【★文章】ソテ黒/人魚の鱗 2 人魚は名前を「黒曜」と言うらしい。
人魚の言葉は陸上ではほとんど音にならず、人間の鼓膜で捉えるのは難しい。そのため、成長して一人前となった証に、そのコミュニティで引き継がれる人間向けの名前をもらうらしい。
「黒曜」とは、一番強くて大きい者、という意味だと語った。
「それで、どこから来たんだ。お前」
「さぁな。少なくとも陸が見えるようなとこじゃなかった」
「外から見て分かるもんじゃないしな」
汚れた水を抜いた後、少し掃除した湯船へ人工海水を注いでいく。趣味で事務所に置いているアクアリウムの人工海水を使っても問題ないのは僥倖だが、一回あたりの使用量が馬鹿にならない。元々、海に帰してやろうと思って連れ帰ったが、本人(本…魚と言うべきだろうか)に聞いてもどこから来たのか分からなかった。そのまま近くの海に放流しても、所属するコミュニティもなく食べ物も合わない、環境も合うか分からない状態では、見えないところで死んでくれと言っているに等しい。仕方なく、できる範囲で面倒を見てやることに決めた。見た目は厳ついが、陸上では環境を整えてやらないと生き延びることはできない。こいつは今、犬や猫と同じようなものだ。
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