「草むしりして楽しいか?」
「…………」
気が付いたら目の前にしゃがんだスカーが居た。
地面からむしったレモングラスをしまってそのままスカーの顔を見た。
相変わらず心からの綺麗な笑顔で俺を見ていた。悪役にありがちなこういう素材集めをするのを小馬鹿にする笑顔ではなく、レモングラスの強い匂いに少し顔をしかめながら採集する俺を感心するような微笑みだった。
とはいえ、話すこともないので立ち上がって踵を返す。栄養液に蘇生スプレー、他色んな薬を用意しないといけない。
「おいおい、無視は酷いだろ?」
どういう能力なのか、瞬きをした瞬間にまた俺の前にスカーは立った。
今度は無視をされて本当に傷付いた、という表情を浮かべていた。同じような悲しげな顔を秧秧や熾霞がしていたら友人としてすぐに慰めたくなるような、そんな心からの表情。
「話をしに来ただけだ、本当だ。何の話だっていい、今朝食べたご飯、昨日助けた猫のこと、雑誌の取材のクイズで間違えた話だって」
……どうやら俺の行動はすべて筒抜けらしい。
はあ、とこれみよがしに溜息をついて。
「スカーこそ自分の話をしたらいいじゃないか。俺ばかり話すのは不公平だ」
俺より少し高い位置にある目を見て言えば、返事が貰えたのがそんなに嬉しかったのか、目をきらきらとさせて笑顔でそれもそうだと頷いた。スカーじゃなかったらドキッとするような可愛らしい表情だったのは間違いない。だが、相手は残星組織の監察で、無事だったとはいえ秧秧を閉じ込めた奴だ。
「なら、俺の話をしよう。そうだな、話すなら漂泊者に関係する話の方が楽しいだろう」
うんうんと大袈裟に頷いて話題を探すスカーを連れて次の素材を求めて歩く。
ここは帰来の港。今州のまともな人は滅多に近寄らない。以前までは毒が蔓延しており、危険な残像も多くいるから必要がなければ人は寄り付かない。
貴重な素材の妙姿花を摘むと、綺麗な花だな、と言って俺の手から花を奪った。あ、と視線を花を奪ったスカーに移している間に、スカーは花を俺の耳にかけた。
「丸い花びらが優しい漂泊者によく似合っている。可愛い」
どんな口説き文句だ、と呆れて耳に掛けられた花をしまう。
「似合ってたのに」
「これは大事なアイテムだから」
「確かに。失くすと大変だな、それは悪かった」
素直に謝って、何なら本当に申し訳なさそうに眉を下げて言うものだから毒気が抜かれて文句も言えなくなる。
はあ、と今度は自然とついて出た溜息を出してその場に座った。スカーもそれに合わせて俺の隣に座る。距離が近い気もするけど。
「少し話をしたら満足する?」
「どうだろうな、少しでも嬉しいから満足するかもしれないし、もっと欲しがってしまうかもしれない」
「なら、俺が満足するまで。その後はすぐに帰ること」
「へえ?俺を捕まえて今令尹の前に突き出すのかと思った」
「俺一人じゃ出来ないのはわかってる。どうせ瞬間移動して逃げるだろ……」
「流石は俺の友達だ。融通が効かないのは玉に瑕だが、冷静に状況を見て判断するのは素晴らしい」
ぐい、と顔を寄せて笑顔を見せつけてくる。
スカー、という名前の通りなのかなんなのか、確かに顔は何かしらの傷跡が多くあるものの、所謂イケメンに部類される整った顔の持ち主で、本当にスカーじゃなければドキドキしていた。
「で、何を話せばいい?」
「そうだな、目的もなく他愛も無い話も魅力的だが、俺の目的は変わらない。お互いをよく知り合えればいいと思っている」
「好きな物とか?」
「そう!食べ物や動物、何でもいい」
「攀花さんのお店のご飯は全部好き。特に疲れた時とかはあの辛みがスタミナになる」
「なるほど……無条件に辛いのが好きという訳じゃないんだな?」
「んー、そうかも。辛いの自体は普通かな」
「いいことを知った。今度は疲れてる時に辛さが効いた料理でも持ってくる」
「デリバリー?ブブ物流に就職すればいいのに。その瞬間移動、役立つと思うけど」
「やめてくれ。俺は漂泊者の為ならどこへだって飛んでいくが、それ以外の奴らに使う時間はないぜ」
心底うんざり、という顔で首を横に振ったと思ったら、今度は俺の肩に手を置いて顔を近づけてきた。
「他には?好きなものじゃなくてもいい、嫌いなものとか、最近ハマってるものとか」
スカーであってもドキドキする。
けど、それを表情に出さないように、スカーがいる方向とは逆の手を握って表情筋を律した。
「わからないな。記憶が無いから全てが新鮮で面白い」
「ははは!純粋で良い回答だ!だからこその欠点でもあるが」
少し気に障る言葉に大人気なくムッとして、スカーの目を見てこちらからも顔を近付けた。いわゆるガンを飛ばすと言うやつだ。
「なら、スカーは?さっきも言っただろう、俺ばかり話すのは不公平だって」
睨んで、凄んでみた、のだが。
「あ……そ、そうだな……」
今度は顔を真っ赤にして顔を引いた。
明るいグレーの髪だから隙間から見えた耳が真っ赤になっているのがよく分かる。
……照れてる?
「好きなものは漂泊者で、ハマっているものも漂泊者。だから、これは好きだから少し驚いたというか、嬉しくて」
「…………」
「はあ……本当に飽きさせないな。俺以外にそんなことをするなよ?もしそんなことを他の奴にして、そいつが漂泊者のことを好きになったりなんかしたら我慢出来なくなる」
背中に突然走る殺気に体が固まる。
そうだ、こいつは残星組織の監察で、体を残像に変えることもできて、俺が今生きているのはこいつが見逃しているからで。
「……なんてな。そんなことをしたらお前に嫌われてしまう。漂泊者が誰かに好かれるのは嫌だが、漂泊者に嫌われるのはもっと嫌だ。だから我慢しよう」
健気で可愛いだろう?とふざけてみせたスカーからは、先程までの殺気は無かった。
打って変わって穏やかな笑顔でまた俺の肩に手を置く。今度は体重を掛けてきて、何とか押し倒されずに耐えた。
「本当はこんな回りくどいことなんかより、ここでお互いの全てを暴いて通じ合った方が早いと思うが」
「…………?」
「そういう性急なのは嫌われそうだからやめた。少年少女のように、プラトニックなやり取りも悪くない」
いつも通り何かをはぐらかすような言葉に疑問符を浮かべていると、クスクスと本当に面白そうに笑って。
「…………!?」
不意にキスをしてきた。
記憶が無い俺にも流石に分かる。言ったそばから性急な行動で、プラトニックと言うやつではない気がする。
「良いだろう?少しくらいご褒美をくれたって」
「何もしてもらってないのに、あげる褒美もない」
「なら、今からお前にとって良いことをしてあげよう。褒美の前払いなら怒らないでくれるか?」
何をするつもりだ、と身構えると遠くから轟音が飛んできた。
スカーはそれを一瞥するまでもなくカードで弾いた。遠くに飛んだ炎の玉は昔に滅んだ文明の痕跡、つまり道路に飛んで燃え尽きた。
「残星組織……!」
「俺もだ、漂泊者」
立ち上がろうとするのをスカーは制して俺に背中を向けた。
「スカー様!そいつは俺たちがやっちまいます!」
無言で投げ飛ばしたカードは仲間であるはずの残星組織たちの足元に飛んで行き、大きな音を立てて爆発した。爆発に巻き込まれたスカーの部下たちは何とか避けたのか、しかし恐怖と混乱で覚束無い足で逃げ帰っていく。
「キスと同等くらいには役立っただろう?」
「た、確かに……」
目の前にしゃがんだスカーは、まるで飼い犬が芸をした後に褒めてもらうのを待つような表情だった。
「漂泊者のためなら、互いに知り合って最後に俺を選んでくれるなら、何だってする」
「…………」
「そのためには嫌われないようにしないと」
立場が立場じゃなければ手を取ることも出来たのかもしれない。目的が入れ違って居なければ。
そう思って無意識に持ち上がっていた手はスカーの手に向かっていたのを、軌道修正して頭に乗せてガサツにわしゃわしゃと撫でた。
「…………」
「よ、よく出来ました」
俺は何を言ってるんだ。
誤魔化し方が下手すぎて焦ってさらに良くないことを言った気がする。
流石のスカーも呆れただろう、と思ったら、また顔を真っ赤にして今度は嬉しそうに照れ笑いをした。
「ふふ、まさかだな。ああ、本当にお前は飽きさせない」
スカーの反応も意外でなお混乱している俺に素直に撫でられていた。
5秒もない程度だったが、大人しく撫でられていたスカーは俺の手が離れるまで嬉しそうにずっと笑っていた。
「さて、水も差されたしそろそろかな」
と言ったくせに離れもしなければ立ち上がりもしないスカーの顔を見て、少し困惑しながらも俺が立ち上がった。スカーはそれを見上げていた。
「じゃあ、ま……あー……」
「また、であってる。また逢いに行く」
「……と言いながらストーカーするんだろう?」
「俺の事をわかってくれて嬉しいよ」
相手は残星組織で、その監察で、残像に変身するような奴で、大罪人で、味方でも迷わず攻撃出来るようなやつで。
常識で考えたら有り得ない。
どうせまたストーカーされるし、何なら明日の朝にでも目の前に現れるかもしれないし。
どうしてこんな言い訳をしなければ、気を抜くと振り返ってしまうような気がするのだろうか。