長命種マジ真剣恋バナの会〜現代編〜「……デート、なの。ちょっと気合の入った」
「うん」
「ライオスとですか?」
「ちょっカブルーは聞かないで〜!」
「ここ俺の家ですし」
「そうだな、お前が家主だ」
「そうだけど!耳塞いでて!」
「自分で言うのもなんですが、俺相談事には慣れてますよ。何で悩んでいるんですか?」
「服とか……お店とか……」
「ああ……まあライオスに店任せは頼まない方がいいでしょうね。デートのムードに合った店を選べるとは思えませんし」
「お前はまだ子どもなのだから子どもらしい場所にいけばいいだろう」
「ミスルンさんから見たら子どもかもしれないけどライオスより二十歳以上も年上なんだよ私!デートのムードに合った店選びなんかは……ライオスには選べなさそうだよね……かといって私が選んだお店が大人っぽすぎたらライオスが緊張するかもしれないじゃない?!私も緊張するじゃない?!それにいつものラフな服で来たらどうしようとか……!」
「それは事前にドレスコードを伝えておけばいいのでは?店によってはジャケットを貸してくれますし」
「そんな服、ライオスが持ってると思う?!」
「……なさそうですね」
「店ならいくつか紹介できるものはあるが」
「ミスルンさん……。ミスルンさんの行くお店は普通のカップルがちょっと大人ぶって入るお店のレベルではないんです。一回で庶民の月給ほどの金額です」
「そんな高いところ行けないよ?!」
「そうなのか。カブルーは気にしていないようだったから、気づかなかった」
「タダメシなら別に遠慮する必要ありませんから」
「大人の男性にたかるなんてふしだら!不純!」
「ふしだらで不純な関係ではありますね」
「うん。お前がトールマンの年齢で成人していなかったら捕まっていた」
「もー!真面目に聞いて!」
「聞いてますよ。ふざけすぎてすみません。店は二人で選べばいいんじゃないですか?ドレスコードがなくとも入れる店はありますから。選択肢が多すぎるようなら二人にあうようなカジュアルすぎない店をいくつか送りますよ。俺のおすすめはそう高くはありません。ライオスの服装が気になるようならファリンに促してもらい服を買うよう誘導しては?」
「そ、そうね。相談は、大事ね……服も…………服も………………ねえ!私はどんな服がいいと思う?!すこし露出の多い服は大人っぽすぎて似合わない?!いやらしく思われるかな?!どんなものがいいと思う?!メイクはどうしよう?!髪型は?!」
「そのままでいいだろう」
「だってせっかくならキレイに思って欲しいし、かわいく見せたいし!」
「服は着ていればなんでもいい」
「そのままでかわいいって?そう思う?」
「俺もマルシルはそのままで充分かわいらしいと思いますよ。ライオスもそんなところを好きになったんでしょうし」
「…………わからないの」
「何がですか?」
「まだ、告白されていないし、自分でも、してないの……だから好きかどうか、今回、わかるかもって」
「交際もしていないうちからああも悩んでいたのか」
「そうです……」
「今回は、ライオスから誘いを?」
「う、うん。た、たいせつな話がしたい、って」
「まあそうちんまりせずに。なら店選びはライオスに任せては?お互いまんざらでもないわけでしょう。あなただって今回告白されると思っているからこそ気合が入っているのでは?」
「う、うん……」
「なるようにしかならない。気負わずいけ」
「そうだよね……!がんばります!ありがとう二人とも!お邪魔しました!」
マルシルは目に炎を宿さんばかりの勢いでドタバタと勢いよく部屋を出ていくと、1DKの部屋はいつもの静けさを取り戻した。
「まあ、大丈夫でしょう」
「特に問題になるような点はない」
「そうですよね。どう見たってあの二人は両思いですし」
「随分迂遠な道を辿る」
「片思いの楽しみというものもあるものです」
「では私も、もう一度お前に恋をしてみようか?」
「いいですね。どんな運命的な出会いを果たしましょうか。新聞記者と王女?敵対する貴族同士の子息子女?パンをくわえながら十字路でぶつかったり?」
「どれも現実より平凡だな」
「ええまったく」
エルフに育てられたとはいえ、ごくふつうの大学生であるカブルーと、西方でも有数の資産家エルフの恋愛など、恋愛小説の中にしかなさそうなものだ。
そのうえミスルンは恋愛小説よりもハードボイルド小説が似合いそうな経験と職をしている。
もし小説家が二人の物語を書くとしたら大変な労力が必要だろうと思われた。
「朝目覚めてあなたを見るたびに、俺は新鮮な気持ちで恋に落ちている気分になりますよ」
「意識が混濁しているのか」
「混濁はしていませんが……俺はあなたにどうかしているのかも」
「どうかしないと恋などできない」
「そうですね」
カブルーは笑い、恋人にキスをして、ふたりでベッドに倒れこんだ。
この恋人たちは、ふしだらでみだらで不純な、そんな休日を過ごすことにしたのだ。
「デートなんだ……」
「兄さん、ふぁいと」
「どうしたらいいと思う?!店なんていつも大衆食堂かパブばかりで女性を連れていける店なんて知らないし、告白するのにいい店ってどんな店なんだ?!」
「ローリング兄さん……」
「逆に!逆にいつものパブでもいいか!飾らないまま行ったほうが!」
「今回告白するつもりなんでしょ?マルシルは……そういう雰囲気とか結構大事にするタイプだから……」
「そうだよなー!どうすればいいんだ……俺は無力だ……」
ファリンの携帯がメッセージの着信を知らせた。カブルーからだ。
『ライオスが告白すると聞きました。よさそうな店をいくつか送ります。それから服を新調するように言ってあげてください』
マメな人だ。けれど今回困り果てている兄の力になってくれるならありがたい限りだとファリンは短くメッセージを返した。
『ありがとう。お店参考にします。服はこれから買いに行くね』
「兄さん、とりあえず服を買いに行こう。ちゃんとしたお店で」
「服?!そ、そうだよな……服もいるか」
「お店も、いくつか私が知ってるのを教えるからその中で選んでみたらどうかな」
「ファリン……!お前は、本当に、最高の妹だ……!」
ライオスは背も高く、スタイルも悪くない。
しっかりした縫製店の服を着れば馬子にも衣装というべきか、中身はともかく非常に格好がついた。
「兄さんすごくかっこいいよ!マルシルも、喜ぶと思う」
「そうかな!こんな服着るのは初めてだ……」
「堂々としていれば大丈夫!えっと、お店でなにかわからないことがあったら店員さんに君に任せるよって言うといいって!」
「わ、わかった!」
新しく慣れない服を身にまとった自分に、ライオスはどこか別人のような心持ちだった。
だがマルシルはあのときはああでこうでとライオスが覚えていないことを引き合いに出して怒ることが多いので、やはり告白くらいは格好良く決めて、あの時のライオスはかっこよかったなーと言われるようになりたかった。
店はファリンが選んでくれたもので、近くにデートスポットもあるという場所に決めた。予約はすんなりでき、ひとまず安心だった。
マルシルに、店と待ち合わせや時間についてメッセージを送るとライオスはまたも悶々と悩み始めた。
デートの日までこの調子は終わりそうにない。
ソムリエだという人がついて、あれこれ説明してくれる。けれども内容はすこしも頭に入ってこない。マルシルは酒精の類はあまり口にしないし、ライオスは堂々と振る舞っているように見えるけれど、絶対何もわかっていないだろう。
「なるほど。君に任せるよ」
結局ライオスの返答は丸投げだった。
なんだか格好つけて返答しているけど、説明を聞いてもわからなかったに違いない。
ソムリエが選んだというワインに口をつけたけれど、私にはやっぱりなにがなんだかさっぱりわからないままだった。
赤ワインは渋くて、大人すぎる気がした。
コース料理がどんどん運ばれてくる。
前菜、スープ、魚料理、ソルベ、メインの肉料理、そして、デザート。
料理はどれもおいしくて、ライオスとの会話もふつうにできているつもりだったけれど、このあと待っているであろうことが気になっておいしい料理のことや目の前のライオスや大人ぶって飲んだワインやそんないろんなことに気が散った。
デザートを食べていると、いよいよ気持ちが高ぶって、自分を落ち着かせるようにマルシルはことさらゆっくりデザートを味わうように食べた。
デザートのタルトタタンはほろ苦いキャラメリゼの味がして、お店と同じ、やっぱり少し大人の世界に思えた。添えられたバニラアイスクリームと一緒に食べると、りんごのやわらかさとタルト生地のさくさくとした食感となめらかで甘い口触りのアイスが混ざってとてもおいしい。
少しトイレとライオスが言って立ち上がり、マルシルはタルトタタンの味を噛みしめる。
ああ、わたし、今夜どうなってしまうんだろう。
ライオスはトイレだと言っている間に会計を済ませてくれていたらしい。お金を払おうとすると、今日は出させてくれというので、素直に甘えた。雰囲気を壊すような妙な問答はしたくなかった。
食事を終えて少し歩く。
気合をいれて新しくおろした靴が裏目に出て、靴擦れをおこしている。治癒魔術をつかえばいいのだけど、気をつかわせてしまいそうだから我慢した。なによりこれからのことを思えばそんなちっぽけな痛みは耐えられた。
ほんの近くにあったらしい、噴水にあわせてライトアップされた場所へついた。七色の光が水しぶきに合わせて光っている。
「マルシル」
「な、なに?」
「今日の君は、す、すごくきれいだと、思う。そ、その服も似合っているし」
マルシル今日に合わせて買った服だった。お店の連絡が来てすぐに買いに行った。あれこれたくさん悩んで決めた服で、少し高かったけれど素敵だと思えるものを選んだ。
「えっ。えっと、ありがとう……ライオスもすごく素敵な服だね。似合ってるよ」
「あ、ああ、ありがとう」
噴水が派手に光って見つめ合う二人を照らしている。鼓動が高まってどうにかなってしまいそうだった。
「今日は大切なことを伝えたいと思って、誘ったんだ」
「う、うん……」
「ああ……言葉が、うまくでてこない……、いやいくんだライオス……男を見せろ……ここだ、ここしかない……」
ライオスはしばらく一人で悩んだり励ましたりしていたけれど、決意を決めたのか、私の肩を掴んで、大切な一言を言った。
「君が!す、す、好きなんだ!」
ライオスの顔はライトアップされた光の中とはいえ夜の中でもわかるほど真っ赤で、きっと私も、同じように真っ赤だったと思う。
「わ、わた、わたしも、好き!」
不安そうだったライオスの顔が、光でも灯ったみたいにぱっと明るくなって、それを見ただけで私はやっぱり、ライオスのことが好きなんだと思った。
「本当に?これって、夢じゃないよな?現実だよな?」
「ほっぺたつねろうか?」
「待ってくれ。自分でやる。……痛い」
「ふふ、本当にやるなんて、もう」
幸せで、とても幸福で、私は泣いていた。
何時間もかけたメイクが崩れてしまう。
けれど胸からあふれて止まらない気持ちが涙に変わってどんどん流れていく。
「ど、どうしたんだ?!どこか痛いのか?!」
靴擦れの痛みはじくじくと残ってはいるけれど、そんなことで泣きはしない。嬉しい。嬉しい。ただそれだけ。
「違うよもう……うれしくて、ないてるの。あまり見ないで……顔がぐちゃぐちゃだから……」
涙をぬぐった指にアイシャドウやアイライナーのにじみがついている。目の周りは真っ黒だろう。
「なら……」
ライオスの両手が、わたしを包んで、引き寄せられて、ちょうど胸のあたりに顔がくるようになって。
「こうしているよ。嫌じゃ、なければ」
涙でうまく返事ができない代わりに、胸にこすりつけるようにして頷いた。
大人のように、スマートに、告白することも告白されることもできなかったけれど私とライオスらしくて、なにより幸せで、私はこの日を一生、おばあちゃんになって、ボケちゃっても大切に大切にするんだ。