レモンティーの話(葉流火がみた世界) 都内によくある小型スーパー。その道路沿いに箱ごと置かれている特価の500mlペットボトルに入ったレモンティー。
宝谷での練習の帰り道。圭と歩いて帰っていると、圭がそれを見た。
たまたま視界に入ったんじゃなくて、その黄色いラベルを見た。
「圭、どうしたの?」
圭は昔から周りをよく見ていた。それが”観察”になったのは、最近だと思う。目に映るものたちを、いるかいらないか判断するようになった。いるなら、その意味だとか、どんなふうに■■■に影響するのかを考えている気がする。
ペットボトルの飲み物は、今の圭にいらないはず。水分補給は今はしなくていいから。
だから。圭に意思を持たせるその黄色いラベルの飲み物は、圭がいるものだ。
「なんでもねェよ」
否定する圭。そんなわけないと、じっと見れば。
「CMで見ただけだ」
それを──ヒマワリを透かしたような色をペットボトルをテレビで見たと、ため息交じりに答える。
話は済んだとばかりに圭は歩き始める。圭の興味を引いたのに、避けるように歩いていってしまうから。
気付いていたら、手に取っていた黄色いラベルのペットボトル。つるりとしたラベルは圭みたいに逃げそうだから、ほんの少しだけ強めに掴んだ。これは、圭に渡さないといけない。
「は?」
後ろで聞こえる圭の声と、店員のいらっしゃいませ、という声が混ざって葉流火に届く。
レジ待ちの客はおらず、レジ台にペットボトルを置けばすぐにバーコードを読み込む音が店内に響く。スマホを決済端末にかざせば、店のロゴが入ったテープが黄色のペットボトルに貼られる。
それを掴んで、店の外に出る。
日が落ちてきたから昼ほどではないが、店内と比べると少し暑さを感じる。
「圭」
会計を済ませたペットボトルを圭に差し出す。
「……お前が飲むんじゃないか」
「飲んだら、怒るだろ」
「それを俺に渡すのか」
「飲みたいのかと思って」
あつい日差しに当たっていた、このレモンティーを。
圭がラベルの裏を見ている。圭は、食べ物に何が入っているかを気にする。栄養だとか添加物だとか、そういうの。自分が口にするものだけじゃなくて、葉流火が口にするものも見ている。
それは不快じゃなくて。圭が自分のことをすごく、考えてくれてるというのが分かるから。圭は清峰葉流火をとても大事にしている。もしかしたら■■■■■も──
「飲めばいいんだろ」
圧をかけていたつもりはないが、そう取らなかったらしい。圭を見ながら、圭を考えていただけなのに。
圭は何かを諦めたのようにキャップを開け、金色にきらめく液体を一口飲み込む。
「甘いな」
渋い顔だ。でも。その甘さを受け入れているのが分かる。目の光が、少し、優しい。
「ほら」
口が開けっ放しのペットボトルが差し出される。なんだろう。意図が分からないと圭を見れば。
「お前が買ったんだろ」
こんなイケないものを飲む共犯者にしてやると、視線で、口で、表情で、訴えられた。
それなら。自分はその圭を信じるだけだ。
自分は、圭が見せたい圭を受け入れるだけだ。
ペットボトルを掴む。少しでも圭の■■を■■■■から、圭の指を掠めるように掴む。その手は少し冷たい。
圭も飲み込んだ液体を、葉流火も飲み込む。圭が受け入れたものだから、大切に味わう。
「……あまい」
微かにへの字に曲がる眉と口。
圭に菓子は食べるなと言われているから、甘い物を口にすることはほぼない。甘いといって、真っ先に浮かぶのがスポーツ飲料。あと、この間の給食で出たデザートも甘かった気がする。白いカップに入ってたのと、イチゴ味のソースがかかってたのは覚えている。デザートより唐揚げの方が美味しかったら、あんまりよく覚えていない。
急に。圭がペットボトルを葉流火から取り上げようと腕を伸ばすから、反射的に上に持ち上げた。
あ、なんか少し不機嫌そう。
「葉流火」
咎めるような声。
飲みたかったわけじゃない。舌にざらつくように残る甘さも得意じゃない。けど。圭が■■■■■■ だと取り上げようとしているなら、渡しちゃダメだと。
「俺が飲む」「ヤダ」「ぜんぶ、俺の」
重ねる言葉。
野球のことだったら、圭は許さないだろうけど。そうじゃないから、きっと許す。
「……しょうがねェな」
言って、圭はまた何か考えている目をし出した。きっと■■■のことだ。
その内容を訊いたりはしない。誰よりも尊敬していて、前を歩いて葉流火を連れて行ってくれる圭なら、信じられるから。質問なんて、意味がない。
ほら行くぞ、と背中を叩かれ、圭が先を歩いていく。
道はもう薄暗い。でも、圭がいる周りはよく光って見える。見えなくても、圭の手を繋げばいい。
そうして固いアスファルトを葉流火は蹴った。