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    ゆーご

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    ゆーご

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    厄黙世界の馴れ初め(のつもり)リンリバ。甘さ控えめ。
    以前のアカウントでのスタンプありがとうございました。
    240923再投稿
    241028完成

    原初の夜 白く細かな雪が降っていた。時折吹き荒ぶ風に煽られたそれは詰所の中にいるリンクの元まで届きそうになるが、柱と柱の間に留まったかと思うとそのまま静かに霧散していく。
     リト族の作る建築物は不思議にあふれている。この詰所は鳥籠に似た形をしていて壁が存在しないのに、雪が入り込むことはなく程々に風だけが抜けていくのだ。建物の形の効果だろうか、それとも所々に飾られている羽飾りの効力だろうか、疑問は尽きなかった。
     きっかけが出来たなら建物の主に聞いてみようか、なんて考えたところでリンクは首は小さく振る。うまく話せる自信が無いし、それに自分は主――リーバルにあまり好かれていない。まともに答えてもらえるとは思えなかった。
     出会い頭の彼があんまりな態度だったのでその後も言葉の一つ一つに悪意を見いだしてしまい、全て自分へぶつけられていると思ったくらいだ、と小さく苦笑する。
     すると、懐に抱いている卵形をしたガーディアンが呼応するように鳴き声のような音を出した。小動物のような振る舞いは愛嬌があって何とも可愛らしい。リンクはガーディアンの天辺にあたる部分を撫でながら、数時間前の勘違いに思いを馳せた。





    「君達はいいけど、そいつを村には連れていけないな」

     飛行訓練場と呼ばれる場所の、詰所からせり出した木の足場の上で、リト族の戦士・リーバルははっきりと言ってのけた。ハイラル王国の姫・ゼルダの「リトの村を治める族長に挨拶したい」という要望への返答である。
     ようやく魔物の仲間ではないという誤解が解けたのに村に入ることすら許されないとは。リンクは唇を噛む。ゼルダが村に入ることが本懐とはいえ、やるせない。
     しかし、改めてリーバルを見ると目を伏せていて何だか様子がおかしい。それどころかゼルダも、インパも、目線が下にある。ここで初めてリンクは「そいつ」が自分ではなく自分の足元にいる卵形のガーディアンを指していることに気が付いた。

    「僕達はそいつによく似た奴が連れてくる魔物に何度も襲撃されているんだ。だから村には連れていけない」
    「この子は厄災に対抗しうる情報を持ったガーディアンで、人々に危害を与える存在ではありません」
    「姫さまの言うとおりです。我らはこのガーディアンに何度も危機を救われました」
    「それが本当ならばいずれ村でも受け入れられるだろう。でも、今日の今日でというのは無理だよ」
    「ですが、誤解を解くのは早い方が良いでしょう。それに、この子の持つ厄災の情報と古代シーカー族の力をあなただけでなく、リトの村の族長とも共有したいのです」
    「僕が君達との交渉にここを選んだ意味を考えてくれ。村には戦えない者が沢山いるんだ。雛や老人だけじゃない、ガーディアンの率いる魔物にやられた戦士だっている。……彼らの傷が癒えるまで、もう少しだけ時間が欲しい」

     ゼルダとゼルダに加勢するインパ、譲らないリーバル。平行線を辿りそうなお互いの主張はその瞬間、リーバル側に大きく傾いたようにリンクは感じた。
     村の喉元で戦った時の自信に満ち溢れた発言、あるいは案山子呼びしてきた時の挑発には心が動かなかったのに。今、リーバルの声色に滲む切実さに少しの息苦しさを覚えて息を吐く。
     ただの姫付き騎士には口を出す権利はないし、するつもりもない。外交的な正しさだって分からないからゼルダの決断に従うだけだ。なのに彼女にはリーバルの意を汲んで欲しい、なんて不遜な考えばかりが頭の中を駆け巡る。

    「……分かりました。あなたに従いましょう。では私達が村に向かう間、この子をここに待機させることは可能でしょうか」

     しばしの沈黙のあと、ゼルダが下した結論はリーバルの意を汲んだ譲歩だった。これで一件落着だ。リーバルも安堵しているようで険しかった顔が幾分か緩んでいる。

    「飛行訓練場の管理者は僕だからね。ここになら何がいたって構わないさ。ただ、そいつが勝手に動き回らない保証も必要なわけだけど……」
    「ええ、保証も用意しましょう。――リンク」

     名を呼ばれ返事をすると、ゼルダは一呼吸置いたあと口を開いた。

    「あなたにガーディアン監視の任を与えます。飛行訓練場に留まり、このガーディアンが人々の味方であることを証明してください」
    「承知しました」

     姫付き騎士という立場上、長い間ゼルダの側を離れることを歓迎しているわけではないが、ガーディアン監視のために残るのはどう考えても自分の方がいい、とリンクは頷いた。何しろもう一人のお付きであるインパは執政補佐官である。腕だけでなく口も立つ彼女は外交の場面でも活躍できるはずだ。

    「感謝するよ、ハイラル王国のお姫様。すぐに村まで案内しよう」

     リーバルはゼルダに恭しく頭を下げ、それから詰所の方へと歩き出した。ゼルダとインパも詰所に向かう。ガーディアンもその後ろをついて行こうとしていたので慌てて体を抱き抱えた。不満そうに三つの足をじたばたと動かすガーディアンを諭すように言ってやる。

    「俺達はここで留守番だ」

     このガーディアンは人の言葉を理解している素振りは見せるものの、聞き分けがいいかというとそうでもなく我を貫くきらいがある。だから説得する必要があった。

    「……大丈夫、姫さまは必ず戻ってくる。待つことも騎士の大事なお役目だぞ」

     すると、しょうがないなあとでも言うようにぼやきのような音を出して大人しくなった。その様子にゼルダやインパが笑う。リーバルだけが気まずそうにガーディアンを見つめていた。





     炉にくべられている薪の弾ける音でリンクは顔を上げた。日没を迎えたのか、すっかり辺りは薄暗くなっている。相変わらず詰所の中は暖かさが保たれているが、せり出した木の足場にはこんもりと雪が積もっている。
     未だ三人が戻ってくる気配はない。それもそのはずで飛行訓練場とリトの村は距離こそ近いものの間にリリトト湖があり、しかも村へ繋がる陸路は東側からに限られている。現在の時刻や天候を考えるとそのまま村で一泊する可能性が高かった。
     王国から支給された携帯食糧はまだ残っているし、道中で獲得したイチゴやキノコもある。切り詰めていけば一日程度ならば飛行訓練場から出ずとも待機することはできるだろう。
     まずは飲み水用に雪を確保しようとガーディアンを伴って木の足場に出れば、途端に寒気が襲ってくる。詰所がいかに風雪から守られているかを実感しながら積もった雪を踏みしめ、白い息を吐きながら辺りを見回す。
     深い大地の底からは止むことのない上昇気流。中央には棘のような岩の柱があり、的がそこかしこに設置されている。矢が幾つか刺さっているからおそらく弓を扱う訓練場なのだろうが、遠距離用の武器を扱うにしては少し手狭な気がしないでもない。あえてここを使う必要性はあるのだろうか。
     それに岩の柱の側面にある的の矢の刺さり方も不自然だ。足場側からは的の側面しか見えないのに矢が的の正面に刺さっているように見える。あのように射るには岩山を登って正面とするか空を飛びでもしないと――そこまで考えたところでリンクははっとした。

    「…だから『飛行』訓練場か」

     リト族が飛行しながら弓を扱う場所。そのための上昇気流、そのための的。点と点が繋がった途端にこの小さな訓練場が魅力的に思えてくる。そして、弓を扱う者として同じことをやってみたいと思ってしまうのも自然な流れだった。
     飛びながら射る。似た経験ならばこれまでに何度もある。高い所からジャンプした時、時間がスローに流れていく感覚があり、その隙に弓を構えて敵を射抜くのだ。ただし、これまでは足場が確保できている状況に限られており、飛行訓練場のように地面が遥か下というのは初めてである。
     やれるだろうか。否、やれるかどうかは、やってみないと分からない。

    「少しだけ待っていてくれ。すぐ戻る」

     ぽぺ、とガーディアンが返事をしたのを確認してリンクは飛行訓練場の足場から飛び立った。パラセールを広げ上昇気流を捕まえて岩の柱の左側に回っていく。やがて矢が何本も刺さった的を正面に捉えた。ここならば矢が一本ぐらい増えたところで問題ないだろう、狙いを定めてパラセールを閉じる。
     瞬間、吹き荒ぶ雪がスローになり全ての音が遠くに聞こえる感覚が訪れた。すぐに弓を用意して矢をつがえ、そして的の中心の赤を射る。成功だ。

    「っあ……!?」

     しかし命中した瞬間、的に亀裂が広がり幾つかの破片となって風に舞った。一つは岩壁にぶつかりあらぬ方向へと飛んでいき、一つはそのまま落下して、また一つは更に細かな木くずになって見えなくなっていく。
     とりあえず落ちた破片だけでも拾わなければと見下ろしてみるが、下は水場になっているのか絶えず波打っていて空中からは分かりづらい。
     結局底に降り立ち、水に浮かんだ的の破片を回収し、上昇気流を使って足場のある高さまで上がったその時、さっきまでいなかったはずの人物の姿が見えてリンクの心臓が大きく跳ねた。
     雪降り積もる木の足場に立っているのは、夕闇に紛れる紺色の羽と夕闇に負けない明るい緑色の瞳を持つリトの戦士・リーバル。翼を兼ねた大きな手でガーディアンを抱えている。
     いつの間に戻ってきたのだろう。いや、そんなことよりも。リンクは足場に降り立つと同時にリーバルに向かって頭を下げた。

    「……申し訳ありません!」

     ガーディアン監視任務の放棄、飛行訓練場の無断使用、的の損壊――好奇心が理由で重ねた罪の数々はどれも弁解しようがなく軽率としか言いようがない。罰を受けるだけで済むのならばいいが、もし、リーバルの心証を損ねて神獣の繰り手を引き受ける件が破談になってしまったら――それがリンクには何よりも恐ろしかった。

    「顔、上げなよ」

     平坦な声が頭上から聞こえる。さながら死刑宣告だ。それでも従うほかないのでゆっくりと上体を起こすとリーバルの険しい視線が突き刺さる。

    「姫付きの騎士様より、ガーディアンの方が行儀がいいとはねえ」

     今度は言葉面と同じように皮肉の色がたっぷりと込められている。懐に抱えられているガーディアンがぺぽぺぽとした音を鳴らして場の空気を変えようとしてくれているが、リーバルは全く考慮しようとしない。こちらをじっと見つめたままだ。

    「ほ、本当に申し訳――」
    「――ねえ、どうして君は飛んだのかな?」

     二回目の謝罪をしようとしたところで、遮られる。唐突な質問と相まって言葉が出てこない。するとリーバルは舌打ちし、再度嘴を開く。

    「また案山子の真似かい? ……的を射るのは足場からだって出来るだろう。わざわざ飛んだのはどうしてかって聞いている」

     最初からそう質問してもらえればきちんと答えられたのに、と思わないわけではないが今は回答するのが先である。彼の前で沈黙は一番の悪手だ。

    「ここが『飛行』訓練場という名前でしたので……」
    「ふぅん、名前に合わせたわけだ。君はハイリア人で空を飛ぶための翼もないのに」
    「ですが、パラセールがあります」

     途端にリーバルの瞼の赤が増えていく。目を細めたのだ。それが笑みだと気付くのには少し時間がかかった。

    「……いいだろう。それならもう一度やってみせなよ。飛んだまま、今度はできるだけ多くの的を射るんだ」
    「そ、それはどういう……?」
    「僕を満足させることができたら、君の勝手な行動を不問にしてやってもいいよ。それとも僕の気が変わるまで謝り続けてみるかい?」

     何故、弓の腕前を見せることが罪の不問に繋がるのかさっぱり分からない。しかしこの言い方からして他の道は無いように思える。言葉での謝罪を受け入れるつもりはないようだ。

    「また、的を壊してしまうかもしれません」
    「構わない」
    「ガーディアンの監視は…」
    「僕が見ている」

     リーバルの声にはいいからさっさとやれ、の色がしっかりと滲んでいた。これ以上の問答で彼を怒らせるわけにはいかない。リンクは大きく深呼吸をして岩の柱と向き合った。

    「行きます」

     宣言して足場からダイブする。落ち切るより先にパラセールを開き、上昇する。あとは的を射るだけだが、今回はリーバルを満足させるという条件もある。先程と同じように的を射るのを繰り返すだけは彼は認めてくれないかもしれない。
     もっと違うものを見せなければ。リンクは飛行しながら場所を吟味する。足場からは右側にあたるところに行き着いた時、四つの的が視界の中に入った。ここだ。移動せずに複数の的を射ることが出来ればリーバルも認めてくれるのではないか。
     やれるだろうか。否、やらなければならない。
     パラセールを閉じ、弓を構えて正面の岩壁にある的を射抜く。一つ。次に岩の柱にある的。二つ。視線を上げ足場側にある的。三つ。そして最後に遥か向こう側の岩壁にある的。
     距離と軌道を考慮して的のやや上側に狙いを絞り、矢を放ったその瞬間、ひゅっと喉が鳴り呼吸が止まった。どうやらここが今の自分の限界らしい。仕方なく弓をしまってパラセールを開こうとするが両腕がうまく動かない。
     このままでは落下する――瞼を閉じて衝撃に耐えようとしたその時、金属がぶつかるような音がしたかと思うと体が劇的に軽くなった。

    「罪の意識に耐えかねて身投げしたかと思ったよ」

     頭上からリーバルの声と翼の羽ばたく音が聞こえる。どうやら鉤爪で鎧を掴み、引き上げてくれているらしい。

    「い、息が続かなくて……身投げするつもりは、無かったのですが…」
    「全く。程々ってのを知らないわけ?」

     足場に戻ったところでリーバルが鉤爪を離したのか、途端に体に重さが戻ったので転ばないように降り立つと、同じく足場に降り立ったリーバルの首元にはガーディアンがしがみついていた。なるほど、助けに入りながらも監視の目を完全に離していたわけではないのが分かる。

    「申し訳ありませんでした。それと、ありがとうございます」

     ガーディアンを抱き寄せて、改めて謝罪すると、リーバルは片眉を上げた。

    「一度に的を四つ射るとはね。ハイリア人にしては上出来かな」
    「……四つ、でしたか」

     矢が当たったのを目視できたのは三つめまでで、最後の的がどうなったのかは見届けていない。思わず口にすると、リーバルそのまま踵を返した。

    「合格だ。夕食にしよう」





     半身ごと使ったサーモンムニエル、キノコミルクスープ、野菜オムレツ、小麦パン、タバンタ焼き、ナッツ炒め、イチゴ等々。詰所の中に様々な料理が並べられていく様子にリンクは思わず唾を飲み込んだ。

    「村ではハイラル王国のお姫様にご馳走を出すんだって皆張り切っててね。料理の一部をもらってきたんだ」
    「姫さま達は村で食事を?」
    「ああ。二人は村に一晩泊まって明日の朝、こちらに戻ってこられるように護衛を手配してある」
    「護衛の手配……ということはあなたは村に戻らないのですね」
    「戻らないよ。ガーディアンを監視する君の監視も必要みたいだしね」

     監視の目なんて必要ない、と言いたいところだが、既にやらかした手前反論は出来ない。しかしリンクにとっての論点はそこではなく。

    「あなたがいなければ外交の話が滞ってしまうのでは」
    「僕が? どうして」
    「神獣の繰り手に選ばれた方ですし、それに兵を率いている立場でしょう」
    「繰り手の件は僕個人が引き受けただけだし、兵を率いているのは僕の将としての才が飛び抜けているからだ。それ以外の政治の話は僕の領分じゃない」

     どこからか瓶と木製のタンブラーを二つ出し、瓶の中の液体を注ぎながらリーバルは言う。

    「君もハイリア兵を率いて大将やってるみたいだけどさ、ハイラル王国の政治にも口を出したりしてるわけ?」
    「……いいえ」
    「それと同じことだよ」

     指摘されてリーバルの境遇が自分と似ていることにリンクは初めて気が付いた。この飛行訓練場の管理者だとも言っていたし、何となくリーバルは種族の長に連なる人間なのだと思い込んでいたのだ。
     つまり、ガーディアンを拒んだのも、為政者としての判断ではなくリーバル個人の感情だということになる。個人の感情で一国の王女とやり合って条件を飲ませた。傷付いた戦士達の心を守るためだけに。結果的には政治に介入にしているじゃないか、とも思うが至るまでの経緯が違えば受ける印象も変わってくる。
     もしかしたらこの人は結構優しい人なのかもしれない――そんなことが頭によぎった瞬間、目の前に液体の入ったタンブラーが置かれた。

    「もう注いじゃったから今更だけどさ、君ってお酒は飲めるのかな」
    「ええ、人並には」
    「それなら無駄にならずに済みそうだね。君に飲ませてやれって村の爺さん達が煩くてさ。他種族の年齢なんて分からないから、まだ子供の可能性もあるって言ったのに」

     子供は流石に大げさだ。しかし同僚と酒場に行った時に「騎士見習いの子に酒はまだ早い」とハイリア人の店主に渋られたことがあったので、異種族ともなればしょうがないのかもしれない。身長と顔立ちが理由で幼く見られるのはリンクにとっては珍しいことではなかった。
     それこそリーバルだって、と彼に目をやる。冠羽こそ長く上に伸びているものの、他のリトの戦士達に比べると体格があまり大きくない。顔立ちが幼いとは思わないが、頬の紅毛は地元の村にいた悪ガキ達のほっぺを彷彿とさせる。
     もしかするとリーバルこそ酒が飲めない年齢の可能性だってある。

    「……言っておくけど、僕もお酒が飲める年齢だからね」

     内心を読んでいるかのようなリーバルの発言にどきりとする。目が合うと得意げな顔をしたあと鼻で笑い、見せつけるかのようにもう一つのタンブラーに酒を注ぎ込んだ。

    「リトの成人の儀もとっくに済ませているし、ほら、声だってちゃんと低いだろう」

     指摘するのは失礼だから口に出すことはないが、大人は大人であることを殊更に主張したりはしない。リト族の成人が幾つなのかは分からないがリーバルはおそらく若い。きっと同じか少し下ぐらいだろう、と何となく想像できた。

    「さあ、食前酒で乾杯といこうじゃないか」

     リーバルがタンブラーを持ったので倣うようにタンブラーを持ち上げる。中には淡いコハク色の液体が半分ほど入っている。タンブラーを揺らすと少しのとろみがあって、何となく違和感を覚えた。おそらくこの酒は――。

    「それじゃあ、乾杯」
    「……あの、リーバル殿」

     リンクが指摘するより先に、リーバルは高々とタンブラーを掲げたあと嘴をつけ、そして――盛大にむせた。

    「な、なぁに、これぇ……」

     涙目で咳き込むリーバルをよそにリンクは辺りを見渡した。脇に置かれているケトルの中身を空いている器に注ぎ込み少しだけ口をつける。どうやらただの白湯のようだ。そしてタンブラーの代わりにリーバルに持たせてやる。

    「これ、飲んでください。……大丈夫、酒ではありません」

     げほげほ言いながら白湯を飲むリーバルの背中を鎧越しにさすってやる。落ち着いたところで声をかけた。

    「リーバル殿、おそらくこの酒は割って飲むものです」
    「割って飲む……? そんなの、聞いてない」

     リーバルに瓶を渡した、爺さん達と呼ばれるリトの間ではそのまま飲むのが主流か、あるいは割って飲むことなど当たり前すぎてわざわざ口添えしなかったのかもしれない。しかしリーバルは知らなかった。酒を飲める年齢ではあっても、日常的に嗜んでいないことが分かってリンクは内心で苦笑する。こんなことを思ってはいけないのかもしれないが、大人アピールといい何だか可愛らしい。
     試しにリンクは自身のタンブラーに白湯を入れてから味見をする。するとハーブだろうか、清涼感のある旨味が舌の上に広がった。割合のせいで酒精は少し濃いがこれならむせるほどではない。

    「美味しい。良い酒ですよ」

     そう告げてリーバルのタンブラーにもこぼれない程度に多めに白湯を注いでやる。促せばリーバルは恐る恐る嘴をつけて、それから小さく微笑んだ。そして「助かったけど、このことは他言無用だからね」と言って何事もなく食事にとりかかってしまったので、リンクも隣に戻りとりあえず側にあったタバンタ焼きに手を伸ばす。

     こうして収まり悪く始まった夕食だったが、空気まで悪いかといえばそうでもなく。料理の味はどれも素晴らしく、また酔いが回っているからなのかリーバルが饒舌で話が途切れることがないので、彼の話を聞いているだけで楽しむことができた。
     時折、彼から質問が投げかけられる。内容は戦士の彼らしく戦いについてが多かった。特に弓に関しては根掘り葉掘りと言っていい。いつから弓を始めたのか、弓の師は誰か、何故弓だけではなく他の武器も扱うのか。
     そんな問いに、弓を扱い始めたのは五歳で、弓の扱いは父から習ったが他の使い手も参考にしているから特定の師はいない、弓以外の武器を扱うのは戦いの幅を広げたいから、と答える。するとリーバルはナッツ炒めをつまみながら、ふぅんと鼻を鳴らした。

    「君が弓だけに注力していたら、的当てで余裕を持って四つめの的を射ることが出来ていたかもね。君はそこまで弓に惚れなかったんだな」

     弓に惚れているかどうかはともかく、注力が足りていないのはその通りだった。戦闘の鍛錬を日課にしているものの、騎士剣にナイフに大剣、槍に斧に棍棒、そして弓とあらゆる武器を扱っている。類い希なる弓術を持つ彼から見れば自分の弓の腕前など、まだまだ未熟で努力が足りないように見えるのだろうとリンクは納得する。

    「俺が剣を得物にしていなければ、あなたとこうして話す状況すら作れなかったかもしれません」

     だが、たとえ弓術だけを磨いたとしてもリト族ではない以上、機動性を確保しながら戦うのは難しい。そしてリーバル相手に弓一つで立ち向かうのはどう考えても無謀だ。今回の戦いを有利に進められたのは剣と盾あればこそである。

    「……流石に不躾だったね。忘れてくれ」

     リーバルは食い下がることはせずに視線を逸らした。これまで不躾では済ませられないような、もっときつい挑発の言葉をかけてきたのに不思議な価値観だなとリンクは思う。それだけリーバルにとって弓は特別な武器で、一応こちらの剣の技量を尊重してくれているのだろう、とも。

    「俺と違って、あなたは弓に一途なのですね」
    「…何だよ、馬鹿にしてる?」
    「いいえ。俺の弓の腕を試したのも一途であればこそなのだと思いました」
    「それは別に……。口下手な誰かさんのしょうもない謝罪を聞き続けるよりマシだと思っただけさ」

     あの強引な解決方法も、もしかすると自分を許すためのリーバルなりの助け船だったのかもしれない。落下しそうになったのを引き上げてくれたことといい、やっぱりこの人は優しい人だと改めて実感したところで、リーバルから「そんなことよりも」と声をかけられる。

    「君もさぁ、この僕にもっと聞きたいこと無いわけ?」
    「聞きたいこと、ですか」
    「僕ばかり質問しているのがフェアじゃないし、まるで僕だけが君に興味を持っているみたいじゃないか」

     それの何が不満なのかリンクにはよく分からなかったが、丁度気になっていることならある。ここで質問できるのは思わぬ幸運だ。柱で区切られただけの、雪降る外と暖かい内を見比べてからこの建物の秘密について聞いてみることにした。

    「この詰所、壁が無いのに雪が入り込まないのが不思議です。何か秘密があるのでしょうか」

     瞬間、リーバルの表情が歪んだのをリンクは見逃さなかった。意志の強さを感じる眉が弦のようにしなり、上機嫌だったはずの嘴の端がきゅっと引き締まる。もしかして不躾な質問をしてしまったのだろうか。
     だからと言って一度吐いた言葉を無かったことに出来るわけでもないし、そもそも質問を撤回するのだって変な話だ。どうするべきか悩んでいると、

    「……柱と柱の間に宝石をあしらった雪鳥の羽飾りが括り付けてあるだろ。そいつがある程度の風と雪を凌いでくれる。まあ、気温が下がると流石に力不足だけどね」

     おもむろにリーバルは立ち上がった。同時に柔らかな風が彼を取り巻いたかと思うと、指先を少し動かしただけで体がふわりと浮遊する。まるでお伽話に出てくる魔法のような動きにリンクは目を奪われた。
     そのままリーバルは天井近くまで上がったかと思うと、柱と柱の間から幕が降りてくる。訓練場の足場に繋がる面以外の幕を下ろし終えると、壁の無かった詰所はあっという間に馬宿のようなゲル状の建物に変貌した。

    「だから吹雪の夜はこうやって幕を下ろすんだ」

     そう言ってリーバルが床に降り立つのをリンクは口を閉じるのも忘れて見つめていた。
     綺麗だ。――羽飾りや降りてきた幕のことではない。リーバルの一連の所作だ。リト族は元来鳥に似ている種族だが、さっきのリーバルは鳥とは離れた別の生き物だ。ふわふわと浮かんでいた様子は清らかな水場に時折現れる妖精を彷彿とさせるが、あれだって背中の羽をせわしなく動かしているから違っている。
     神獣の繰り手にはそれぞれ聖なる力があると聞いていたが、リーバルはきっと風の力の持ち主なのだろう。とても似合っているなとリンクは内心で独りごちた。

    「……ねえ、何か言いなよ」

     幻想的な情景の余韻を吹き飛ばすかのような棘のある声。リーバルの表情は相変わらず険しいままだ。綺麗でした、と言いかけてリンクは口をつぐむ。そもそも質問したのは建物についてであり、リーバルのことではない。

    「とても勉強になりました」

     心の内が知られないように声を抑えて答えると、返ってきたのは舌打ちだった。

    「君が僕だけでなく建物にも興味が無いのは良く分かったよ。くだらない質問をさせて悪かったね」

     感情を隠すのはかえって逆効果だったようで、リーバルの機嫌は目に見えて悪化してしまった。――建物への興味は確かにあったのだ。ただ、リーバルの振る舞いが全てを塗り替えてしまっただけで。
     二回続けてリーバルとの会話に失敗してしまった。せめて動きについて惹かれたことを正直に話していれば案外素直に応答してくれたかもしれないし、リーバルが何故だか気にしている「僕だけが君に興味を持っている」状態だって解消できたかもしれない。
     今からでも遅くないと声を上げようとするが、リーバルの険しい視線に射抜かれて喉がちくりと痛んだ。タンブラーに口をつけてもひんやりとした酒がただ喉を潤すだけで、とうとう声を出すことはできなかった。





    「……ん…」

     ぽぺ、と小さな電子音が聞こえてリンクは瞼を擦った。視界に広がるのは幕が下ろされた詰所であり、下にある炉の光が届かない場所は暗闇に包まれている。
     ゆっくりと体を起こすとハンモックが揺れて徐々に意識が覚醒してくる。着ている厚手の寝間着も全身を覆っているブランケットもリーバルが用意してくれたものだったことを思い出す。
     夕食でのやりとりによってリーバルの態度は冬のヘブラの山颪並に冷たくなっていたが、それでも「一応客人だから」の一点によってもてなされ続けた結果が今の状況だった。
     体を清める為の湯を沸かされ、ハイリア人には届かないだろうと天井近くにあったハンモックの位置を下げられ、夜の間のガーディアンの監視も引き受けるとまで言われてリンクは大人しくその全てを受け入れた。もっとも、そうせざるを得ないほどリーバルの態度が頑なだったというのもあるが。
     ぽぺ、とまた電子音が鳴った。ガーディアンとリーバルに何かあったのだろうか。ハンモックの下に目をやると作りかけの矢を持ったまま瞼が落ちそうになっているリーバルと、傾くリーバルの体を足で支えているガーディアンがいた。
     慌ててハンモックから飛び降りて、今にも寝落ちしてしまいそうなリーバルを支えた。すると、リーバルは頭を上げ視線をこちらを向けてくる。眠気が強いのか緑色の瞳はとろんとしていて、縦に割れた黒い瞳孔からも夕食時のような敵意は感じられなかった。

    「……もう、起きてきたんだ。夜明けはまだ先だよ」
    「はい。俺は充分休めましたから、監視役を交代しましょう」

     眠っていた時間はそれほど長くなかったかもしれないが、熟睡していたのか寝覚めは悪くない。ここまで快適に休めたのはリーバルのもてなしのおかげだった。

    「しょうがないな……君の顔、立ててあげる…よ……」

     そう言ってリーバルは目を瞑り、程なくして穏やかな寝息が聞こえてくる。素直に聞き入れた辺り本当に限界だったのだろう。彼とて前線で戦っていたのだから疲労しているのも、酒が入って眠気が訪れるのも当然のことだ。
     間に合って良かった。リンクは小さく息をつく。リーバルの性格からしてガーディアン監視を引き受けておきながら、寝落ちして任務放棄なんていう失敗を許せるタイプでないはずだ。「教えてくれて、ありがとうな」とガーディアンに声をかけると、ぺぽぺぽと上機嫌そうに体を跳ねらせてリーバルから離れた。
     さて、これからどうしようか。腕の中にいるリーバルは起きる気配はない。先程まで使っていたハンモックに目をやる。位置を下げてもらったおかげで運んで寝かせられる高さになっている。
     ただ、リーバルにそこまでしていいかが問題だった。あまりにも差し出まがしい行為ではないか。かといってこのまま体を抱き寄せているのもそれはそれでおかしくはないか。彼との交流に失敗している分、慎重になる。
     顔をしかめ、唸り、首を傾げ、目を瞑り――散々悩み抜いたあと意を決して口を開く。

    「リーバル殿、ハンモックまで運びます。嫌でしたら、…その……声をかけるか抵抗してください」

     我ながら変な声かけだなと小さく苦笑する。本人の意志を確認するためのものなのに、起こさないように声を抑えているのだから。
     案の定リーバルからの反応は無いので受け入れたと見なし、上半身を肩で支え胡座をかいている脚を崩して腕を差し入れる。分厚い羽毛に覆われた太股と羽毛の生えていない硬い皮膚の脛。見た目はまるで正反対なのにどちらからもリーバルの体温を感じられて、つられるようにリンクの顔にも熱が集まっていく。
     リト族とはこんなにも心地良い体温なのか。それともリーバルだけが特別なのか。そもそも初めてリト族に触れたのだから答えが出るわけがないというのに、生まれた疑問が頭の中でいつまでもぐるぐるしている。
     ふいに、リーバルが身じろぎをしたのでどきりと心臓が鳴った。すぐに規則正しい寝息に戻ったものの、いつまでこうしているんだというリーバルからの無意識な警告のように感じられたので、不純な意識を打ち消し彼の体を一気に持ち上げる。
     軽い。いや、重くないと言った方が正しいか。とにかくこれならば行軍訓練の一環で担いだ先輩騎士の方がずっと重かった。労せず運んで吊された布の上に乗せてやる。ハンモックが揺れて軋んだ音が聞こえてもやはりリーバルは起きる気配がない。よほど眠りが深いようだ。無防備過ぎやしないかと思ってしまうほどに。
     ――こんなに油断していいのか。俺にも監視が必要だと言ったのはあなただぞ。もし王国騎士のふりをした厄災の信奉者ならばどうするんだ。神獣の繰り手の候補なんて真っ先に暗殺を考える対象になんじゃないか。その首筋に刃を突き立てるだけで神獣ヴァ・メドーは起動できなくなるのだから――。
     頭の中で広がっていく妄想を打ち消すようにリンクは頭を振った。何故、こんなおかしな妄想をしてまで彼が目を覚ますことを望んでいるのだろう。何の為に悩み抜いて彼をハンモックまで運んだのか。彼に朝まで休んでもらう為じゃないか。
     踵を返そうとしたその時リーバルの体の上に置かれている翼の先端の、白い指先がぴくりと動いた。何かを求めるように曲がるそれにリンクが恐る恐る手を伸ばすと、優しく絡め取られた。瞬間、心臓がまた強く鼓動し始める。
     国家転覆を狙う厄災の信奉者ならばこんなことはしない。それはそうだ。元からそんな立場ではない。かといって父に倣って模範を目指す正道の騎士だってこんなことはしないだろう。
     ――やっているのは俺自身の心だ。たまらずリンクは口を開く。

    「リーバル、どの……」

     名を呼んでもリーバルからの反応はない。眠っているのだから当たり前だ。指の動きにだって意味なんてない。ないはずなのに。彼とのコミュニケーションに失敗したせいで言わないでいた言葉達が今、簡単に出てきた。

    「この建物のこと、ずっと気になっていたんです。でも、幕を下ろすあなたが……綺麗で、驚いてしまって、気を取られました。戦いの時にあなたが起こした風とも違っていて、…凄いと思います」

     まるで子供の感想だ。そう自嘲しながらリンクは続ける。どうせリーバルは聞いちゃいない。

    「あなたが優しい人だというのも分かりました。あの、俺は話すのが得意じゃなくて、あなたを苛つかせてしまっていて……もっとうまく話せるように努力します」

     努力したところでリーバルが受け入れてくれなければどうにもならない。一方的なやりとりなんて壁に向かって話してるのと同じだ。――そう、今のように。

    「俺は、あなたと共に戦う仲間として……いえ、仲間としてじゃなくても、仲良くなりたいです。だからあなたも俺のこと……少しだけ、す…好きになってくれませんか」

     ただでさえ良く思われていないのに、こんな傲慢で無礼な願いを受け入れてもらえるはずがない。諦めているはずなのにリーバルの指先はふわふわで温かく、勘違いを起こしてしまいそうだった。
     ずっと繋がっていたい気持ちを押し殺して指先をほどき背を向ける。意気地なし、という彼の呟きが耳に届いた気がした。構わず炉の前に座ってから動揺で荒れた呼吸を整える。
     ――幻聴に決まっている。だって彼が起きていたなら意気地なしで済むわけがない。そもそも意気地なしって。それじゃあまるでリーバルが俺の言葉を求めているみたいじゃないか。
     その発想に顔がまた燃えるように熱くなっていく。心が乱れた時の対処法は分かっている。歯を食いしばれば、感情が表に出ることなく心も自然と落ち着いてくるのだ。だが、熱だけはどうにもならない。特に心の内から湧き上がる熱だけは。

    「……どうしよう」

     思わず口にしてしまった呟きが、炉にくべられている薪の崩れる音にかき消されていく。燃料さえあれば耐えることのない炎の熱にもあてられて、リンクの額にじんわりと汗が滲んだ。
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