ライジングフリーダムルージュ-幼馴染編-オーブ国防軍管轄建物内にあるシミュレーター室から、モルゲンレーテ社格納庫へと続く休憩室へつながる渡り廊下は、いつものように静かだ。
「キラ、アスラン、手を…繋いでいいか?」
二人が答えるか答えないかのうちに、カガリは、キラとアスランの間に挟まって、ニコニコと手を繋いで歩いてゆく。
「わーい、両手に花だー」
無邪気な笑顔で、繋いだ両手を振りながら歩くカガリに、アスランは首を傾げる。
「花…?」
「カガリ、それは僕がラクスとカガリと手を繋いだ時に言う言葉だよ」
「いいんだ!私にとっては、キラもアスランも大切な、愛すべき花なんだし」
実際、カガリにとって、キラとアスランは、凛々しくて美しい「花」のように思える存在である。
愛すべき花という言葉に、(カガリの愛の対象は、俺だけではないのか…)と、キラへの嫉妬を露わにして頬がひきつるアスランに、カガリは鋭く反応した。
「アスラン、顔怖いぞ顔」
「え?」
「その顔だ。どう見てもキラへの妬みにしか見えないぞ、私には」
「そうだよ、僕に嫉妬しても、何もいいことないからね」
左側にいる双子から畳みかけられたアスランは、かなわないとは分かっていても、ついつい反撃してしまう。
「だが、カガリが愛しているのは…」
「あー、いちいちめんどくさいな、アスランは!私のキラへの愛は家族愛だ!愛は愛でも、家族愛は別腹って言うじゃん」
突然繰り出された、カガリの「謎理論」に、両側のアスランとキラは驚く。
「いや、聞いたこともないが」
「ランチの時に『ケーキは別腹』って言う女の子じゃないんだから、カガリ」
「私だって女の子だ!ただ…ちょっと色気がないだけで」
ほんのり頬を染めながら話すカガリの表情に、愛い色気が溢れているように、アスランには見えた。そして、またもや嫉妬の言葉が駄々洩れになる。
「カガリの色気を知っているのは、俺一人で十分だっ」
「あーはいはい」
キラが、アスランの嫉妬の言葉を受け流しつつ、3人は長い渡り廊下を進んでゆく。
ふと、カガリはキラの右の首筋に見える痕に気づく。
「それ…ラクスがつけたのか?」
首筋に手をやりながら、キラは軽く頬を染めてうなずく。
「さっき、同じことをアスランにも言われたよ。今朝、ここへ来ると話したら、襟元を開けて痕をつけてきたんだ」
「ラクスは、いつもこういう風にキスマーク付けてくるのか?」
「うん…もちろん、愛情表現なのは分かるんだけど、何回キスマークを付けられても慣れないんだ…今日僕が会うのは、カガリとアスランだと分かっているはずなのにさ」
これが、レセプションでのパーティであるならば、ラクスが「キラに悪い『虫』がつかないように」とキスマークを付けてくるのは、キラでも何とか理解できる。しかし、この日会う約束をしているのは、二人の仲をよく知る双子と幼馴染である。
「見せびらかしても何の得にもならない相手に会うのに、何で痕をつけてくるんだろう」
キラの疑問に、カガリは大きくうなずき、首をかしげる。
「私もだ」
カガリは、頬をほんのり膨らませ、アスランから顔をそむける。
「アスランが、隙あらば私の首筋に痕をつけてこようとする意味がわからないんだ…執務服だったらスカーフ、軍服だったらインナーで見えなくなるというのに」
「何でなんだろうね」
「ねー」
きょとんとした表情で首をかしげあう双子に、アスランは何とも言えないもどかしさを感じる。
(これは、アコードの読心能力のあるラクスも、キラの心を読めずに苦労しているな…全く、この双子は)
アスランはアコード能力者ではないが、「似ている」双子にひかれあっているラクスの気持ちだけは、「元婚約者で、今は良き友人」という関係を割り引いても、よく分かってしまう。
カガリに左手をひかれながら、アスランは右手で顔を覆う。
やがて、3人は渡り廊下から地下休憩室へ行くためのエレベーター前へ至る。
地下から上がってくるエレベーターを待つ間の、何とも言えない無言の空間を破ったのは、カガリだった。
「アスラン…そういやお前、エルドアからオーブへキラを回収した後、キラを殴ったそうだな」
「う…」
破廉恥な妄想云々をカガリから詰め寄られた時と似た冷や汗が、つーっとアスランの背中に流れる。
「どこからその話を知ったんだ君は」
「誰から知ったかは、今はどうでもいい。何でキラを殴ったんだ」
「それは…」
アスランの言葉が、淀む。
「カガリ、そのことは追及しなくていいよ、アレは僕が悪かったんだし」
「キラには聞いていないし、キラが悪いとかそういうのは関係ない。私は、姉としてキラが殴られた理由が知りたいんだ」
カガリの表情に、「悪魔の微笑み」モードのスイッチが入る。
「まさか、理不尽な理由じゃないだろうな…事と場合によっては、お姉ちゃんは許さないぞ、たとえアスランでも」
「カガリ、もういいってば。それに僕の方がお兄ちゃんで」
「私が姉だ!キラは一回黙ってくれ」
キラの「渾身の訴え」を、カガリが食い気味に制する。
「で、どうしてキラを殴ったんだ、アスラン、え?」
普段はほとんど発動することのないカガリの腹黒モードに、アスランは遂に観念する。