無題がらりと戸が開いた音がして振り返った彼女の視線の先には予想外の男士が立っていた。
「あれ、肥前だったか。珍しいね書庫に来るなんて」
本丸内の書庫にて資料を探していた彼女の背後にいたのは脇差の肥前忠広。普段から書庫に寄り付くことはほとんどない刀である。そんな肥前が書庫に来るなんて、何か自分に用事があったのだろうか。
「おれが来ちゃ悪いのかよ」
「あはは、ごめん。読みたいものでもあった?」
彼女は手にしていた資料を上段に戻そうとした。小柄な彼女には少々難儀な作業だ。あと少し、あと少し。精一杯背伸びをしていた彼女の手を肥前が後ろから支える。そうして、そのまま本を押し込んだ。熱の隠った手のひらにドキリとする。彼女の意識はあっという間に肥前の手のひらに引きずり込まれてしまった。
「あ、ありがと」
予想外の出来事に、お礼は言いつつも顔は見れなかった。手の甲にまだ肥前の熱が纏わりついているようで。そんな彼女を見下ろしていた肥前の瞳がスゥッと細められた。
「そんな無防備な格好でいいのかよ、主サマ」
肥前の指の腹が彼女のうなじをついと撫でる。口調と声音の割には羽のような触れ方に、「ひゃぅっ」といつもよりも気の抜けた声が出てしまった。一瞬肥前の動きが止まる。
「な、なに…」
慌てて肥前を振り返ろうとした彼女。しかし振り返ることは出来なかった。肥前の手が彼女の腰を抱き寄せる。今の彼女の格好は、控えめな背中あきトップスで背中の上部に大きめのリボンがついているものだ。デザイン的には前面部分の露出こそ少ないものの、肩から背中にかけて肌が見えている為に肥前の唇は容易に肌の隙間を這うことが出来た。
がぶり。
「ぁッ」
それはまるで猫が甘噛みをするような噛みつき。肩に軽い痛みと熱い吐息が彼女を襲う。びく、と体が震えた。
「肥前っ」
身をよじって逃げようとするが、がっちりと腰を抱き寄せられている為に身動きが取れない。またがぶりと噛みつかれる。今度はうなじだ。先ほどよりも強い痛み。
「いたっ、ほんと待っ」
べろり。
ねっとりとした肥前の舌が噛みついた箇所を這う。ひりついた痛みに熱が重なる。ねろりと這う舌が彼女の思考を溶かしていく。ぼとん、と彼女の手から資料が落ちた。
「簡単にこんなことされてんじゃねぇよ、えぇ?」
彼女の腰に回した手に力が入る。肥前の手を掴んだ彼女のか細い声。
「やめ…」
小さく絞り出された声は肥前を煽り立てる。じわじわと薄紅に染まるうなじに舌を這わせていた肥前はわざと首筋を強く吸い上げた。
「っあっ」
マフラーでも巻かないと隠せない場所に紅い花弁が舞う。それに気付いた彼女は「肥前」と小さく抗議をする。けれどそれは逆効果であった。肥前は抱き寄せていた手を離す。途端に自由になった彼女はすぐに肥前を振り返った。顔どころか首筋、肩まで紅く染まっている。
「これに懲りたらそんな格好するんじゃねぇぞ」
肥前は意地の悪い笑みで己の背中をとんとんと指差した。艶やかに潤んだ瞳と真っ赤な顔で肥前を睨み付ける彼女。しかしその目付きは誹謗の視線ではなく。ごく、と喉を鳴らす肥前。
「…煽るなよ」
「肥前が、先にしたんだよ」
「はっ、元はといえばあんたのその格好だろ」
彼女は肥前の内番服の袖を引っ張って肥前を見上げる。それが合図のように、貪るような口付けが始まった。