をつく。このままだと男のペースに乗せられ、またずるずると長居してしまいそうだった。前回も結局、帰り道で雨に濡れてしまったことを思い出す。要件も済んだ。もう帰ろうと立ち上がり、玄関の方向へ脚を向ける。すると大門、と呼び止められ、振り返ると茶色い封筒が差し出された。どうやら今回は前金とのことらしい。金を渡すタイミングは男の気まぐれのようで、事前に貰うことも珍しくはなかった。それを受け取りパーカーのポケットに押し込む。じゃあな、と一声掛けるとドブはソファーの背もたれに身を預け、天井を仰いでいる姿勢のまま左手をひらひら振った。


    そのまま部屋を後にし、念の為直ぐに大通りには出ずに少し遠回りをして帰宅することにした。壁の落書き。溢れるゴミ。錆びた配管。地面の水溜まり以外、数日前と何ら変わっていない姿の路地を進んでいく。数分ほど歩いたところで徐々に大通りからの車の走行音、歩行者優先を示す信号機のメロディー、街行く人々の声が壁越しに薄く聞こえてきた。丁度帰宅時間と重なったタイミングで出てきてしまったことにようやく気付く。あの男と会ってこれだけ早々に解散するのも久しぶりだな、と思う。まるでこうして隠れるように裏道を歩いている自分をまざまざと意識させられているようだった。さっさと大通りへ抜けようと、次第に足早になっていく。

    ふと、途中のコンビニで切らしていた煙草と夕飯でも買うかと思い立った。歩きながらポケットの中にあるはずの財布を探る。その拍子に先程突っ込んだ封筒に手が触れ、そこで普段と異なる感触に気付いた。紙幣以外に何か入っている。小銭か?まさか本当に煙草代入れてるんじゃねえだろうな・・・と呆れる。いっそ使ってやろうか。立ち止まり、周囲に人気が無いことを改めて確認してから封筒を取り出す。雑に突っ込んだせいでできた皺を伸ばし、中身を覗くと数枚の紙幣の間に何かが挟まっている。逆さにすると滑り落ちてきた硬貨より大きさがあるそれを、落とさないよう掌で受け止めた。

    ―――


    窓を開け網戸を引きベランダに出る。風呂上がりで火照った身体に触れる空気はひんやりとしていて心地良い。陽は数時間前に落ちており、目の前には夜の静けさが広がっている。
    結局自分の財布から出した金で購入した煙草をふかせながら、掌に収まるそれを眺める。数年前から始まった癒着関係。煙草の匂いは自らも吸い始めることで誤魔化し、通話記録は直ぐ端末から削除する。2人で行動する場合には普段は着ない上下真っ黒なパーカー姿で、顔が完全に覆われるようにフードを深く被る。そうやって日頃から、あの男の痕跡が身の回りに残らないようにしてきた。が、遂に思わぬ形を伴って手元に留まってしまった。

    路地裏どころか悪党の住処にまでずるずると入り込んでしまった自分。果たしてどこまで落ちていくのか。人生ではじめて他人の家の鍵を手にしてしまった複雑さもどことなく感じながら、その冷たい感触を指でなぞった。
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    Replies from the creator

    knoh

    DONEドのドライブに付き合わされる兄の話。(ド兄)
    ドライブの果て適当に腹ごしらえをした後、いつもは運転を押し付けてくる男が、時折自ら運転席に乗り込むことがあった。すたすたと車に向かい、2人分の会計を済ませた連れが横に座るのを待っている。そうなるとこちらは黙って従うのみだ。わざわざ当直明けの身体を酷使する趣味はないと、譲られるままに助手席に腰を下ろす。

    男が無条件にハンドルを握る、それを合図に始まる男2人、真夜中のドライブ。運転してやっから。運転してくれんなら。そんな無言の口実を互いに纏った、予告も無しに訪れるその時間が、全くもって不思議だが、嫌いではなかった。むしろ主導権を横の男に委ね、窓越しの風景が流れていく様をぼんやりと見つめているだけのひとときに、いつしか心地良ささえ感じるようになっていた。忙しない日常から切り離されたように錯覚しているだけなのだろうと思う。よりによってその第一の要因である男の隣でそうなってしまっているのだから変な話だった。そんな様子を察しているのかは知らないが、公道を一定のスピードで走らせている間、普段饒舌な男にしては話しかけてくる頻度が抑えめになる。もしかしたら眠気に負け気味な自分が気付いていないだけかもしれないが、今のところ「聞けよ」だの「お前だけ寝るなよ」だの文句も挙がらないことから、やはりそういった素振りはそもそも無いようだった。
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