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    yu__2020

    物書き。パラレル物。
    B級映画と軽い海外ドラマな雰囲気になったらいいな

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    yu__2020

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    イドアズ。とある街で怪異専門探偵事務所を営むアズと、押しかけ助手の双子の調査録。5話目。ヴィ様の元に届いた不穏な荷物と吸血鬼と芸術と人間のお話。全四話の予定。

    ##アーシェングロット探偵事務所怪異調査録

    銀幕のメトセラ 一話目メッセージカードを添えて

     映写機の音がカタカタと鳴り、暗い部屋の中にあの人の姿が映る。モノクロで、所々痛んでしまったせいか時折映像が瞬き絵がきちんと見えない場面もあるが、あの人の写るところは幸いとても保存状態が良かった。
     無声のそれは黎明期の頃のフィルムで、舞台上に一人の俳優が独白をするシーンが映る。もの悲しく、翻弄されて苦痛に喘ぐ青年を演じる彼の声まで聞こえてくるようだった。
     ただそれは美しく、見る者の心を虜にするような鬼気迫る演技に、彼は感動か、嘆きか分からないため息を漏らす。
    「本当にやれるかい?」
     部屋の隅にいた声に、男は現実に引き戻された。
    「ああ、勿論。あまりにも悲劇だ」
    「そう、その通りだとも」
     部屋の隅にいた誰かを、男は上手く認識が出来なかった。誰だっただろうか。
    「ヴィル・シェーンハイトは長く生きすぎた。彼の事を思えば、君が解放してあげるのが一番だとも。きっと彼も喜んでくれる」
    「そう、そうですよね」
     背中を押された気がして頷く。そう言われるとなんだか自分は正しいことをしていると思えた。
     ――ああでも
    「彼を傷つけるなんて出来るだろうか」
    「出来るとも。サポートはするよ。大丈夫。君が思う感覚は正しい」
     声はそう言って励まし、気付くと手の中に箱が置かれていた。
     カラカラと映写機はフィルムを巻き取り、そのまま何も無い画面を眺める。焦燥感に身体が苛まれて、男は立ち上がって映写機を止め、部屋の明かりを付けた。
     これからやらなければならない事を思うと、身体がひどく震えていた。
    「ああ神様……」
     思わず、どこに置いたか忘れてしまった十字架のネックレスを恋しく思い、男は思わず助を求めるように呟いた。
     

     夏の外はうんざりするような暑さで、アズールは、冷房の効いた部屋を外に出た瞬間恋しく思いながら、目の前の物から目を逸らそうとした。
    「やあ! 努力の君!」
     しっかりと自分を呼ぶ声に、アズールは思わずため息をついた。
     ヴィルが店に来た翌日の朝、詳細は家に来てくれと言われた三人、もといアズールは迎えに来たルークに目をやった。どちらかと言えば、彼の乗ってきた車を見下ろしたという表現が近いかもしれない。輝くような笑顔のルークに、アズールは思わずそれを見つめ
    「……あの、この車は」
    「ジャガーだね」
     車種を言っているのでは無い。と明らかに表情に出しているアズールを無視してルークはさあ乗って! と輝く笑顔を向けた。
    「こんな暑い時期にオープンカー……?」
     嫌そうな顔をするアズールを置いて、さっさとジェイドとフロイドは後部座席に乗り込んだ。
    「やったー! おれこういうの乗ってみたかったんだー」
    「良かったですねフロイド」
    「おい……」
     助手席に仕方なく乗り込んだアズールは、帽子をしっかり押さえた。ルークは全員乗ったね、と返事を待たずにアクセルをふかしてぐんとハンドルを切って走り出した。
    「いやー、やはり風を感じられて実にトレビアンだね!」
    「前をしっかり向いてくださいいつ誰か引きそうで怖いんですよ」
     風の音に負けないように叫ぶアズールに、ノープロブレムさ! とルークは微笑んだ。
    「大丈夫だとも! ただちょっとばかり急いでいるのは確かだ。ヴィルも最近忙しくて休みがあまり取れていなかったからね。今日の休みを有効に使ってほしいんだ」
     言っている事は分からないでも無いが、物事には限度という物があるはずだ。悲しいことに、ルークの動体視力と判断力は一般の人間の持つそれからは一線を画す。彼は見事な技とも言えるそれらを駆使して、車を飛ばしていた。
     高級住宅街に入るとルークは速度を落とし、とある屋敷の中に入り停車させた。
    「さ、ヴィルが待っているよ」
    「はあ……」
     若干よろよろと立ち上がったアズールに、ジェイドとフロイドは面白がるように後ろから眺めてルークの後をついて行く。
    「少し聞いた話だと、ルークさんは前から警察に相談することを勧めていたそうですね」
    「実を言うとね。君たちに依頼した狩りがうまくいかなかった場合、彼の安全を考えるとどうしてもね。まあ、ヴィルはその辺はどうにもね」
    「おやおや、どっかの誰かみたいですねぇ」
     身だしなみをお互い確認し合っていたジェイドとフロイドは、ニヤニヤとアズールに目をやった。
    「ふふふ、確かに少し似ているかもしれないね」
    「は? 何ですか気持ち悪いですね」
     帽子とコートを預けて身だしなみを確認していたアズールは、不機嫌にルークと双子を睨み付けた。
    「いいや、何でも無いとも。さあ皆準備は良いね?」
     両開きのドアを開け、ルークが朗らかな声で中にいた人物に声をかけた。
    「やあ、ヴィル! 三人を連れてきたよ」
     ソファから庭を眺めていたヴィルは、立ち上がって三人に向き直った。彼はアズールたちの姿を見て面白がるように肩をすくめ
    「……随分風にあおられたようね」
    「ええ、中々風が強かった物ですから」
     ルークの方に目をやるアズールに、ヴィルはああ、と察したのか、座るように三人に手でソファを示し、ヴィルはいくつかの箱を並べた。
    「これは?」
    「いままで送られてきた物の一部。昨日の写真のは、警察からまだ返されてないから見せられないんだけど。これはルークが取って置いた物。捨てておくように言ったのに取って置いたんだから……」
     ため息をついてはいるものの、ヴィルはそのおかげではあるけど、と付け足した。ルークは嬉しそうなまま紅茶をそれぞれに入れて
    「まあ、ここまでの話になるとは私も思っていなかったんだけどね」
     と、箱の方に目をやった。一見何の変哲も無いそれらは、当たり障りのないメッセージとセットでちょっとした小物が最初は入っていたと、ルークは説明した。
    「最初は本当にちょっとした物だったんだ。だから特に中身を気にしないでヴィルへ渡していたと思う。おかしいと思ったのは、半年くらい前だろうか。確かこの箱についていたメッセージだ」
     ルークが差し出したカードを、アズールは手に取ってひっくり返して裏を見て、表を見つめた。何の変哲も無い殺風景とも言える白い紙だ。
    「『カーミラへ』と。これだけですか」
    「ああ、それだけだ。そしてプレゼントはこのローズマリーの香水、と言うわけだ」
     ルークは何のブランド名も書かれていないシンプルな香水瓶を箱から出して、アズールに見せた。
    「なにー? それがどうしたの」
     よくわかんない、とこぼすフロイドに、アズールは眉間を押さえて、頭を整理しながらとでも言うように、ゆっくり説明をし始めた。
    「カーミラとは、吸血鬼カーミラにまつわる一連の事件を描いた小説です。ローズマリーの香水は……魔除けの事でしょう。昔からローズマリーは魔除けとして重宝されていましたから」
    「……つまり、誰かがヴィルさんを吸血鬼と思っていると?」
     ジェイドの問いに、ヴィルは肩をすくめて
    「実際、あたし吸血鬼ってやつよ。名前は気に入らないけど」
     他に言い表す言葉もないし、とぼやくヴィルに、ルークも頷いて
    「本来は血というよりは生命力という奴を食べるそうだからね」
    「まあ血はそれだけ生命力の象徴みたいな物だったから実際殆ど血でまかなってきてたけど」
     ヴィルはお茶を飲みながら一息入れ、
    「実のところ、いつかこういうことはあるかもとは……思っていたけどね」
     ヴィルは置かれている雑誌などを手に取って、ひらひらと手を振った。
    「ああ、カメラですか」
    「そう。カメラが出来て、肖像画じゃ無い本当の顔が残るようになってきてから結構面倒くさくなってきててね。取り敢えず、代替わりした振りとかで誤魔化してきたんだけど」
    「それが今回遂にばれたと?」
    「可能性としてね。なるべく昔は顔の画像が残らないようにとやっていたけど、全部を消して回るのは無理だし。古い映像に残っていたあたしを見た誰かがいてもおかしくは無いでしょ」
    「まあ、確かにそうですが……」
     釈然としないという顔のアズールに、ルークがいくつかメッセージカードを続けて並べていった。
    「まあ、その後のメッセージの変化を見てくれないか」
     出されたそれらを手に取って、アズールとジェイドとフロイドは顔を寄せてお互い目を合わせた。
    「……随分短絡的な脅迫になってませんか」
    「神の鉄槌を、それにこっちは事実を公表する、とか……」
    「同じ奴なのこれ」
     三人の問いに、ルークは間違いないだろうねと頷いた。
    「何しろ匂いが同じだからね」
    「……ルークさんの身体機能、時々人間なのか分からないときがありますね」
     顔を引きつらせるアズールに、フロイドは匂いねぇ? と試しに鼻をすんすんさせて首をかしげた。
    「いや、俺ら一応それなりに匂い分かる方だけど……、同じ匂いかとかは分からないんだけど。ウツボって割と匂い敏感なんだけどなぁ」
    「おや、そうかい? まあしかし、私の嗅覚についてはアズール君も承知していると思っているから信用して貰えると思うが」
    「ええ、それは。さて、そうなるとこのメッセージカードの変化と直近のこの杭の話ですね」
     アズールは写真を手に取ってじっと見つめ、ヴィルはため息をつく。
    「そうね。実は、その箱が送られてくる前から妙な事が続いてきていたのよ」
    「と、言いますと?」
    「ヴィルは今いくつかの雑誌でモデルをやっているのだが、その撮影スタッフが妙な事に巻き込まれるようになったそうだ。例えば、夜帰るときに誰かに付けられているような気がする、とか。撮影中にヒヤッとした事故が起きるとか。この事故もどうも偶然というには少し不審な点が多くてね」
     パラパラとルークが手帳を見ながら指折り数え、やがてため息をついて首を振った。
    「一つ一つはそれなりにありそうな事なんだが、いかんせんここの所数が多すぎるんだ。私はなるべくヴィルを見ているから彼に何か起きることは無いんだが……」
    「一週間前に、撮影スタッフの一人が通り魔に襲われたのよ。食事の買い物をお願いしたんだけど、いきなり出会い頭にナイフで刺されて」
     アズールは眉を上げ
    「それは……。その人は無事だったんですか?」
    「ええ、なんとか。少し軍にいたことがあったから咄嗟に躱せたらしいのよ。それでもお腹を切られてしまったから入院中よ。本当に危なかった」
     ヴィルは眉間を押さえ、しわを伸ばすように押しながら
    「それで、そのあとに杭が送られてきたというわけ」
    「血の匂いがたっぷりしみこんだ物がね。私やヴィルではそれがよからぬ事が行われた、という事しか分からない。本当に誰かが犠牲に合っているかを知るには警察に聞かなくてはいけないが……」
    「それを聞く当てはない、と言う事ですね。なるほど。事情は分かりました」
     アズールはじっと杭の写真を見つめ、
    「担当の刑事は誰か分かりますか?」
    「一応名刺をもらったわ。これ」
     用意していたらしい一枚の紙をヴィルは机の上に置いた。アズールはそれを見つめて眉を寄せ
    「分署ですか。リドルさんに話を通していけるか分かりませんね。一応話は通してみます」
    「そうしてくれると助かるわ。今の代のこちらの担当よね。その人」
    「ええ、成り行きでなってしまったのでいつも不満をこぼしていますよ」
     アズールの言葉にヴィルはわずかに気を緩めたのか微笑み
    「あら、それは可哀想にね。まあ縁が出来てしまったんだから、仕方が無いわね。繋がりが出来るとそこに集まるものだし。因果って」
     ヴィルはそう言いながらアズールと、両脇のジェイドとフロイドに目をやり首をかしげた。
    「陸から上がったばかりの頃は、あたしの後を追いかけるのも精一杯だったのにねぇ」
     お茶を吹きそうになるアズールに、ジェイドとフロイドはニヤニヤと面白がるようにふーん? と呟いてアズールを横目で見つめた。
    「そうなんだぁ」
    「おやおや、興味深いですね」
     話を聞き出そうとする二人を制して、アズールは慌てて立ち上がった。
    「ぼ、僕のことより! 善は急げですよ。リドルさんのところに相談に行きましょう」
     ごちそうさまでした、と言って外に出ようとするアズールにルークが手を叩き
    「よし、ではまた私が送っていこう! それでいいねヴィル」
    「ええ、良いんじゃない?」
     露骨に嫌そうな顔をしたアズールを、面白がって眺めながらヴィルは優雅に手を振り出て行く彼らを見送っていた。


     ルークの――本人曰く華麗な――運転で事務所の前に戻ってきた三人は、ボサボサの頭をお互いに揶揄いながら事務所の中に入った。
    「それで、まずはどうしますか」
     事務所の奥にあるキッチンでお茶を入れながら、ジェイドは問いかける。アズールはボサボサの上に絡まり合ってしまったらしいフロイドの髪を櫛で梳かしながら
    「そうですね。ヴィルさんとルークさんの証言は信用できます。血をたっぷり吸った杭ともなれば、それが人であれば騒ぎになってもおかしくない。出てこないという事はまだ見つかっていないか……或いは隠しているか、ですね。なのでリドルさんに話をしておこうと思います」
    「いだ、いだいいだい! ちょっとアズールマジで今ぶちって! 言ったんだけ⁉」
    「気のせいですよ。普段適当にやっているから髪が絡むんですよ。全く」
     どうやら納得する水準になったらしく、櫛を置いてアズールは自分の席に座った。
    「じゃ、アズールの髪オレがやってあげる」
     櫛貸して、とアズールのデスクに近寄るフロイドを、アズールは手で制した。
    「絶対いやです」
    「ひでー……」
    「おやおや、二人ともお茶が入りましたよ」
     お茶を飲みながら、アズールは櫛を手にしたまま考え
    「しかし、ヴィルさんにこんな事をして、相手は何を考えているんだか」
    「元々送っていたものを見ると、なんだか、少し度を超したファン、という感じもしなくは無いですが……」
    「そうですねぇ。ですがファンというのは少なくともその俳優やタレントというものに好意を持っているんでしょう。それがどうして嫌がらせや脅迫に繋がるのか……」
     ジェイドとフロイドはお互いに目配せし合って
    「例えば慕っていた者が実は悪人だった、自分を騙していたと、その人が認定してしまったら、好意が悪意や憎悪になるのでは?」
    「そう言うものですかね」
    「アズールは時々人間のことに鈍感だよねぇ」
    「……そ、そんなことありませんよ」
     若干狼狽えながら答えるアズールは、ふと二人に向き直り
    「そ、そもそも! お前達だって人魚だろ!」
    「僕達割と人間の振りしていた期間が長いので。それに……」
    「それに?」
    「いえ、なんでも。リドルさんのところにはいつ行きますか」
    「ああ、さっき連絡をしてみたら時間を取ってくれると、丁度来たところです」
    「じゃー早く行った方が良いねー」
     立ち上がって出かける準備を始める二人に、アズールはおや、と首をかしげ
    「別に僕一人で良いと思ったのですが」
    「だぁって、サバちゃんとか金魚ちゃんの顔見て無いし最近」
    「……あまり、からかわないでくださいよ」
     若干嫌な予感をさせながら、アズールはフロイドを見上げた。
    「しないしない」
     機嫌良く先に出ていくフロイドを、アズールはため息をついて追いかけた。


     リドルのオフィスは相変わらず書類の箱が置かれていた。アズールはチラリと目を通し
    「おや、リドルさんまた事件ですか?」
    「ああ、君が来るって連絡が来てからね。やっぱり疫病神か何かじゃ無いか君は」
     思い切り嫌そうな顔をしたリドルに、アズールは心外ですね、とヴィルから借りた写真を出して
    「実は、少し確認したいことがありまして。ヴィル・シェーンハイト氏をご存じで?」
    「名前はね。僕はあまり映画とか……舞台というのは見ないんだが」
    「ヴィル・シェーンハイトって言えば、滅茶苦茶有名じゃないですか」
     コーヒーを持ってきたデュースが思わず声を上げ、ジェイドとフロイドにしーっと凄まれ、慌てて口を閉じた。
    「あ、すみません。でもその……その有名人が一体?」
    「脅迫を受けている、ようだとの事です。こちらの担当に話をしてるそうですが」
     アズールが出した名刺に、リドルは手元のパソコンで確認して
    「ああ、確かにそういう記録があるね。……なるほど、これは……」
     リドルは調書の記録を読みながら
    「……杭、杭か。何故そんなものを」
    「杭と言えば、今の世では心臓を一突きにされると死ぬという伝説のあるのがいるでしょう」
    「……吸血鬼ですね。え、あ、じゃあその」
    「ヴィル・シェーンハイトは吸血鬼、という種族か」
     リドルは顔を上げアズールを見上げて呟いた。
    「ええ、それを知っているのはこちら側の者だけです。ですが、この行きすぎたファンは彼の正体に気付いたのか、全くの偶然か、こんな物を送った」
    「なるほど。だが、まだ今のところは脅迫だろう?」
    「それですが……。少し気にあることがありまして。ここの所身元不明の死体で、胸部に傷のあるのはいませんでしたか?」
    「少し待ってくれ。巡査、ここ最近の事件でそういうのがいないか調べてくれないか」
    「はいすぐに!」
     リドルは頼むよ、とデュースに言ってからアズールに向き直った。
    「……さっきの写真のは、実際に使われた物じゃ無いか、と言いたいのかい?」
    「血については彼の言う事はほぼ確実です。吸血鬼ですし。その彼が、たっぷりの血を吸っていると言っていました。実物を見られれば僕ももう少し何とか言えるかも知れないんですが……」
     リドルは難しいね、と言ってから
    「こちらで何か事件があって、というのならいざ知らず、現時点で何か口を挟んだら、そっちとの関係が悪くなってしまうし……」
    「ま、そうですよね」
     アズールは肩をすくめ
    「現状はこの杭だけですから、対応が難しいのは彼も理解しています。まあ、彼にはルークさんがいますから大丈夫だとは思いますが」
    「どなたですか。それは」
     デュースが調べ物の手を止め思わず問いかける。
    「やっぱり、何かそういう妖精的な……!」
    「いえ、ただの人間……人間、と思いますが……。人間に害を与える妖精とか魔物を狩っていたハンターの家系の方です。僕らも彼のおかげで命拾いしましたし」
    「人間離れしてんだよねぇ、ウミネコ君」
    「はい、素晴らしい弓の使い手でしたね」
     三人の言葉に、リドルとデュースは顔を見合わせて思わず浮かんだとんでもない人間離れした男の姿をふわっと脳裏に思い浮かべ、顔を引きつらせた。
    「……ま、まあ取り敢えずは君の言いたいことは分かった。巡査、そっちの方は?」
    「ざっと検索を掛けてみましたが、一ヶ月程度の範囲では該当する遺体は見つかっていません」
    「そうか、そうするとただの杞憂、あるいは」
    「まだ見つかっていないか、という事ですね」
    「そうなるね。僕達も気には留めておこう。もし何か分かれば一応声はかけよう」
    「ええ、お願いいたしますよ」
     アズールは帽子をあげて、ジェイドとフロイドとともにリドルのオフィスから外に出た。
    「収穫は無しでしたね」
    「まあ、そうそう何か分かる物でも無いですからね。杞憂であれば、それに越したことはありません」
     アズールはそう言いながら開いたエレベータへ乗り込んで下に降りた。


     何度見たか分からない映像をもう一度眺める。
     小さな図書館の奥に眠るそのフィルムは、偶々見かけて手に取った物だった。どうやら誰かの寄贈品だったらしい。フィルムの缶には名前も書かれていたようだったが、長い期間おかれていたせいで紙は劣化し、インクは色落して殆ど読めない状態だった。
     映像を流し終えてため息をついて、フィルムを丁寧にしまう。本来であれば元あった図書館に戻すべきなのだが、こっそり持ち出してずっと手元に置いていた。仮にこれが誰かに気付かれるのは、恐らくまずいという、その当時の判断だった。
     丁寧に金庫の中に仕舞って、彼は作業部屋に移動する。
     処理が終わった贈り物を、丁寧に箱に詰め、ラッピングをする。
     全て華々しい最後のために、準備は着々と進んでいた。

     

     アズールのスマホにリドルから連絡が入ったのは、ヴィルの相談から数日後のことだった。
     急いで警察署に出向いた三人は、出迎えたデュースと共にモルグにそのまま向かった。
    「被害者は今身元を確認中ですが、お呼びしたのは色々と、警部が確認したいことがある、とのことで」
     バインダーを眺めてデュースは眉をひそめ
    「えーっと、まず、被害者は男性です。身元は先ほどの通り確認中ですが正直難航が予想されます。アズールさんの言っていた、傷ですね。胸部にかなり太い釘のような物で開けたような穴が空いていました。それで、念のためお呼びした次第で」
    「身元の確認が難航する、というのはどういうことでしょうか」
     ジェイドの問いに、デュースはそれが……と眉を下げて
    「見て貰えば分かるのですが……」
     ドアを開けて、デュースはどうぞ、と三人を中に通した。白い布で覆われた遺体の前に、検視官とリドルがブツブツと何か話をしていたが、デュース達に気付くと顔を上げた。
    「ああ、来たようだね。この間の話に合致しそうな遺体が上がった」
    「ええ、先ほど聞きました。身元は分からないそうですね」
    「ああ、何しろ、身分証も何も持っていなかったからね。それで、身体から何か分からないかと調べている最中だ」
    「あれーでも、そう言うのって普通は歯とか使うんじゃねーの?」
     フロイドの疑問に、リドルはその通りだと頷いてから
    「何しろこれだからね……。歯形で確認しようにも、どうしようも無い」
     布をへその部分まで下げ、リドルはため息をついた。遺体の頭部があるはずの部分は何も無く、切断された首の部分が露出していた。
    「首が無い?」
    「ああ、理由は分からないが……。つい三時間前に通報を受けて回収したんだが、発見現場は南区の三番道路に至る裏道のゴミ捨て場だ」
    「無造作にゴミの中に放り投げられていたようだ。殺害は恐らく一週間ほど前、ではないかと見ているがね。頭がないので想像でしか無いが、この胸の穴、これは恐らく死後、といっても死んですぐ位だと思うが――刺された物だと思う。太さからして釘にしては大きすぎる」
    「それで、丁度君が見せてくれた写真の杭が大体同じくらいの径ではないかと思って、念のため担当の刑事に杭を借りて確認してみた」
    「ぴったり一致してね。今杭についている血が採れないかを確認しているところだ」
     検死官はそう言いながら記録を見つめ
    「被害者の服には微量の塗料のような物が付いていてね。シャツやズボン、靴下にも。何か塗装に関わる仕事でもしていたのかと思っているが、まあまだすぐに分からないね」
    「遺留品はゴミ捨て場のゴミなどを漁って調べているが、まだなんとも言えないね」
    「僕、これからまたゴミの中確認しないとなんですよね……」
     デュースは浮かない顔で呟き、リドルは仕方が無いな、と腰に手を当て
    「僕もこの後他の検査の結果までは何も無いから、これから確認に入ろう」
     リドルはそう言って、デュースを軽く背中を叩いて外に押し出した。
    「そういう訳だが、ヴィル・シェーンハイトにはこのことを伝えるのかい」
    「そうですね。ひょっとしたら彼が被害者のことを知っているかもしれません」
    「そうか、それはあり得るか……。ひとまず、僕らはもう少し何か分かったら彼と話をしたい」
    「分かりました。僕は一度彼に話をして……」
     アズールは、ふと口をつぐんで、失礼、とスマホを手にして部屋の奥に移動した。誰かと短い会話をしてから、アズールはリドルに向き直り
    「そちらの遺体の身元、ひょっとしたら案外早く分かるかもしれないですね」
    「というと?」
    「今、ヴィルさんの付き人のルークさんから、連絡があったんです」
     アズールはトントン、とスマホの画面を拭って届いたらしい画像をリドルに見せる。
    「男性、二十代から三十代、中肉中背。ダリアス・クレイグという名前で、ヴィルさんが出演している舞台の大道具の製作スタッフの一人です」
    「それがどうしたんだい? 確かに、遺体の特徴には入るが……」
     リドルはチラリとシーツで覆い直した遺体に目をやり呟く。
    「ええ、ただ、どうやらこの一週間ほど姿を見せてないそうです。同じチームのスタッフが相談に来たそうで。捜索願を出すことを勧めたと」
    「……なるほど」
    「彼は上腕にタトゥーがあるそうです。好きなバンドのロゴらしいんですけど……」
     思わずリドルは検死官に目を向けると、彼は写真を出して
    「ああ、確かにあるね。私も好きなバンドのロゴだ。リアルな心臓に薔薇とナイフ、なるほど……」
    「恐らく同一人物でしょうね」
     アズールは少し考えて
    「今からヴィルさんのご自宅に行ってきます。リドルさんはどうしますか?」
    「後で行くよ。下手をすると今回の話はマスコミに知られるとかなり面倒そうだから、うちも少し準備が必要だ」
    「分かりました。ではしばらく僕の方で動きましょう」
     アズールはモルグから出て、後ろを付いてくるジェイドとフロイドに向き直った。
    「……ルークさんから、また包みが届いたという連絡がありました」
    「それ、言わなくて良かったの?」
    「ヴィルさんは、スタッフの事も目を配る人なので、もしスタッフが自分の問題に巻き込まれていると知ったらかなり気に病むだろうと。今は色々仕事が立て込んでいるのもあって、隠すつもりは無いそうですが、タイミングは気にしているようですよ」
    「なるほど。もしかしたらヴィルさんが仕事を降板するかもしれないと」
    「最悪の場合ですが。彼は元々人間へかなり思い入れがありますから」
    「他の同種は殆どいないんでしたっけ」
    「この間の雪山で消滅した彼女はもはや変質していましたしね」
    「でもさぁ、吸血鬼って血を吸うと仲間になるとか言うじゃん」
     タクシーを拾うために手を上げながら、アズールはため息をついて
    「それは人間の創作ですよ。狼人間と同じですね。噛まれたり血を吸われたからと言って吸血鬼にはなりません」
    「ふーん。あれ、じゃあどうやって仲間増やすの? 今殆どいないし」
    「さて、僕にも分かりません。人魚がいなくなったのと、あまり変わらないのかもしれないですね」
     止まったタクシーに乗り込むアズールを、ジェイドとフロイドは思わず顔を見合わせ、帽子を押さえて彼の後に続いてタクシーに乗り込んだ。


     ヴィルの家に着いた三人を、ルークがインターフォンを押す前に玄関から出て三人を迎えた。
    「やあ! 足音と匂いで分かったよ! 努力の君! ジェイド君とフロイド君! よく来てくれたね」
     人間離れしすぎでは、という三人の人魚の視線に、ルークは機嫌良くドアを開けて三人を中に促した。
    「ヴィルはこの時間はワークアウトでね。ジムへ行っているからあと一時間は帰ってこないはずだ」
     以前案内されたリビングでは無く、ルークは更に家の奥へ歩き続け、勝手口を開けて裏庭に入った。手入れされた薔薇や植木の中を進み、ルークは作業小屋のような場所に入っていった。
    「ここは?」
    「庭仕事用のガレージだよ。普段は私もヴィルも庭の手入れをするのが好きだから、年に数回の手入れ以外では業者は呼ばないんだ。丁度良いから、届いた物もここに一旦置いていたんだ」
     電気を付けて狭い小屋の中にルークとアズール達が入り、部屋の中の気温が上がったようだった。
    「窓開けて良い? 暑いー」
    「ああ、良いとも」
     フロイドが狭い小屋の中を移動して窓を開け、帽子を取ってパタパタと扇ぎながら窓側の壁に身を預けて机の上の箱に目をやった。
    「でもさぁ、ベタちゃんに内緒って本当に良いの。なんか、あのタイプって隠すとすげー怒りそう。アズールみたいにさ」
    「そうですね。それはありそうですが……」
    「なんでそこで僕を引き合いに出す」
     帽子を取って汗を拭おうとするアズールに、ジェイドが無言でハンカチを差し出し、アズールは流れるようにハンカチをとって頬に当てた。
    「ふふ、まあ確かに二人とも似ているところはあるかもしれないね。私が付き人になる前はアズール君が付き人だったと聞いたよ」
    「付き人と言うほどでは無いですね。どちらかというと……修行……」
    「修行……」
    「なんの?」
     ジェイドとフロイドの問いに、アズールは今度は冷や汗を流し
    「……それは、それこそ歩行とか、そういう」
    「ああ、アズール君が陸に上がってすぐ位なんだっけ?」
    「ええ、まあ」
     その話は終わりにしようと、あからさまな態度のアズールに、ジェイドとフロイドはお互い視線を合わせてからべたっとアズールにかがみ込んで
    「その頃の話、聞きたいんだけど」
    「なんで教えてくれないんでしょうか」
    「教えるような楽しい話が無いからですよ! ほら、ぼやぼやしているとヴィルさんが帰ってきますよ!」
    「オーララ! それは困るね。私も是非聞きたいところだが、別の機会にしよう」
     残念、とがっかりしたようにルークは首を振って、手袋をした手で箱のリボンを取り始めた。

    「あら、随分楽しそうなことしてるじゃない」

     聞き慣れた声に、アズールは声を上げ、ルークはため息をついた。ジェイドとフロイドは思わず手が出そうになったのか、両腕をヴィルに掴まれていた。
    「……ヴィルさん、離してやってください」
    「仕方ないでしょ。手を出されたんだから」
    「条件反射のような物ですので」
    「ちゃんと躾けておきなさいよ」
     全く、と放り投げられて狭い小屋の中に転がり、ジェイドとフロイドは服の埃をたたきながら起き上がった。
    「いや、ベタちゃん何今のどうやったの?」
    「何その呼び方。貴方年長者をもうちょっと敬ったらどうなの。アズール、本当にちゃんと躾けてるの?」
    「フロイドはフロイドなので」
     僕にはどうしようも、と視線を逸らすアズールに、フロイドはやけに嬉しげにアズールに腕を回した。良かったですねフロイド、と何か分からないが喜ぶジェイドもなんとも言えない顔で眺めてから、ヴィルは放っておくことにしたのかルークへ目を向けた。
    「で、ルーク。貴方一体何してるの」
    「……ヴィル、ジムに行っていたんじゃ無いのかい」
    「なんだか調子が出なくて帰ってきたのよ。……まあ、虫の知らせだったのかもしれないけど」
     こつこつ、と指先で箱をたたきながら、ヴィルは考え込むように見つめ
    「……で、どうせ私に余計なこと考えさせないように、とか考えたんでしょうけど」
    「まあ、そうなんだけど。ヴィル、中身を君が見る必要は無いと思うよ。基本的に妙な物の確認はスタッフがやって、事前により分ける物だしね」
    「今回の件に関してはそれは通らないでしょ」
     腕を組んでルーク達をぐるりとにらみ、ヴィルは言い切った。
    「ルーク、これは関係ないで済まされない物よ。人の生き死にが関わっているんだからね」
    「……分かった。でも出来れば少し離れた場所にいてくれないか。何かあっては困るから」
    「それ、私に言うのかしら」
    「気持ちの問題、というやつだよ」
    「では、僕とルークさんで確認しましょう」
     ジェイドが前に出て、ルークが頷いて、リボンを取って、包装紙を丁寧に剥がし始めた。
    「ジェイド、何か分かりますか」
     窓辺に背を預けるヴィルの側で、アズールがじっと見つめて問いかけた。ジェイドは少し考えてから首を振り
    「恐らくですが、どれもかなり簡単に手に入るような物に見えます。警察の調査力が無ければ難しいのではないでしょうか」
    「私も同感だね。匂い、も少し残っているようなんだがどうにもはっきりしないね……。運ぶ途中色々な匂いが混ざってしまったような……」
     ルークは、箱の上蓋に手を掛け、そっと開けて中を見つめた。
    「ルーク?」
    「……アズール。これを」
     一歩前に出たアズールは、中に入っている物を見下ろし、ため息をついた。
    「リドルさんに連絡をしましょう。多分、彼の捜し物ですねこれは」
     崩れないようにかなり慎重に梱包したのだろう、緩衝材代わりの白く小さなクッション材の中から顔を出している頭蓋骨を、アズールはじっと見下ろした。
    「……頭蓋骨。それも古い物では無いわね。アズール、どういうこと?」
     ヴィルの問いに、アズールは落ち着いてください、と手で制し
    「リドルさんが来るまでにちゃんと説明はします。とにかく、これは一旦このまま触らないように置いておきましょう」
    「そうだね。了解したよ」
    「ちょっと待ってください。梱包材の中に何か、カードが」
     ジェイドは手袋を嵌めた手で慎重に箱とクッション材の隙間から一枚のカードを取り出した。
    「……これは?」
    「なんか、ブランドのショップカードって言うの? に似てるねぇ」
     フロイドがジェイドの後ろから顔を覗かせて、カードを見つめてつぶやいた。
    「これ、テネーブルのショップカードみたいだけど。ブランドのマークそうだよね」
     フロイドの指摘にヴィルは頷いて
    「そうね。裏に、何か書いてある?」
    「はい、日付ですね」
    「それは……テネーブルの新作披露のパーティーがある日、だった筈」
    「すげーね、なんで知ってるの?」
    「ヴィルも招待されているからね。彼はブランドアンバサダーだし」
     ルークの言葉に、アズールは思わず考え込むように顎に手を掛けた。
    「元々ファンだった人間なら、ヴィルさんがその、ブランドと縁深い事を知らないはずはない、ですよねきっと。と言う事は、まさか、パーティーの日に何かする、という事、でしょうか」
    「あり得ますね。既に人の命を奪っている犯人ですから」
    「それこそ、あたしの心臓に杭を打ち込むつもりかもしれない、って事ね」


    +++++++++++++++++++
    ヴィ様に夢を持っている

    タイトル先に珍しく決まったと思ったらその先が難産だった。いつものことだけど!
    今回は程々の長さでちまちまお送りします。次からは普通に特殊性癖ばっちりなんでご注意ください。
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