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    minus_100ex

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    minus_100ex

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    漫画だといつも以上に細かいところのアウトプットが難しかったので文も出来た(絵描き人格の敗北)
    前提のメモとプロットにフィルターかけた程度。

    beside整然と並ぶ文字を追いながら、視界の端で白い双葉が揺れるのをみとめた。
    床にぺたりと座りこんでローテーブルに向かっているシャオの顔は見えないが、おそらく何度目かの睡魔と戦っている。
    思わぬところへふらふらと線をひいては消し、少し書き進めてはまた船をこぐ。こちらにはばれていないと思っているのか、まどろむたびにぴりっと姿勢を正してはまた振り出しに戻っている。そのさまは微笑ましくもあるが、ロイエには和んでばかりもいられない理由があるのだ。
    シャオは地上の生まれである。アークにおいて空気と同じように人間をとりまく資源、技術、秩序、思想。なにもかもがシャオには未知であった。また彼にとっての"当然"がロイエの想像を超えることもままあった。世界の間の溝を埋めるように正解を探り、ふたりの暮らしにはようやく慣れてきたものだが、学校生活___すなわち、"一般的なアークの人間"との交流や集団行動は、やはり身体・精神両面で大きな負荷になっているようだ。
    同じ生きものであるはずなのに、シャオが己の足下に巡らせた境界線は消える様子がない。みな生まれの違いを声高に振りかざすくせに、そのラインには誰も気づかないのだ。満足なケアができていない現状もあいまって、やるせない事実は胸の奥で日に日に重さを増していく。
    職業柄ロイエには関係ないが、カレンダー上ここ数日は休校だ。それでも毎日ペンを持つ息子は勤勉で、どれだけ褒めてやっても足りないけれど、今は体を休めさせるべきだろう。ぱたん、とわざとらしい音を立てて本を閉じれば、白くて丸い頭が振り向いた。

    「お仕事おーわり。シャオくんは、どう?」
    「じゃあ……おわりにする」
    「うん、そうしよう。お疲れ様。」

    春が来る前のとある事件からシャオはいっそう気を張っている。
    学業や処世についてだけではない。今夜のようにロイエが家に居れば休む時間をしきりに聞き出そうとしてくるし、やむなく残業をこなして帰宅した日には玄関先で座り込んでいたこともあった。原因は他でもない、オーバーワークで息子に心配をかけたロイエ自身である。反論も誤魔化しも、抜け駆けも許されなかった。ロイエとてシャオを悲しませるのは決して本意ではないため素直に従うのだが、彼自身が削れてしまっては、元も子もない。
    先んじて休む姿勢を見せることがあらゆる面から最適解である、という判断は間違っていなかったようだったが。

    「……もう、寝ちゃう?」
    「ん?……どうして?」
    「…………えっと……」

    予想通りのせりふが、予想外の声音で投げかけられた。
    間一髪で拾い上げれば、なにか言いたげな雰囲気のまま、シャオは目を伏せてしまった。手はノートの上に置いたまま。重ねた消しゴムの跡で紙はややヨレて、端の方が破れている。その上をもじもじと動く指先は、反復した文字やことばの中から答えを探しているようにも見えた。
    シャオが教材類を広げるのはほとんどの場合自室であると、本当はとうに気づいている。
    それはロイエ自身も同じで、資料や書籍 、PCはすべて寝室の棚に保管してある。いま手元にあるのはこの一冊だけ、風呂から出た後わざわざ持ち出して、はんぶん空いていたこのソファで開いたものだった。
    お互い、理由がある。希望的観測だが、きっと同じような理由が。

    「シャオくん。ちょっとだけ夜更かししようか。」

    大きな瞳がきらりと光ったように見えた。
    _______

    狭いベランダから見た夜空はやたらと明るかった。
    奇跡と繁栄をかたどった都市、アークからまばゆさが絶えることはない。はるか遠く地上の戦線にいた頃よりも、星のまたたきは埋もれて見える。もっとも、アークだろうと地上だろうと、夜空をただ眺めるなどというのは、ロイエにさほど縁のない行為であったが。
    安全性と同じ高さの手すりが視界を遮らないようにと腕にかかえた存在が、行動の軸をずいぶんと変えてくれた。

    「今の時期ね、流れ星が見られるかもしれないんだって」
    「ながれぼし」
    「数は多くないみたいなんだけど…」
    「……」

    シャオはただロイエに身を預けていた。この夜空と同じように薄まったロイエの話はすぐ宙に消えていく。お互い饒舌な部類ではないと、とうに認識済みのはずなのに、今は静けさのぶん焦れてしまう。
    迷走の最中だと自覚していた。別に星を見せたかったわけではない。願いを託せるほどの、無邪気な希望もない。きっとそれも自分がシャオから奪ってきたもののひとつなのだと思う。
    そう、わかってはいる。与えたいものはそんな言葉ではないと。きっとシャオが欲しいものもそこにはないと。
    かといって、それがなにかの確証もないのだ。だから意図的に遠まわりを選んでいる。
    ロイエはいまだに、シャオの望みにこたえる方法を手繰ってはその糸に絡まり、手をこまねいていた。目の前の息子を満たすことは、罪の数を数えるよりもはるかに難しい。
    それでも、声を聞くと決めたのだ。

    「……僕さ、嬉しいんだよ。君が僕を家族だって言ってくれたことも、今たくさん頑張ってくれてることも。」
    「ほんと?」
    「もちろん!」

    不恰好に切り出してみれば、夜の闇をまぜた紫紺がようやくロイエを映した。笑ってみせると、白いまつげの下でわずかに光がゆれる。その光をつかまえたくて、ずっと消えないように守りたくて、それが今の己のすべてなのだとロイエはもうみとめている。

    「だから、僕もシャオくんを喜ばせたい。疲れてるなら元気にしたいし、お願いがあるなら叶えたいんだ。……君と同じだよ。」

    細い指先にそっと生身の手を添え、つつみこんだ。折れて剥がれた爪も硬くひび割れた皮膚も今は癒えて、滑らかでほのかにあたたかい。
    シャオが気づかせてくれた感情の温度が、触れたそこから伝わるならどんなにいいだろう。
    この子に窮屈さを強いたのは自分だけれど、いまだに察しは悪くてずるいままだけれど、いつも幸福でいてほしいと願うその一点はたしかに真なのだ。
    その熱さを愛着と呼ぶことに、もう以前ほどのためらいはない。

    「ロイエも、おれとおんなじ……」
    「うん。だからさ、教えてくれない?君のお願いごと」

    すこしの逡巡のあと、シャオはロイエの肩に顔をうずめた。ないしょ話をするようにかすかな、呼吸の音がする。

    「……き…………きょう、一緒に寝ても、いい……?」
    「……いいに決まってる!」

    星がひとすじ流れた。
    架橋のようなその軌跡に二人は気づかなかったけれど、久方ぶりに並んで潜り込んだ夢の中は暖かく、確かに満たされていた。
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