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    do__kkoisho

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    do__kkoisho

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    漂スカ

    「…………」
    広い部屋の真ん中に円形のベッド、申し訳程度の家具がある。恐ろしいことに窓がない。
    一歩、二歩、と警戒して部屋を歩き進める。自分のブーツの音しかしない。他の音がしないところを考えるに、残像が潜んでいて襲ってくるとかは無さそうだ。
    ベッドまで辿り着いて縁に座る。どうやら自分が立っていた場所の後ろにはドアがあり、その上には。
    「……………………」
    読むのも躊躇われる。なんの悪ふざけだろうか。
    「セックスしないと出れない部屋?良い趣味の持ち主もいたもんだな」
    「…………」
    何故か聞き慣れてしまった声が背後からきこえた。その持ち主に向かってノールックで肘鉄を食らわそうとするも、流石は監察、さっと距離をとってまた後ろから抱きついてきた。
    「お前の仕業じゃないのか、スカー」
    きつく睨んだはずだが目が合うとスカーは嬉しそうに微笑んだ。
    「まさか。俺ならもっとお前に喜んでもらえる部屋を作る。例えば、美味しいご飯がいつでも作れるキッチンを完備、足を伸ばして入れる大きな浴槽、ベッドも低反発で体への負担が少ないもの……ここにはそういったものは無い」
    確かに、と納得してしまうのも変な話だけど。
    組織の方針よりも個人的な俺への感情が暴走して見えるスカーなら、それくらいの事はして当たり前なんだろう。嬉しいか嬉しくないかで言えば……嬉しくはないか。
    「俺は気付いたらここにいたんだけど、スカーは?」
    「同じだ。瞬きをした瞬間、気づいたらこんな悪趣味な部屋だ」
    いい加減重いので振り払って隣に座るように指さしたら、それはそれで嬉しいのか必要以上にベッドを鳴らして横に座った。もちろん、太ももはくっつけてくる。
    過去からの学びとして、距離をとってもさらに詰め寄られるだけなのでそのままにした。
    「何にせよ脱出しないと」
    デバイスを取りだしてスキャン機能を起動させる。これで脱出の手がかり……特に、唯一の出入口に不審な罠がないか……。
    「あれ?」
    スキャン機能が起動しない……?
    「へえ?こんな時に不具合か?」
    「どうなんだろう。一部機能が使えない……鉤縄は使えそうだけど、スキャンや連絡ツールの機能が停止してる」
    「脱出どころか調査も外部との連絡も絶たれたってわけか」
    流石のスカーも神妙な顔になって腕を組んだ。まさかの展開だが、2人で協力しないと出られないということか。
    「外部との連絡も取れない、お互いにここに来た記憶が無い、窓もないから外の様子も分からない、手掛かりらしいものは一切ない……さて、漂泊者、お前ならどうする?」
    「どうするって……」
    祈池村での出来事がよぎる。しかし、あの時と違うのは調査できる所がもう無いということ。
    ベッドから立ち上がってベッドの下や、家具を移動させてみたけど何も手がかりになるものはない。つまりは……。
    「ドアや壁を破壊するしかない……?」
    「ハハハ!相変わらず石頭だな!……と言いたいが、実際それしかないのも事実だ」
    スカーが立ち上がり、俺の手を握って引き寄せた。不意の行動だったから抵抗もできず、スカーの胸にすっぽりとハマってしまう。
    「俺から離れるなよ?」
    と俺の肩を抱いて、もう片方の手でトランプを数枚ドアへ向かって投げ飛ばした。耳が痛くなるほどの轟音と目に沁みる爆煙がドアと壁を覆った。
    だが……。
    「……まあ、お前が怪我しなかったからいいか」
    ドア、壁の一部が欠けて飛んでくることもなく、不思議な事に煙もどこかに霧散して物が燃える匂いもなくなった。
    「変なギミックもなく、ただただ頑丈な壁と見せかけのドア……という所かな?」
    スカーから離れて警戒しながらドアノブを触る。ガチャガチャと動かすことは出来るものの、押しても引いてもビクともしない。
    壁とドアの隙間らしきものもあるが、だからといってそこから外の世界に通じてるとも思えない。
    「2人で攻撃したら変わるか?」
    「さあ?やらないよりは、やって分かりやすく絶望出来るからマシ程度だと思うけどな」
    「僅かな可能性でも賭ける」
    やれやれ、と言う表情だが迅刀を手に取る俺の横にスカーも立った。
    「1、2、3で攻撃する」
    「いいだろう。お前に合わせるよ、ダーリン」
    なんか変なことを言われたが無視をして構える。
    「1……2……」
    腰を落として脚に力を入れる。
    カード以外では足技を使うスカーも重心を変えて合図に備えている。
    「3ッ!」
    床を同時に蹴って迅刀を振り下ろす。スカーも同様に踵からドアに向かって蹴りを入れる。
    結果、部屋が衝撃で震えて家具に乗っていた小物が落ち、ドアノブが取れた。
    「初めての共同作業なのに湿気た結果だな」
    落胆の仕方が間違ってるスカーはドアから離れた。取れたドアノブと接合部分を見ると、明らかにドアノブとしての仕組みではなく、捻る動作だけ再現したような作りになっていた。
    さて、次にどうするべきか。
    迅刀をしまってベッドに座り直す。
    もちろん書いてあるとおりにセックスをすれば一番早いんだろう。だがそれは避けたい。スカーがどうとかというより、こんな悪趣味な部屋を用意するということは誰かが俺たちを見張っていることは容易に想像がつく。ただでさえ俺は普段からスカーにおはようからおやすみまで見られているのに、知らない存在も追加だなんてゾッとする。
    とはいえ、本気の攻撃でも装飾品がようやく取れる程度の頑強な作りの建物。何かどこかに抜け穴がなければ何も出来ない。
    スカーは俺の隣に座らず、屈んで考え込む俺の膝に手を乗せた。まるで落ち着いてと言わんばかりに優しく数回撫でて立ち上がる。
    「飲み物でも取ってくるよ」
    と言って、スカーはカードを投げて黒いゲートを……え?
    「お待たせ。火照った体にぴったりの涼茶だ」
    黒いゲートから出てきた。
    「は……?え……?」
    「どうした?涼茶は苦手だった?」
    「そんなことは無いけど……」
    手渡されたお茶を飲む。ミントの爽やかな風味が喉を通って体を冷や……しきってくれはしない。
    だって。
    だって!
    「出られるのか!?」
    「もちろん」
    当然と頷いたスカーも涼茶を飲んだ。
    ゲートは元のカードのサイズに戻ってスカーの手元にくるくると飛んで行った。
    「頭を使ってるみたいだから糖分補給で潮パイと、あと小腹がすいたとき用に軽食としてナゲットも」
    相変わらず用意が良い。ベッドのサイドボードにそれらを置いて俺の隣に座った。
    自分もお腹がすいていたのかサクサクとナゲットを食べ、お茶を飲んでふぅ……と一息ついている。それを見ると俺も緊張が解けてお腹がすいてき……。
    いや、そうじゃなくて。
    「出られるなら最初から言ってくれよ」
    「確証はなかった。試しにやってみたら出来ただけだ」
    「俺もそのゲートを通れないのか?」
    「通れるぜ」
    「なら一緒に脱出させてほしい」
    素直にお願いをすると、スカーは視線を俺から逸らして何か考える素振りを見せてから、俺の手を取って顔を近づけてきた。どちらかがあと数センチ体を傾けさせれば唇がくっつく距離だ。
    「セックスしないと出れない部屋なんだろ?なら、逆説的に考えればセックスさえしなければ永遠にここで2人きり……それって素敵な事だと思わないか?」
    「思わない」
    「頭に血が上ってるぜ?冷静になるんだ。この空間における漂泊者の支配者は俺だ、俺の気分一つでお前を永遠に籠の中の鳥にすることだって出来る」
    「…………」
    悔しいが、実際その通りだ。
    この部屋を作り出した主が姿を表さない限り、自由に出入り出来るスカーに全てを握られている。その事実のどうしようもなさが虚しくて奥歯を強く噛む。
    反面、余裕のあるスカーは口元を緩めて笑う。
    「それでも俺はお前に自由を与えたい。漂泊者、この空間で、この状況で、お前はどうしたい?」
    どうしたいも何も、ここから出たい。
    ただ、これを飲ませるためにはスカーを説得しなければならない。
    そのためには。
    「……わかったよ」
    スカーを押し戻して距離を取る。スカーは、警戒など一切せずにベッドに手をついて体を乗り出して追いかけてくる。
    「このデバイスの示す時間を基準に1日以内だ。その間はある程度、お前の好きな通りに俺を扱っていい。本当に嫌なことは嫌だと言うし、拒否はするけれど、少し触るくらいなら許す。それで満足してくれたら俺をここから出してくれ」
    気分一つ、と言うならその気持ちをどうにかするしかない。
    黙って俺を見つめるだけでスカーは返事をしない。数秒経っても俺を見つめるだけ。
    「……最悪の場合、お前を抱いて条件をクリアする」
    本当の本当に最悪の場合。あらゆる選択肢を試して最後の最後に選ぶしかなくなった時の選択肢。
    スカーはそれを聞いて目を丸くしてから高笑いしてベッドに転がった。
    「これは嬉しいお誘いだな!お前が望むなら俺はいつでも受け入れるぜ……なんてな、冗談だよ。お前と過ごす時間はどれも永く大切にしたい。目の前の快楽にかまけて幸せな時間を一瞬で終わらせたくはないな」
    ベッドに乗り上げたスカーは最初の時のように俺を後ろから抱きしめた。
    「仕方ない。その条件を飲もう。俺としてもこんな世界に永遠にお前を閉じ込めるのはごめんだ。からかって悪かったよ」
    それは蠱惑的なものでも、体を触ることが目的でもなく、優しく慈しむように、俺の不安を和らげるように、まるで俺を氷細工かのように包み込む抱擁だった。
    祈池村で小さな残像がスカーを慕っていた音声を発していたのを思い出した。
    破壊的で自分の衝動に従い、目的のためなら自他ともに傷付くことを厭わない。
    それなのに、何かを心から慈しむことも出来る。
    両立するはずのない二律背反な感情を表に出されると、自分の中の感情も揺らいでしまう。
    スカーは残星組織の監察、自らもヤギのような形の残像へと姿を変える狂的な思想の持ち主。残星組織が俺を欲しがっているのは、彼らの目的にとって俺の力が役立つから。
    だけど、スカー本人は?からかいでもなく、本当に俺を……?
    だとしたら過去の俺はスカーに何をしたんだ?
    「短い時間だが、お前にしてあげたいことが沢山あるんだ。例えば美味しい食事を食べさせたり、その綺麗な髪を梳いてやったり、眠るまで寝物語を語ってやったり……。俺が満足するまで付き合ってくれよ?」
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