最初で最後の誕生日「なんで…、焦凍の誕生日に…、お前がうえっ、げほっ…俺んとこ来てんだよ。ホークス…」
「焦凍くんに頼まれてね。誕生日一緒にご飯食べよって誘ったら、それよりして欲しいことがあるって言われてね」
「はっ…、うえっ、げほっげほっ、ふっ、振られてやんの」
「本日は1月11日。轟燈矢、面会だ。起きれるか」と刑務官に声をかけられ、今日は焦凍の誕生日だからお父さんかなと生命維持装置に繋がれ、ほぼ炭化した体で無理に生かされている燈矢はお目を開けると、そこには思わぬ人物がいた。ホークス。鷹見啓悟。ヒーロー側のヴィラン連合への内偵で、荼毘だった頃の燈矢が一時的に深い関わりを持った人物だった。大戦後、オールフォーワンに個性を奪われたものの、生き残り、公安委員長になった。そんな忙しい男がなぜ自分の前にと生命維持装置に繋がれた燈矢はホークスを睨んだ。その燈矢の瞳にホークスは懐かしさを感じつつ、燈矢の弟の焦凍に頼まれたからとへらへら笑いながら話し、刑務官がいつの間にか準備していた大型テレビの電源を付けた。
「焦凍くんがお前にヒーロー活動しているところを見てほしいっていうから、この祝!国民的エアコン、エアコンヒーローショートのお誕生日に密着生中継を一緒に見ようね」
「なんで…、よりによってお前と…」
「公安委員長様の許可がないとお前はテレビなんて見ちゃダメだからだよ」
「暇…、げほっ、なのかよ」
「期待のヒーロー焦凍くんのお誕生日プレゼントなんだから大切なお仕事でーす。若者の願いは叶えてやらないと」
焦凍の誕生日プレゼントなのだからと、ホークスはテレビの電源を付けたあと、燈矢に最も近づける箇所に椅子を置き、焦凍の密着生中継のテレビ番組を一緒に見始める。なぜこの行為が焦凍の誕生日プレゼントになるのか燈矢はわからない。きっとホークスなら知っているかもしれないが、無理矢理生かされている身のため、たくさん話すと上手く息ができず、咳き込んでしまい、腹が痛く、吐き気を催すため、無理に話したくはなかった。それに、ホークスに弱みを見せるのは嫌で仕方がなかった。もうヴィラン連合の荼毘とナンバー2ヒーローホークスの関係は終わったというのに、この男には全てを見透かされているような気がして嫌だった。
それを理解しているのか、ホークスは一切話しかけることなく、共にじっとその放送を見ていた。
「エアコンヒーローショート!今日も大活躍でした。そしてお誕生日おめでとうございます!これから誰かとお祝いですか?」
「はい!これから面会に行きます!そのあとA組のみんなと寮で誕生日会をします」
「おっと、これは、今入院中のお友達のヒーローのことかな?えっと、今日の活躍見て欲しい方はいますか?」
「A組のみんなと家族に見てもらいたいです。俺の活躍、俺のやりたいこと、これから目指しているもの見てもらえたら最高の誕生日です!」
「ううっ、さすが国民的エアコン、みんなの弟、笑顔が眩しい」
中継を締めくくる、リポーターによるインタビューは微笑ましさを感じつつも、危ういものであった。焦凍はエンデヴァーが父であること、そしてヴィラン連合の荼毘が兄であることを隠さない。積極的に話すことはないが、このようにこれから普通に面会に行くと素直に普通に答えてしまう。それが家族と向き合うために必要なことだと焦凍は感じているためだからだ。それを雄英高校の仲間やヒーロー仲間は理解しているが、被害者感情を逆撫でしかねない発言にもなりかねない。
しかし、ヒーローショートの活躍は目覚ましく、大戦後の積極的な復興作業にヒーロー活動にとナンバーワンヒーロー候補のルミリオン、ねじれちゃん、サンイーターの雄英ビッグ3と共に注目の的となっていた。学業の合間に懸命に活動するショートは皆の希望であった。オールフォーワンに打ち勝ったヒーローデクと大爆神ダイナマイトも皆の希望であったが、デクの個性喪失、ダイナマイトの腕のリハビリの影響もあり、なかなか二人が大戦後目立った活躍をすることはできなかった。ショートはその二人の分まで活躍しないとも懸命に活動したこと、そして世界の危機を救った元ナンバーワンヒーローエンデヴァーの息子、そして、ヴィラン連合のメンバー荼毘の弟という血の因果が注目を集めたのだった。
しかし、ショートの活動と共に健気で素直かつ天然な性格が世間に受け、最近ではショートを応援する方向へ世論が変わり、荼毘の弟は禁句となり、末っ子気質がさらに受け、国民的エアコン、みんなの弟と呼ばれるようになっていた。そのため時々見受けられる兄の話は周りの大人たちによってかき消され、今回もうまく誤魔化された。
その様子を見ながら、燈矢はなんでこいつは余計なことをと思いつつ、エアコンヒーローショートの活躍を見、安心していた。兄弟をやり直したいと願った弟が自分に縛られずオールマイトのようなヒーローになりたいという夢を叶えはじめている。よかった。そして、もうさっさと死んで、焦凍の足枷になりたくない。そう思ってると椅子に座っていたホークスが立ち上がり、燈矢の目を見てニヤニヤ笑う。
「これから面会に来るってよ。燈矢お兄ちゃん」
「来んなって…言ってくれ。うえっ…、友達と過ごせ…」
「こんな優しい弟の思いを無碍にすんなよ。それにお前と過ごす最後の誕生日になるかもしれないだろ」
「…」
やはりこの男には何もかもお見通しだった。だから嫌いなんだ、こいつのことは。そうだ、轟燈矢の命の灯火は少しずつ消えはじめている。持って数日と言われた命は延命装置によって生かされているのだ。「ヴィラン連合の聴取のために生かしているんだ。罪を償え、荼毘。でもさ、エンデヴァーさんが、お前の家族がお前と向き合いたいんだよ。だから頑張ってくれよ。轟燈矢」と目を覚まし、生きてて良かったと泣く家族との面会を終えた後、わざわざ「どうもぉ〜」とやってきたホークスからこう言われた。俺が生かされているのは罪を償い家族と向き合うため。だからできる限りのことはした、起きたくないのに毎日来るお父さんとお母さんに会った。時々来る冬美ちゃんの懐かしい話を聞いた。月に一回届く夏くんからの手紙を大きな画面に写してもらい、必死で読み、返事を刑務官に頼んで書いてもらった。そして、不定期だか高頻度でやってくる焦凍の長い話に相槌をうち、なんとか会話を紡いだ。懸命に生きようとするたびに体がひどく痛む。痛覚などないものだと思っていたが、よほど痛いのだろう。それか心が痛むのか。あぁ、これが俺の罰。そして日々近づく、死への恐怖に苦しむ罰。家族の足枷になりたくないから死にたいと願うのに、目を覚ました後、目の前に家族がおり、もう少し向き合いたいと願ってしまう矛盾によりもがき苦しむ罰。だがそろそろ命の炎が消えそうなことは激しい痛みを感じるたびに理解していたし、公安委員長であるホークスは荼毘の体調に関して報告を受けているため、知っているだろう。だから最後の誕生日くらい兄弟のために過ごして欲しいと家族などいないに等しいホークスはそれを願った。
しかしそれを決めるのは自分ではないと、ホークスはテレビを消し、刑務官に話をすると、ジャケットコートを身につけ、ひらひらと燈矢に手を振った。
「それじゃ、俺はそろそろ帰るね。荼毘」
「じゃあな…、ホークス」
「なんかこれ懐かしいな」
「本当…だな」
「燈矢兄!俺の生中継見てくれたか?」
久しぶりの二人のやりとりにホークスは荼毘との駆け引きを思い出し、つい本音が漏れた。腹の探り合いをしていた頃が懐かしい。自然と表情まで変わってしまうのだから。互いに命の駆け引きをしていたことを思い出していると、かつかつと静かな廊下を走る音が聞こえ、面会に行くと宣言していた弟、焦凍が笑いながらやってきた。
「焦凍…」
「おっと、焦凍くん。早いね。じゃあ、邪魔者は消えますか」
「ホークス、願いを叶えてくれてありがとう」
「いいよいいよ、焦凍くんのお願いだもんね。今度こそ、ご飯行こうね〜。常闇くんと耳郎さんも一緒にね!」
焦凍に会い、ホークスもつられて笑いながら、今度はご飯に行こうと誘い、帰って行った。さっきまでの真剣な表情が嘘みたいだと燈矢は思いつつ、視線をじっと自分を見つめる焦凍に移す。するとそれに気づいた焦凍はにこっと微笑み、兄に声をかける。
「燈矢兄、元気か?どこか痛くないか?」
「焦凍。大丈夫…。その…、誕生日おめでと…」
「ありがとう。燈矢兄。嬉しい」
「そうかよ…。げほっごほっ、頑張れよ、ヒーロー…」
「ああ、ありがとう。燈矢兄が壊そうとした世界を俺は救って、燈矢兄も救うよ」
「はっ、やってみろ…」
これだけはなんとか伝えなければと、燈矢は焦凍に誕生日おめでとうと焦凍の誕生日を祝った。それを聞いた焦凍の表情はさらに明るくなり、嬉しいと笑った。何度も己を殺そうとした兄に祝われ、そんなに嬉しいのかと燈矢は思いつつも、焦凍が見せたかったというヒーローとして活躍する弟の姿を思い出し、せっかくの誕生日なのだからとらしくなく彼を鼓舞した。これくらいしか今の自分にはできないから。それを聞いた焦凍はありがとうと礼を言い、燈矢に誓う。燈矢を救うこと。これを越えなければ、自身の求めるヒーローにはなれない。そのためには燈矢達が憎んだ世界を救わなければ。兄に改めて誓う焦凍に燈矢は死しか考えていなかった自分が勝てるわけがなかったなと鼻で笑った。ただ、 ヒーローに縋り、悪きもの、理解できないものに蓋をし、他人事でいる世界に無力ながら抗い、もがいた自分たちのしたことの意味が全くなかったわけではないと燈矢は思っている。連合の皆が生きた意味を焦凍達は救うと言うのだ。なら見守るだけだ。
「来週もくるから。燈矢兄の誕生日、俺、燈矢兄の誕生日、祝うの初めてかもしれねぇ」
「別にいいよ。俺みたいな大量殺人者の…、うえっ、げほっ…、誕生日祝っても被害者が浮かばれねぇだろ」
「それでもだ。確かにヴィラン連合の荼毘の誕生日は祝っちゃいけねぇと思う。けど、轟燈矢は、轟燈矢は俺の兄弟だから。そんだけだ。俺がしたいだけ。俺は燈矢兄と兄弟したい。ヒーローとしては、わがままかもしれないけどな。それに、俺、家族で最初に誕生日覚えたの燈矢兄なんだ。誕生日ですら、俺の近くにいてくれるんだって嬉しくなった」
「…」
来週、1月18日は燈矢の誕生日だ。焦凍の一週間後。何の因果か誕生日ですら焦凍の方が早い。お父さんも嫌なことするなと燈矢は思っていたが、焦凍はただ、近いことが嬉しいと笑う。まだ焦凍は純粋なのだなと燈矢はこのことをこれ以上話すことはやめた。ただ、ヒーローがヴィラン連合の荼毘だった男の誕生を祝ってもいいのかと尋ねると、焦凍は口篭った。でも、交わりたいと願った兄と誕生日ですらそばにいられたことが嬉しく、それがわがままだと理解していると焦凍は話しながら目を泳がせる。せっかくの誕生日に意地悪な質問をしたなと燈矢は反省しつつ、悪かったと、心から兄の誕生日を祝いたいと話す弟に礼を言った。
「ありがと、焦凍。げほっごほっ…、らっ、来週楽しみにしてる。その…、おっ、俺の誕生日…、楽しみなの…、 久しぶりだ」
「燈矢兄!本当か!嬉しい!プレゼント持ってくるな」
「おお」
燈矢の謝罪と誕生日を共に過ごせることがは久しぶりに楽しみだという言葉に焦凍は再び笑みを取り戻す。兄に想いが伝わり、焦凍は嬉しく、誕生日プレゼントを持参すると伝えた。それを聞き、生命維持装置に繋がれ、なにもできず、かつ正直点滴しか食事ができない自分にどこか抜けている弟が何を持ってくるのだろうかと、燈矢は楽しみになり、焦凍に返事をした。
その日はその後A組のみんながどんな誕生会をしてくれるのか楽しみだという話を聞き、燈矢は再び眠りついた。少しは自分の燈になってくれた弟が喜んでくれただろうか。焦凍が産声をあげ、命の燈を灯したこの日が今日初めてきっと喜びの炎となったのだから。
つづく