1歳 1歳。
いや、1歳と5ヶ月。
大人になったら微々たる差、なんて誰だったかが言ったけれど、俺にとっては大きすぎる、壁のようにたちはだかる数字。
3年生のあなたは、あと数ヶ月で中等部を卒業してしまう。
そして俺は、ただひたすら前を向いてもう一度全国大会を狙ってテニスの練習に明け暮れる。あなたのいない、ぽっかり空いた隣に、不安や寂しさを感じながら。
俺の誕生日を越え、そうして迎えたあなたの卒業の日。年の差は、1歳。
ひらきかけの梅の花の下で、珍しくネクタイをしっかりとしめて笑うあなたは、今までで1番遠い存在に感じた。
冷たい風に乗せて、第二ボタンください、写真撮ってください、と彼に求める声が聞こえてくる。
あなたと目が合った。話しかけなくては。えっと、卒業おめでとうございます。そう言わなくては。
「かひゅっ……」
喉がくっついて声が出ない。口の中がカラカラだ。冷たい空気がただ口の中に充満する。
……情けない。
俯いて口を閉じていると、頭の上にいつものようにあたたかな手のひらが降ってくる。
「なんだよ、長太郎。高等部にあがったって校舎は一緒だろ」
泣くなよ、と言うと、彼が中等部から卒業するという忌々しい証明書をおさめた黒い筒を、人さし指でバランスをとって弄ぶ。いつもあなたがテニスラケットでやっていたように。
「……場所、変えるか」
そう言うと、あなたは俺を先導するように歩き始めた。
テニスコート。俺たちにとって大切な場所。普段はテニス部員でひしめき合う場は、今は俺たちだけだ。
「……で、なんかあるなら聞くしよ。言いたいことがあるなら言えよ」
そう言われてまず思ったことは、"欲しい"だった。
あなたのダブルスパートナーの座が欲しい。あなたの隣が欲しい。あなたの人生が欲しい。あなたが欲しい。
渦のように、ただただ"欲しい"という欲望が俺をとりまく。
「あの、俺」
「うん?」
「……すぐ、すぐ追いつきますから。俺が高校に上がったら、ダブルス、またしてくれますか」
驚いたような表情をしたあなたは、すぐにいつものように笑って、俺の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「当たり前だろ! 何言ってんだ長太郎」
真面目な顔して何言い出すのかと思ったら、と呑気に笑うあなた。
欲しい、とは言えなかった。今はまだこの関係性が変わってしまうのが怖い。14歳の俺にはこれが精一杯。
でも、これから覚悟していてくださいね。俺、こう見えて欲張りなんで。今年の全国も、来年のあなたとのダブルスも、あなたも獲りに行きますから。宍戸さん。