あの子の成長と「おかえりなさいませ、夏侯惇殿。おや、珍しいですね。ハンバーガーですか?」
「さっき、夏侯覇に会ってな。アメフト部の練習の帰りだと言っていたから奢ってやった。お前は…、食べたことがあるのか?いや、それよりも、もしかしてもう昼を用意していたか?」
ぽかぽかとした暖かな陽気が、春の訪れを感じさせてくれる、とある休日のお昼。
午前中の休日出勤を終えた夏侯惇がただいまと帰宅すると、その日一日休みであった荀彧がおかえりなさいと出迎えた。
出迎え中、夏侯惇の手には見慣れぬ袋があることに、荀彧は気づき、なんだろうかとその袋を覗き込むと、よくテレビコマーシャルで見る、あのファーストフード店のものであった。
互いに忙しいため、外食が多い二人だが、ファーストフードを購入してくることは珍しく、荀彧は首を傾げると、夏侯惇は甥っ子で、中学生である夏侯覇と帰り道に会い、新学期早々、部活を頑張る彼にご褒美だと買ってあげ、自分達の分も買って来たようだった。
お優しいお方だと、荀彧は優しく微笑む。
甥っ子である夏侯覇は、夏侯淵の子供たちの中で一番夏侯惇に懐いており、彼もまんざらではなく、とても可愛がっていた。
その様子を荀彧は微笑ましく思っていたのだが、少し甘すぎるなと荀彧は感じるところもあった。
しかし、それを指摘すべきなのは夏侯淵であるため、荀彧は黙っている。
そんなことを荀彧が思っているなど露知らず、夏侯惇は自分達のものを買ってきたはいいものの、育ちの良い荀彧がファーストフードなど口にするのだろうか、それにしっかりしている荀彧のことだ、昼を用意して待っていてくれてたかもしれはいと不安になっていた。
付き合って5年は経っているのだが、まだ互いに知らない、いや何が正解なのか分からないこともあるのだなと思いつつ、夏侯惇は勢いで買ってしまったことを後悔し始めていた。
そんな夏侯惇の顔を見、長年付き合い、共に過ごしていた荀彧にとって、恋人のその表情は何を考えているかすぐに理解できた。
年上で優しい貴方。
曹操という支えるべき相手がいなければ、互いに出会うことはなかっただろうし、惹かれ合うこともなかっただろう。
互いに手を取り合い、愛し始めてから、知れることもあり、愛おしさが増していく。
こうして愛を紡いできた相手なのだから、荀彧には夏侯惇の表情などお見通しであるため、優しく笑いかけ、不安げな彼を安心させた。
「もちろんありますよ。今でも満寵殿がランチタイムの時間に大量に買ってきてはおもちゃを開け、残ったポテトやチキンをいただいております。それにお昼はまだです。本日は掃除に夢中になっていまして。今落ち着いたところなので助かります」
「…あいつは社会人…、いやもう良い年なのだから、家でやれとよく言っておかなければな。まぁいい、それならよかった。すまんな、任せてしまって。お前にはこの期間限定のものを買ったが…」
「夏侯惇殿と頂くものでしたら、私はなんでも嬉しいので…」
「そっそうか…」
「はい…」
「なら、早速食うか?」
「はい」
ファーストフードはランチ休憩の際、年下の満寵がよくお目当ての車や電車のおもちゃがセットとなった物が発売されると、大量に購入しては歳の近い郭嘉と年上だが茶目っ気のある賈詡は開封しては笑い、ポテトなどを口にしていたため、荀彧は少し分けてもらった、いや食べきれないから食べてほしいと押し付けられていた。
近くにいた荀攸に、文若殿のお口に合いますかね?と心配されたが、とても美味しく、荀彧もだんだん満寵が大量購入してくる日を楽しみにし始めていた。
そんな満寵の話を聞き、夏侯惇はため息をつくが、彼のおかげで荀彧は問題はないと言ってくれたのだと目を瞑ることにした。
それに、きちんと掃除をして待っていてくれ、自分との食事であれば幸福だと照れ臭そうに頬を染めながら、話す荀彧を見ることができ、つい魅入ってしまっていた。
帰宅し、こんな美しい人が家で待っているなんて、幸せだなと改めて思っていつつ、靴を脱ぎ、リビングに向かい、夏侯惇は荷物をいつも二人で食事をしているテーブルに置き、身支度を整えると、ハンバーガーを並べ、向き合いながら、二人で食べ始めた。
「おもちゃといったら、夏侯覇もよくねだっていたな。懐かしい。今日も、悪いよ、夏侯惇殿と一度は断られた。子供の成長は早いな」
「ふふ、そうですね。私たちもこうして一緒に暮らして5年経ちますから。あっという間です」
「そうだな」
ハンバーガーを口にしながら、夏侯惇は夏侯覇もまたよくおもちゃを買ってとねだっていたことを思い出した。
ある日突然おもちゃをねだらなくなり、むしろもう遊ばないよと言われたこともある。
それに、今日何か奢るぞと話しかけたら、悪いからいいよと遠慮される始末だ。
しかし、いいのか?と夏侯惇が再度夏侯覇に尋ねると夏侯惇殿がそこまで言うならと、嬉しそうになら肉たくさん食べたいからあの3枚肉が入ったやつが食べたい、あとポテトにデザートも!と夏侯覇は笑った。
遠慮ができるようになり、かつ食べる量も増えた夏侯覇を前にし、夏侯惇は彼の成長と時の流れの速さを感じた。
そのことを荀彧に告げると、荀彧は苦笑しながら、自分達が出会ってもう5年の時が経過していると話す。
それを聞き、夏侯惇は時の流れの速さを改めて感じ、彼がそばにいることが当たり前になりつつあるのは時の流れがそうさせているのかもしれないと思いながら、夏侯覇が食べていたボリュームたっぷりのハンバーガーをばくりと口にした。
大きな口を開け、食らいつく姿が珍しかったのか荀彧の視線を感じた夏侯惇は、荀彧にこう話しかける。
「うまいか?」
「はい。ですが、夏侯惇殿、お髭にソースがついてますよ」
「すまないな…」
「問題ありません」
こう指摘した荀彧は、さっとティシュボックスを夏侯惇に渡した。
それを受け取った夏侯惇は、口周りを拭きながら、昔、荀彧は指摘するのが恥ずかしく、目を背けながら、指摘していたというのに、今ではすっかり慣れ、スムーズにティシュボックスも差し出してくれた。
これも時の流れかと夏侯惇は思いつつ、ぱくぱく小さな口で食事をする荀彧の姿を横目に再びハンバーガーを口にしながら、話を続けた。
「食い終わったら、どうする?どこかに行くか?」
「そうですね。いつものコーヒーと朝食の食パンがありませんので、買い物に行きたいです。あと、ティシュボックスもこちらで最後です。スマートフォンで注文すべきか悩みましたが、午後空いているのならば買い物に行きたいです」
「わかった。車を出そう。少し休んでからでいいか。お前も掃除で疲れただろう」
「いえ、そんなことは。ですが、夏侯惇殿はお仕事の後ですからゆっくり休んでください。私も身支度を整えさせて頂きますね」
「その格好で問題ないだろう」
「いえ、その、せっかくなので夏侯惇殿に選んで頂いた髪紐に変えようかと。お待ち下さい」
「わかった。待っている」
「はい、夏侯惇殿」
せっかく午後は二人とも休みになったのだからと、夏侯惇はこのあとどうするかと尋ねると、荀彧は買い物に行きたいと話し、日用品が足らないと説明する。
きちんと把握してくれ、ありがたいと夏侯惇は思い、ならば買い物ついでにドライブでもするかと考えつつ、食休みさせてほしいと話すと、荀彧もまた身支度を整えたいから時間がほしいと話す。
荀彧は普段からきちんとしているため、何か問題があるのだろうかと夏侯惇は首を傾げると、せっかくなので夏侯惇からもらった髪紐を身につけたいと照れ臭そうに笑う。
そんな愛しい人を前に、夏侯惇はしっかりしているが、そういう気遣いがたまらなく可愛らしいと胸をときめかせつつ、残りのハンバーガーを平らげ、アイスコーヒーを口にした。
そういえば、荀彧は甘いものが好きなためシェイクにしたのだが、甘すぎなかっただろうかと夏侯惇は恋人を見ると、「久しぶりに飲むと甘くて美味しいですね」と夏侯惇が尋ねていないのに、こう優しく話す。
そんな恋人の反応に夏侯惇は「ならばよかった」と鼻で笑いながら返し、買い物まで二人でゆっくり時を過ごした。
おしまい♡