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    RE_734

    @RE_734

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    RE_734

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    VLがわちゃわちゃしているだけの話です。微塵も歌いません。
    公式程度の愛情表現ですが、なんか行き過ぎている気がするので念のためCP表記を追加させてください。
    真面目なVLはどこにもいないのでふざけている皆を楽しく眺められる方向け。

    ※前半9割 雛乃目線 後半1割 春宮目線

    推敲まだあまいので生ぬるく見てあげてください。

    #アオ腐ラ
    blue-wingedDarter
    #aopl_BL
    #いさひな
    #ひさすな
    #すいほな
    pickledVegetables

    ごめん、セリヌンティウスが待ってるから「退席ゲームぅ?」

     春宮の眉がひそめられ、盛大にしわが刻まれる放課後。
     本日は晴天なり、嘘だ。もう暦は三月になったにもかかわらずいまだに冬の寒さはどこにも去ってくれてはおらず、午後から雪の予報が出ている始末である。霙も振って足場も悪い。帰りのHRには担任から今日は用事が特になければ部活も基本的には休み、なるべく早く帰るようにとお達しが出たほどである。

     春休みに入る前に行われる校内ライブで披露する楽曲は調整もおおむね済み、後はもう詰めるのみの段階まで来ているが、今日は伊佐がmixしてきた音源の確認日だった。歌うのがメインではなくおもに音源に口出しする日ではあるが、これはこれで重要な役割がある。事前に動画で宣伝しておけばおくほど、当日の集客率も伸びるというものだ。
     たかが校内ライブ。されど校内ライブ。地道な草の根運動がおっきな大会の貴重な一票になるんだから宣伝に手抜きなんてナンセンスよ!! と声高に宣言していた伊佐を始めは甘く見ていた春宮だったが、先日の大会で大いに実感していたらしかった。ので。それがおじゃんになりそうな本日は非常に機嫌が悪い。それはもう。早く帰りたがっていた柊迫とどうでもいい言い争いを今日も懲りることなく繰り広げるくらいには。

    「ひーちゃん知らない? ルールは簡単、決められたこの部屋から出るだけです」
     機嫌の悪さを隠すことなく全身から放っている春宮をものともせず、長過ぎる腕をまるで大舞台に立つ俳優のように優雅に広げてみせた伊佐は演技じみた口調で続けてみせた。もうこの時点で面倒な気配がする。

    「厳重にかけられた鍵もなければ、脱出ゲームのように仕掛けられた謎もない、何の変哲もない部屋から一番先に出られた人が勝利を手にするゲームでございます」
     恭しくお辞儀をして見せた伊佐は、さっき大里と柊迫が出て行った際に閉め損ねた部室の引き戸を閉めた。がらがらぴしゃん。お前が閉じなければもうこれ普通に出られたんじゃないか? というのはひとまず呑み込んでおくとして。
    「それって普通にドアに手かけて、はいじゃあ出まーすで終わるんじゃないですか?」
     隣で聞いていた反郷が至極まっとうな事を言う。そう、あまりにもなんの変哲もなくて、そもそもゲームとして成り立つものなのか、という意見はこの場にいる伊佐以外の人間の満場一致とする意見であった。

    「ちっちっちっ、甘いぜはーちゃん」
     待ってましたとばかりに反郷の反論を拾った伊佐の瞳がきらりと光る。
    「参加者は自分がいち早く部屋から違和感なく抜け出すために、即興劇をして相手を引き止めておーけーなのよ。即席の設定が付与された人はそれをうまく使いこなしながら部屋を出なきゃならない」
    「全員がエチュードに強制参加させられるってことか」
    「さっすがしゅーちゃん、お話が早ーい」
     ばちんと大きすぎる音を奏でて指を鳴らした伊佐はいそいそと黒板に向かうと、見慣れた特徴的な角ばった字で『退席ゲーム』と書きなぐった。

    ***

     元ネタはなんだっけ、配信者仲間さんが読んでた学園モノミステリからなんだけどね。そういやなんちゃってマーダーミステリーでも似たような設定を組んで遊んで楽しかったなーって思ったからみんなでやりたくなったわけ。が、伊佐の談である。

    「しゅーちゃんはこういうのやったことない?」
     と話を振ってきた伊佐のこれは「しゅーちゃんは友達とこういう遊びをしたことない?」の投げかけではなく「劇団に所属しているときにこういう即興劇したことはない?」の意味だ。
    「テーマ決めをして5分から10分程度のエチュードの訓練は割と」
     アドリブへの反射神経、自分あるいは共演者がミスをした時のカバー力、なにより己が演じるキャラクターへの理解度の掘り下げと色んな訓練がいっぺんに出来るとそれなりに重宝はされていた。
    「じゃあしゅーさんにとってかなり有利になるってわけですねえ」
     俺に勝てるかなあなどと嘯いている反郷はそうはいいつつも本人が楽しめるものであるなら乗っかるのは吝かではない質だ。日頃からしらじらしい茶番を目の前にいる男とあれだけやっていてどの口がそんなことを言うのか。というよりも、だ。

    「そもそも俺は参加しないからな」
    「俺だって参加するつもりはねえよ。侃が戻ってきたらさっさと帰る」
     なんで俺たちが当然のように参加する体で話が進んでいるんだ。勝手にやれ勝手に。
     因みに大里と柊迫は本日不機嫌真っ最中の春宮にしびれを切らせたわけではなく(いや、先ほど盛大に春宮とやり合っていた柊迫は若干そうかもしれないが)、部活内で回ってきている活動日誌を提出しに行っているだけである。部内でも複数のバンドを抱えているアカペラ部は、全てのバンドがひとつの教室に一堂に会して活動する日にちは大きなイベントの前くらいのもので基本的にはほとんどない。毎日提出するわけでもないが週に一度くらいの頻度でバンドごとに回されて提出義務のある日誌の順番がたまたま今週だったというだけだ。こういう時大体中身の文面をうまい事整えるのが反郷、副部長ということをこのバンドにいると微塵も感じさせないが一応この大所帯の部活をまとめるのに尽力している副部長様こと大里が顧問との雑談も兼ねて提出しに行くのが恒例である。柊迫は大里に「喧嘩するくらいならオレと一緒に先生にこれ提出しに行こ」と腕を引っ張られて拉致られた。やろうと思えばいつでも抜け出せるのをめんどくさいという顔だけでおとなしくついていった柊迫の心境は推して知るべし、である。

    「えー、なんでよやろうよ。さとちゃんとふっきーが帰ってくるまでどうせ待ってるんだからさあ」
    「いや、俺は特に待たなくていいんだが」
    「やだやだしゅーちゃんは僕と一緒に帰るんだから一緒にいてよお、音源編集お疲れ様卵料理作ってくれるからうちに来るっていったじゃあん」
     是非やりたい人だけでやっていただいて、と肩にリュックのショルダーストラップをひっかける。
    「先にお前の家に行っているから、その遊びが終わったら帰ってこい」
    「え? しゅーさんかずさんちに住んでるんですか?」
    「住んでない。話をややこしくするな。ただ俺一人で伊佐の家に行ってもおばさんが鍵開けてくれるだけか、そこのばかから鍵借りるってだけで」
     火事にさえ気を付ければ台所の使用許可はもう頂いている状態だ。問題ない。自分の息子に使われるよりも安心して任せられるとお墨付きである。いいのかそれで。
    「それってもうかずさんのご家族公認ってコト?! 俺もほっさんのおうちにご挨拶行った方がいいのかな?! 手土産のアドバイス貰えます?」
    「何の公認なんだ何の。変な解釈をするな。ばかが調子に乗るから」
    「ねえ彼氏が最近辛辣なんですけどお!!」
    「せんせー! 雛乃くんが伊佐ちゃん泣かせてますぅ」
    「……侃早く戻ってこねえかな」
     ほら見ろ、ツッコむのを面倒になった春宮が廊下を遠い目で眺め始めた。世にいう脱出ゲームよりも如何せん難易度が上がってしまった。お前がもうちょっと抵抗してくれればよかったんだがな。

     ぎゅうと伊佐に掴まれた腕を振りほどくのも諦めがついてきた。
    「で? その退席ゲームとやらで違和感なく出れば帰れるって認識でいいか?」
    「おっ、しゅーちゃんやる気になった?」
    「お前が腕を離してくれないからな……」
     ほら、と腕を振っても離れない伊佐の手を示せば満足気に伊佐の目が細められる。
    「ちなみに俺はほっさんが戻って来るまで暇なのでえ」
     それまでなら楽しく茶番に乗っかりますよおとにんまりと反郷は、おそらく本当に大里が戻ってきたらあっさり帰るだろう。俺もそうさせてほしかった。
    「俺は参加しないからな」
     いまだに組んだ足を隣の椅子に乗せたまま、むっすりとNOの姿勢を崩さない春宮はスマホでぽちぽちと柊迫に早く戻ってこいメッセージを送っている。ひとりだけこんな態度でいるのを伊佐と反郷が放っておいてくれる訳がないのだ。
    「あっれー? ひーちゃんは己のアドリブ力に自信ない感じ? 天下のVadLipを率いる我らがボスとも在ろう人が僕たちの瞬発力より低いって自認されてるってことぉ?」
    「ボスはミスしないからその分自力でミスカバーの必要がうっすいですからねえ?」
    「あ? 誰がおめえらよりアドリブ力で劣るわけがねえだろ」
     わざとらしくワントーン上げられた伊佐の声色に乗っかるようにして反郷の声色も上がる。しらじらしいまでの煽り文句に、機嫌の悪さがいまだ継続中の春宮はあっさり煽られた。

    「アドリブ力もカバー力も僕たちよりも上だもんねえ?」
    「あったりまえだろ!」
    「それでは、退席ゲームを開始します」
     あーあ。かわいそうに。

    ***

    「因みにこれさっき言ってたみたいにじゃあ帰りまーすで出るのはダメなんですよね?」
    「まあはーちゃんがそう言ったら「あれえ、さとちゃんが来るまで待ってなくていいの? 一緒に帰ろうって言ってなかったっけ?」でブロックが成立するわけよ」
     ぐぅ、それは一旦待たざるを得ないと大人しく引き下がった反郷は案外大里を引き合いに出されれば全部阻止ができるかもしれなかった。いかにもな理由を伊佐に述べられてはいるが、今回の集まりが始まってから一ミリもそんな話をしているのを聴いていないあたり口から出まかせだろう。チョロい。身内でやればやるほどピンポイントに弱点が突かれる遊びか。
    「自分が一番始めに退席するためにアリもしなかった設定を付与することができると」
    「そう。自分にも相手にもね」
    「じゃあ如何に周りにそりゃしょうがないかという理由をこじつけて出ろってことですね」
    「まあ要するにそういうことー」
     こういうのってあらかじめ何かしらの設定を積んでおいてからスタートさせるものでは?と思わなくもなかったが、更に部室から出られなくなりそうだったので大人しく口をつぐんだ。

     じゃあ次僕の番ねーと挙手をした伊佐は、スラックスからスマホを取り出す。すこしオーバーすぎるくらいの動作で画面を見ると、ああっと額に手を当て苦々しい表情をして見せた。
    「もうすぐ枠取ってた生配信の時間が近づいてる! 心苦しいけどファンの皆を待たせるわけにはいかないから僕はこれで!」
     自分が配信者なのをうまく利用した言い訳だな、と思わんこともないがお前がゲームを始めたのにお前が真っ先に抜けるんかい。
    「そもそも伊佐、今日部活で音源チェック入れてたんだから終わるかどうかわからねえ時間から配信時間入れねえだろ」
    「あーっとこれは痛いところを突かれましたねえ、かずさん」
    「ひーちゃん意外と鋭いねえ。くそう、こっちももうちょっとばかし本気を出さなきゃなりませんなあ」
     お。これは意外といいところを突く。なんでも設定が付与できるといってもあまりにも矛盾が生じるとこうやって突かれるのか。
     反郷がにやにやとしながら肘で小突いてくるのをものともせず、対して悔しくなさそうに悔しがった伊佐はぱちりと視線をこちらに寄越した。
    「じゃあしゅーちゃんは、どうやって出る?」

     ふむ。突っ込める矛盾は突かれてしまうが王道どころはどうだろう。
    「……これはあれか。病院から電話がかかってきて家族が事故に遭ったそうだからすぐに来てほしいと言われたんだ系のオーソドックスなやつは」
    「オーソドックスって言ってる時点であれではあるけどもお。はい、はーちゃん」
    「おっとしゅーさん、それは大変ですねえ。それ、多分詐欺の可能性が高いですよ。病院にかけ直してみた方がいい」
    「なるほど」
    「なるほどじゃねーんだわ」
     身内が危篤系もあっさり看破されるわけだ。ここで粘ってもいいが別の手を考えてもいいだろう。
    「そういう引き留めの仕方もあるんだなと思ってな」
     次の退席阻止に使わせてもらおうと続ければ、伊佐はうんうんそれもいいねと頷いた。
    「ブロックの方法も色々あるからねえ。さて、ひーちゃんはどうする?」
     とりあえず一周は伊佐が全員振ってくれるらしい。エチュードというより最近伊佐が配信で嵌まっているTRPGに近いのだろうか。まあどっちも似たようなものか。

    「俺は――、侃の荷物持ってそのまま迎えに行って帰る」
     伊佐に振られて一瞬考えるそぶりを見せた春宮は、丁度いいとばかりに柊迫が置いていっているリュックに手をかけた。まあ今この状況であまり不自然ではない行動のように思えるが。
    「春宮、」
    「んだよ」
    「そのままだと柊迫と入れ違いになるかもしれない。ここで待ってから一緒に帰るのが賢明だろう。どうせ校内にいるんだ、さほど待たない」
     どうせさっきから連絡入れても返事が返ってこないんだろうと追い打ちをかければ、小さく舌打ちをしてリュックから手を離した。
    「おーう、しゅーちゃんいい退席阻止だねえ」
    「そりゃどうも」

     あ。ここで春宮があっさり出ていればこのゲームは終わっていたかもしれないのに。うっかり阻止をしてしまった。まあいいか、どうせ彼らが戻ってくるにはまだ時間がかかる。

    「一周しちゃったから二周目行こうか」
    「これって順番守らなきゃいけないやつです?」
    「いんや? 我こそは一番乗りでこの部屋を出てやるぜと意気込みのある人からいくらでもどうぞ」
     そうか、なるほど。それならこっちにも都合がいい。
     スラックスに入れっぱなしにしていたスマホに指を滑らせる。送るメッセージは1件だけを手短に。おそらくそれほど時間はかからず返ってくるはずだ。

    「じゃあもういっかい退席チャレンジいたしましょうかねえ。ほっさんたち、どこで道草食ってんだか」
    「どうせまたその辺の教師になんかしら頼まれ事してんだろ。すぐ戻って来いつってんのによ」
    「まあそれに対するふっきーからのリアクションは無! だったけどねえ」
    「そう追い立ててやるな。クールダウンしたら戻ってくるだろう」
     事の発端は何だったか。いつものようにどうしようもない口論は俺たちの中ではもはやプロレスと同じ扱いになっている。よそ様に被害が行かない限りは適度にガス抜きをさせることもまあ必要だろうという名目の放任主義である(一部5歳児の意見は除く)。が、本日はたまたま両方ともそれなりに腹の虫の居所が悪かった。柊迫も自覚があったのだろう、反郷と日誌を埋めていた大里が職員室に行く際に柊迫も引っ張って行ったのだ。いつもであればほっさん俺もとついて行く反郷も、今日ばかりは空気を読んで大人しくその場待機を選んだ。できることなら日頃からそれくらい空気を読んでほしい。いや、こいつの場合はわかったうえでやりに来ているからたちが悪いのだが。
     閑話休題。反郷がうーんと顎に手を添え、やけに芝居じみた仕草とともにゲームを再開させた。
    「それにしても、もうそろそろほっさんも戻ってくると思うんですよ。何せこのあと俺と予定がありますので」
    「ふーん? それってあと伸ばしにできない感じのやつ?」
    「それはもう。既にチケットを取っている飛行機だってあるし、時間を無駄にはできない感じのやつが」
    「飛行機って」
    「気合入ってんねえ、はーちゃん」
    「どこまで行く気だ。せめて日帰りで戻ってこれる範囲にしなさい」
    「なんだろう? 結婚の挨拶とか?」
    「俺に訊くな」
     地味にさっきの小ネタを広げるんじゃない。もうちょっと他の言い訳思いつくのに面白がってずっと大里絡みにしてるだろ。
    「はい、はーちゃん。飛行機チケット取り直すならこのサイトがおすすめよ。いまからなら全然間に合うからね。もうちょっといようね」
     いやもうチケット取り直すくらいなら行けよ、という突っ込みは更にこの茶番にガソリンを注ぐことになるのをなんとなく理解できるのでスルーしておく。
    「ありがとうかずさん……因みにしゅーさんちの親御さんに挨拶した時どうでした?」
    「あー、僕にください的なあれのこと?」
    「やってないし言ってないし今後もない」
     どうしてそのベクトルで引きずり続けたんだ。どうってなんだ。ありもしない記憶を捏造するな。いや、これはそういうゲームだったか? 趣旨が変わってきた気がする。
    「ご挨拶はともかくとしても僕はしゅーちゃんち行き慣れてるからあ、パパ上とオーディオ周りの話で盛り上がったりママ上から舞台で回ってきた地方のご当地銘菓で盛り上がったりしてるから仲良し! いつでもしゅーちゃんをいただく外堀は埋めています!」
    「埋めるな」
     勝手に人の親を懐柔するな、と続ければ伊佐に「しゅーちゃんだって十分うちの親の懐柔に成功してるからお互い様だよ」と返ってきた。解せない。
    「やっぱり外堀から埋めていくのが大事なんですねえ。俺もほっさんの親御さんと弟くんと仲良くならないとなあ」
    「大里もう直帰した方が安全じゃねえか?」
    「この猛獣の手綱掴んでられるのなんてあいつくらいのものだろ。これを野放しにするな」
     しみじみと決意新たにしている反郷を尻目にはやく大里このばか引き取ってくれないかなという気持ちと、安全に帰宅してほしいなという気持ちがせめぎ合う。春宮もおおよそ似たような気持ちだろう。

     さてそろそろ次に誰か出るかな、と言ったタイミングで
    ――ブブブッ
     マナーモードに設定していたスマホが震える。ポコンとひとつ上がってきた通知はメッセージアプリの見慣れたそれで、期待していた通りのものだった。思ったより早く返事をくれて有り難い限りである。

    「じゃあ俺はそろそろこれで」
    「おっとしゅーちゃん、何事もなくここを出られるとお思いか」
    「俺もほっさんが戻ってくるまではしゅーさんを引き止めさせてもらいますよ」

     まるでホビーアニメの悪役のようなテンションで立ちふさがり始めた伊佐と反郷を尻目に、手に持ったままだったスマホの画面をふたりの前に差し出した。

    『秀さん、手貸して。生徒会室のとなりの準備室? みたいなとこ』

     アプリに飛んできていた柊迫からのメッセージである。
     案の定と言えば案の定。やはり誰かに手伝いでも頼まれていたなというのが分かる内容だ。場所からして教師か生徒会役員から助っ人を頼まれたのが関の山だろう。
    「こういう訳だ。俺は柊迫を手助けするためにここを出る。ちゃんとした理由だろう」
     今度こそリュックを肩に引っ提げて、部室の出入り口へ向かう。この手のゲームの一番手っ取り早い必勝法は、外部から理由をつけて引っ張ってもらう事である。自力で出ないあたり反則気味ではあるが、知ったことか。

    「なんで雛乃なんだよ」
    「さっき盛大に言い合いしておいてそれは都合が良すぎじゃないのか。もう少し柊迫に時間くらいやったらどうだ」
     咄嗟に噛みついてきた春宮には悪いが(そこでなんで俺を呼ばないんだという文句に関しては是非仲直りをしてからにしてほしいもんだが)、さっき柊迫に『適当な理由をつけて俺ひとりを呼び出してほしい』というメッセージを個人宛に投げ込んでいた。部室に残っているメンバーを思い出して何かを察してくれた柊迫は、敢えてグループチャットの全員に見える方から呼び出してくれる機転を利かせてくれているのがポイントが高い。良い後輩を持ったものだ。
     ぐ、と押し黙った春宮を勝手に丁度良くよけ、さくさく部屋を出ようとしたところで今度は物理で捕まった。伊佐に。
    「しゅーちゃん誰よその女! 知らない女を優先するってことは私のことは遊びだったってこと?!」
     伊佐は出て行こうとする俺の手を掴むと、浮気された彼女みたいな台詞を口にする。なんかもう8割くらいこんなようなことを言われるだろうなとは思っていた。そもそも柊迫の設定は女でいいのかというツッコミはこの際脇に置いておく。なんにしろエチュードの積み重ねらしいのでこの際性別なんてどうでもいいのだ。まあ折角だし最後にそれらしいことでもしておくか。
    「伊佐、別にお前のことが遊びだったわけじゃないし、ちゃんとお前がいちばんだよ」
     どうでもいい口から出まかせを言いながら、殊更優しく手を添える。
    「ただ少し心配事を片付けてくるだけだから、ここで待っていてくれるか」
     咄嗟に微笑むことには慣れている。なんせこちらは数人のチームメンバー相手に微笑みかけるよりも何百の相手に数えきれないほど舞台上でその面を見せてきた。鍛えられてきた表情筋が違うのだ。
     ついでに伊佐はどうにも俺の顔がすきらしい。事あるごとに褒めちぎってくるのである程度慣れた。どうせならこういうところで活用しておくに越したことはないだろう。
    「――は、」
     普段は適当にあしらっていることこそこういう場面でのカウンターには流石の伊佐も反応がワンテンポ遅れるらしい。多分そう何度も使える手じゃないが、今回は一回効けばそれでいい。
     ぽかんとしたまま瞬きひとつせずフリーズした伊佐の手をひねり、咄嗟に掴まれたままの腕を外す。ついでに足払いもかけて、バランスを崩したところを手ごろな椅子に座らせておく。
    「じゃあ、また後でな」
     次こそ捕まる前にドアに手をかけ、なるべく小走りで廊下に躍り出た。出てしまえばこちらのものだ。後日雑にネタにされかねないが今はそんなことはどうでもいい。ダメ押しとばかりにぴしゃんと引き戸を閉めた。

    ***

    「秀さん。おつかれ、出てこれた?」
    「おかげさまでな」

     生徒会準備室。一般教室に比べ小ぢんまりとしたここは、基本的には物置と化している。埃っぽい室内はところどころに段ボール箱が積まれており、一般生徒はまず用事のない部屋となっている。
    「秀くん来てくれて助かるよー。俺たちじゃちょっと身長足らなくて」
    「ああ、本当に助っ人だったんだな」
    「折角だしね、」
     話を聞くと職員室まで向かった大里と柊迫は想定通り教師に助っ人を頼まれたらしい。生徒会顧問に荷物をここまで運ぶのを頼まれて快く引き受けたと。まあいつも通りである。
    「荷物持ってきたのは良いんだけどね、春休み中にちょっとここ整理したいんだって。ロッカーの上に乗ってる段ボールの上の箱に手が届かなくて」
    「脚立持ってくるって先生は言ってたけど、脚立に乗ってあれはちょっと危なくないかなって思ってたところだったから、秀さんのメッセージはこっちにとっても渡りに船って訳」
    「なるほど」
     話を聞きながらリュックをその辺の長机に降ろし、件の段ボールを見上げる。まあこれくらいの高さなら何てことはない。目当ての箱に手を伸ばし、降ろす。ついでにこの段ボールはと聞けばそれもと言われたのでついでに引き下ろした。
    「――けほっ、これ、随分埃がたまっているな」
    「――っくしゅん、っくしゅ。何入れてたんだろ」
     ずっと手が付けられていなかったのだろう。持ち上げて降ろしただけでそこそこの埃が舞う。柊迫はこらえきれずに小さくくしゃみを繰り返した。
    「凄い埃だねえこれ。ちょっとこれで拭いておこっか」
     咄嗟にあたりを見回して手ごろな雑巾を持ってきた大里がおおざっぱに埃を拭う。埃でほんのり白っぽくなっていた箱は、埃を拭えばこっくりと深みのある赤色が出てきた。
    「これ中身痛んだりしてないのかな」
    「まあ長年置いておいても大丈夫なものなんじゃないか」
    「ふーん、えいっ。しつれいしまーす」
     こういう時なんの躊躇もなく気になる物を開けられるのは大里のいいところでありよくないところだが、まあこんなところにずっと置きっぱなしになっているものにプライバシーもくそもないだろう。
    「お?」
    「おお」
    「写真かあ。こりゃ確かに捨てらんないねえ」
     みっちりと中に詰まっていたのは現像された写真の束だ。さして大きくない箱の割に重さを感じたのは中身がすべて写真だったからか。

     少し色の褪せた写真の束には見覚えのない生徒ばかりが写っている。隅の方に印刷されている日付はざっと今から十五年ほどは前のものだ。
    「アルバムに入れようとして選別してたのかな」
    「今時写真印刷しないからなんか新鮮だよねえ」
     ふたりはぱらぱらと写真を捲りながら感嘆の声を上げている。
    「何十年もたっても高校の時に楽しかったこと振り返れるっていいよねえ」
    「どしたのほなさん、なんか感傷に浸りたいことでもあった?」
    「ないよお! でもいいじゃん、あの時オレたち楽しかったなあ!今も楽しいなあで!」
    「将来も楽しいことを確信してるの楽観的でいいね」
    「ねえ褒めてる?! それ褒められてるってことでいい?!」
    「いいんじゃないのか」
     ぴいぴいと喚く大里を適当にあしらいながら、柊迫の視線が一枚の写真で止まっているのに気が付いた。見覚えのない男子生徒がふたり。ただただ屈託なく笑っている、
    「どうした、なにかみつけたか」
    「んーん、別に」
    「……そうか、」
     別にと言いながら何か思うことはあるようだ、まあ、わざわざ掘り下げてやることでもないだろう。

     ――ブブブッ
     スラックスの中に突っ込んだままだったスマホが震える。そういえばすっかりこちらに気を取られていた。
    『ねえしゅーちゃあん! まだあ?!』
     文面でも賑やかな伊佐のメッセージにそろそろ引き上げてやらないとなと思い出す。
    「ちょっと伊佐にかける」
     スマホを指さしながら柊迫と大里に断りを入れると、なんとなく面倒なことが起こっていそうということだけ察していた柊迫が首を傾げた。
    「あれ、もう和さんはいいんだ? じゃあおれもそろそろ部室戻ろうかな」
    「いや、もう少し待ってろ。今行くと部室から出られなくなるから」
    「どういうこと……。おれ部室に荷物置いてきてるんだけど……」
    「まあなんとかなるから少し待ってろ」
     それだけ言い置いて、今度は伊佐へ通話をかける。ここまで大里は何を言っているか何もわからず、頭上に「?」マークだけを浮かべながら待機の姿勢をとっている、正しい判断だ。

    「もしもし」
    『しゅーちゃん僕待ってたのに!』
    「はいはい。そもそもあのふざけたゲームはお前が始めたんだろう」
    『でもしゅーちゃんもはーちゃんも分かってるじゃん』
    「まあな」
     そう。そもそもあのふざけたゲームを伊佐が始めた理由は俺も反郷もなんとなく察しがついている。察しがついていて俺は面倒だなと思ったし、反郷は大里が戻ってくるまでだったら付き合ってやろうという気概で付き合っていた。
    「……で? まだ粘ってるのか、そのゲームで」
    『粘ってるけどそろそろはーちゃんが飽きてきたよ』
    『ほっさあん。俺そろそろ寂しくて死んじゃいそうだから早く帰ってきて』
    「悪いな反郷。これハンズフリーじゃないんだ」
    『じゃあ伝言しといてくださいね、しゅーさん』
    「分かった適当に伝えておく」
     どうせそろそろ戻そうと思っていた頃だったし。良くも悪くも雑用を押し付けられて、部室では猫のように毛を逆立てていた柊迫ももうすっかり落ち着いているようなので。

    「じゃあ、伊佐。 そろそろお前の家に行きたいから一緒に帰ろう。はやくこっち来い」
    『あいあいさー! 今からそっち行くね』

     伊佐が待ちかまえていた言葉を望み通り伝えてやる。まあこいつならいくらでも丸め込んで出てくるだろうが、これが一番手っ取り早いのだ。
    『おい伊佐ァ! 言い出しっぺが出るならもう終わりでいいだろうが!』
    『終わりじゃないんだなあこれが。はいじゃあはーちゃんにゲームマスターバトンタッチ』
    『バトンタッチされましたあ。ひーさんはまだここで待機だからね、俺と一緒に待ってようね』
     伊佐の背後から春宮の不機嫌な怒鳴り声と反郷の窘めるにぎやかな声が乗ってくる。春宮の不満は一理どころかまったくもってその通りなのだが、お前にはもう少し待ってもらう必要があるので悪いがそのままでな、と心の中でひとりごちておく。っていうか伊佐のやつ、あいつこっちに来るまで通話繋いでおくつもりか。

    「ねえなんで俺部室行くと出られなくなるの?」
    「退席ゲームっていうふざけた即興劇のゲームに巻き込まれて茶番に成功するまで引き留められるから」
    「えぇ……、なにそれこわ……。臣さんに荷物持ってきてもらおうかな」
    「まあその春宮も引き留め食らってるんだが」
    「なんでえ?」
     さてそれはなんででしょうね。と続けたくなるのをぐっと堪えて口角を上げるにとどめておく。

     伊佐の移動する足音をBGMに待つこと暫し。
    「はぁーい! みんなのちっちゃくてかわいい天使、伊佐良和ちゃんただいまさんじょーう」
    「はいはいおつかれ」
    「良和くんもこっち来たの? いぇーい」
    「いぇーい。さとちゃんもおつかれい」
     ぱちんと意味もなくハイタッチをした伊佐と大里は「さとちゃんはそろそろはーちゃん迎えに行ってあげな」「すいくん寒さでめげてそうだもんねえ」などとのんきにやり取りしている。
    「じゃあオレは先生に箱降ろしたの伝えて粋くんと一緒に帰るね! みんなまたね」
     と颯爽と廊下に去っていった大里の背中を見ながら、本格的に雪が積もる前にさっさと帰ろうかなという気になってくる。

    「ほなさんは部室行ってもでられるんならもう大丈夫じゃない? 臣さんがいつまでも大人しく付き合ってると思えないよその遊び」
    「まあひーちゃんは今は律儀なセリヌンティウスだから、メロスが来るまで待ってんのよ」
    「誰だよメロス」
    「ふっきーでしょ」
    「なんでそうなった」
     確かにそれはそう。それでも春宮の性格を考えると柊迫の荷物だけ放っておいて自分だけ帰ることは出来ない質だ。それは柊迫の方が俺たちなんかよりよっぽどよくわかっているだろう。
     
    「でもいいんだぜ、セリヌンティウスを置いて帰っても」
    「いや、おれ荷物部室に置きっぱなしだし。おれいつから臣さんのこと人質に置いてきたの?」
    「じゃあ僕がとってきてあげよっか? 3日間あかなくなっちゃうし」
    「原作気にするくらいなら勝手に人のこと走れメロス風味にすんな」
    「口喧嘩して気まづかったら、別に無理して一緒に帰らなくてもいいんじゃないのか、」
     伊佐の言いたいことを日本語訳してやると、ああ、そういうこと、と柊迫が口の中で呟いた。まあそんな遠回りな言い回しをしなくても、一緒に帰りたくなければこいつはさっさと帰ることを選択しているだろうけど。
    「どうせならふっきーもこのままうち来て音源聴いてく? どうせあとでみんなにも流すけど。なんならしゅーちゃんの手料理もついてくるし」
    「勝手に人の飯をおまけにするな。……まあひとり分増えても手間は変わらないから別に構わんが、」
     どうする? と既に答えがわかり切っていても、ポーズとして訊いておく。どうせこいつは来ない。
    「秀さんのごはんはちょっと未練があるけど、今日はいいや」
    「ほんとに?」
     念押しのように覗き込んでくる伊佐を、柊迫は少しおかしそうに笑いながら押しのけた。
    「ごめん、セリヌンティウスが待ってるらしいから」
    「わはは、それでこそふっきー」
    「別にオレがおいてきたわけじゃなくて勝手に閉じ込められてるだけっぽいけどね。これでおれの溜飲下げてあげるのも悪くないかも」
    「じゃあはやく迎えに行ってやれ。そろそろお邪魔虫もいなくなってるだろうしな?」
    「廊下は走っちゃだめだよ、メロス」
    「誰がメロスだよ」
     最後まで憎まれ口を叩きながら、じゃあまた来週ねとひらりと手を振った柊迫は結局小走りで部室の方向へ駆けて行く。走ってんじゃんメロス、と伊佐が楽し気に目を細めた。

    「茶番にしちゃ随分面倒な手順分だな?」
    「だってうちの王様ったらすなおじゃないんだもん。ねえしゅーちゃん、卵料理のリクエスト何でもきいてくれる?」
    「卵が足りる範囲でならな」

    ***

     遠くからぱたぱたと廊下を走る音が聞こえる。

     反郷はさっき戻ってきた大里を盛大に喧しいくらいに労いながら、わざとらしく「じゃあねボス」とにんまりと笑いながら帰っていきやがった。本当にあいつ何がしたかったんだ。
     大里の話を聞くところによれば、案の定教師に捕まって手助けをしていたらしい。だったら侃だけ早く寄越してくれれば、あんな面倒なものに巻き込まれずに済んだのに。侃のリュックを持って部屋を出ようとすればするたび毎度やたらだるい茶番で伊佐と反郷に絡まれ続ける謎の拷問を受けた。雛乃が一瞬の恥を忍んで脱出した気持ちがよくわかる。元々演劇の出だからか、あの手の咄嗟の切り返しはむしろ本業だったんだろう。どうせなら俺も一緒に連れていけよ憎たらしい。

     悶々と先ほどまでの苦渋を脳内ですりつぶしていると、通り過ぎていくと思った足音は勢いをそがれることなく部室の前までやってきた。

    「――臣さん、お待たせ。帰ろう」
    「お? おう、」

     勢いよく開いたドアと、思いのほか急いで戻ってきたであろう侃に咄嗟に返事がまごついた。
     先ほどからちくちくと伊佐と反郷につつかれていた――侃と言い合いになっていたのがひっかかっていたものだから、もっと機嫌悪く戻ってくると思っていたのに。雛乃が散々時間を開けろと言っていたのはこれだろうか。

    「ねえ臣さん。おれ新作のピリ辛チーズ揚げとにんにくスパイシー揚げ両方食べたい。帰りにコンビに寄ろ」

     侃がこうやってコンビニに誘ってくるときは、大体が仲直りの意志表示だ。欲張って一人で食べきれない量をわざと言う。ふたりで一緒に食うために。

    「じゃあ両方買って、シェアしようぜ」
    「うん」

     いそいそとリュックを背負う侃と連れ立ちながら向かったドアは、もう誰に阻まれることもなかった。



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    RE_734

    DOODLEVLがわちゃわちゃしているだけの話です。微塵も歌いません。
    公式程度の愛情表現ですが、なんか行き過ぎている気がするので念のためCP表記を追加させてください。
    真面目なVLはどこにもいないのでふざけている皆を楽しく眺められる方向け。

    ※前半9割 雛乃目線 後半1割 春宮目線

    推敲まだあまいので生ぬるく見てあげてください。
    ごめん、セリヌンティウスが待ってるから「退席ゲームぅ?」

     春宮の眉がひそめられ、盛大にしわが刻まれる放課後。
     本日は晴天なり、嘘だ。もう暦は三月になったにもかかわらずいまだに冬の寒さはどこにも去ってくれてはおらず、午後から雪の予報が出ている始末である。霙も振って足場も悪い。帰りのHRには担任から今日は用事が特になければ部活も基本的には休み、なるべく早く帰るようにとお達しが出たほどである。

     春休みに入る前に行われる校内ライブで披露する楽曲は調整もおおむね済み、後はもう詰めるのみの段階まで来ているが、今日は伊佐がmixしてきた音源の確認日だった。歌うのがメインではなくおもに音源に口出しする日ではあるが、これはこれで重要な役割がある。事前に動画で宣伝しておけばおくほど、当日の集客率も伸びるというものだ。
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