清峰葉流火をテレビに出したらこうなる日本で一番の長寿番組「テッコの部屋」。
大ベテラン女優のテッコさんが有名俳優から芸人、文化人、プロスポーツ選手など様々なゲストと軽快なトークを繰り広げるこの番組は、老若男女から大人気だ。
普段は収録したものを後日オンエアするのだが、今日だけは特別に生放送するらしい。
なぜなら大人気プロ野球選手の清峰葉流火をゲストに呼ぶためである。
プロ入団1年目で新人王、2年目にはMVPに輝き、3年目にはホームラン王、4年目の今年はついにノーヒットノーランを達成。そんな漫画の主人公みたいな大活躍をした球界のスーパースター。
更に190センチ近い長身に俳優顔負けの甘いマスク、そして野球にストイックなところが世の女性に大人気で無口なのにCMにも引っ張りだこ。また3年連続抱かれたい男に選ばれるなど、清峰葉流火は今や時の人だ。
数日前、そんな彼が急遽大リーグに挑戦することが発表されると日本中が大いに沸いた。
活躍を期待する声、日本球界を離れる寂しさなど様々なファンの声を受けながらもメジャーのユニフォームを肩からかけた入団記者会見での清峰は胸を張り、希望に目を輝かせていた。
前例がないほど早いタイミングでの大リーグ移籍は球団同士の交渉がこじれにこじれた為、記者会見から数日で即渡米するという大変慌ただしい事態を招いた。
特別なセレモニーもイベントもできないことにファン達は肩を落としていたが、以前から清峰の大ファンを公言していたテッコたっての願いで日本のテレビ出演のラストを飾る!と銘打った全国ネット緊急生放送が急遽企画されると、ツイッターではトレンド入りするなど大変盛り上がった。
バラエティ番組には出ないことで有名な清峰の出演決定に誰もが驚き、放送前からの注目度はかなりのものだ。
『け〜ちゃん、始まるわよ。ちゃんと見てる?』
「はいはい、俺も観てるよ」
すでに20分前からテレビの前に座っている圭は、電話をかけてきた母にそう伝える。
『ついに葉流ちゃんがテッコさんに会うのね〜、サインもらってきてくれないかしら』
「さ〜どうかな〜。そろそろ切るぜ。また連絡すっから」
そう言って電話を切った圭は小さくため息をついた。
大リーガーになるよりも圭の母的にはテッコに会える方がすごいらしい。
そんな母に呆れつつも圭は、しばらく連絡すら取っていない幼馴染そして元バッテリーだった葉流火の姿を見守るべく、1人きりの部屋でテレビを見つめる。
美しい歌声と共に番組が始まると、花々で美しく彩られたゴージャスなセットの中でテッコが笑みを浮かべていた。
「皆さんこんにちは。いいえ、今日だけは特別にこんばんはですね。テッコです。本日は緊急生放送ということで夜分にこの番組が流れています。というのも、本日のゲストの方が大変に多忙でしかも明後日にはアメリカに行ってしまうということで、この時間しか取れなかったんですね。でもね、わたしはこの方の大ファンで。いつかお会いしたいと思っていたので本当に嬉しいです。皆様もお待ちかねでしょうね。早速ご紹介します。プロ野球選手の清峰葉流火さんです」
流れるようなテッコによる挨拶が終わると、カメラはスーツ姿の葉流火を映し出す。
黒色のタイトなスーツにブルーのネクタイを締めた葉流火は俳優やモデルと言われてもおかしくないほど美しい姿をしていた。
「はじめまして、清峰さん。本日はお忙しい中ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「あ、はい。ヨロシクオネガイシマス」
「緊張なさらないで大丈夫ですからね。それにしても本当に貴方、素敵ね。私も大ファンなんですよ。ほんと惚れ惚れするくらいキレイなお顔だし、足もこんなに長くて。一度立ってくださる?…あら〜こんなにスラッと背も高くてほんとに素敵。オモテになるでしょう」
「え…いや、別に…」
「はい。ではまず貴方のプロフィールとご活躍についてご紹介しますね…」
こうしてコミュ力おばけでマシンガントークのテッコとコミュニケーション能力が極端にない清峰葉流火によるほぼ一方的な生放送トークショーが始まった。
「今年も大活躍でしたね」
「アリガトゴザイマス」
「大リーグ行きが決まった時のお気持ちは?」
「ウレシカッタデス」
「これからの目標を教えてくださる?」
「ガンバリマス」
「ではここで一旦CMです」
なんとか会話としてギリギリ成り立っている様子に圭は少し安心する。
ゲストに喋らせない。芸人泣かせだ、などと言われているテッコだが、元々寡黙な葉流火には良かったのかもしれない。
SNSを覗いても
『久々に見たけどやっぱテッコ早口ww』
『清峰www相変わらずコミュ障w』
『推しの顔が良すぎてツライ…顔面国宝』
「俺たちのテッコがメス顔してやがる。イケメンは滅びろ…でも清峰なら文句言えねぇわ』
『陽キャの国アメリカでやっていけるのか?野球以外の面で心配だから付いていきたい』
などの発言が見られ、概ね好評のようだ。
圭自身も葉流火の昔から変わらない様子に懐かしさを覚え、そしてテレビの向こうで活躍する姿に顔をほころばせた。
──圭と葉流火は半年前まで付き合っていた。
高校卒業してすぐに付き合い始めて約4年間。
男同士で互いの立場もあるため誰にも内緒で逢瀬を重ねてきたけれど、葉流火に大リーグ行きの話が出た時に関係は終わりを告げた。
「圭が一緒ならアメリカに行く。行かないなら日本に残る。ずっと一緒だ」
圭はただの学生で、まだ何も成しえていない人間だ。そんな自分のせいで日本のスターたる葉流火の明るい未来を潰してしまうわけにはいかないし、仮にアメリカまでついて行ったとしてもお荷物にしかならないことはわかっていた圭は、その場では葉流火の言葉に何も返さず実家に逃げ帰った。
「俺は一緒にアメリカには行けないし、チャンスがあるのに大リーガーにならないお前とはいられない」
「別れよう」
「今までありがとう」
一方的にメッセージを送りつけ、すぐに携帯の番号を変えてSNSもブロック。葉流火が契約してから入り浸っていたマンションからも黙って引っ越し、出世払いをするからと親に頼み込んで大学や就職内定をもらっている会社の近くで一人暮らしを始めた。
そうして葉流火からの連絡を完全にシャットアウトし今に至る。
葉流火は圭の大学も実家の住所も知っているはずだが、今のところ連絡はないのできっと受け入れてくれたのだろう。
キッチンで後ろからキスをしかけてきた時の幸せそうな笑顔。
一緒にリビングで映画を見ながら肩を寄せ合い
手を繋いだ時の体温。
寝起きに聞いた掠れた「おはよう」の声と優しいまなざし。
「好きだ」と囁かれながらの甘いキス。
それらすべての思い出が圭にとって宝物だ。
この思い出さえあれば、あとは海を渡って活躍する幼馴染を純粋に応援できるはず。
そんなことを考えながらテレビに視線を移すと、CMが終わって番組が再開される。
「それではちょっとプライベートな事をお伺いしますね。貴方は小さい頃から野球をなさっていて、高校まで幼馴染の方とずっとバッテリーを組んでいらっしゃったとか。天才バッテリーと呼ばれて有名だったんですってね。ああ、こちらがその頃のお写真。ま〜お二人とも可愛らしい。このいつも横にいらっしゃる方が幼馴染の方ね」
画面にはリトル時代やシニア時代、そして高校時代の葉流火と圭の写真が映し出されている。
全国ネットで晒される自身の写真にまったく聞かされていなかった圭は驚くも、名前は出ていないし、葉流火のプロフィールを紹介するなら避けては通れないか、と納得する。
「はい、ずっと圭と一緒に野球してました」
珍しく流暢に話す葉流火に画面越しにもスタジオがざわついたのがわかる。
さすがのテッコも一瞬目を見開いて動きが止まったが、すぐに話を再開する。
「そうなんですね、素敵だわ。で、あなたは甲子園に出場されて、ドラフト1位指名を受けてプロに入団され大活躍されているわけですけど、ずっとその幼馴染の方のおかげで今の自分があると仰ってますね。その辺りをお聞かせいただけるかしら」
いや、お前が今全部言っただろう。
そんなツッコミが日本中から聞こえてきそうだが、画面の中の葉流火は動揺せずゆっくりと口を開いた。
「…小さい頃の俺は弱くて、何もなくて。そんな俺に野球を教えてくれたのが圭で。苦しい時も嬉しい時もずっと一緒で…だから今の俺がいるのも圭、のおかげ。なんです」
「その方の事がとてもお好きなのね」
「!はい!あの、努力家で賢くて一番凄い選手だと思ってる…ます」
葉流火の発言に少しだけ涙腺が緩んだ圭は、指で目元を拭う。
葉流火が自分のことをこんな風に思ってくれていたとは知らなかったからだ。
麗しい友情エピソードにテッコも嬉しそうに相槌を打っている。
「とても素敵なエピソードをありがとうございます。そんな良いお友達がいらっしゃる清峰さんだけど、お付き合いしている方とかいらっしゃるのかしら?」
「はい」
葉流火の返事にまたスタジオがざわつく。
それもそうだろう。夜22時には寝るからと球団の飲み会すら断り、ノースキャンダルを貫いてきた野球人間の口から突然交際発言が飛び出したのだから。
カメラが葉流火のきれいな顔を大写しにするが、本人はいつも通りの澄まし顔である。
「そうなの!?残念だわ、私が恋人に立候補したかったのに。アラアラ、あちらであなたのマネージャーさんが大慌てしてらっしゃるけれど、折角の生放送だからお聞きしますね。どんな方なのかしら」
「あっ、えと。かっこいいけど、かわいい…です」
「女子アナウンサー?スポーツ選手?女優さんかしら」
「いえ、あの。普通の…一般人で」
「アメリカにはご一緒に行くの?」
「俺は行きたいけど今回は急だから…ビザとかもあるし」
「あらそう。ご結婚とかは考えてるの?」
「…いつかはそうなりたい。です」
頬を染め、少し恥ずかしそうに話す葉流火の顔ばかりテレビは映している。
ホームランを打ってもノーヒットノーランを達成しても表情を変えない葉流火の照れた顔にきっと全国のお茶の間は釘付けだろう。
しかし要圭だけは違う。
一応それなりの付き合いがあった元恋人としては、少し、ちょっと…かなりおもしろくない。圭は無意識に唇を突き出して拗ねたような表情を浮かべ、自分と別れてたった半年で結婚を意識するようなパートナーを作った元恋人の顔をテレビ越しに睨んだ。
しかし一方的に別れを告げて連絡を絶ったのは自分だという事に気づき、頭をかく。
そんな仕打ちをしておいて未だに葉流火のことが好きで独占したいなど調子が良すぎる。
今はただ幼馴染の幸せを祈るべきなのだ。
圭はコーヒーの入ったマグカップを呷ってみたけれど、口の中に苦みが広がるだけ。
「…酒でも飲めたらよかったな」
そう独り言ちた圭だが、テレビからは“ルールル”と番組のテーマソングが流れ始めた。
「あら。残念だけどもうお終いの時間です。清峰さん、ありがとうございました。アメリカでのご活躍をお祈りしていますね」
「アリガトウゴザイマス」
テーマ曲が流れてニコォと不器用に笑った葉流火とテッコが握手して終わり。かと思いきや、まだ少し時間があるようだ。音楽をバックにまだ何やら話し続けている。
「明後日にはアメリカですが、明日はどうされるの?」
「えっと、地元に帰って親とか色んな人に会ったりして…」
「あの幼馴染さんにもお会いになられるの?」
「はい。圭には改めてプロポーズしてアメリカに一緒に行こうって言おうと思ってて……あ」
“しまった”と言わんばかりの表情で口元を押さえた葉流火のどアップ。
そして“ルールールールー”の歌声とともに番組が終了した。
と、同時に圭のスマホがブルブルと震えだす。
この番号を知るのは母親か、葉流火以外の元小手指のメンツか、大学野球部の部員だ。
必死になって葉流火との関係を隠し通したのは葉流火をどこに出しても恥ずかしくないスター選手にするためだったのに台無しになった、とか。
というか、葉流火の中で俺達は別れてなかったのか?とか。
プロポーズてなんだよ。初耳すぎるわ。など様々な想いが脳裏をよぎった圭は、すぅ、と深く息を吸うと誰もいない1DKの小さな部屋で叫んだ。
「き、清峰ー!!コラー!!清峰ぇ〜!」
この騒動のお陰で色々と大変だったけど、パートナーが日本にいられなくなったのでアメリカ行きが早まり結果的によかった。テッコさんに感謝している。と大リーガー清峰葉流火氏は後に語った。
氏の胸元にはチェーンに通されたシルバーのリングが光っている。