風都に行きたくない話 朝のテレビでまた犯罪のニュースが流れる。
舞台は風の街、風都。……などというがもはや風の街というより犯罪の街だ。
何やら風都ではガイアメモリとかいう麻薬? が流行っており、それがまた事件を起こしたというのだ。
「やだなあ風都、コワー」
もぐもぐと朝食のサンドイッチを頬張りながらコーヒーを啜る。その風都にこれから行かなきゃならないのだから憂鬱だ。
まず風都に行かなきゃならない理由だが、勿論仕事である。浮気調査だ。胸をはれる仕事ではないが興信所に勤めているのだからダサくてもやらなきゃならない。社会人だからね。
既にまとまっている二泊三日分の荷物を片手に僕は僕の仕事場へ向かった。
一時間ほど電車に揺られれば風都にはついてしまう。悲しいことに。
なんでこんな風都に行きたくないのだろうか。
犯罪が多いから? 都市伝説の化物に会いたくないから?どれもふさわしくない気がするけど、どれも適しているかもしれない。そもそも風都に悪印象しかないのもそうかも。
ガイアメモリだかの犯罪が多い風都。
そもそもガイアメモリって何なんだ。よその街じゃ聞かない。だというのに風都ではあんなにガイアメモリ犯罪が起きている。それがなんだか嫌なところ。
そして都市伝説の化物、ドーパント。
ヒトを襲ったり殺したりするモンスター。都市伝説でしか聞かないけれど、ただの噂にしては色濃い本当の気配がする。もしも出会ってしまったら。そんな嫌な予感がどうしても振り払えない。
ここまで考えてはたと気づく。風都に行くのは嫌だし、風都の街そのものも苦手だ。でも、恐ろしいとか怖いとかの感情はあまり抱いていない。
ガイアメモリ犯罪もきちんと捕まっているし、ドーパントもそれを倒す怪人の写真も出回っている。
だから、行きたくないけど恐ろしくはない。そんなかんじなんだろう。
風都についた。大きな風車を模した建造物、風都タワーが出迎える。それがゆったりまわると同時に強い風が僕の髪を乱していく。
「来ちゃった……」
思いの外来たくなかったようだ。覇気がまるでない。しかしやらなきゃならないんだからな、と頬を叩いて気合いを入れ、仕事用ノートを見返す。
『彼女が風都の男と浮気しているようだ。あの街に足しげく通っているらしい。本当に浮気か、男は誰か。そしてもしも浮気なら証拠をあつめてほしい』
まったくありがちな話だが、依頼人からしたら真剣な悩みだ。
さあ今日も依頼人のため働こうじゃないか。犯罪だらけで嫌いな街でも愛しているひとがいるだろうし。やってやろうかと取ったアパートに足を運んだ。
興信所がとったアパートは古きよきとごまかしておく。すえた匂いが年期を感じさせる安アパートといったところか。
荷物類をおろしてターゲットの家を観察する。浮気をした女は正面のホテルに月に数度のペースで通い、そこからどこかの男へ会いに行っている……らしい。そこまで調べがついているなら彼氏のほうが探偵に向いているんじゃないだろうか。
彼氏の気持ちはわからなくもない。真実を直視するのが怖かったのだろう。だからきっと興信所に真実の追求を求めたのだろう。
その日の夜、彼女が動いた。ホテルを出てどこかへ向かうさまを観測した。
「思いの外早い行動で」
簡単な荷物に持ちかえてキャスケットをかぶり部屋を出る。
彼女の姿を見失わないように、それでいて不振に思われない距離を保ちながら追いかける。ぐおんと正面から強い風が吹く。キャスケットが飛ばないように押さえる。
それにしても、胸をざわつかせる嫌な風が吹く街だ。
たどり着いたのは廃工場。彼女は慣れた足取りでそこへ入っていく。オイオイ、こんなところへよくもまぁ。ランデヴーするには危険すぎないかい?
しかしこういうところへの侵入も猫探しとかでやったことあるのでうまく隠れる術は知っている。物陰に隠れて彼女がどこで何をどうしているのか証拠を抑える。
音声は届かないが映像は届く。どれどれお相手は。
スーツに真っ黒なサングラスの男だった。え?
その前に気づくべきだった。こんな廃工場にデートしにくるはずなんかないじゃないか。
彼女は男から大振りのUSBメモリのようなものを受け取り腕にそれを――突き刺した!?とたん彼女はメキメキと姿を変えていく。巨大なハサミを片手に生やした異形……。あれは、まさか。
「ド、ドーパント……!?」
思わず尻餅をつく。どさり、とちょっとおおきな音がなってしまう。しまった。向こうもこちらに気づいたようだ。まずい、これは、かなりまずい!
ドーパントは当然のようにこちらに迫ってくる。ドーパントは、ひとを襲って、そして。
「殺されるわけには、いかない!」
不格好にふらふら立ち上がり逃げ出す。依頼人には悪いが彼女は化物になっていました。浮気じゃないですよかったですね! でも捕まると思います!
彼女はハサミをこちらへ向けて確実に首もとに当てるつもりでそれを振るってくる。なんとか運動神経を駆使して飛び退いたが、次はもうない。じり、じりとスッ転んで立てない僕にハサミを向けてにじりよってくる。
「殺すなら殺してみろチクショウ……」
ふと、風が吹いた。
【CM】
ふと、風が吹いた。
いや違う。風が吹いたのではない。そこに風がいた。緑と黒のアシンメトリーなライダー。白いマフラーが風を纏いなびいている。
『こいつが今街を泣かせているドーパント、Windか』
『爪と衝撃波によるかまいたちなどの攻撃が中心だ。近接は不利だよ』
仮面をかぶったそれは誰かと会話しながらドーパントと対峙する。
「き、君は、……何者?」
腰が抜けて立てない私を後ろにかばいながら、彼はちらりとこちらを見た。
『巻き込まれた一般人がいるようだね。聞くまでもないけどどうする翔太郎』
『…………いや、男なら自分の身は自分で守れるさ。だろ? 青年!』
彼はそういいながら青と黄色の姿に変身し、銃器をうち放ちながら怪物との攻撃にうつっていく。
「いやあの、名前……」
しかし彼は戦闘にもどってしまい僕のことはすでに蚊帳の外になっている。
「で、でもえっと、逃げなきゃ」
後ろを振り返ると既に戦況は結している。ドーパントのかまいたちも爪による攻撃もすべていなされあっさり近接を許している。
しかし、ばっちり目があってしまった。とたんそいつは目標を僕に変える。かまいたちを彼の足元にぶちあて煙幕と地ならしを済ませこちらへ風のような早さで近接する。
『しまった、逃げろ青年!』
「っ、うぐぅ!」
放たれたかまいたちに吹っ飛ばされキャスケットがとんでいく。身体をしたたかにうちつけてしまいまともに動けなくなる。そんな僕に怪物は目もくれず逃げ出そうと工場を跳んで消えていこうとする。
「ま、まて……!」
僕の短い手では届かない。ああ、逃げてしまう。
『逃がすか!』
背後から金色の腕が伸びていく。伸びて、伸びて、伸びて。ドーパントをぐるぐる巻きにして地面に叩きつけた。
そして。
『ダブルエクストリーム!』
黒と緑と白(?)の仮面をかぶった何者かはくるりと僕に振り返り言った。
『お前、女だったのか』
「あ、えと、はい。助けてくれてありがとうございました」
差しのべられた手をつかみ立ち上がる。彼が僕のキャスケットを差し出してくれた。
『気づかなかったのかい翔太郎。はい、これ』
「すみません何から何まで……」
帽子を受け取ろうとして腕を掴まれる。
『何故そこで謝るんだい? 君は感謝だけすればいいのに「すみません」といった。――「すみません」とはどういうことだい!?』
『わ、悪いな、ええと俺の相棒にはちょっと悪癖があってな』
「いえ、お、おかまいなく」
どうやら中に二人ほどいるらしい。それにしても困ったな、依頼人にどう説明したものか。
「きみたちは、この街を……守っているのか?」
『ああ。この街を泣かせるものを許さない――探偵さ。そういうお嬢さんは、……見ない顔だな。仕事かい?』
「そう。仕事。僕も探偵。彼女の浮気調査だったんだけど……」
気づけば遠くからパトカーのサイレンの音が響いてくる。
「彼女、捕まっちゃうね。私も居合わせちゃったし、話をしないとだな。さてどうしたものか」
『警察に話は聞かれるだろうな。探偵のよしみだ、そのときは左翔太郎の名前を出してくれ。なんとかなるからな』
「ふふ……ありがとう。そうさせてもらうよ」
私はやってくる警察に助けを求めることにした。
「ねぇ、探偵さん。最後に名前を教えてよ」
彼は風に吹かれながら言った。
『俺たちは仮面ライダーW。風都を守る二人で一人の探偵さ』