なんか暑くて目が覚めた。
広々した、とは言わないが狭くもないベッドが
妙に狭くて寝起きで霞む目を動かすと、客用の布団で寝てたはずの晶がいた。
うつ伏せになって、雑誌を読む女子みたいに頬杖をついて
明らかに可愛こぶっている彼は面倒事を起こす嵐の顔をしている。

「たいがー、3時」

嵐が起きるなんて勘違いだったらいいなぁ。
大牙はそう願いながら、ニヤニヤしている晶と目を合わせて、一応笑って見せる。
寝覚めの全力愛想笑いはほとんど筋肉が動いておらず
ほんの少し唇が薄く伸びただけであったが、
晶はそれを敏感に察知すると楽しそうに現在時刻を大牙に告げた。

今すぐにでも二度寝をしようと
枕を抱き締めそこに顔をめり込ませていた大牙は晶の言葉に
弾かれたように飛び起きる。彼は今日休みであるが、
横でだらけている男はそうではない。
そして、寝る前に17時出勤と言っていたはずだから……。
大牙の背中にサァーと冷たい川ができる。

「シフト！！」
「そー。後30分でオレ出発」

出勤までに身支度を整える必要があるのに、
長い髪もボサボサに乱れたままで口元には涎の跡もついている。
だというのに、起き上がる気なんかありません、と主張するように
毛布に潜ってしまうから、大牙の米神はピクリと動く。
今日、晶が大牙の家に止まるというのは黒曜やシンも知っている。
となれば、彼が遅刻したら巻き込み事故的に大牙も拳骨を喰らうというわけで……。

「やる気出ねぇー」

歌う仕事をしてると思えない張りのない声でぼやいて、
暇なのか腰を撫で摩ってくる男の態度に
大牙も焦りを覚えてくる。
毛布を剥ぎ取りベッド下に突き落とすか……と
乱暴極まりないが目は覚めるだろう荒療治に取り掛かろうと
深呼吸をすると、それを悟ったのか
ロケットみたいに勢いよく晶も起き上がり
毛布を握った男の肩を両手でガッチリ捕まえた。

「そうだ！　たまには大牙からチューしてよ」
「はぁ！？」

何を言っているのか分からない。
隣の部屋から壁を蹴られそうな大声で反応だけ返すが、
晶はもうそれ以外では動かないと言うように
キス待ち顔で止まっている。
正直、鬱陶しい。
顔がいいのが余計に鬱陶しい。
キスをしたら調子に乗るのが予想できているのも鬱陶しい。
しかし、それよりも彼らがボス、黒曜に拳骨を落とされるほうが
怖いため、大牙は諦めて「イ、イキマスヨー」と宣言して
ちゃんとケアしているからか柔らかい唇に己のそれをちょん、と触れさせた。

「えー、何で舌入れないの？……もしかして、大牙クンって童貞？」

ほらやっぱり。調子に乗った。
掌で口元を覆ってお節介な親戚のおばさんみたいなテンションで
晶が騒ぎ始める。大牙はそのテンションについていく気もなく、
背中を向けてベッドに横になる。

「そーですよ。誰かさんのお陰で」

要望は叶えたのだから、さっさと仕事に行け。
毛布から右手だけ出して追い払う動作を見せると
不思議なことに晶も布団に潜って大牙の背中に蝉のように貼り付いた。

「へへ……そっか……おやすみ〜」
「ちょ、シフトは！？」

30分で出発しないといけないと言ったのはどの口だ。
勢いよく振り返ると、そこには満足気に頬を緩めた
晶。いや、いるのは分かりきっていたが、なんなんだ、その顔は？

「んーだってまだ3時だぜ？朝の」
「はぁぁ？？？」
「じゃ、そういう訳だから」

そういう訳とはどういう訳だ。
即効で眠りに落ちたコイツ、どうしてやろうか？
無駄に夜中に体力使わせてやがって……。
大牙の中では様々な文句が湧いては消えたが、それは全部朝になったらぶつけてやろう、と今は大人しく眠ることにした。

そして結局晶はシフトに遅刻して大牙も一緒に怒られる羽目になった。