ドアを開ければ待っていましたと言わんばかりの蝉の声が耳の奥までキンキンと響いてくる。
まるでドライヤーの風を思いっきり近くで浴びているような嫌な風が同時に頬を撫でた。
カレンダー代わりに天気予報を見れば自然とため息が出る様な気温が列をなしている。
何故か昔から冬の日が暮れた時より夏の日差しを浴びている時の方が急に切ない気持ちに襲われる時がある。
カンカン照りの太陽を浴びながら、幼い頃はきっと休みが終わっていく寂しさだと思っていたが歳を重ねてもその感覚は変わってない。
この虚しさにも似た気持ちに拍車をかけたのは数日前に些細な行き違いから恋人と口喧嘩になってしまったからだろう。
平日はお互い大学とバイト、仕事に追われる日々なので自分だけが長期の休みとなると調子が更に狂っていく。
タイミング悪く直後に八木は出張が決まっていた。
お互いにもう少し思っていることを口にすれば何でもない出来事だとわかっていても、思ったように言葉が出てこなかった。
精一杯搾り出した「ごめんなさい。」がさらに溝を深めてしまったようで、結局モヤモヤとした気持ちを抱えたまま出張の日を迎えてしまった。
いつもは出張先での食事や普段は見られない観光地の写真に八木の不器用な優しが感じられる短い文章が添えられてくるのを楽しみに早く帰って来て欲しい気持ちを抑えていたが、今回は何度携帯を開いてみても最後のやり取りは数日前の日付のままだ。
いっそのこと早く休みが終わってくれればいいのに…余計なことを考えないように携帯の通知を切り、変わって欲しいと言われたバイトに気分転換で出てみたもののいつもよりぐったり疲れた体に寂しさがさらに押し寄せた。
シフトが被った2人のことをよく知る友人に冗談混じりで先日の出来事をボソッと呟いてみたが、
「お前んとこはどっちも言葉が足りないからな。」
頭では十分にわかっている言葉をかけられチクリと胸が痛む。
帰り道、なんとなくいつも2人でいる時に家に向かう道と違う道を選んでみた。
(今日はもう考えるのをやめよう。)
歩きながら頭に浮かんでくるあれこれを振りほどくように重たい体を一生懸命に動かした。
エレベーターを降り、今日1日自然と俯きがちになっていた目線をゆっくりと上げてみる。
思わずグッと息を飲み飲んだ。目線の先にいるはずのない八木が時計と携帯を睨むように交互に目をやっている。
「まだ出張じゃ…」
自然と体が八木の元に動き出す。
夜になっても熱帯夜と言われる気温の中、いつからここにいたんだろう。
額がうっすらと汗ばんでいる。
「予定より前の便に乗れたんだよ。全然返事もねぇし…」
といいながら中身がこぼれそうになるほどパンパンに詰まった大きな紙袋をグイッと胸に押し付けられた。
「美味そうなやつ適当に買ってきた。エアコン付けっぱなしで腹出して寝るなよ。」
そう言って立ち去ろうとする八木の後ろ姿に言葉よりも体が動く。
大好きな大きな背中に思いっきりギュッと抱きついた。
「ごめんなさ…」
と言いかけた言葉を遮るように
「お前が喜びそうな場所いっぱいあったから今度は一緒に行こう。」
顔は見えないが表情が手に取るようにわかる。
小っ恥ずかしいのだろう、最後の言葉に近付く程声が小さくなっていくのに思わず自分の表情も緩んでいくのがわかる。
ジメジメした空気とは逆にスーッと心が晴れていく。
「おかえりなさい。」
ずっと言いたかった言葉をただ噛み締めた。
今までとは違う心地よい切なさが身体中に広がっていく。
抱きしめられる腕の中でこのままもう少し感じていたい…志津摩はそっと目を閉じた。