豆の味がする。それ以外に表現のしようがない、クリーム色をした豆のペースト。
男は淡々とそれを口に運ぶ。塩ひと振りの調味すらされておらず、噛みごたえもない。こんなものばかり食べていたら顎が弱る、と文句を言いたかった。
同じテーブルを囲む仲間たちもそう思っているに違いない。しかしそれを口に出さないのは、二日続けて同じ文句を言うのは気が引けたからだ。
明日も明後日も、こんな味気ない食事が続く。その事実は男たちの心を確実に削っていく。
曇った目で、ただ食事を続ける男たちの中に、ひとり椅子から立ち上がる者がいた。
「……伍長」
「耐えられない。何か、探してくる」
切羽詰まった声に、数人が期待の眼差しを向ける。しかし。
「やめておけ。奴らに見つかったらどうする」
「中尉、しかし──」
「耐えるんだ」
男の有無を言わさぬ声に、伍長は椅子にへたり込んだ。そして再びスプーンを手に取り、味気ない食事を再開する。
「ちくしょう、なんだってんだよ」
部下の一人が不満をこぼすと、ひとり、またひとりと同調し、声を上げはじめる。
「俺たち、なんで毎日こんなもんを」
「肉が食いたい」
「あるだろ、肉」
「ペーストになったササミじゃなくてだよぉ」
黙っているより、文句でも言えば少しは気が紛れるかもしれない。男は徐々に騒がしくなる声を聞き流していた。豆の味に飽きると今度は、四角く成形された緑色のペーストをスプーンですくう。口に入れると、ただ青臭くて苦かった。
「なぁ。この緑のはなんなんだ?」
「中尉、メニュー表見てませんか。セロリ、ブロッコリー、ケールだっけな……とにかく緑の野菜の集合体ですよ」
部下の説明に深い溜め息が漏れた。それを合図にしたように、不満の声が大きくなっていく。
「あんだけ働いたのに、なんでこんなもん食わされなきゃいけないんだ」
「今より健康になって何しろってんだよ」
「許せねえよ、あいつら」
「ああ、許せねえ。健康推進委員会め」
──健康推進委員会。男にとっても忌々しい響きだった。
プライマーとの戦いに終止符が打たれたあと、彼らの基地で発足したものだ。
大きな戦争のあとだからこそ、戦い抜いた兵士たち、新たに兵士となる者たちのために、彼らの健康を守らなければならない。委員長に選任された士官はそう宣った。
「隠してたカップ麺、委員会に没収されちまったんだぜ。やりすぎだよ」
「なーにが健康食ウィークだ。SF世界みたいなメシ食わせやがって」
「メニューを提供した天才科学者ってのは、これを毎日食ってるんだろ? イカれてるんだよ、衛星兵器なんか作ってる奴は」
第二回は確実に阻止しなくてはならない。いやになめらかな舌触りにされてしまった「鶏ささみだったもの」を嚥下して、男は強い決意を抱く。
「米食いたい、硬めの……いやパンでも麺でもいい、主食がほしい」
「量はあるのに、なんで食っててひもじい気持ちになるんだろ」
「給養員たちもさ。こんなもの作り続けたらいつか気が狂うって、ひでえ顔してた」
今日は水曜日。
天才科学者がレシピを提供した「健康食」を三食腹に入れなければならない「第一回健康食ウィーク」は、次の土曜で終わる。