アイゼンは、口も悪けりゃ態度も悪い。それは私と彼が初めて出会ってからなんらずっと変わりない。目上の人に対しては丁寧に喋るものの、所詮はそれなり、基本的には誰に対しても一貫して同じである。なので、初手でアイゼンの言動を目にした人間の大半はアイゼンのことを勘違いする。
粗暴で、粗雑で、横柄な人間であると。
その評価を斜め上から袈裟斬りしたい。確かに言葉遣いは大変よろしくはない。だけど、彼は周りをよく見ているのだ。きっと、チームの中では誰よりも冷静で、細かいことによく気付く。でなければ、こんなにも癖の強いチームをまとめ上げられるものか。
粗野な言動の裏腹に見逃してしまうほどささやかな、けれどしっかりとした不器用な優しさも同じように、誰に気付かれるわけでもなく霧散する。
...アイゼン自身は、そのことについてあまり気にしてはいないみたいだけれど、誰よりも何よりも、私が嫌だと思っている。
人が思う以上にアイゼンは優しい。そんなアイゼンが勘違いされてしまうのは、私はすごく、嫌だ。
「ねぇ、アイゼン」
唐突に、なんの前触れもなく抱きついた私を咎めるわけでもなく、アイゼンは私の名前を呼んだ。「ネイ、どうした?」柔らかく、けれどほんの少し呆れが混じった声に頬をさらにアイゼンの胸元に押し付ける。困惑の気配が濃くなった気がした。
「おいおい、どうしたんだよ。今日はやけに甘えてくるじゃねぇか」
するり、するり、私の髪を梳くようにアイゼンの手が動く。いつもの粗雑な言動はどこへやら、私に触れるアイゼンの手はどこまでも優しく、大切な壊れものを扱うのと同じそれだ。
「…」
…言葉が、まとまらない。言いたいこと、伝えたいことはたくさんあるはずなのに、中々どうして、うまく言葉にできない。こういう時ほど自分の語彙力のなさを恨んだことはない。
「アイゼン、あのね」
「ん」
「あのですね、その、上手く言えないんですけど」
「ゆっくりでいい」
ほら、私のまとまらない言葉にも耳を傾けてくれるような、突拍子もない行動を許してくれるような、私の知るアイゼンは、その実誰よりもきっと優しい男なのだ。
「私は、アイゼンが勘違いされるのは嫌だなと、そう思ったのです」
「なんでまた急にそんなことを?お前はいつも唐突だ」
「唐突じゃありません」
「唐突だろうが。…はぁ、なぁネイ。お前、今日どうしたんだ?」
「……別に」
「別に、じゃねぇだろ。…俺には言えねぇことか?」
「……」
ぽつり、ぽつり、胸の内をこぼしていく。私がアイゼンを勘違いされたくないと思った理由を、うまくまとめられないままどうにか絞り出すと、最後まで聞き終えたアイゼンは拍子抜けしたみたいな顔をして眉間に皺を寄せた。
「そんなの当たり前だろうが。たかだか初対面で1から10の人となりを知るなんざ、無理な話だ。それだけで他人のことを深く知った気になるなんて、いっそ虫唾が走る。…逆に問うが、お前は、表面上だけわかった気になられて、理解してもらえた気になられて、満足なのか?」
「………」
今度は私の眉間にぐ、と皺が寄った。露骨に顔を顰めた私を見たアイゼンは、そらみたことかと言わんばかりに「ほらな」と鼻を鳴らした。
…アイゼンを勘違いされたくない。それは紛れもない私の本心だけれど、だからとて、さっき彼が言ったように表面上だけでわかった気になられるのは心底不愉快だ。
そして気付く。きっと、今私が抱えるこの気持ちは、アイゼンにぶつけたこれは、きっと、ただの自分勝手なエゴなのだろう。
それに気付いてしまった私は、少し気まずくなって再びアイゼンの胸元に顔を埋めた。
「……はぁ」
頭上から降ってきた溜息にびくり、と肩が跳ねる。
「ネイ」
名前を呼ばれても、顔を上げることができない。きっと、自分勝手だった私の言動を怒ったに違いない。そういう分別ははっきりする人間だもの。だからこそ顔を上げるのが、アイゼンを見るのがほんの少し怖かった。
はぁ、と、また一つため息が落ちてきた。
「なぁ、ネイ、怒ってねぇから、というか、そんなことで怒ったりしてねぇから、顔を見せてくんねぇか?」
「……」
恐る恐る、アイゼンの胸元から顔を上げる。ぱちりと合った翡翠色は呆れたような、困ったような、それでいて仕方ないな、と言いたげに細められていた。
「誰が何を言おうと、放っておけばいい。周りが俺のことをどう思おうかなんて、俺はどうだっていいんだよ。…知ってるか?世界はな、自分が思ってる以上に他人に興味はないんだぜ」
「そんなはずはありません。現に私は君に興味津々です」
「違うそうじゃねぇ。…はぁ、あのな、言い方を変えるぞ。つまるところ、勝手に勘違いさせときゃいいんだよ」
「どうして?」
「…お前が」
こつり、私の額にアイゼンのそれが寄せられる。少し呼吸をすればお互いの吐息が混ざる。至近距離で瞬く翡翠色の瞳の中に、私の目の色がゆらりと泳いでいた。アイゼンの目の中に私の色があるのなら、きっと、私の目の中にもアイゼンの色があるのだろう。
…そうであってくれたら、嬉しいな。
「お前が、ネイがちゃんと俺のことを知っていてくれてるなら、俺はそれだけでいいんだ」
あぁ、どうしたって、この男はそんな言葉を吐くのだ。心底優しく、愛しさが混じった声で、そんなことを言う。そんなことを言われてしまったら、私は、アイゼンの優しさを誰かに知ってもらいたい、だなんて気持ちが消え失せてしまう。
「……これ以上我儘になってしまったら、どうするんですか」
「どうもしねぇよ。覆うのも隠すのも得意じゃないんだろ?なら、そのままでいろ」
全くもって、ほんと、この男は揚げ足を取るのが上手いのだから。