カガリとキサカとアスランと(仮)オーブが、ファウンデーションに接収されたレクイエムで狙われ、コンパスのミレニアムとオーブ宇宙艦隊が宇宙へ上がる準備が進む中、国防軍本部で迎撃準備に当たるカガリと、ミレニアムで宇宙へ上がる準備を進めるアスランが、ビデオ通信でつながる。
「アスラン…」
タブレット端末に映る通信映像の向こう側のカガリは、いつになく不安そうだ。服装こそ凛々しい首長服姿だが、髪色と揃いの黄金の凛々しい眉尻は下がり、琥珀色の瞳は伏し目がちになる。
「何が不安なんだ、カガリ」
表情と揺れる声色からカガリの心中を察したアスランは、穏やかな声で不安の理由を聞き出し、それを解こうとする。
カガリが不安な表情である理由は、想い人・アスランが宇宙へ上がって離ればなれになる不安からではない。そんな不安は、二人ともとっくにかなぐり捨てている。
不安な理由は…ある「重大な作戦」。
「大丈夫かな、リモート…操作」
カガリは、アスランが宇宙に上がるに当たって、戦闘の修羅場の局面が訪れた際、彼のMSーインフィニットジャスティス弐式ーのリモート操作を託されていた。
「あの機体を託せるのは、君しかいないんだ」
「ジャスティスの操作はまだいいんだ、レールガンもビームサーベルも使い勝手は分かるし、お前とリモートで何回もシミュレーションしたから。問題は…「ガワ」なんだ」
カガリが一番不安視していたのは、ジャスティスの「ガワ」のリモート操作。
シミュレーター内で「ガワ」のカタログスペックを見て、使い方がイマイチ分からない両手のクロー、見慣れない武装名、見慣れないエネルギー粒子名に、説明を受けたカガリはただただ戸惑うしかなかった。
「初見の量産型ザクでも乗りこなせたアスランならば、「ガワ」も無理なく使いこなすだろうし、実際、キラをエルドアから回収してオーブに戻してくれた。でも、私は…」
いつもは全く現れないカガリの弱気が、加速する。
「私はパイロットが常ではないナチュラルで、お前はMSトップクラスパイロットのコーディネイターで」
遂に、カガリの弱気は、普段は全く気にしていないコーディネイターとナチュラルの「種の差」の壁が、彼女の心の前に現れるところにまで至る。
互いを妬み蔑むような差別的な気持ちは、全くない。
コーディネイターもナチュラルも分け隔てなく受け入れる中立国・オーブの姫として育てられ、「最高のコーディネイター」と揶揄されるキラが双子の片割れであるカガリは、人の差は「種の差」ではないというのが、骨の髄まで染みこんでいる。何より、カガリが「種の差」で人を見る人間ならば、彼女が「コーディネイターの上澄み」とも言われるハイスペック軍人のアスランを想い人とすることもない。
しかし、こういう局面では、どうしても「種の差」を感じずにはいられないのだ。
(私がナチュラルでなければ、もっと上手くMSを操作できたかもしれないのに、不安なくリモートを託してくれたかもしれないのに、オーブの兵も、民も、アスランも危機に晒すことはなかったのに)
遂に、琥珀色の瞳が涙で潤む。後ろでキサカが見守っているのも構わず、涙が溢れ出す。
「ごめんアスラン…私がナチュラルなばかりに」
「コーディネイターとかナチュラルとか、急に君らしくもない」
突然の「種の差」発言は、不安でたまらないが、一国の代表という立場上、それを公にはできないカガリの、自分だけにしか見せない一種の「甘え」であることは、アスランにも見えていた。
だからこそ、アスランはカガリに「甘え」を捨てて欲しかった。
自分だけに甘えてくれるのは嬉しいが、それでは生き残ることができないから。生きてまた会って、抱きしめ合うことができないから。
カガリの不安を汲みつつ、不安に巻き込まれそうな自分を抑えつつ、アスランは静かに、しかし強めの口調で想い人を諭す。
「機体のリモートを託せるのは、戦の修羅場で一瞬でも俺の命を預けることができるのは、君だけなんだ。そこに、コーディネイターとかナチュラルとかは関係ない」
「アスラン…」
「ファウンデーション側は読心能力がある…でも、リモートを一国のあるじが、パイロットの想い人が自ら行っているとは誰も思わないだろうから、君のリモートはそれだけで十分に撹乱になるだろう。何より、戦場で俺の命を預けられるのは、君だけなんだ」
一見愛の告白ともとれるような発言に、後ろで見ていたキサカは戸惑うが、カガリは逆に冷静さを取り戻す。
アスランの、静かだが強めの口調の言葉は、いつもカガリの心に勇気をくれるからー。
「そう…か、これは作戦なのか。私が、お前の命を預かって戦う、作戦なのか」
「作戦に、コーディネイターもナチュラルもない。それは、オーブを統べる君が一番分かっているのだろう、カガリ」
頼りになる部下であり、相棒であり、何よりも想い人である人の言葉で、カガリは「甘え」を脱ぎ去る。黄金の眉はきりりと凛々しい形に戻り、琥珀色の瞳は潤みながらも力を取り戻す。
「わかった、ジャスティスでも「ガワ」でも、出来るだけのことはやってみる。私も、お前を遠い戦場で失いたくはないからな」
通信画面越しに、カガリとアスランは見つめ合う。
「…カガリ様、そろそろ刻限です」
そうこうしているうちに、キサカがミレニアム側との通信の終了を促してくる。
「すまんなアスラン、ミレニアムの発進準備とキャバリアー調整で忙しいところだったろうに」
「いや、通信で少しだけでもカガリの顔を見て声を聞けただけでも、安心した」
アスランは、右手の人差し指と中指を交差させる。
「オーブ軍とカガリの幸運を」
カガリも、アスランに応えるように、右手の人差し指と中指を交差させる。
「ミレニアムとアスランも」
互いの幸運を祈るハンドサインを確かめたところで、通信は切れる。