煙草を片手に携帯を握りしめながら眉間にシワが寄る。
コツコツと靴で地面を叩く音もそれに合わせるかのように段々大きくなっていた。
進まない時計を見ながらハァと大きくため息をつく。
ここ数日、時間が経つのがやけに遅く感じるのは出張前に口喧嘩をしたきり残してきてしまった恋人のせいなのはわかりきっていた。
予定よりも仕事が早く切り上がり
「せっかくだから慌てずもう一泊していけばいいのに。」
という先方からの気遣いの言葉にも失礼がない様、自分ができる限りのぎこちない笑顔で頭を下げ早々に荷物をまとめた。
いつもより静かな携帯にもう一度手をやると写真フォルダにはとっくに送っているはずの写真が溜まっている。
こういう時に限っていつも以上に見せたいものや喜びそうなものがたくさんあるのだ。
何をしていても落ち着かないのでもう空港へ向かってしまおうと早々にタクシーに乗り込む。
信号待ちでぼんやり見ていた窓越しに、出発前に志津摩が
「ここのお店めっちゃおいしいらしいですよ!」
と見せてきた店が目に止まった。
(まだ時間もあるしな。)
特別腹が減っている訳でもないが、このまま通り過ごしてしまうには何だか勿体ない気がして車を止めてもらう。
ピークタイムから外れていても大勢の人で賑わう店内で志津摩が話していたメニューを注文する。
滞在中、会食で出された見ただけでも高そうだとわかる食事も味気なく終わってしまった。
この土地での最後の食事にいただきますと手を合わせ、ゆっくり口に運ぶ。
初めて食べるのにどこか懐かしさを感じる食事に出発前の志津摩とのやり取りが思い出される。
自分が行く訳でもないのに志津摩はいつも出張先を告げるとその土地の名物や美味しくて有名な店を調べては目をキラキラさせながら教えてくれるのだ。
「せっかく行くなら美味しいもの食べて来て欲しいじゃないですか!」
当たり前に感じていた日常のやり取りや志津摩の真っ直ぐな自分への優しさが恋しくなる。
言わせてしまった「ごめんなさい。」が胸の奥をギュッと締め付けた。
残りの食事をかき込むと大急ぎで再びタクシーを走らせる。
空港のお土産コーナーで志津摩が喜びそうなものを片っ端からカゴに投げ込むと、会計後に思わず自分でも笑ってしまう程のすごい量になっていた。
【今から帰る】といつも通りの短い文書に教えてくれた店で撮った写真を添えようとフォルダを開いたが、(たまには一緒に見るのもいいかもな…。)そっと画面を閉じ搭乗のアナウンスを待った。