そのうち若モリとあしやが殺し合うことになる話の冒頭「というわけで、つき合いたまえマスター君」
「まず、『というわけで』の前を丁寧に説明して」
日替わりA定食に舌鼓を打っていた立香は、断りもなく向かいの椅子に座って説明を9割はぶいた青年に、キレのあるツッコミを入れた。
♢
「これは失礼。私の頭の中では完結事項だったのでね。しかし、君には改めて説明が必要だった」
「そうなんですよ。で、何があったの」
すぐに冷静さを取り戻した立香は、ブリの照り焼きに箸を入れながら先を促した。
青年ことモリアーティは、肩を軽くすくめた。
「さすがは数多のサーヴァントを従えるマスターだ。話が早くて助かるよ。事の始まりとしては、私が悪人同好会の入会テストを受けることになったんだ」
「できる限り開催してほしくないテストだね」
「善良とお人好しからできている君からすれば、そうだろう。だが、こういうコミュニティは貴重なのでね」
「そうなの?」
「同類ばかりの集いは気兼ねしなくていいからネ」
モリアーティの説明は非常に簡潔であり、国語の成績が普通、すなわち3だった立香でも一度で理解できるものであった。
いわく、やはり悪のカリスマになることが約束された自分が悪人同好会に入るのは、自然なことだろうと入会を決意したと。
しかし、いざ門戸を叩こうとしたところ。
「君を入会させるかは、検討の余地があるね」
予想外にも、老教授に断られた。
「待ちたまえ、この私だぞ?」
「それ、同一人物を前にして言うかネ?」
「逆だったら貴方もそうするだろう」
計算外すぎて動揺も隠せずに指摘すれば、教授はちょっと目をぱちくりさせてから、「それもそうだ!」と笑った。
「落ち着きたまえ、新米君。なにも断ったわけじゃない」
「落ち着いているとも」
「そうかね?ま、そう思いたいならそういうことにしておこう」
食い気味に答えたことすら見透かされたようで、一切の挙動に反応を出さないようにしたが、体の中に苛立ちが一欠片さらに積もった。
「ただ、確認事項があるというだけだ」
「今はなにも企んでいないが」
「我々の間でその自己申告は無意味だネ。そもそも企んでても構いやしないさ。好きにするといい。そうではなくて、君にはテストを受けてほしいのだよ」
「テスト?」
教授が言うことには、「君についてのちょっとしたアンケートみたいなものだ。硬くならなくていいよ!」とのことだ。もちろんそんな言葉を信じるモリアーティではないが——どっちもモリアーティだろうというツッコミは野暮らしい——その後、どれだけ内容を聞き出そうとあの手この手を尽くしても、教授はのらりくらりと躱して無為に終わった。
とにかく、当人としては大変不満だが、ヤングなモリアーティことジェームズが同好会に入会するためには、テストを受けなければいけないらしい。
「……うーん、とっても簡潔でわかりやすい説明」
「言い換えると?」
「ほしい情報がなにもない」
「その通りだ。こんなもの猿でも説明できる」
モリアーティはひらひら手を振った。
イラついてるなぁと、立香は煮物を口に運びながら思った。
若いとはいえ、この青年にも悪の才能は十分に育っているはずだ。付け入る隙になる感情を悟らせないことくらい普段ならお手の物だろうが、どうにも老いた自身を相手にすると、その仮面にもヒビが入るらしい。
「なぜテストをやるのか?どんな内容なのか?採点基準は?なに一つとしてわからない」
「あと、教授の独断で入会の許可を決めてるのも気になった」
「……ふむ、それはいい着眼点だ。私にはなかった。なにせ、ジェームズ・モリアーティが組織のトップになることには、なんの疑問も抱かないからね」
青年は当然とばかりに、流麗な口元をにぃと曲げた。
「うわぁ、さすがの自信っぷり」
「なにしろ私だからね。だが、あそこは悪の純度でいうなら極上の宝石ぞろいだ。そんな彼らが大人しく教授の意向に従うとは、到底思えない」
確かにと、立香も内心頷く。
悪性をカリカチュアしたアルターエゴ。あらゆる生物を疎う終末機構。かの博士を堕落の道に誘った道化。夢を追うためなら非道を非道とも思わないコンキスタドール。大海賊時代を象徴する、現在オタ活真っ盛りのカリブ海の覇者とメカクレハンター紳士。
「おい君。段々変なこと考えてただろう」
顔に出たのか、モリアーティがしかめ面で指摘してきた。
「ソンナコトナイヨ」
「棒読み!」
じとりと睨みつけられる。こういうところに学生の名残がある。
「でもモリアーティの言う通りだよね。オベロンは干渉しないスタイルだけど、道満とかコロンブスはあれこれ言ってきそう」
「そう考えると、そもこのテストに意味があるのかすら怪しくなってきたな」
「他の同好会メンバーに聞いてみる?見返りを出せば、教授を説得してくれるかもよ」
こんな提案をするあたり、自分も大分染まってきたなと立香は思う。しかしモリアーティは、ちらりと斜め上を見て思案したが、それからゆるりと首を横に振った。
「いや、やめておこう」
「教授の挑戦を受けるの?」
「そうだ」
ワタリガラスの羽と同じ色を宿した瞳が、ぎらりと光る。
「意味があろうとなかろうと、あの男が出した以上それは挑戦と同義だ。なら正面から打ち砕いてみせるとも。出された難問は必ず解く」