夜、家に帰った風信は、コートを脱ぐのも早々に鞄のチャックに手を伸ばした。
いつもは、その日のレシートやら買った菓子やらすべて入れっぱなしのまま鞄を開けずに床に置いてそのままだが今日は違った。
鞄から箱を取り出し、ソファに腰かけて見つめる。口元が緩む。
ロンドンに彗星のごとく現れた若いショコラティエ。ベルギー仕込みの確かな技術とユニークで斬新なアイデアの融合——。ネットの記事の特集で読んでからずっと気になっていたそのチョコレートが今、自分の手の中にある。だが、そのショコラティエには悪いが、風信の心を今躍らせているのはその中身だけではない。
南風が自分に買ってきてくれたチョコレート。蓋を開けると甘い香りが誘うが、食べるのが勿体なくて蓋を戻す。しばらくその表面をぼんやりと指で撫でたあと、風信はチェストの上にそっと飾るようにその箱を置いた。
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