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    童話のようなもの
    (要素、区長ノベル、鳥取イベ、辺りの軽微ネタバレを含みます)

    夕班を模した昔話のような何か
    なんでも許せる方向け

    幸福だった吟遊詩人 昔あるところに、陽の光のような美しい髪を持つ王子様がいました。
     王子様は宮廷で聴いた、吟遊詩人の美しい音楽をずっと覚えていました。
     王子様はその吟遊詩人を呼び立て、再び音楽を奏でさせ、また、彼から楽曲を学びました。

    「うつくしい音色、キミの手はまるで魔法のようだ」

     幼く、気弱な吟遊詩人は何も言えずに俯きました。王子様は続けます。

    「俺に悪い魔法がかかった時、キミのその、魔法のような音楽、言葉で、俺のことを倒してほしい」

     吟遊詩人は驚きました。王子様を討伐するなんて夢にも思わなかったからです。

    「いいえ、王子様。僕にはそのようなことはできません」
    「いいや、キミにしか頼めない。俺が闇に飲み込まれた時、キミならきっとその巧みな言葉の波と、そこに込められた音楽で、俺の負の力を壊してくれるだろう」

     あまりにも王子様が熱弁するので、吟遊詩人は渋々了承しました。すると、王子様は屈託なく笑いました。

    「ありがとう。俺は幸せものだ」

     吟遊詩人はそう笑う王子様に心を奪われました。まるで、神様に褒められたように、天にも昇る気持ちでした。



     それから数年経ち、王子様が王様になった頃。唐突にその世界の空は割れました。粉々になった天井、壁、土煙。
     吟遊詩人は、音楽を奏でるための両の腕を無くしました。呆気なく。あっという間のことでした。
     これでは、王様に送る音楽を奏でられません。
     吟遊詩人は悲嘆に暮れました。しかし、そうしたところで何も始まりません。
     吟遊詩人は生きる決意を決めました。ガラクタで繋ぎ合わせた機械の腕を携えて。



     それからまた数年経ちました。
     王子様だった王様の言葉通り、王様は闇に飲まれる寸前でした。瞳は虚ろで、誰のこともぼんやりとしか認識していません。
     幼き日から随分と変わってしまった吟遊詩人のことなど、王様はとうに忘れてしまっていました。

    「王様、今のあなたは、壊すに値するひとになりました」

     吟遊詩人は悲しそうに伝えました。王様は、吟遊詩人のことを一瞥しました。

    「キミは? 誰だ?」

     吟遊詩人の心が冷えていく音がしました。王様はもう、闇の中にいて、その瞳に誰も映っていないのでした。

    「さようなら王様、僕が壊して差し上げます」

     吟遊詩人は、王様を壊しました。王様の体は地面に倒れ、起き上がることはありませんでした。



     それからしばらく、吟遊詩人は森で兎と熊に出会いました。兎はぼろぼろでみすぼらしく、熊もお腹を減らしていました。

    「吟遊詩人さん、オレたちの仲間になってよ」

     兎が声をかけます。

    「俺たちは家を探しているんです」

     熊が続けます。

     吟遊詩人は、少し考えてから、森の奥深くを指差しました。

    「あちらに行けば果実がなっているよ。運が良ければ川も見つかる。頑丈な洞穴を家にして暮らすといいよ」

     それは、吟遊詩人が今できる、唯一の助言でした。吟遊詩人は兎と熊に幸福に触れて欲しかったのですが、自分には差し出せるものが無いため、言葉を紡ぐしかありませんでした。

    「ありがとう吟遊詩人さん! オレたちと一緒には来ない?」
    「やめておくよ。体がぼろぼろで痛いんだ」
    「俺が運びますよ」
    「君はこの兎さんを運んであげて」

     そう伝え、吟遊詩人は二人と別れました。
     吟遊詩人は知っていました。この森に果実があるか、川があるか、頑丈な洞穴があるかも、保証が無いことを。
     願わくば、彼らにとって良いものに出会えるように祈りましたが、それを確認する術はありません。人助けをするには吟遊詩人の心と体はあまりにもぼろぼろでした。



     また、吟遊詩人は森を歩きます。もはや、歩くというより彷徨っているようでした。そこで、自動人形と出会いました。

    「吟遊詩人とお見受けする」
    「そうだったろうか。もうわからないよ」
    「そうか、私も私がもうわからない」

     自動人形はとこしえの時を過ごしたあまり、記憶が混濁していると訴えました。

    「私を作ったひと、私の原型、家族、主人、それらがいた気がする。しかしもう、思い出せない」

     自動人形は、体のあちらこちらから配線が飛び出ており、それはそれは物悲しい姿をしていました。

    「何もわからない世界でひとり、生きることはつらい」
    「そうだろうね」
    「どうか、私を壊してくれないだろうか。そこの配線を千切れば、機能は停止する」

     自動人形は淡々と言いました。吟遊詩人も特に驚きもしませんでした。なぜなら、この自動人形の動作寿命はとっくに過ぎており、生きていることが不思議なぐらいの見た目をしていたからです。

    「君は、それで楽になれるかい」
    「なれる。停止。死ぬ、その時を誰かに看取られる。幸せだと感じる」
    「わかったよ」

     吟遊詩人だった彼は、自動人形の配線を、そのぼろぼろの機械の手で引きちぎりました。

    「あ、ありが……」

     言い終わらないうちに、自動人形はその役目を終えました。鬱蒼とした森の中、彼はとこしえをどう過ごしていたのか。それは吟遊詩人だった彼に知る術はもうありません。



     吟遊詩人だった彼は、いつしか森の中で横たわっていました。
     すでに音楽も言葉も無く、風のさざめきの中にただいるだけの存在になりました。
     怪我だらけの体、錆びていく機械の腕。音楽と言葉を紡いだ姿はとうの昔に朽ち果てていました。
     しかし彼は全うしたのです。
     頼まれていた通り王様を壊し、請われた通り兎と熊に優しい嘘を与え、また頼まれた通り自動人形を壊しました。
     その仕事は吟遊詩人の範疇を超えました。彼はただの破壊者で嘘つきでした。しかし、それは、全て彼の中から溢れた、優しさの一部でした。

    (何が正しいのか、もうわからない)

     吟遊詩人だった彼はその時求められた成すべきことをしました。ただ、それが、正しいことだったのかはわかりません。時が経ったときに、その時代に相応しい価値観が決めるのでしょう。

     彼は目を瞑ります。次に目を覚ますかは分かりません。彼は最初に宮廷に呼ばれて始まった旅のことを思い返します。元を辿れば身に余る光栄から始まったような気もしました。しかし、今の彼はぼろぼろです。
     彼の命にとどめを刺してくれる人は、いませんでした。
     彼は眠りました。穏やかな眠りでした。



     「王様、聞いてください」
    「吟遊詩人さんに会いました! 教えてもらった道を辿ったらお城へ来れたんです!」

     兎と熊は、吟遊詩人に教えられた道を辿り、お城に到着していました。果実も川も洞穴もありませんでしたが、綺麗なお城に眠る王様を見つけ声をかけました。

    「長いこと眠っていた気がするよ。キミたちは?」
    「オレたちは仲間と家を探しています!」
    「吟遊詩人さんに教わった道を辿ったら、王様に会えました」
    「では、キミたちは俺の仲間なのだろうか」
    「そうに決まってる!」
    「そうか、それは嬉しいな。新しい光を見つけた気分だ」
    「王様、吟遊詩人さんを知りませんか? ぼろぼろで、大層弱っていました」
    「吟遊詩人……俺の知っている彼だろうか」
    「わからないけど、あの人にもう一度会って、お礼を言いたい!」
    「そうだな。彼のおかげで君たちに出会えた」
    「俺たちで吟遊詩人さんを探しにいきましょう」
    「ああ。森の中に門番の自動人形を置いている。経年で劣化しているかもしれない。途中で見つけたらキミは運んでくれるか?」

     王様の問いに熊ははにかんで答えました。

    「乗せるぐらいならお安い御用です」
    「助かる。お城に連れて、手入れをしてまた元気になってもらおう」
    「王様! 吟遊詩人さんもだよ」
    「もちろん。彼のおかげで目が覚めて、仲間を得られたんだ。彼の言葉と音楽をもう一度聴かなくては」

     王様と兎と熊は、森へ歩き出しました。辿るものは何もありません。だけど、『仲間』のために歩き出しました。自動人形と吟遊詩人を助けるために。

     広大な森に果てはありません。しかしそこを歩いていかなくてはなりません。大切な人たちを、仲間を救い出すために。



     あるところに、幸福だった吟遊詩人がいました。
     彼は、再び、誰かのために音楽を奏でられる日を待っています。




     
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