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    knoh

    癒着が好きです
    @knohen78

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    knoh

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    チンピラにボコボコにされる兄の話

    []

    ずん、と重い拳が腹にめり込んだ。衝撃を受け止めきれず身体はあっけなくコンクリートの上に転がる。鈍い痛みを誤魔化そうと、所々ひび割れた地面に力一杯指を立てるが無意味だった。横たわり丸まっている背中に容赦なく次なる暴力がたたき込まれる。思い切り蹴り上げられた、と研ぎ澄まされた痛覚のせいか割とクリアな脳が認識する。ぐう、と情けない声が出た。肩を靴底で押され仰向けにされたところに容赦の無い蹴りがもう一発入り、そのまま胸部を踏み付けられる。みしみしと掛けられていく体重。内臓が押し潰される息苦しさにもはや形を成していない音が口から零れたところで、ようやく脚を除けられる。圧迫感から解放され咳き込んでいるとクソ警官が、と悪態が聞こえた。てめえもな、クソ野郎。と呟く。

    それが聞こえたのか聞こえなかったのか、今度は胸ぐらを掴んできた目の前の男を睨み付ける。観察力と記憶力には自信がある。大抵見た顔は忘れない。幼い自分達兄弟に近付いてくる大人達。その上っ面の善意に気付いてから習慣付いた警戒心の強さ、懐疑的なものの見方はいつしか大門にそういった特技を身に付かせた。そしてまさに今自らに暴力を振るう男も、確かに見覚えのある顔だった。

    「…は、逆恨みかよ。」
    お前の睨みは逆効果になるぞとそういえば言われたことがある。どうやら癪に障るらしい。かと言ってへこへこ殴られる腰抜けなんざ御免だ。やるならとことん煽り倒す、と大門が薄ら笑いを浮かべると案の定火に油を注いだらしい。クソ警官が、と怒り狂った男の拳が顔面に飛んできてほぼ無防備の状態で食らう。口の中に鉄の味が広がる。それしか言えねえのかコイツ、と頭の中はひどく冷静だった。

    ーーー
    ひとしきり殴る蹴るを繰り返した後、男は何やらコテコテの捨て台詞を吐き捨てて立ち去っていった。人気の無い路地裏に残されたのはチンピラにボコボコにされた非番の警官がひとり。きっと服の下は痣だらけだ。しかも顔面もこっぴどく殴られた。恐らく誤魔化せない。立ち上がるのも面倒で地面に転がりながら、これから寮で顔を合わせることになるであろう弟の顔を思い浮かべる。

    「ざまあねえな、大門。」
    どう説明しようかと電線越しの暗い空を見上げながら考えていると、よく知った声が横から降ってきた。視線を向けるといつからそこに居たのかドブがこちらを見下ろしていた。いつものモッズコート姿で煙草をふかせている。
    「…見てたのかよ。」
    「俺が出ると関係があると思われてむしろ厄介になるかと思って。」
    流石に殺されやしないだろうと思って静観してたよ、と言うドブ。大門もそうだ。命までは取られないだろうと敢えて無抵抗だった。煽りに煽りはしたが。
    「あぁそう。お前面広いもんな。」
    皮肉は軽く笑われ流される。
    「何、助けて欲しかったか?」
    「いんや。お前が出る程の相手じゃねえよ。」
    「ボコボコにされまくった奴が言う台詞か?それ。」
    「あいつは法が裁いてくれるから。」
    肘を支えにしながらゆっくりと上体を起こす。散々蹴られた背中が軋むように痛い。踏み付けられたり地面に倒れ込んだりでシャツもズボンもすっかり汚れている。
    「へえ。だから抵抗しなかったの。」
    その気になればやり返せただろうと言外に滲ませる。確かに、複数人相手ならまだしも1対1であれば大門にも勝算はあった。ただし手加減する余裕はこの男のようには無いだろう。
    「やり返して変に難癖ついたら後々面倒だったりすんだよ。クソ野郎相手でも。」
    警官も叩かれやすい世の中だ。容疑者に怪我でもさせたら過剰な権力行使だのなんだの。正義を振りかざす身も案外窮屈なものだったりする。
    「前しょっ引いたチンピラの仲間だったはずだ。暴行罪もひっくるめて引きずり出してムショにぶち込む。」
    「正当な手段で?」
    「正当な手段で。」
    ふうん、と然程興味も無さそうな様子を横目にポケットからスマホを取り出し、インカメラに切り替えて顔面の具合を確認する。案の定腫れそうだが証拠となり得るのである意味都合が良い。ただ問題があるとすれば弟にこのボロボロな状態をどう説明するかだ。

    大門がこうしてチンピラに襲われるのは今回に始まったことではなかった。ただでさえ恨みを買いやすい警官の立場で、特段威圧的な態度を気に食わなく思う輩は多い。むしろそれを利用して、物的証拠を揃えるのが面倒な時にはわざと挑発し手を出させる手段を取っていた。向こうから殴りかかってくれればこちらは公務執行妨害を理由に即連行できる。物的証拠はその後にゆっくり揃えれば良い。一度味を占めてからというものそういったことを繰り返していたので、捕まえた奴の仲間に目を付けられることがしばしばあった。流石にここまでされたことは今までなかったが。

    そしてこうした手段を用いていることについては、以前腫れた顔で帰宅する姿を見られてからというもの弟にもすっかりバレてしまっている。その際珍しく強めに怒られたこともあり、やってしまったことは仕方ないが前回より酷いこの有様に今日このまま顔を合わせるのはどことなく気まずかった。と、そこで都合良く現れた男の存在を思い出す。
    「なあ。お前んとこ寄って良い?着替えたい。」
    「駄目っつっても来る癖に。」
    ていうか弟と顔付き合わせんのが嫌なんだろ、と呆れた声で返された。相変わらず人のことを見透かすのが得意な男だ。まあなんだかんだ了承は得た、と脚に力を込め前のめりに手を付きながらもなんとか立ち上がる。
    「あー…痛ぇ。」
    「日頃から荒っぽい取り締まりなんかしてっからだぞ。だからやめとけっつったのに。」
    蹴られた箇所を擦っていると丁度弟とダブるようなことを横の男から言われる。そういえばこいつからもいつだったか苦言を呈されていた。関係ねえだろと一蹴したら苦い顔をされた気がする。
    「ほんとお前、自分で身を滅ぼしそうだよなあ。」
    傍から見ていて危なっかしいと付け加えられる。誰の台詞だよ。
    「お前にだけは言われたくないわそんなん。何回俺がお前のやらかしをもみ消してると思ってんだ。」
    「俺はお前を頼るからいいんだよ。」
    すっかり短くなった煙草を地面に落とし脚で踏み潰しながら、何でも無いようにさらりと言ってのける。と、ずいっと近付いてきたドブに右腕を掴まれる。そのまま肩に回された。
    「は、肩貸してくれんの。お優しいことで。」
    「ふらついて道端でくたばられちゃ困るからな。」
    「そんなヤワじゃねえよ…。」
    軽口で返すが実際に脚にかかる負担が軽くなったことで大分楽になる。身長差もありほぼ大門が引きずられるような格好だ。一方のドブは男1人担ぐくらいどうってこと無いと涼しい顔をしている。日も沈み、辺りはすっかり暗くなってきている。道を選べばそこまで目立つことも無いだろうと身を任せることにした。

    「骨は?」
    「折れて…ない。多分。」
    そのままずるずると夜道を歩き始める。問いに答えると、じゃあ適当に処置でもしてやるよと言うので少し驚いた。まあ直ぐに医者に行けない時もあるだろうし、歴代の女にでも習ったんだろうとひとり納得する。流石に場慣れしている男だ。こんなもの日常茶飯事なんだろう…と思ったところでそういえば、と疑問をぶつける。
    「お前いつから居たの。」
    「一応言っとくが偶然だぞ。シノギ回り終わって帰ろうとした時にあ、喧嘩してんなと思って。興味本位で覗いたら喧嘩っつうより一方的に殴られてるし。可哀想になァ~ってよく見たらまさかのお前だったし。」
    流石にビビるわ、なんて笑っている。興味本位で他人の喧嘩覗いて楽しんでんじゃねえよこの指名手配犯。少しは忍べよ、との言葉は今度ばかりは飲み込んだ。歩き始めて数分経つが、思った以上に全身が痛くて怠い。タクシーを使う選択肢は最初から持っていないので、1人徒歩で寮に帰るにしても大分苦労したかもしれなかった。そこまでを横の男が察していたのかは知らないが。
    「おい、寝るなよ。」
    無駄に体力を使いたくないと黙りこくっている大門が意識を飛ばしているのかと勘違いしたドブが、腰に回した左手で大門の横腹をつまむ。
    「おい。起きてるって。」
    「やけに静かだからさあ。ってか相変わらずうっすい身体だなあ。」
    「お前と比べたら大概そうなるだろ。」
    なんて中身のまるで無い掛け合いをする。担いでやってんだから話し相手にぐらいなれよと言うドブに応酬すると、全身を巡る痛みから気が紛れるようだった。

    ーーー

    「で、どこの誰なの。あいつ。」

    目的地までもう間もなくといったところだった。それまでと明らかに違うトーンで急に切り出してきたドブに、ぬるま湯に浸かったようにぼんやりとしていた頭が一気に冷える感覚がした。まさにこれが本題と言わんばかりの口調だ。直前までと一気に温度を変えて詰め寄ってくるこの男のやり方を、長年ただ横で突っ立って見ていた訳では無い。大門も即座に頭を切り替える。
    「ただのチンピラだって言わなかったか?」
    「具体的にはって聞いてんだよ。」
    なんで詳細を聞きたがるのか疑問に思ったが、しょっ引く算段はもう付いている。特段こいつに伝える意味もない。関係ねえだろと返すとあからさまに不機嫌な声色に変わった。
    「いいから教えろよ。」
    「は、何お前がキレてんの。」
    「そりゃあ自分のモンに手出されたらキレるだろ。」
    さも当然のように発せられた言葉は、気に障るにしてもいつもなら流していただろう。ただドブが醸し出したひりついた空気にあてられたのか、疲労困憊の状態が影響してか、大門の沸点は簡単に刺激される。
    「…誰が“てめぇのモン”だって?」
    囲われるのなんて御免だと横の男を睨む。そういう言われ方をするのを大門はすこぶる嫌がってきた。それをきちんと知っている男は懲りずに繰り返す。
    「そうだよ。お前は俺のモンだよ、大門。」
    ああそう。と未だ担がれたままの腕を離そうと力を込める。が、到底敵うはずも無く、がっしりと掴まれた右腕に加え、何故か身じろぎひとつできない。押さえ込まれている感覚に視線を向けるといつの間にかドブの腕がまた腰に回されていた。クソ、と横の男の方に向き直る。覗き込まれて視線が合ったところで、互いの吐息も感じられるような距離だと今更ながらに気付いた。ドブは笑っている。
    「相変わらず睨んでも逆効果なんだよなあ。お前。嗜虐心がむしろ煽られるっていうかさ。」
    「うるせえ。離せよ。」
    「まあ聞けって。そんなんで相手を挑発なんかするから痛い目に合うんだよ。悪党を見下してもいいが冷めてえんなら冷めたままでいろよ。無駄な煽りなんてするな。反撃するんなら別だが。」
    どうやらドブは大門の職務における荒っぽい手段が余程気に食わないようだった。だが何故そこまで突っかかってくるのかがわからない。癒着関係はあるがそれまでだ。普段の仕事のやり方にまで口を出される筋合いは無い。
    「今挑発したのはてめえだろ。」
    「俺は無駄な火種を撒くなって言ってんだよ。それに無駄な喧嘩も買うな。雰囲気にあてられて直ぐに苛ついてるだろ。今、実際に。そんな様子じゃ任せられねえこともある。」
    冷静になれよと諭されている。宥めるような言い方が、いいように丸め込もうとされている感じがして癪に障る。
    「何で俺がそこまでお前の言いなりにならなきゃなんねえんだよ。」
    「飛び火されても困るし、つまらねえところでお前にくたばられるのも困る。」
    ストレートに言われて言葉に詰まった。考えて見ればそうだ。大門が自滅したとしてドブには何のメリットも無い。むしろデメリットでしかない。至極真っ当な言い分だ。
    「俺とお前のどちらかがやらかしても一蓮托生なんだよ俺らは。それは忘れんな。何の為にこっち側に片脚突っ込んでんだお前。」
    「…わかったよ。」
    頭に血が上りすぎていたと素直に謝る。わかればいい、と言わんばかりに頷き身を引こうとするドブ。だが。だが、だ。まだ話は終わっちゃいない。
    「…たださっきの言葉は取り消せ。」
    左腕でドブの胸ぐらを掴む。今度は大門が引き寄せる形だ。抵抗も容易にできるだろうにされるがままになっている男への苛立ちが増していく。
    「お前がさっさと教えてくれたら取り消してやる。」
    飄々とした態度は未だ崩れない。
    「何をだよ。」
    「チンピラの詳細。」
    あ?と思わず拍子抜けしてしまう。殴られた大門本人も今となってはもはやどうでもよくなってきた存在に、ドブがまだ拘っていることが意外だった。
    「もういいだろそんなん。済んだことだし。」
    と返す。するとあのなあ、とわざとらしく一拍置かれる。
    「相棒がボコられて怒らないやつがいるか?」
    今日初めて苛立ちを覗かせた男のその一言で、大門の目がほんの一瞬揺らぐ。
    ドブはそれを見逃さなかった。
    「ああ、何ならもう1回言うか?お前は俺のモンだよ。…そんでもって、俺もお前のモンだぜ。命令は聞かねえが頼み事っていうなら聞いてやる。」
    あくまで俺らは対等だもんな、と付け足された言葉が麻薬のように脳内に染み渡る。沸点まで達していた怒りがじわじわとなりを潜めていく。自分でも単純すぎて嫌になる。この男はケジメを付けさせてやろうかと提案している。ムショにぶち込む前に暴力には暴力で。

    腕と腰をつかむ力はとっくに緩められているが、振り払おうとはしなかった。

    「…じゃあ頼むけど、この件については絡むな。流石にこの流れでお前が向かうと怪しまれる。」
    「まあまあ。俺それとなく因縁付けるの得意だから心配すんなよ。」
    「頼み事聞いてねえじゃねえかよ。…組に迷惑は。」
    「あんなチンピラどんだけ潰そうが関係ねえよ。何しろ顔も隠さずに警官をボコボコにする考え無し野郎だ。あんなのはどこにいたって手に余る。匿っている後ろ盾があったとしても切り捨てる良い理由になるだろうさ。」
    「…やっぱり嫌だ。絶対教えねえ。」
    なんでだよ!と今日一でかい声を出す男にうるせえと思い切り体重を掛けてやる。今更重いんだよと騒ぐ男が可笑しくて笑ってしまう。

    夜も大分更けてきた。もう直ぐ目的地に辿り着く。

    ーーー
    数日後、通行人から喧嘩の通報があり向かった現場で大門は件のチンピラが倒れているのを目撃する。心なしか顔が歪んでいる様な気がする。鼻は絶対折れてるな、と遠目でもわかった。まあ、自業自得だと。自分が食らったよりも何倍も重い拳を受けたであろう男に少しだけ同情しつつもそれ以上にいい気味だ、とまだ腫れの引かない顔で笑った。
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    knoh

    DONEドのドライブに付き合わされる兄の話。(ド兄)
    ドライブの果て適当に腹ごしらえをした後、いつもは運転を押し付けてくる男が、時折自ら運転席に乗り込むことがあった。すたすたと車に向かい、2人分の会計を済ませた連れが横に座るのを待っている。そうなるとこちらは黙って従うのみだ。わざわざ当直明けの身体を酷使する趣味はないと、譲られるままに助手席に腰を下ろす。

    男が無条件にハンドルを握る、それを合図に始まる男2人、真夜中のドライブ。運転してやっから。運転してくれんなら。そんな無言の口実を互いに纏った、予告も無しに訪れるその時間が、全くもって不思議だが、嫌いではなかった。むしろ主導権を横の男に委ね、窓越しの風景が流れていく様をぼんやりと見つめているだけのひとときに、いつしか心地良ささえ感じるようになっていた。忙しない日常から切り離されたように錯覚しているだけなのだろうと思う。よりによってその第一の要因である男の隣でそうなってしまっているのだから変な話だった。そんな様子を察しているのかは知らないが、公道を一定のスピードで走らせている間、普段饒舌な男にしては話しかけてくる頻度が抑えめになる。もしかしたら眠気に負け気味な自分が気付いていないだけかもしれないが、今のところ「聞けよ」だの「お前だけ寝るなよ」だの文句も挙がらないことから、やはりそういった素振りはそもそも無いようだった。
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