1111の日「つまり……」
腕組みをした慕情が、厳かな顔で口を開いた。
「この細長い菓子を両端から同時に二人で食べる遊戯、とそういうことか?」
「あ、ああ」風信が頷く。
「……やってみるか」
「……そうだな」
数百年も生きていると、目新しいことというのはなかなか巡り会えない。向かい合いながら、不思議と二人とも「やってみても良いかもしれない」という気になったのだ――俗に「魔が差した」とも言うが。
「だがしかし」
慕情がチョコレートのかかった長細い一本を袋から取り出す。慕情の長い指に弄ばれていると、それはまるでスーパーの駄菓子ではなく、貴人の髪を結う櫛のように見えるから不思議だ。
「いくらお前の口がでかいといっても、この長いものの両端をいちどきに口に含むのは容易ではないのではないか?」
風信は一瞬考えたのち「……たぶんそういうことではないんじゃないか?」と言った。
「じゃあどういうことだ?」慕情が眉をひそめる。風信は慕情の手から菓子を取り、端を口に含んだ。
「ん」もう片方を慕情に突き出し、顎で促す。
「は?」慕情の怪訝な顔に、風信は仕方なく付け足した。「おまえも、そっちを……」
やっと理解した慕情の目が軽く見開かれる。だが、慕情は意外にも何も言わず、おずおずともう片方の端を口に含んだ。
無言のまま、二人は見つめ合った。
ポリッと二人同時に前歯で噛む。
両端を切り落とされた菓子が、ぽとんとテーブルに落ちた。
二人は見つめ合ったまま、数回咀嚼すると同時に飲み下し、そして同時に下を見た。
「お前の食べかけだろ、最後まで食べろ」慕情が白い目で風信を見る。
「いや、お前のだろ」
だが状況からして、この議論に終わりがないであろうことは二人とも重々承知だ。慕情が溜息をつき、落ちたそれをパキっと折って半分を風信に渡す。二人ともしばし無言で残りを食べた。
「……なあ、なんか違うような気がするんだが」
「ああ」
慕情がもう一本を取り出す。
「唇で挟んで保持しながら食べないといけないのではないか?」
「うむ」
二人とも、武道の鍛錬を積んだものとして、上手くいかないときには方法をかえ、何度もやってみるべし、と心得ていた。そして悲しいかな、二人ともどこまでも真面目だった。
今度は慕情が咥える。「んっ」風信を促す。だが風信は眉をひそめた。
「おい、なんでお前がそっちなんだ」「ん?」
「だからなんでチョコレートがかかってるほうなんだよ」
「んなころ、ろうらっていいらろ」
慕情が口を動かすたびに揺れるそれをぐっとつかみ、風信はチョコレートのかかっていない部分をぽきりと折ると口に放り込み、そしてもう片方を咥えた。
にやっと笑ったのも束の間、風信は気づいた。
さっきより顔が近い。――当然である。
固まったままの二人の間に、沈黙が流れる。
二人の唇の体温で、チョコレートがぬるりと溶けだす。
「なあ、むーちん。これは――」風信が薄っすらと口を開けて囁いた。
「かおを、ちかづけるための、ゆうぎか?」
「いまごろなにを!」慕情がぐるりと白眼をむいてのけぞり、その拍子に菓子が口元でボキっと折れる。
風信は咥えたままにやっと笑い、大部分が残った方を勝ち誇るようにゆっくりと噛みしだいた。
「……お前!」慕情の頬に色が差す。
「もう一回だ!」「おう、何度でも」
ぎらぎらとにらみ合ったまま、二人でもう一本を咥える。
その時、二人の横でクスリと笑う声がした。
「本当に君たちを見ていると飽きないものだ」
風信と慕情は、同時にさっと横を見た。菓子が真ん中でバキッと折れた。
「裴将軍!」二人が叫ぶ。
「そもそも、あなたが言い出したのでしょう?」慕情が言う。
「ああ」裴茗は袋から一本取り出しながら答える。「いやあ、ことほど楽しいとは」
言いながら彼は端を咥え、そのままクルリと軽く回してから、聞こえるか聞こえないかというほどの慎ましやかな音をさせてひと口分を折り取った。ただそれだけのことがいやに色を帯びていて、風信と慕情の喉が同時に上下した。
「さあ、君たちも武神ならば、途中で諦めるのは性に合わんだろう? もう一度やってみたまえ」そう言って裴茗は端を齧ったそれを、ひょいと風信の口に差し込んだ。
風信と慕情は、もう一度見つめ合いながら少しずつ慎重に齧っていった。
二人の視界に入るのは互いの見開いた瞳と、形の良い鼻筋と、ほんのりと色づいた頬だけだ。
と、慕情が突然、がりがりっと速さを早めた。
「……!」
あっけに取られている風信の目の前に慕情の顔が迫る。
そして、風信は、唇に柔らかいものが触れるのを感じた。
はっと思わず口が小さく開く。「あっ……」
途端、口の中に含まれていた分まですっと引き抜かれた。慕情の顔がさっと素早く去っていく。
今度は勝ち誇ったように慕情が口の端を上げた。
「これはこれは玄真将軍も大胆……」だが裴茗はそこで言葉を止めた。
風信がぐっと身を乗り出し、むんずと慕情の細い顎を掴むと、その唇から僅かに突き出していた部分を唇で掴んだ。一瞬虚を突かれた慕情もすぐに取られてなるものかとぐっと咥える。
二人の唇が触れ合い、重なり合う。
どちらも譲らず、瞬きもせず視線を絡ませ、唇の角度を変えながら競うように取り合う。
「本当にお似合いなことで」
顎に手をあてて見つめていた裴茗は、ほぅほぅと笑みを漏らすと、口の中の菓子がとけていることにも気づかずに唇を奪い合っている二人を置いて、静かにその場を後にした。