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    yu__2020

    物書き。パラレル物。
    B級映画と軽い海外ドラマな雰囲気になったらいいな

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    yu__2020

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    イド蛸展示。見えない人用。
    原作軸でアズが探偵役、ラウンジでお悩み相談からの学園ミステリー風。なお別にちゃんとした謎解きはされませんのであしからず。雰囲気楽しんでくだされば。
    番外編が先に来てしまったけれどそのうち本編もします多分。

    ##謎解きはポイントカード三枚で承ります

    謎解きはポイントカード三枚で承ります 番外:レディ・ヘッドレスの優雅なお願い

     
     パーティー会場は大盛況で、豪華な料理が並ぶ中、難局を乗り切った面々はようやっとリラックスした表情でパーティーを楽しんでいた。
     食事を取るジェイドとフロイドは、疲れの見えるアズールを眺めてふと
    「今年も結局大騒ぎでしたねぇ」
    「そうだねぇ」
     と呟いた。
    「今年も、ですか?」
     おんぼろ寮の監督生とグリムは、食べる手を止めて思わず二人を見上げた。
    「去年も大変だったんですか? なんか、マジカメモンスターは今回が初めてですよね?」
    「ええ、そうなんですけど。正直僕達は覚えていないんです」
    「はあ」
    「なんでなんだぞ?」
    「オレら寝てたから」
    「ね、寝てた?」
     素っ頓狂な顔をする監督生とグリムを、ジェイドはふふ、とおもしろがるように笑って頷いて
    「ええ、去年は正直……アズールが相当に走り回って」
    「そ、その話は良いでしょう」
     若干慌てたようなその態度に、監督生とグリムは顔を見合わせた。大抵アズールは胡散臭い笑顔であまり狼狽えるようなイメージが正直無い。オーバーブロットした辺りの頃は、あれは恐らくブロットが溜まっていたせいなのだろう。今思うと大分普段見かける様子と違っていた。
     彼は眼鏡を押しながら
    「僕はラウンジの方もあるので、これで失礼しますよ」
    「ああ、そうでしたね。では僕達も」
    「じゃあーね小エビちゃん」
     アズールの後を付いていくように、ガタガタと席を立って双子は監督生に手を振って立ち去った。
    「あいつら、本当に三人一緒なんだぞ」
    「だねー」
     仲良しなのは良い事だよね、とグリムのふわふわになった――監督生のブラッシングの賜物である――家並みを撫でさすりながら、監督生はうんうんと頷いていた。


     ひらひらと解けた包帯をイメージしたマミーの衣装で、アズールは相変わらずせかせかと足早に寮への道を歩いていた。
    「全く。変な話を蒸し返さないでください」
     やけに強い口調のアズールに、ジェイドとフロイドは首をかしげてから、謝って頷いた。
    「そんなにアズールにとって不快なことだったとは知らなくて」
    「ごめんねぇ」
    「不快、とか……そういう、訳では無いですが。その……あれはかなり危なかったんですよ。ヘタをしたらお前達はまだずっと眠り続けていたかも知れないんですから」
     帽子を取って、アズールはひらひらと風にはためく白い布を見つめて、首を振る。
    「あまり、あの話をしてくれないのですが、そろそろ教えてくれても良いのでは?」
    「そうそう。アズール一人で走り回ったって事しか聞いてないし」
     ラウンジの鍵を開けて、静まりかえったホールをぐるっと見合わして、アズールは少し考えた。
    「……作業の手は止めないでくださいよ」
    「はーい」
    「勿論」
     衣装を脱ぎながら、アズールは記憶を呼び戻し、ゆっくりと二人に向かって話し始めた。

     十月三十日

     学校に入学して一年目の三人は、当たり前のことだが一般の寮生としてハロウィンウィークの準備と対応に追われていた。
     ――リドルさんは寮長になった、んでしたか。僕もそろそろ動き始めないといけないか
     不穏なことを考えながら、アズールは入場者の案内や対応をこなし、寮長の覚えもそれなりによろしく、そしていずれは自分がその場所に立つ事を想定して仕事ぶりを観察していた。
     ――金は、取り敢えずなんとかなった。後は頃合いを見て寮長の座を得ることだけど。それに、学園内のラウンジ……。既にミステリーショップや学食がある以上、何かもう一つインパクトが欲しい……
     喉元までそれは出かかっているというのに、どうにも薄ぼんやりとした形でしかないそれを、アズールは形に出来ないかと頭を悩ませていた。
    「アズール、ここにいましたか」
    「やっと見付けたー」
     別の作業の対応をしていたジェイドとフロイドが静まりかえった廊下の向こうから近づいてきて、アズールはああ、と立ち止まった。
    「明日やっとパーティーかぁ」
    「ええ。取り敢えずは大きな問題も無く進みましたね」
    「来年は僕達が主体なんですよねアズール」
     三人で並んで寮に戻る廊下を歩きながら、そんな他愛ない話を続ける。
    「まあ、そうですね。順調にいけば……」
     そう答えたアズールは、ふと視界の端に何かが動いたような気がして立ち止まった。
    「どうしました?」
    「……いえ、今何かあっちに」
     警戒心が強いジェイドとフロイドがなにも感じていないなら気のせいなのだろうか。
     眼鏡を押さえてそう思ったアズールの目に、古風なドレスの裾がひらひらと見えて慌てて前を見つめた。
    「まだお客さんが残っているようですね」
    「え、どこ?」
    「しかし、ここは確か立ち入りが出来ないようにしていたはず」
     戸惑い、怪訝そうにアズールと、彼が見ていた前の方に視線を向けた二人に、アズールはしかし、と眉をひそめた。
    「ごきげんよう」
     反響するように声が響いて、アズールは思わず前を見つめ、思わず立ち止まった。声はどこか虚ろな空洞から発せられたような不思議な音で、ジェイドとフロイドもようやっと音に気付いて視線を向けた。
    「そこの方々、お願いがあるんですけどよろしくて?」
     歌うように声は廊下に木霊して、アズールはそれが人でないことを悟った。
    「二人とも、返事をしては」
    「ねえそこの。あなた。願いを叶える魔女の子。あなたにお願いがあるの」
     魔法史の古い絵画の挿し絵で見かけた緩いドレープの袖から、青白く細い指先がまっすぐアズールを指し示す。
    「……」
     返事をするのは危険と判断し、アズールは黙りこむ。ジェイドとフロイドも隠していたマジカルペンに手を添え、様子を伺っていた。
    「……返事はちゃんとするものよ。レディへは特に」
     ぐっと胸が詰まり、アズールは思わず喉を押さえて咳き込んだ。
    「アズール!」
    「てめ……!」
     ペンを構えて魔法を放とうとするジェイドとフロイドを、それは困ったわ、とだけ呟いて手をかざす。がくんとジェイドとフロイドが膝から崩れ落ちて床に倒れた。
    「ジェイド! フロイド! しっかりしなさい!」
    「大丈夫よ? 寝てるだけだから。従者はちゃんと躾けないと駄目よ」
     靴音もせず、ゆっくりとそれは近づいてきてアズールの顎に手を掛けた。流氷よりも冷たい、皮膚が破けるような冷気がアズールの顎から喉に触れて思わず身を固くする。
    「捜し物を探して欲しいのよ。簡単でしょう?」
    「……っ」
    「交換条件よ。あなた、海の魔女はそういうのがお好きでしょう?」
     女のもう片方の手がゆっくりと、かぶっていた帽子のヴェールを摘まんで持ち上げる。
    「探して欲しいのは私の首。どこかで落としてしまったのか、覚えていないの。死んだ時のことはどうもはっきりしてなくて」
     ヴェールの向こうにあるはずの頭部は空っぽで、声はその空っぽな場所から発せられているようだった。反響して聞こえたのもそれが原因なのだろう。
    「……首無し……」
    「明日までに探してくれないと、あの二人ずっと寝たまま良い夢を見ることになるかも。ああ、まあ、私夢の内容は正直分からないんだけど。まあいい夢を見てるんじゃ無い? 幸せそうだし」
    「これが夢で幸せになれる手合いな訳ないでしょう」
     唇が青くなって歯の根が合わなくなってきたアズールはそれでも文句を言うと、ぱっと女の手が離れた。
    「ヒントになるかは分からないけど、森の中を探してみてはどうかしら」
     そう言って女のゴーストは姿を消して、アズールはしゃがみ込んで床に倒れているジェイドとフロイドの方に目を向けた。



    レディ・ヘッドレス

    「面倒なのに当たったねえ」
     医務室に横たわる二人を見舞いに来たゴースト達は二人の頭の上でふわふわと漂いながら悲しげに眉を寄せた。
    「なんだ、知っているのか」
     ジェイドとフロイドを運ぶのを手伝ったバルガスとクルーウェルに、ゴーストは困ったねぇと頷いて
    「ここに来るとは思わなかった。あれはレディ・ヘッドレスなんて呼ばれててさ」
    「オレが死ぬ前から、故郷じゃ知れた存在だったんだよー」
     愛嬌すら感じる学園のゴースト達は、心配そうにジェイドとフロイドの頭の上をぐるぐると動き回りながら答える。体温を測り、呼吸を確認していたアズールは問題はなさそうですね、と誰とも無しに言ってから顔を上げた。
    「デュラハンとは違うんですか」
    「まあねえ。似てると言えば似てるけど」
    「あれは幽霊と言うよりはそういう存在なんだけど、レディ・ヘッドレスはゴーストだよ」
    「ゴーストなら未練が無くなれば消滅させることは可能ですね」
    「そのはずだねぇ。でも、覚えている限りだとあちこちで彼女に呪いを掛けられた人の逸話を聞いたからなぁ」
     ゴースト達は困った、困ったと囁きながらアズールの側に寄った。
    「呪いを掛けられた人はどうなります?」
    「それぞれだけど、大体みんな良い思いはしてないね。呪いが解けたという話も解き方も分からないんだよぉ」
    「なんでそんな物が学園に入ってきたんだ……」
     クルーウェルは眉をひそめて呟いたが、
    「ハロウィンの時期だからまあ普段よりは人の出入りは多いですがねぇ」
     バルガスは思案するように答え、クルーウェルも同意するように頷いた。
    「それは確かにそうですが」
    「普段は正門を閉めているだろう? ああいう悪霊って言うのはなんだかんだ言ってルールに縛られているんだよぉ」
     ゴーストの一人が答え、もう一人が頷く。
    「強いゴーストであればあるほどねぇ。僕達は悪意も何も無いから結構簡単に出入りできるけど。扉が開いて誰でも入れてくれる状態で無ければ入れない霊とか、合わせ鏡の前に立たないと取り憑けないとか、そういうのがあるんだよ」
    「話は聞いたことがありますね。しかし、大陸のゴーストがどうしてこんな島へ……」
    「多分、運ばれたんだと思うよ」
    「飛行機とか、船、いろいろあるだろう。そう言うので人間が移動するなら、ふらふらとゴーストは寄っていっちゃうからね」
    「……はあ」
     風船か何かだろうか。アズールは眠い目を擦りながら考えた。
    「とにかく、一旦休め」
    「うむ、最高のパフォーマンスは十分な休息あってこそだぞ」
    「分かりました」
     アズールはしおらしく頷いて医務室から出て廊下を歩き、角を曲がった。
    「……ふん」
     アズールは寮へ続く廊下を一瞥して、きびすを返して反対方向に歩き出した。静まりかえった深夜の校舎の中を早足で歩き、図書館に滑り込む。
    「……えーっと陸の服飾史は……」
     一年が勉強する内容でも、アズールは陸に住む人間達の服装が時代によって違う事は理解していた。
     あの時会話をしながら、アズールはレディ・ヘッドレスと呼ばれたゴーストの服装を観察していた。
    「……魔法史で見た感じでは、確かこの辺りが一番……」
     分厚い図録を引っ張り出し、アズールはパラパラとページをめくっていき、ピタリと手を止めた。
    「あった……」
     五百年前ほど前の王族か何かの結婚式の様子を描いた壁画について書かれたページを見つめ、アズールは描かれている参列者らしき女性の服装を見つめた。
    「ヴェールに特徴的な帽子。これか。あとはここから実際の記録を追って……」
     にゃーん、とどこからともなく猫の鳴き声がして、アズールはびくっと顔を上げた。図書館の貸し出しカウンターの向こうから、トレインが姿を現して、相変わらずの不機嫌そうな顔でアズールの側に近づいてきた。アズールの足下でうろついていた猫のルチウスが、カツカツと爪を鳴らしてトレインの側に寄っていき伸び上がる。
    「今何時だと思っている。アーシェングロット」
    「……すこし、調べ物をしていまして」
    「勉強熱心なのは良い事だが、君には他にもすることがあるだろう。さっさと部屋に帰りなさい」
    「……」
     ぐっと黙りこんだアズールの前に、ルチウスを抱え直してトレインは本を覗き込む。
    「この時代、輝石の国はまだ小さな領主、それこそ盗賊上がりのような者達がようやっとまとまり始めた頃だ。まだ国家という概念は遠く、寄り合いのように集まってお互いの利益のために小競り合いをするような時代だった」
    「……はあ」
     いつもであれば取り繕って優等生の振りで話を聞くのだが、今のアズールはふらふらとどこか集中力が切れて返事も身が入っていない。それをトレインは一瞥して
    「普段の君であれば食いついてくるが、全く集中が出来ていないな」
    「……すみません」
    「仮眠を取りなさい。数時間でも身体も脳も疲れては正常な判断は出来ない。……これはその、クルーウェル先生の話だが」
     渋々、と言った顔でトレインは言葉を続け
    「凶悪犯と対峙するネゴシエーターや軍人というものは、必ず出来るときに休息を取るそうだ。強力な魔法を使える魔法士の卵であれば、なおさら疲労などが有害なのは知っているだろう」
    「……ブロットですね」
    「くすみが無いか、よく確認をすることだ。明日と言わない。数時間まずは頭を休めなさい」
     心配なのは分かるが、とトレインはアズールの手元の本を引き、
    「……分かりました」
     にゃーん、というよりはドスのきいた猫の鳴き声が図書館に響き、アズールは諦めて立ち上がって部屋から出た。
    「……くそ」
     心配? 僕が? 誰を?
     勘違いも甚だしい。アズールは靴音を静まりかえった廊下に響かせながら大股で歩き出した。二人を運ぶのを手伝って貰うために呼んだ教師達も、話を聞いた寮長達も、やたらにアズールに気を遣っているのか、アズールを可哀想なやつという顔で見てきていた。まるで自分が二人がいなければなにも出来ない人間とでも思っているようだ。
     かつ、と落ち着かせるために足を止めたアズールは、鏡舎に向かう廊下のすぐ側にある医務室へと目を向けた。
    「……」
     別に、今向かうのは心配だからではない。ただ呪いの状態を確認するためだ。
     誰に告げる必要の無い言い訳を考えてからアズールは医務室の扉を開けて中に滑り込んだ。人の姿は無く、いくつか並んでいるベッドの奥二つがカーテンで閉じられていた。そっと中を覗き込むと、規則正しい寝息を立ててジェイドが眠っていた。
     もう一つの方を覗き込むと、フロイドがやはり同じように眠っていた。良い夢を見ていると言っていただけあって、確かに健やかそうだ。見ていると腹が立つほどに。
    「全く……」
     アズールは二人の寝顔に眠気が刺激されたのか、頭がゆらゆらと揺れ出した。
     心細いという感覚は無い。ただ、これから色々三人でやろうとしていた計画が駄目になったらとどうするんだという気持ちが湧いてきていた。
     海に居る頃から、学園に行ったら何をしようと、あんなに額を寄せて考えていたのに。
     ずるずると置かれている椅子に座り、壁により掛かってアズールは目を閉じた。
     

     光の差さない深海は大抵いつも暗い。当然それでは生活など出来ないので、古い時代から人魚達が住むエリアは魔法か、発光するプランクトンの光でまかなっていた。それでも例えば少し離れた沈没船に行くとか、人の住む場所から離れ場所へ行く場合は明かりなどは無かった。
     アズールが良くこもっていた蛸壺は、比較的人が少ないエリアで暗い方だった。勉強や諸々のために彼の蛸壺の中や側は明るいが、そこに至るまではそれなりに暗い中を進むしか無かった。
     お願い事、馬鹿馬鹿しいそれらを叶えたいという輩と冷やかし目的を分けることが出来るから丁度良い。
     そうやってこもって勉強や企み事をやっていると、ゆらゆらと遠くから彼らがやってくるのがいつも見えていた。
     深海に住む人魚は大抵発光体を持っている。綺麗な尾びれとそれを彩る発光体。揃って持っている者が海の中の美しさの基準である。どちらも持たない自分はつまりはそういう事だ。アズールは小さくため息をつくと、エラが小さく開いて閉じた。紫の
     ゆらりとほのかに青白い光が揺らぎ瞬きながら蛸壺に近づいてくると、彼らはアズールの名を呼んだ。燐光という言葉が陸にはある。文字通り黄燐を燃やしたときの光を言うらしいが、青白いほのかな光は多分彼らの持つ色と似ているのでは無いだろうかと、アズールは想像していた。
    「言われていたやつ取ってきたよー」
    「これでなにをするんですか」
    「ありがとうございます。これは海にしか無い物で、陸だとかなりの値が付くそうです。勿論そのままでも構いませんが加工すればより価値が上がるんです」
    「へー」
    「当面の資金はこれで確保という事ですか」
    「そういう事です」
     アズールは計画表を眺めながら
    「目標はほぼ順調に消化しています。あとは学校に入ってからの準備ですね。この計画はどうしても僕が寮長になる必要がありますが……。果たして上手く行くかという所ですね」
     ジェイドとフロイドは不思議そうに首をかしげ
    「なんで? アズールの力なら大丈夫でしょ」
    「はい、上級生がどの程度の物かは未知数ですが……。後れを取ることは無い筈です」
     この二人がお世辞を言うタイプで無い事は五年ほどの付き合いで分かっていた。彼らがそう言うのなら本当に自分の力をそう評価しているのだろう。
     ――悪い気はしないが
     こそばゆさを誤魔化そうとアズールは努めて冷静な顔で――無意識が彼のタコ足がクルクルと後ろの方で悶えていたのだが、ジェイドとフロイドはそれを横目で眺めるだけに留めた。ここで機嫌を損ねて楽しい事から閉め出されるのは勘弁願いたかったのだ――、答えた。
    「まあ僕にはこのユニーク魔法もありますからね。とはいえ、慎重に事を運ばなければなりません。油断している生き物ほど狩りやすい物はありません。こういう物に無駄に時間を掛けては次の手が打てませんしね」
    「楽しみですね」
    「ねー」
     壺の中にするすると入り込もうとする二人を、アズールは狭い! と文句を言いながらそれでも後ろから覗き込む二人を昔のように押し出すことはしないで、陸の訓練所でどうするか、学校ではなにをするか話し合っていた。

    「アーシェングロット」
     ガタン、と首が落ちてアズールは慌てて顔を上げた。
    「……いった⁉」
     びきっと肩や腰が悲鳴を上げて思わず呻くと、足下でルチウスがぎゃーっと鳴いて尻尾を振った。トレインは肩を組んでため息をついて
    「全く、寮の部屋にいないようだからと見てみたら……。そんなところで寝れば痛くもなる」
     トレインはそう言いながら、立ち上がったアズールに本と、数枚のレポート用紙のような物を渡した。
    「……これは」
    「少し調べてみた。私も話は聞いている。ゴースト達の話と、彼らの出身地、それに服装から考えると、レディ・ヘッドレスの逸話に当たる人物が何人か該当した」
    「……! 先生が調べたんですか」
     手にしたレポート用紙には流れるような文字で考察が書かれていて、本には該当する場所に紙が挟まっていた。トレインは平然とした様子で
    「少し興味を引かれただけだ。今は教師としてだが、魔法史の研究は続けているのでね」
     それだけ言って、トレインはジェイドとフロイドの様子を確認してから医務室から猫を抱えて出て行った。
     いつものアズールであれば、追いすがってでも対価への返礼について話を付けに行く所だが、その時のアズールは妙な場所で寝入っていたことと身体の痛み、直前まで見ていた夢のせいで完全にその事が頭から抜けていた。
     

    森の中
     
     私優しいので! と相変わらずの言葉を吐いて、学園長は闇の鏡の使用を許可した。アズールはトレインの考察を元に輝石の国へと向かうことにした。
     賢者の島は夜が明けたばかりだが、幸いなことに輝石の国、特に目的地の方は時差のおかげか昼間のようだった。
     眠い目を擦り、あとで二人に絶対に仕事をたっぷりやらせようと誓いながら、アズールは鏡を通ってその場所に降り立った。
     静かな森の中、丁度お昼の鐘が鳴ったのか森の奥の方から音が聞こえてきていた。アズールは、下草の生える獣道のような轍がうっすら残る道を歩きながら、手元のレポートを見つめた。

    『レディ・ヘッドレスの伝承はゴースト達の口伝えを遡っても五百年以上前には観測されず、また輝石の国以外では近代になってから、詰まるところ交通機関の発達で人の動きが流動的になって以降とほぼ一致している。そのため、彼女は輝石の国出身かつ、五百年前頃の人物と仮定する』

    「この辺りは僕も想像したとおりだ……。そうすると時期をどうするかだが」
     ぱらりとアズールは次のレポートを見つめる。レポートにはクリップでアズールが見ていた結婚式の絵のコピーが添えられていた。
    『ゴースト達が揃っていうかの女性の特徴は、自分を貴族と認識している点、実際に長い裾がついた袖にウールの長いスカート、頭には恐らく顔を隠すための帽子とヴェールという特徴から、混沌期と名高い時代の物と推測する。この時代は地方領主達があちこちで戦を繰り広げ、国がいくつも興って滅んだ時期である。処刑方法は斧による斬首が主流。記録に残っている中で、この時代に処刑されたとされる女性は三人確認した』
     さく、とアズールは門の前で立ち止まり、静かな教会の中に足を踏み入れた。
     今は観光客も殆どいないような小さな教会だが、トレインのレポートによるとここには斬首刑で命を散らした貴族の女が埋葬されているらしいとの事だった。
    「ごめんください」
     ドアを開けて、中で一人で本を読んでいた神父が顔を上げた。
    「おや、これは珍しいですね。学生さん……? その服装は……」
    「ナイトレイブンカレッジのアズール・アーシェングロットと申します。実は、のっぴきならない事情がありまして、こちらにある記録などを確認したいのですが……」
     アズールはそう言って、神父に近づいた。
    「さて、一体どのような……?」
     奥の部屋に案内され、アズールはかいつまんで事情を説明して教会の中にある資料室の中に入った。
    「なるほど、そういう事が……」
     神父は痛ましげに眉を寄せて、埃っぽい資料室のドアを開け、閉め切った部屋の窓を開けた。風が抜けてほこりっぽさが抜けていく中、アズールはせかせかと歩き回り、自分の手元の時計を見つめた。時計は学校のある賢者の島の時間のままで、時計は今朝の八時を指していた。
    「時代的にはこちらの奥の物か……収納の中かな……」
     ガタガタと古い羊皮紙や紙の束を棚の奥や箱の中から出して、神父は黒い服に埃を着けながらアズールの前にいくらかの物を並べた。
    「先代やその前の方々から古い時代の逸話などは聞いております。確かにいくらか高貴な方々のご遺体を引き取って弔っているという話はありますね」
    「そうですか」
     パラパラと古い記録を追いかけながら、アズールは変色したそれらの記録を読み始めた。
    「何かありましたら声をかけてください」
    「ありがとうございます」
     アズールは頭を下げておかれていた箱のようなものに座って記録を漁り始めた。
     ――トレイン先生の調査ほど当てになる物は無い。これでどうにか間に合うか……
     アズールはそう思って束を端から目を通していった。


     数時間後、アズールは目をしょぼつかせて思わずクソっと悪態をついていた。
    「どういうことなんだ⁉」
     記録を追いかけ、トレインのレポートに該当する人物の埋葬の記録まで見付けた。ここまでの事をこの数時間で成し遂げたのは正直論文くらい書いても良いくらいだ。
     だが問題は。
     ――これは、これはあの首無し女じゃないのか……!
     記録を調べた結果、問題の貴族の女は斬首されておらず、こことは別の森に建てられた塔に幽閉されていたという記録が残っていた。そのまま病死した遺体を、引き取り手の無い事を哀れに思った当時のこの森の教会が引き取ったという話のようだった。
    「斬首刑を受けたのは別の……それも男だ。王への反逆行為……。同時期に裁判に掛けられたらしいが」
     昔話によくある、記録と口伝えが混ざってしまったというやつだろうか。それにしても
     アズールは頭を抱えて呻き、ノックの音に思わず顔を上げた。
    「随分お悩みのようですね。お茶を入れたのでどうぞ」
    「あ、ああこれは……すみません」
     神父はアズールの前に立ち、カップを受け取りお茶を飲むアズールの手元の資料に目を留めた。
    「随分悩まれていましたね」
    「ええ、探していた人物と……どうやら少し違いというか」
     アズールは調べたことを神父に話すと、彼はしきりに頷いて
    「なるほど……。確かに私も子供の頃にその幽霊の話は聞いたことがあります。子供の頃は良く怖くてコインを持ち歩いた物ですよ」
    「……コイン?」
     アズールは思わず眉をひそめ、神父は照れたようにポケットから硬貨を取りだした。
    「といっても、こういうごく一般的な硬貨ですよ。何でも、レディ・ヘッドレスはコインとか、金属類が苦手だとかで」
    「それは、妖精とか……それこそ本当にデュラハンのようですね」
    「ええ、確かにそうですね……? そういえば、不思議なんですが……。昔の逸話をまとめた童話集というのでしょうか、あれにもレディ・ヘッドレスとおぼしき話が載っているんですよ。教会の寄付された本の中にもあるんですが。あれでは、レディ・ヘッドレスは、首無しでは無く、顔が無い、と表現されてるんですよね」
    「……顔が無い……? しかしそれはどちらかというと」
    「はい、それだとレディ・フェイスレス、ですよねぇ」
     苦笑いする神父の言葉に、アズールはふわりと何かが浮かんできたような気がした。
    「……その本、見る事は出来るでしょうか」
    「ええ、勿論。ちょっと待ってくださいね」
     立ち去る神父の背中を眺めて、アズールは窓の外に目を向けた。時計は既に正午を過ぎていた。
     

    顔無しのお嬢さん


     鏡を通って帰ってきたアズールは、遠くに聞こえるハロウィンウィークの最終日、パーティ会場から聞こえてくるざわめきへと頭を巡らせた。こんな事になるとは正直思ってもいなかった。
     既に時刻は夜の八時になっていて、足が棒のようになったアズールは若干よろよろとしながら鏡の間から廊下に出た。昨日、あのゴーストと遭遇した場所に立つと、やはりと言うべきか、ふらふらとそれはどこからともなく現れた。
    「随分遅かったのね。しかも手ぶらなのかしら」
    「デリケートなので別の場所に保管しているだけです。こちらへどうぞレディ」
     アズールはそう言って、誰も居ない鏡の間へ向けて歩き出す。その後を、案外素直にゴーストは着いてきた。
    「少し、聞いても良いですか」
    「口の利き方が良くなってきたわね坊や。良いわよ」
     ふわりとゴーストはアズールの肩に触れて機嫌良く答える。氷が肩に触れたようでアズールは顔をしかめたが、そのまま問いかけた。
    「なぜあの時三人のうち、あの二人を眠らせたんです」
    「……そうねぇ、面白そうだったから?」
    「それだけですか?」
    「ええ」
     アズールは、ポケットに入っていたそれを取り出し、指で弾いて手のひらに載せた。
    「僕は、これのおかげではと思ったのですが」
     チャリンと金属の音がして、ゴーストは思わずアズールからわずかに離れた。
    「ゴースト自身に金属、金物を苦手とする話はあまり聞きません。元が人間ですからね。ですが、あなたはどうも違うようですね。輝石の国、あなたの故郷へ行ってみましたが、あなたに呪いを掛けられないようにするお呪い、どれもコインをポケットに入れておく、金を何かしら身につける、或いは、そうそれこそ、水を跨いで逃げる、とどれも妖精やデュラハンを想起させるんですよね」
     ゴーストはなにも答えず、黙ってアズールの後を着いてきていた。それを横目に、アズールは鏡の間の扉を開けて中に入る。
    「あなたがゴーストになったきっかけを調べてみました。ご所望の捜し物を捜す為に。結論から言いますと、あなたが探している物は恐らく途中で変わってしまっています。長い年月をかけてあなたが探していた物は様々な人間の思う姿や物語に引きずられて変質し、やがてそれはあなた自身の姿をも変化させていった」
     暗がりのなか、薄ぼんやりと闇の鏡が輝き、それを見たゴーストは思わず立ち止まった。
    「どうしました。鏡は嫌いですか? 大丈夫ですよ。この鏡は普通の物とは違いますので。せっかく学園長も許可をくださったのです。普通は見る事が出来ないですから是非見学していってください」
     アズールは部屋の隅に立て掛けてあった四角い包みを取って、それを鏡の側に置いた。
    「さて、僕はあなたの生前を調べるためにあなたとおぼしき貴婦人が弔われた教会へ行ってきました。そこには偶々様々な同時代の方々の処刑の記録、弔った記録なども保管されていました。そしてこれも」
     アズールは借りてきた民話集を取ってパラパラとめくり、
    「面白い事に、当時の記録では斬首された貴婦人の記録は無く、居たのは王の暗殺を企んで失敗した貴族の男だけでした。この家族の一人に、幽閉され、失意のままなくなった女性という者がいました。彼女は顔をヴェールで覆い、死ぬまでそれを外す事無かったとか」
    「よくそこまで探したわねぇ」
     ゴーストはどうやら気を取り直したのか機嫌良く揺蕩い、出入り口付近で浮かんでいた。アズールはそれはどうも、と軽く頭を下げ
    「さて、レディ・ヘッドレスというゴーストはどこで生まれたか、という話になりますね。幸い教会の神父様がその辺りの民話などを好む方だったので、こういう本もすぐに出て来ました」
     めくっていた本を手に、アズールはとあるページを指で追いながら
    「――三人の旅人は不思議な女を見た。古めかしくも身なりのよさそうなドレスを着た女。森の中で不釣り合いなその女は問いかける。『私の顔はどんなのかしら』女の問いかけに、一人は美しいと答えた。二人目は老いていると答えた。三人目は分からないと答えた。女はヴェールをあげて顔を見せた。美しいと言った男、老いていると言った男は目が潰れ、残ったのは正直者の男。顔無しの女は正直な男の首を折ろうと近づいてきた」
     アズールはそこで顔を上げ
    「この本のこの後は機転を利かせて男が逃げ切るところでお話が終わっています。この本は古い時代の物でその後似たような民話集がいくつも作られ統合されるうちに、首を折って殺そうとするという描写が消え、気付けば『首のない女がヴェールを剥いで呪いを掛ける』という風に変化していったようです」
     アズールはそこで四角い包みを取り出し、
    「さあ、あなたの捜し物、本当にあなたが望む物を僕は用意しましたよ。よく、ご覧ください」
     若干芝居がかっているとは思ったが、アズールは逃げるかもしれない彼女の気を向けるために、大げさに布を開いた。
     布で包まれていたのは一枚の肖像画で、小さな胸から上だけを描いたそれは当時流行っていた服を身に纏った貴婦人の姿だった。
    「埋葬されていた記録を突き合わせて、博物館に該当する人物の肖像画がないか確認をしました。その結果、一枚だけこの絵が残っていました。探していたのは、ミストレス、首では無くてあなたが忘れてしまった、自身の顔ですね」
     どうぞ、とアズールはそれを置いて、一歩後ろに下がった。女の方は両手を震わせて置かれた肖像画をじっと見つめていた。
    「不安でしたらこの闇の鏡に聞くのが良いでしょう。この鏡は嘘を言いませんので」
     アズールの言葉に、それは、ヴェールで包まれた頭を上げ、やがてけたたましい音を立てて天井付近に浮かび上がった。
    「――っ」
     攻撃されるのかと思わずペンを手にしたアズールに、ゴーストは彼の周りを回ってぴたりと音を止めた。
    「ああ、まさか本当に探してくれるなんて……」
     妙に響く声ではなく、そこに居る人間のような声がしてアズールは顔を上げた。ヴェールの向こうにはっきりと、その顔が見えてアズールは瞬きをした。
    「ありがとう。おかげでやっと気が楽になったわ。あの子達ももう起きたでしょう」
    「……そうですか」
     疲れで思わずため息をついたアズールに、彼女は消えかけたまま、ああと呟いた。
    「一つ、礼というわけじゃ無いけど、言っておくとね。あまり手に余る物を掴んでは駄目よ。大事な物事全部すり抜けるから」
    「はあ?」
     何のことだ、と眉をひそめるアズールをよそに、ゴーストはふっとかき消えて、肖像画の顔の部分が真っ白になった絵だけが残されていた。


    嘘も誠

     
     お茶を飲んで一息ついたアズールに、ジェイドとフロイドは思わず顔を見合わせた。
    「そんなことがあったんですねぇ。目が覚めたらもうパーティーが終わっていてどうしたのかと思った物ですが」
    「ねえ、しかもその後あれしろこれしろってすっげー働かされたし」
     二人の言葉にアズールはしょうがないだろう、と肩を回し
    「良さそうな肖像画を探すのに手間取ったんですよ」
     とげんなりとした口調で呟いた。
    「そんなに必死にオレらのこと助けようとしてたんだぁ」
     なにが嬉しいのか、フロイドは機嫌良くアズールの座るソファの背後に立ち、アズールの肩を揉むように手を置いた。
    「……、でも、ちょっと待ってください。良さそうな肖像画を探したってどういうことでしょう」
    「……あ、そういえば。都合良くその肖像画見つかったにしては」
     ジェイドとフロイドの視線に、アズールははあ、とため息をついて
    「骨董屋や博物館は確かに見ましたよ。ええ、二十代から三十代、同年代の女性の肖像画のレプリカを適当なので、という条件で」
    「……適当……」
    「どゆこと……」
     アズールの言葉に思わず呟いて、ジェイドとフロイドはアズールを見つめた。
    「良いですか。僕達が自分の顔を認識するのはどういう手段で、ですか?」
     アズールの問いかけに、二人はそれは、とお互いを見つめ
    「鏡、ですね」
    「あと写真とか」
    「ええ、その通りです。ですが、五百年前の鏡で果たして自分の顔をきちんと認識できたでしょうか。銀を磨いた鏡は時間が経てばくすみます。絵描きが描いた自分の肖像画、くすんでよく見えない鏡、水辺に写る姿。これら以外で自分の顔を知るのは案外大変だったはずです」
    「……なるほど」
    「まあ、それは確かに……」
     頷いたジェイドとフロイドはまさか、と思わず呟いた。
    「アズール、あなた、まさか……」
    「ゴースト、騙したんだ」
    「……だ、騙したなんて人聞きが悪いですね。元々悪霊に成り果てたゴーストは妄執の原因が晴れれば、それの正誤は問わない存在です」
    「……とてもゴーストに平手打ちを食らった人の意見とは思えませんね。その冴え渡る頭脳はあの時一体どこへ行ったんです?」
    「毒草渡したお前に言われたくないですよ⁉」
     フロイドは堪らなくなったのか、アズールに縋り付いて笑い転げてソファに寝転がった。
    「うっそみたい! じゃあその怨念の固まりみたいなよくわかんねえゴースト、その辺の絵でもって誤魔化したって事? アズールさぁ、その肖像画っていくらで持ってきたの」
     フロイドのニヤニヤと笑う顔を見下ろし、アズールは思わず視線をふわふわと漂わせて、
    「……あー、さて、どうでしたかね。確か……結局よさげな物は骨董品店でも無くて……えー……、美術館側の露天商で売っていたレプリカ……を」
     五百マドルで。
     と小さく呟いたアズールに、ジェイドとフロイドはにたぁっと微笑んだ。
    「悲しい。僕達の命の値段、五百マドルだったなんて」
    「二人だから二分の一でもっと安くね?」
    「こ、効率的と言いなさい! ふん、僕の時間というもっとも貴重な物をお前達の救出に割いたんですよ」
     感謝しなさい、とどうにか胸を反らすアズールに、ジェイドとフロイドははいはい、とかなり適当に流した。
    「感謝していますとも。おかげで今年はこうして楽しいハロウィンを過ごせましたし」
    「まあ途中今年も色々あったけど」
     お疲れ様、と言われてアズールはふうっと帽子を指先でクルクルと回してため息をついた。

     ――本当はあの調べた一連の話、せっかくだからとトレイン先生と連名で論文を出したりしていたんですが……、まあそこはいう必要は無いでしょう。
     アズールはお茶を飲みきると、立ち上がって手を叩いた。
    「さあ、明日に向けて、今日はもう休みますよ」
     返事をしてラウンジから出て行く二人の後を追い、アズールはドアを閉めた。

     少し先を歩いて寮の部屋に戻る二人の足取りは軽い。
     もしあの時なんであれ肖像画が手に入らなかったら、あるいはそれが高額だったらどうするつもりだったのか。そんな疑問でも湧きそうな物だが、二人はそれを口にすることは無かった。
     愚問というやつだろう。
     あの晩目が覚めた時、ふらふらと医務室に入ってきて心底ほっとした顔でカーテンを覗き込んでいたアズールの顔は、そうそう忘れられる物でも無い。
    「本人はなーんにも気付いていないよね、あれ」
    「ええそれこそ、自分の顔、表情なんて……鏡か、他人で無ければ分からないですからね」
     ジェイドの機嫌の良い声に、フロイドはそれは確かにそうだ、と頷いた。
    「……まあ、黙っておいてあげましょう。今は」
    「本当、ジェイドってそういうとき楽しそうだよね」
    「なんですニヤニヤと気味が悪いですね」
     せかせかと駆け寄ってきたアズールに、二人は気のせい、と答えて三人で並んで歩き出してい
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