リト師弟がスイカを食べるだけ 吹き抜ける風が温くなり、タバンタの短い夏が始まろうとしていたある日のこと、リトの村の八百屋に珍しいものが並んでいるのに気付いてリーバルは足を止めた。イチゴやハイラルダケといった馴染みのある顔ぶれの中にあるのは、緑の表皮に黒い縦じまの入った大玉――スイカである。
「スイカか」
「さすがリーバル、いいものに目をつけるじゃないか。ゲルドで仕入れた上物だぜ。一つどうだい」
八百屋の店主からのセールストークに嘴の下に手を当てて考える。
ヒンヤリメロンに良く似た見た目を持つスイカはヒンヤリメロンと同じくゲルド砂漠の名産であり、ヘブラ地方の気候では育つことはないから、なかなかの値段がつけられている。
が、戦士としての稼ぎに加え、現在ハイラル王国から様々な手当を受け取っているリーバルにとっては大した金額ではない。
気になるのは量だ。独り者が買うにはあまりにも大きい。スイカは固い表皮のおかげで長期保存できるフルーツだが、中身は水分たっぷりなので切ったら最後日持ちしない。扱いが難しいのだ。
「ねえ、半分で売ってくれない?」
「切ったら鮮度が落ちるからな。もう半分の買い手を紹介してくれるならいいぜ」
買うのに躊躇している理由を店主にそのまま返されてリーバルの喉がぐぬぬと鳴る。
「でも、僕には多すぎるんだよな…」
誰かへのお裾分け前提で買うのも億劫だが、仮に戦士達への差し入れとして考えると今度は量が足りない。いっそ並んであるスイカを全て買い占めて前線拠点で振る舞うか――などと考えていると。
「これぐらいのサイズ、テバと一緒なら丁度いいんじゃないか」
店主からの指摘にリーバルははっとする。
百年後からやってきたリトの戦士・テバ。この時代の彼には住む家がなく、今はリーバルの邸宅を仮住まいとして寝食を共にしている。体格相応の胃袋を持つテバとならば日を置かずにスイカを食べ切ることも出来るはずだ。
「……そっか、テバがいたか」
勿論彼の存在を忘れていたわけではない。ただ、去年の夏にはいなかった同居人である。スイカを分けて食べるという発想が生まれないのも仕方がないだろうと、リーバルは心の中でテバに言い訳をする。
とにかくこれで量についての問題は解決だ。店頭に並べられているスイカの中で一番皮の色の濃いものを手にとって店主にルピーを渡し、店を後にした。
今日のテバはハイラル王国からの依頼で兵站を輸送する小隊の護衛にあたっている。戻ってきたらスイカを軽食として出す予定だ。きっと喜んでくれるに違いない。
「――いやあ、こんな偶然ってあるんですね」
「本当だよ。いつもの君なら酒の肴を買ってくるじゃないか」
八百屋での買い物から数時間後、リーバルの邸宅にはリーバルとテバ、カットされたスイカ、それから玉の形を保ったままのスイカが揃っていた。
カットスイカは八百屋から買ったものをリーバルが切ったもので、大玉スイカは護衛の任務を終えたテバが土産だと買ってきたものだ。まさかのスイカ被りである。
一個買うかどうかを悩んでいたのがちっぽけに思えるほどの量が図らずも手には入ってしまった。
「時期も時期ですし、たまにはスイカもいいだろうと思いまして」
「……僕も同じこと考えて買ったからお互い様だけどさ。ま、君の買ってきたのは置いておくとして、こっちはさっさと食べてしまおうか」
「そうですね、いただきます」
テバがスイカを手に取ったのを確認してリーバルは赤色の果肉と向き合った。まずは種に嘴の先端を当てて摘まみ一つ一つ取り除いていく。表層の黒い粒が見えなくなったところで口に含むと、たっぷりの水分と優しい甘みが広がった。
「うまいですね」
「うん、悪くない。種がちょっと多いぐらいかな」
「スイカはこんなもんじゃないですか」
そう言いながらテバは早くも二つ目のカットスイカを手に取っていた。随分早食いだなと思って見ていると、そもそも種を取り除く手際が良い。角度のある嘴で種だけを果肉からこそげ落とし、そのままかぶりついている。
「確かに君の嘴なら種を取るのも苦にならないかもね」
「よく言われます。まあ、種なんて程々に取ればいいんですよ」
「お腹を壊しても知らないよ」
そう言ってから、ふとウルボザから聞いたスイカにまつわる逸話を思い出した。はたしてテバは知っているだろうか。
「そういえば、知っているかい」
「そういえば、聞いた話なんですが…」
声が重なって、リーバルは苦笑する。テバもまた少し気まずげに眉毛を下げてみせた。
「リーバル様、どうぞ」
「僕のは大した話じゃないから君が先でいいよ」
「俺のもそんな大袈裟な話じゃないです」
お互いに譲り合っているうちにどんどん言いづらくなっていくのが何だか笑えてくる。テバが頑ななので本当に大したことない話だからね、と前置きしてから披露することにした。
「ウルボザから聞いた話なんだけど。スイカの種を取らないで食べていると、臍から芽が出てくることがあるらしいよ」
厄災復活前、英傑の面々と執政補佐官、古代遺物の研究者が集まって会合をしていた時のことだ。軽食としてスイカが提供され、各々が食していると突然ウルボザがこの話を始めた。
ゼルダとインパは食べる手を止めてお互いに相手の腹に目をやっていた。リンクは気にも留めずひたすらにがっついている。プルアとロベリーは自らの体で実証しようとあえて種を取らずにスイカを食べている。
リーバルは普段通りに嘴で種を取り除いてからスイカを食した。種を取るのは舌触りが気になるのと消化に悪いからであり、ウルボザの話とは無関係だ。なにせリト族には臍が無い。芽が出てくる場所が無い。同じく臍の無い種族であるゾーラ族のミファーも首を傾げている。
一番影響が大きかったのはダルケルで「マジかよ…」と動揺していた。あくまでもゲルドにまつわる伝説だからとウルボザがフォローを入れ、ゼルダが芽が出てもデスマウンテンの環境では育たないので問題ないはずと不思議な考察を披露し、構わず食べ続けるリンクを見て、ダルケルはようやくいつもの調子を取り戻して何となくその場は収まった。
「初めて聞きました。臍のある種族は大変ですね」
テバが目を見開いて驚いている。スイカを食べて臍から芽が出てきた人間など、このウルボザの話以外で聞いたことがないから与太話の類だが、思いのほかテバが話に食いついてくれたので満足である。
「もしかすると俺の聞いた話もリーバル様の話と関係あるかもしれませんね」
「関係…ってことは君のもスイカの種の話?」
「ええ。今日の任務はルージュと一緒でして。スイカを買う時に聞いたんですが、ゲルドでは種のないスイカがたまに生るらしいです」
「種の無いスイカだって?」
「はい。どうにかして増やそうとルージュが奨励しているそうですよ」
「それは魅力的だけど、可能なのかい」
スイカの種を取り除く手間が無くなるのは歓迎だ。しかし種が無ければ次代のスイカが誕生することも無いわけで、増やすことは不可能なように思える。
疑問をそのまま口にするとテバは俺も同じことをルージュに質問しました、と言葉を続ける。
「株分けにて増やすのだとか。ツルギバナナも元々は種が大きくて食用には適さなかったようですが、古代から人間が種が無く味が良いものだけを株分けで増やした結果、今のものだけが定着したと話していました」
「へえ。面白いね」
リト族は狩猟と採集の種族である。採ったものを還元し、減ってしまったものは手をつけないという暮らし方はしていても、自然に過剰に介入することはない。暮らしの違う他種族の生き方は学びがある――素直に賞賛する気持ちと同時にリーバルの内心に少しの焦燥感が芽生えた。
ルージュや古代の人間に、ではない。テバにである。種無しスイカの話に加えツルギバナナの雑学まで披露されたのだ。臍から芽が出てくる話一つではどう考えても釣り合わない。
もっとスイカにまつわるエピソードを出さなければ。食べる手を止めてまでひたすらに思案して――ようやく幼い頃に聞いた話をリーバルは思い出した。
「スイカってさあ、天ぷらとは食べ合わせが悪いよね」
「えっ? ええ、そうですね。聞いたことがあります」
テバが不思議そうな顔をしているが、相槌からしてどうやら知っている内容らしい。だが思い出した豆知識は一つではない。リーバルは更に言葉を続ける。
「スイカに塩をかけると美味しくなると言われているよね」
「…ええっ? はあ、まあ、そうですね…」
またもやテバの反応は鈍い。これも知っていたか。ならば次の手だ。
「試したこと、ある?」
「いえ、話に聞いただけで試したことはな――」
好機到来だ。テバが言い終わるより先に立ち上がり、食糧棚の引き出しを開けると中から塩の入った小瓶を取り出す。そして座り直して手元にあるスイカに一振りする。
「僕も試したことがないんだ。折角だから試してみようよ」
「……えええっ。このままでも充分美味しいと思いますが」
「うん、僕もそう思う」
そう答えるとテバは小首を傾げた。
「でも今試さないと一生試さない気がするし、どうせなら君と一緒に新しいことを知りたい」
大袈裟な物言いをしているという自覚はある。だが、百年後からやってきた純粋無垢な年上の弟子にはこういうやり方が効くのもリーバルは知っていた。案の定、テバは一拍置いて頷くと小瓶に手を伸ばし、食べかけのスイカに塩を振りかけた。
いただきます、と仕切り直してスイカを口に含む。先に塩気が前に出て、遅れてスイカの味がやってくる。心なしか今までよりも甘く感じて、なるほど、これを美味しいと表現するのは分かる気がする。
「テバ、どう?」
「ん……そのままより甘くなったような」
「だよね。もっと塩かけたらもっと甘くなるかも」
もう一振りして、一口。今度はしょっぱさが強くなり何故かスイカの青臭さが引き立ってしまった。顔をしかめるとテバは小さく笑う。
「バランスが難しい感じがしますね。強い塩気は皮ぎわの味が薄い部分だと合う気がします」
「本当?」
そうやって試しているうちにどんどん方向性が変わっていく。むしろ砂糖をかけた方が良いのではと砂糖の小瓶も取り出し、案外ハーブが合うかもとミックスハーブのスパイスを赤い果肉に散らして。あれは旨いこれは微妙などと食べ比べ、結局そのまま食べるのが一番美味しいという当初の予想通りの結論を出す頃にはすっかりカットスイカは皮だけになっていた。
いくら二人でも一度に食べる量のスイカではなかったから、心なしか軽鎧の締め付けがきつい。テバの知識にも張り合えたしスイカに塩も検証できて色んな意味で満腹だ。満腹過ぎて明日が心配になるレベルである。
これは夕食前に体を動かすのも必要だとぼんやり考えていると、
「……リーバル様、日が落ちる前に一狩り行きませんか。明日までスイカが残っちまいそうです」
テバの一言があまりにも丁度良くてリーバルはくすりと笑った。
「僕も同じことを考えていたよ」