光量を落とした白熱灯の下、体を折り畳むように女が座している。緋襦袢に白い半襟。裾から覗く足首が酷くなまめかしい。俯いた貌は幼さを残しながらも美しく整い、不安と、隠しきれない期待の色を浮かべている。
毎度どこで見つけてくるやら、佳い表情をする女だ。思うと同時に背後でシャッター音が響き、まさにその面がファインダーに切り取られたことを知る。
エミヤは自身の着物の裾が女の視界に入るよう、わざと正面を横切って背後に回った。暗色の紬は、養父が舞台用に仕立てて愛用していた品物だ。今ここにスポットライトはなく、観客もいないが、受け手に与える印象を思えば必要な演出だと割り切って身につけている。
所在無げに床に置かれていた手頸をとる。ぴく、と小さく揺れた薄い肩を、反対の手の指先でそっとおさえる。触れあう場所の面積が極力小さくなるように、そっと。怯えさせてはいけない。だが安心させすぎてもいけない。初めてこの手技を受ける、その意味を殺してはならない。
女の緊張がとけるのを見計らい、もう一方の手と合わせて腰の後ろに固定する。手首の内側同士を付けるように、自身の肘下を其々の手で握らせた。
あらかじめ床に散らしておいた幾束もの麻縄から、一つを引き寄せ片手で解く。バラバラと板間に落ちる音をわざと大きく響かせる。は、と女が息を震わせるのを聞きながら、纏めた両手首に緩く縄をかけ、しっかりと縛り上げた。縄を継ぎながら、胸の上と下に手早く二周りずつをかける。
背中から肩越しに前へ送った縄を、閉じた肘の内側から取り戻して留める。反対側を同じようにすれば、所謂襷掛けの出来上がりだ。チェストストラップのように胸前を縄で支え、同時に肩甲骨の間を埋めるように網目を施す。
「どけ」
隣から短く声がかかり、エミヤは一度手を止めて横にいざった。乾いた音とともに立て続けにシャッターが切られる。
後退したカメラの持ち主と場所を入れ替わって吊り縄をかけ、吊り床に下げたカラビナの一つに通す。女に声をかけて立ち上がるよう促し、しっかりと踵を付けられる程度に高さを調節する。
わずかにでも吊られる感覚があったか、女がごく小さな声で呻いた。シャッター音。念のためちらりと視線を走らせるが、聞こえてくる呼吸は規則正しく、異常を伝えるものではない。
痛みはないか、苦しくはないか、痺れはないか。縄をかける過程で触れる体から、エミヤは女の状態を常に正しく感じとっている。敢えて口にして尋ねるのは、相手の不安を和らげるためだ。異常を感じたら、あるいは本当に嫌だと思ったら、必ず申告するようにと事前に取り決めている。もちろんセーフワードも。低い声で短くやり取りを繰り返すうち、女の表情から戸惑いが遠のく。
しっとりと湿った息の下から大丈夫と聞こえ、エミヤは頷いて作業に戻る。
腰紐を緩めて襦袢をたくし上げ、足首が露になるよう調整して挟み込む。腹、骨盤下部、大腿部にそれぞれ二周り、ハーネス状に縄をかける。必然、臍下から鼠径部周辺を男の武骨な手が往き来するのに、女はどうにか平静な顔を取り繕おうと耐えている。佳い表情だ。何度目かにそう思い、重なるように聞こえたシャッター音に内心で笑う。
片足の膝上に縄をかけて吊り上げる。襦袢の裾が肌を滑り落ちた。女が俯き、堪えきれないとばかりに熱く息をついた。いよいよ、ここから。心の声が聞こえてきそうだ。すでにシャッター音は途切れることなく、断続的に鳴り続けている。
女の体重を支えるのは背中の吊り縄と、板間についた片足である。その細い足頸を縛り、縄をしごきながら立ち上がる。カラビナに通して縄尻を取り、強く引くと同時に女の足首を支えた。女が息をのみ、体が完全に宙に浮く。さらに縄を引き、高さを調整して固定する。
は、は、と女が息をつく。徐々に足元が覚束なくなり、縄の戒めに体を支配されてゆく過程で、エミヤは女に声をかけなかった。最後の瞬間は驚きもあっただろう。
揺れる女の顔に触れ、こめかみに落ちた髪を指先で払う。トロリと焦点の怪しい瞳がエミヤを捉える。頬に手を添え、顔をカメラに向けさせると、感極まったようにその目を閉じた。
足頸を吊る縄をとり、女の太腿に手を添えて、ぐ、と全身で引き絞る。女の体が逆さ吊りに近い状態にまで傾き、背中が弓なりに反った。襦袢の裾がさらさらと捲れ、白くまぶしい下肢が露わになる。
左右それぞれの足と背中を吊る縄の長さを繰り、あるいはほどき、腰のハーネスにも吊り縄をかけて女の姿勢に変化を加える。空中に座るような姿勢から始まったそれは、胸を下に向けての逆さ吊りを経て仰向けになり、腰縄ひとつで吊られるまでに至った。体位を変えるたびにエミヤは手を止めて女から離れ、数秒間の撮影の時間をとった。
三十分が経とうとしていた。予定通りの時間配分だ。
女の背に手を添え、体を起こしてやるようにしながら最後の吊り縄を緩めた。板間に足が着き、そのまま膝が萎えて尻が落ちる。膝をついたエミヤの胸に、女の小さな体がすっぽりとおさまる。冷えた肩を包むように支え起こし、足に絡んだ縄に手を伸ばす。
縄を解く間、女の視線が熱を持ったまま自分を追っていることに気づいてはいたが、エミヤは決して目を合わせることはしなかった。