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    do__kkoisho

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    do__kkoisho

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    スと首席が漂を取り合う話

    「今日はありがとう」
    「気にしないでいい。友達の頼みだ」
    「何かでお返ししないとね。夜予定は?」
    「特にないけど」
    「なら良かった。夕飯をご馳走するよ」
    「それは嬉しいな」
    なんて談笑をしながら石崩れの高地を相里と2人で歩く。北落野原に近いここは強力な残像がいるけれど、その分人もあまり寄り付かない。
    今日は相里からの依頼。義手に戦闘機能を追加したから実践テストをしてみたいと。
    相里は研究員でありながらも夜帰軍のトップ層とも渡り合えるほどの戦闘力がある。本人は買い被りすぎだといつも謙遜するけれど、こちらとしては少しでも気を抜けば簡単に倒されてしまうプレッシャーが付きまとう程。
    今日になるまで訓練場でしっかり鍛えてきたし、相里が試したいことにも付き合えるだろう。
    開けた高台に登り、周りに人がいないことを確認する。残像は見つけ次第2人で倒す。
    そうして誰もいなくなった高台で距離をとって向かい合う。
    相里はタブレットを取りだして義手のデータを見たり、内部パーツの交換をしている。俺も準備をしないと。
    そう思って迅刀を持とうとすると。
    「また知らない男とデートして……でも、お前の初めては俺だよな?」
    うーん、やっぱりか。
    聞き慣れた甘えた声が背後から囁かれる。
    後ろから抱き着かれて髪に頬擦りされる。喋るたびに息が耳にかかってこそばゆい。
    向かいで対峙していた相里が呆気にとられて目を丸くしている。無理もない。危険を考慮して人がいない場所にわざわざ来たのに突然見知らぬ人間がやってきて俺に抱き着いたんだし。
    「いつ脱獄したんだ」
    「さっき」
    「早く帰れ」
    「嫌だ。お前とデート出来たらすぐ帰ってやるよ」
    「大獄に帰るんだぞ」
    「わかってる」
    空間転移能力があるからいつかは脱獄するだろうとは考えていなかったわけじゃない。ただ何というか、カジュアルに脱獄して俺のストーカーをして気が済んだら牢に戻るとかいう意味の解らない行動をしている。いや、脱獄しても俺の監視下にあるし牢には戻るから残星組織に戻られるよりはずっといいんだけど、だとしても残星組織に戻ってくれた方が理解できる。
    相里が駆け寄ってきて困惑を隠さずに俺とスカーを交互に見る。
    「えーっと……彼は?」
    「スカーだ」
    「漂泊者の彼女です」
    「違う。相里も知ってるだろうけど残星組織の監察で今投獄中の大罪人だよ」
    「えっ……と、えぇっと……?」
    どんな時も冷静に、論理的に考えて淀まずに言葉を伝える相里が明らかに慌てている。普段見れない姿が見れたのはちょっと嬉しい。
    「あっ、思い出した!」
    耳元で大声を出すのはやめてほしい。
    「お前だな?俺の漂泊者とお祭りデートとかいうベタなことした奴は」
    「デっ……!?そんなつもり、は……」
    「最初に漂泊者とデートしたのは俺だから」
    「あれ、デートか?」
    「デートだろ?謎解きゲームのデート。楽しかったよな?」
    首をひねってスカーを見上げると心から嬉しそうに笑っていた。
    楽しくはなかった。
    陰惨な事件の真相を解き明かして、想像以上の惨劇を知った嫌な記憶。それに秧秧も閉じ込められたし、俺とスカーも正面を切って戦った。あれがデートならこの世界から戦いという概念がなくなる。
    首を横に振って否定していると、スカーは視線を相里へ向けた。お腹に回った手に力がこめられる。
    「俺の漂泊者に撫でられて嬉しそうにして」
    「そんな、こと」
    「知ってるぜ?ロボット越しに撫でられた時に本気で照れてたの」
    「何故それを君が」
    「漂泊者も罪な奴だよな?おかしな人間を2人も落としちまって」
    ソウリを撫でたときのこと?確かに、あの時彼はずいぶん狼狽していたけれど。俺が予想外なことをしたから反応に困っていただけだと……。
    そうだったのか、と相里の顔を改めてみると、彼は真っ赤な顔で口をへの字に歪ませて歩いてきた。珍しく怒ってる……怒ってるだけか?なんか目が潤んでるけど。
    自由になっていた手を相里が握って引き寄せた。予想外だったのかスカーはそれを防げず、俺も俺で相里に抱き締められてしまった。ひんやりしてると思った義手が少しだけ暖かい。
    「そうだっ!僕だって漂泊者のことが好きだよ!」
    えっ。
    顔を上げて相里を見ると真っ赤な顔で泣きそうになりながら俺を見ていた。相里の心臓どころか全身から鼓動が伝わる。
    「……そうなのか?」
    「そうだよ……本当はもっとちゃんと仲良くなってから伝えたかったんだ……」
    相里が眉を下げてぱしぱしと瞬きをすれば、長いまつ毛に涙が乗った。いじらしいというか何というか。ハンカチを取り出して目元に当てたら素直に瞼を閉じた。
    「もっとたくさん話をして、お互いのことを理解し合えたらいつか伝えようと思ってたんだ……。こんな想定外のエラーなんて考えもしなかった」
    温和な相里が感情を露わにしてぽろぽろと泣き始めてしまった。優しい人が泣くのは見るに堪えなくて、ハンカチを目元に当てながら泣き止んでほしくて一生懸命頭を撫でた。俺を抱き締める腕に少しだけ力が入る。
    「俺のだ、返せ」
    反対側からスカーにも抱き締められた。なんだこれ。
    相里は俺に限らず、スカーは俺限定で優しいから取り合うような状況になっても、ちょっと抱き締める腕に力が入るだけで引っ張り合ったりはしない。でもその分俺を挟んで至近距離で睨み合うのはやめてほしい。心身ともに圧し潰されそうだ。
    スカーには落ち着いてほしいし、相里には泣き止んでほしいから両手を上げて両方の頭を撫でた。今の俺にはこれしかできない。
    「首席研究員サマも趣味が悪いなぁ?人の物奪うのが好みなのか?」
    「いや、俺はお前と付き合ってないし」
    「漂泊者本人はこう言ってるけど?話を聞いていると君は彼の気持ちを無視して自分の意志を押し付けているだけじゃないか」
    「……!漂泊者!こいつ!」
    こいつ!ではない。
    多分スカーが対俺で一番突かれたくないところを明確に相里に指摘された。勝手にストーカーして、勝手に押し掛けてきて、勝手にデートしたとか言ってるだけなのは事実。まあ俺も組織を抜きにしたスカー本人にだけ焦点を当てれば気が合わないわけじゃないから、そこを曖昧にしてしまっている。俺も悪いと言えば悪い。
    宙ぶらりんな関係で拒絶しきることもないからスカーがつけあがるのも致し方無いところはある。
    相里も相里でさっきちょっとしたパニックになっていたのに状況や話を正しく理解してスカーの痛いところを突いた。やはり首席の称号は伊達じゃない。
    調子を取り戻した相里は義手でしっかり俺を抱いて、もう片方の手で目元をごしごし擦った。さっきまでの潤んだ眼はどこかへ消えて、見たことがないくらい鋭い目つきでスカーを睨んでいた。
    「社長にはうちの社員を守る義務がある」
    「社員?」
    「どうせ見ていたんだろう?月追祭で一緒に月樹屋を運営したんだ。来年も一緒に働くし、一緒に祭りも回る約束もした」
    「……なるほど?社員に手を出す社長とは良い御身分じゃねえか」
    「悪いけど、僕は君と違って互いを尊重した関係を築いている。君よりもよっぽど健全だよ」
    おお、スカーが劣勢だ。いつもは口が回るスカーも首席研究員相手には苦戦を強いられている。
    だけど、スカーは「ふうん」と興味無さそうに曖昧な相槌を打って相里を見下ろした。
    「じゃあ、お前は漂泊者の何を知ってる?尊重するって言ったって、何を尊重するんだ?感情?境遇?そんな上辺に見えるもので互いを見た気になってるんだな」
    「…………」
    「黙るなよ。どうせ俺の言いたいこともわかってるんだろ?」
    「……推測はついてる」
    「話が早くて助かるよ。そう、漂泊者の正体について……。だが、確証はないんだろ?見たこともなければ聞いたこともない。お前たちが持っている情報は主観交じりで不確かな伝記と不安定な推論だけ」
    「君は違うと?」
    「そうじゃなければ俺は漂泊者を誘ったりしないさ」
    「君が好きなのは彼の出自だけ?今ここにいる彼でなければならない理由にはなっていない」
    「おっと話を逸らすなよ?だがまあいい、乗ってやるよ。もちろん性格も好みも全て愛しているさ。根本のところは俺と同じなところとか、な」
    「君のような人間と彼を同じにしないでほしい」
    「ああ、でもそうだな……お前もベクトルは違えど同じかもしれないな?」
    「っ……」
    「お前らみたいな善人ぶったおかしな人間が漂泊者を食い潰す。なあ、そうだろ?お前が目指す先は何だ?そこに漂泊者がいるんだろ?その右腕が何よりの証拠だ」
    「僕が漂泊者を選んだのが打算的だと言いたいのか?もし僕の推論が正しければ、君の意見も一部納得できるのかもしれない。でも、違う。例え推論通りだとしても、彼が信じる善性に僕は惹かれたんだ」
    「……自分と他人を重ねるなよ」
    「その言葉、そのまま返すよ」
    俺の知らない俺の話で喧嘩してる。
    どこか口出しできるタイミングがあればと窺ってはいたが、流石に俺の知らない俺の話になると口出しが出来なくなる。
    いや、冷静に考えればスカーの好意にもちゃんとケリを付けず、相里の気持ちにも気付けず、両方を宙に浮かせた状態にしていた俺が悪いんだが。
    決着をつけるときが来たのだろうと一人覚悟を決めていた。
    「話が平行線だ、時間の無駄だね」
    「ここは穏便に暴力か」
    流れが変わったぞ?
    もはや2人の中心だったはずの俺は会話に混じることもできず、言い合いをしている2人を眺めていた。頭良い人同士の会話でどこか遠い目で見ているといつの間にか拳でケリをつける話になっていた。
    「ダーリンが悲しむから手加減してやるよ」
    「そう。でも僕は君に手加減をする理由が無いからね、本気で行くよ」
    「へえ?学者先生が俺にかなうとでも?」
    「僕のことも監視してたんだろう?なら、実力は理解していると思うけど」
    「言ってくれるじゃねえか、狂人」
    「……君よりはマシだよ」
    お互いの地雷を踏み荒らした結果、交わるどころか言葉の応酬で殴り合い、それでも収まらないから本当に拳で殴り合うことになってしまった。
    俺から距離を取って離れた2人を目で追う。結構離れてしまったけれど、俺に気を遣ったことだけはわかる。
    そこまでしなくても、とは言ったもののスカーも相里も「すぐ終わるから」と言って聞いてくれなかった。
    俺に被害が及ばない程度に離れた2人は。
    「…………」
    そのまま殴りあった。
    「ッハハハ!良い顔するじゃねえか、首席サマ!」
    「…………」
    スカーからの足技の連撃を交わして防いだ相里は、宙に浮いたスカーの下に潜り込んで同じく足で蹴り上げた。
    上空に吹っ飛んだスカーを追った相里が突如爆風に巻き込まれる。スカーが蹴られたのはわざとだ。自分の懐に誘い込んでカードの爆破を受けさせるために。
    至近距離でそれをすれば自分にも被害があるだろうに、スカーは気にせず爆風を利用して尖った靴先を相里に向ける。相里もすぐに復帰してスカーの攻撃を防ぐために義手からキューブで固めた壁を作り出して迎え撃っていた。
    ……これ、止めた方がいいのでは?
    自分の予想以上に本気で戦っている。男同士の殴り合いで解決するかと思ったら全然そんなこと無かった。
    立ち上がって2人の方へ駆け寄る。どっちつかずにいる俺は今、2人とも傷ついてほしくないと本気で思ってる。
    本当に酷いやつだと思う。もし友達がスカーや相里の立場で相談してきたら、なんでやつだと本気で怒ると思う。
    それでも、と脚を動かしていると反対側から2人の戦闘音を聞いたのか残像が、それも磐石の守り手がやってきた。その巨躯で突進する先には激しい肉弾戦を続ける2人がいて。
    まずい、間に合わない。
    そう思った瞬間、独特な機械音と爆音、それから岩が破壊される音がほぼ同時に鳴った。
    「白けたな」
    「…………」
    息ぴったりのコンビネーションで盤石の守り手を一瞬で倒し切ってしまった。何かのショーのようだった。相里のキューブで守り手の動きを止め、スカーのカードで爆発。よろめいたところにパンチとキックがクリティカルヒット。なすすべもなく守り手は崩れて消えていった。
    ひとしきり体を動かして発散できたのか、スカーの言う通り白けたのかわからないけれど、2人からさっきまでのような敵意は感じなくなった。
    歩いて戻ってくる2人を出迎える。先に着いたのはスカーだった。ぱたぱたと服を払って砂埃を落としてから俺に抱き着いた。
    「今日は帰るよ、ダーリン」
    「もう?」
    「名残惜しい?嬉しいこと言ってくれるようになったな」
    「……まあいつもより早いし」
    「照れるなよ。本当は望み通りにしてやりたいが……服も汚れたし、無駄な体力も使ったし、あまりデートにふさわしいコンディションじゃない。今日は出直すよ」
    頬に柔らかい感触が乗った。いつも通りの別れの挨拶だ。口にしないところ妙に律儀なんだよな。
    好きにさせていればそのうち帰るし、といつも通りにしていたら怖い目をした相里が歩いてきた。俺とスカーの間に手を入れて引きはがす。俺とスカーの間に入って義手をスカーに向けた。
    「まあいい。短い期間だけど許してやるよ。お前たちが漂泊者を惑わしている間はな」
    「僕は彼に対して誠意をもって接している。中途半端な情報を渡して惑わしているのはそっちだろう」
    「ハハハ!誠意……お前のそれにどこまでの価値がある?」
    「それを決めるのは君じゃない」
    「狂った人間の欲はどこまでも際限がないな。俺にはよーくわかるよ」
    「…………」
    「最後には漂泊者は俺を選ぶ。お前が一番わかってるだろ?」
    「真理への道が無数あるように、未来の可能性も一つじゃない」
    「ハッ、そうかよ」
    相里の肩越しに見えるスカーと目が合った。殺気を隠さない鋭い目つきが一瞬丸くなってすぐに見慣れてしまった優しい笑顔に変わった。
    「じゃ、またな、漂泊者。埋め合わせはまた今度。愛してるよ」
    どこからか黒いカードを出し、スカーの周りの空間が赤と黒で包まれていく。全て飲み込んだ後にはスカーの痕跡は何一つ残っていなかった。
    俺は慣れているけど、相里はしばらく警戒して周囲を見渡してから義手を下した。くるりと振り返った目はまた赤く潤んでいた。
    俯いた相里が優しく俺の手を取った。両方とも暖かい手だった。
    「今度ちゃんと、改めて気持ちを伝えるから」
    「うん」
    「今日のことは忘れてほしい……けど……」
    「努力する」
    「うん……本当に、ちゃんと伝えるから。少しだけ待っていてほしい」
    「わかった、いつまでも待つよ」
    「ありがとう。その、僕を選んでもらえるように頑張る、から」
    震える声でなんとか声を絞り出す相里を見て、拒否しようとは思えない。
    スカーが好きならこの手を振り払えばいい。
    相里が好きなら自分から言い出せばいい。
    そう分かっているのに俺はどちらも出来ない。
    選ぶ権利が俺にはある。酷く傲慢で横暴な権利だと思った。
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