能面みたいな顔。秋斗に苛立つようになったのは、たぶんその表情だったと思う。
　秋斗は時を追うごとに、無表情に、無口になっていった。それがますます夏彦の神経を逆撫でした。昔の秋斗は兄特有の横暴さでもって、笑いながら夏彦をイジり、遊びたおしていたとういうのに。
　だから、"その日"が起きたのは、必然だった。
　その日の夏彦は、特にイライラしていた。
　真夏にはなりきっていないが、温度が高く、湿度がやけに高い日。空気も、人の声も、全てが肌に纏わりつく。だから野球の練習試合に負けたことも、試合後に指導と称してチームを責める監督の声も煩わしく、鬱陶しかった。監督の夏彦への当たりが強いことはいつものことだが、その日は秋斗に対してもやけにキツく当たっていたのも気に食わない。秋斗が大人しく監督の言葉を聞き、理不尽な内容にも反抗せずに謝罪し、あまつさえ、家に帰っても監督の愚痴を言う夏彦を嗜める。
　理解できなかった。己を過小評価する無能な監督を庇い立てする秋斗のことが。許せなかった。夏彦の気持ちを知らずに、兄として夏彦を嗜める秋斗が。
　だったら全部ぶつけようと思った。夏彦が兄に対して抱くもどかしさを、劣情を、その身体に叩きつければ少しは苛立ちも晴れるような気がした。
　帰ったばかりで、クーラーもろくに効いていない秋斗の部屋。秋斗をベッドに押し倒すのは、簡単なことだった。己の恵まれた体躯は兄を奪うためにあるのかとさえ思った。
　言葉はいらなかった。言葉を尽くして夏彦が秋斗に愛を叫んだところで、秋斗は絶対に受け入れないという確信があった。それに当時の夏彦には、身に巣食う嵐のような感情を愛と呼ぶには抵抗もあった。今でも、秋斗に抱く感情は愛なんて生優しい表現では足りないと断言できる。秋斗は夏彦の世界で、夏彦が今ここに存在している理由だった。
　夏彦の下で暴れる秋斗。しかし夏彦の力には勝てず、かと言って、本気で逃れるためには夏彦を傷付けるしかない。キスも当然嫌がったが、最後には諦めたのか、静かに夏彦の舌を受け入れていた。何の味もしないキス。それでも、ただ黙って秋斗を眺めるよりはずっとマシだった。