恋するあなたを見ていた私 リト族の店主サエズリが経営する七色セレクトショップ・スノーホワイト。タバンタ村の住人が買う日常雑貨や食料品、観光客向けの鉱石とアクセサリー、果ては魔物素材まで取り揃えてあるタバンタ村屈指の人気店である。
そんな店であるがゆえに一見の客や他種族への対応もサエズリにとっては手慣れたものだが、
「いらっしゃいませ」
たった今ドアベルの音と共に店内に入ってきた相手の姿には流石に出迎えの声が上擦り、二度見をしてしまった。
長い耳に小麦色の髪と眉だけがある体毛の少ない頭、リト族と比べるとかなり小柄な体躯。典型的なハイリア人の特徴だが、この人物がただのハイリア人ではないことをサエズリは知っていた。
フード付きの黒いマントの下にハイラル王家ゆかりのロイヤルブルーのチュニックを着ており、更に神聖な雰囲気を持つ剣の鞘を背負っているから間違いないだろう。
「リンクさん、ですよね。ごゆっくり」
サエズリの言葉にリンク――ハイリア人の英傑にして退魔の騎士――は小さく頷くと商品を物色し始めた。うっかり名前を呼んでしまったが、スノーホワイトに入ってきた以上は立場や身分など関係ない一人の客である。お気に召すものがあればいいけど、とサエズリは内心で一人ごちて商品の整理を続けた。
元々サエズリにとってのリンクはスノーホワイトの品揃えの拡充に貢献してくれた恩人だ。時折一般客として顔を出してくれていたものの、彼の出世と重なるように魔物の動きも活性化したため、最近はスノーホワイトを訪れることも減ってきていたが、これまでと変わらず息災のようで何よりである。
ただ、それにしても。サエズリはリンクに目をやった。今日の彼は真剣な表情をしながら一つのコーナーに張り付いたまま動かない。商品の不足ならば在庫を確認次第離れるだろうし、何だか不自然だ。
これは店主として声をかけねばと、商品整理の手を止めて嘴を開く。
「何かお探しですか」
顔を上げたリンクは少しの躊躇を見せたあと、意を決したかのように見ていた商品に指を向ける。近付いて確認すると土産用コーナーに置いてある、磨いた細石を加工して革紐で繋いだブレスレットだった。
「……あの、これってリト族の人も身に着けられるものですか」
「そうですね、アンクレット代わりにするのも出来なくはないでしょうけど……」
元々は観光でやってくるハイリア人やゲルド族の体型に合わせて用意したアクセサリーであり、多数がヘブラに住まうリト族に向けたものではない。どうしたものかと言いよどんだところでサエズリは一つの答えに行き着いた。
「……もしかして、リト族のどなたかにプレゼントを考えていらっしゃいます?」
問うとリンクは顔を真っ赤にしたあと、こくこくと何度も頷いてみせる。商機到来だ。このチャンスを逃してはいけない。
「少しのお時間とお値段はかかりますけど、リト族用のアクセサリーをオーダーメイドでお作りすることもできますよ。ここに置いてあるアクセサリーも私や友人のゲルド細工師が作ったものですし、ほら、私の髪飾りだって自作ですからね」
リンクがセールストークに目を輝かせているので更に言葉を続ける。
「お相手がどんなお方か教えていただけたら、イメージに合った物をお作りします。年齢、羽や瞳の色……」
しかしリンクはまごまごしながらそれだけは言えませんと首を振った。オーダーメイド品となるのだから相手側の情報を知りたかっただけなのに、と思いながらもサエズリは引き下がる。
そもそもリトの村ではもっと簡単に買えるであろうリト族向けのアクセサリーをここに買いに来ている時点で、リンクが訳ありなのも考慮しなければならない。
「ではお相手のことは一旦置いておいて。何をお作りしましょうか。リト族へ贈るアクセサリーならヘアアクセサリーにチョーカー、あとはアンクレットが一般的ですね」
「……髪留めとアンクレットは今のが似合ってるし、気に入ってるだろうし……。あの、チョーカーって耐久性ありますか」
「耐久性、ですか」
「はい。その……激しく飛び回る人なので壊れにくいものだと助かります」
「そうですね、ベルトやチェーンを材料にすれば長持ちしますよ」
「……ではチョーカーでお願いします」
「そうだ、折角のプレゼントですし宝石をあしらうのもおすすめです」
リンクは表情こそ乏しいものの顔は相変わらず赤く、今恋をしていて幸せですという雰囲気で話すので、サエズリもリト族の恋人に贈るアクセサリーだという前提で宝石を薦める。すると予想通りすぐに食いついてきた。
「ヒスイを使いたいです」
「ヒスイですか。昔はヘブラ川でよく見つかったのですが、最近は全く採れなくなっていまして……ご用意が難しいかもしれません」
「それならヒスイ以外でリト族の人が貰って嬉しい宝石ってありますか」
ヒスイに限らず宝石なんて綺麗で希少なものを貰えるなら何であっても嬉しいものだし、それが特別な相手からとなれば尚更だ。ただリンクの求めている答えとは違っている気がしてサエズリはもう一度思案する。
こういうシチュエーションはまず自分の立場になって考えるのも大切だろう。リンクのようなハイリア人の恋人がいると想定して、貰って嬉しい宝石を思い浮かべる。
「……ハイリア人の方が快適に感じる気温はリトにとっては少し暑いんです。だから私だったら耐暑の効果もあるサファイアを使ったアクセサリーを貰えたら嬉しい、かも。例えば中央ハイラルで一緒に暮らすことになっても、きっと快適に過ごせるでしょう?」
勝手にストーリーを作ってしまったがリンクには思いのほか響いたようで、一緒に暮らすの部分を何度も何度も呟いたあと、納得したかのように大きく頷いた。
「――決めました。サファイアにします」
「ふふ、良かった。アクセサリーにも最適な、とっても素敵なサファイアがあるんですよ」
レジカウンターの奥にある棚の鍵付き木箱の中からサファイアの原石を持ち出しリンクに見せる。澄んだ深い青の結晶からは冷気が放たれていて、自然と辺りの空気がひんやりする。
「我らがリトの英傑リーバルがうちの店に卸してくれた一級品です。ヘブラ山奥のブリザー谷でガチロックを討伐して手に入れたんですって。彼のお目当ては弓の手入れ用のダイヤモンドだからってサファイアはここに――」
「――すみません、このサファイアは使いたくありません」
「…ええっ!?」
リンクからのまさかの申し出にサエズリはどうして、と言いたくなったが、同時にとある噂を思い出して慌てて飲み込んだ。
それはリンクとリーバルの不仲の噂だ。リーバルがリンクを目の敵にしていて顔を合わせるたびに因縁を付けているだの、リンクはリーバルを相手にしていないから徹底的に無視しているだの、子供の喧嘩のようなゴシップが定期的に流れているのだ。
どちらとも顔見知りのサエズリにとっては無責任な噂程度にしか思っていなかったが、このリンクの態度を見るにどうやら本当だったのかもしれない。
とはいえ、いくら不仲だからといってもサファイアに罪は無いのだから使用しても良いのではないかとも思う。こんなに美しいサファイア、ゲルド高地やデスマウンテンでもそうそう見つからないのだから。しかし商売人であるサエズリはぐっと堪えてリンクの機嫌を窺う。
「うちに置いてあるサファイアはリーバルに卸してもらっているものばかりですから、ゲルドの街かゴロンシティから手配しましょうか。お時間とお値段はもう少しかかることになりますが……」
「サファイアは俺が用意します」
「ええっ!?」
思いもよらない提案にサエズリは再度同じ声を上げた。
職業軍人であるリンクはハイラル中を回っているようだから、ゲルド地方やデスマウンテン地方を訪れることもあるだろうし、その気になればイワロックやガチロックを直接討伐してサファイアを手に入れることだって可能だろう。そう頭では分かっていても行動力に驚かされる。
「……あなたの話を聞いて、サファイアを自分で用意したい気持ちになりました。これと同じぐらい綺麗で贈り物にふさわしいサファイアを必ず見つけてきます」
一般人には難しいことを大したことのないように話すリンク。リーバルもそうだが英傑の任に就いている人物なだけある。あまりにも豪胆で大胆だ。サエズリは一つ息をついて、ではおまかせしますねと答えた。
それからプレゼントを贈る相手の大まかな体型だけはリンクから教えてもらい、サエズリ自身が身に着けるために作った私物のチョーカーをサンプル代わりに見せて、デザイン案をあれやこれやと検討し、金額を伝えて正式な注文依頼を受けた時だった。ふいにリンクが質問してきた。
「……あの、彼とは親しい付き合いがあるのですか」
「彼? ……ああ、リーバルのことでしょうか」
リンクは少し気まずそうな顔をして頷く。
リーバルは昔からの顔馴染みでスノーホワイトの常連だ。鉱石を卸しにやって来る時もあれば、フルーツや菓子を買いに来る時もある。後者は大抵別地方からの遠征帰りで、リトの村への土産が足りない時に買い足しているのだと本人から聞いた記憶がある。
そんな話を彼から聞き出せる程度には気安い仲ではあるが、親しい付き合いと言えるほど彼個人の部分に踏み込んだことはない。
「私にとってリーバルは、リンクさんと同じぐらい大切なお客様ですよ」
答えるとリンクはほっとして変なことを聞いてすみません、と頭を下げた。隠したいリト族の誰かへのプレゼントの作成依頼をリーバルの知り合いに託すのが不安だったのかもしれない。
――よっぽど不仲なのね。退店するリンクの背を見送りながらサエズリは思う。
人付き合いでそりが合わないなんて良くあることだが、英傑同士で不仲なのは色々と不都合があったりしないだろうか。リンクとリーバル両方の人となりも知っているだけに、本当に分かり合えないのかとやきもきしてしまう。
そんな思考をかき消すようにからん、とドアベルの音が鳴りリンクと入れ違いのようにハイリア人の客がやってきた。サエズリはすぐに笑顔を作ると、いらっしゃいませと愛想良く客を迎えた。
「……ありがたいけど、相変わらず凄い量を買っていくわねぇ」
リンクがスノーホワイトを訪れた五日後の昼下がりだった。突然リーバルがやってきたかと思うと買い物カゴの中に食材や菓子をたっぷり詰め込んで会計を頼んだよ、と言い出したのでサエズリは苦笑しながら従う。彼からほんの少しだけ火薬の匂いがするからおそらく戦場帰りなのだろう。そしてこの爆買いからして戦場はヘブラ以外の地方だ。
「うちに置いてあるお菓子でもリトの村では喜ばれるものなのかしら」
会計が終わり、アメやクッキーをバックパックに詰め込むリーバルに問う。スノーホワイトに置いてある菓子はタバンタ村の住人がお茶請けにいただくような何の変哲もない素朴な菓子で、他地方で作られた菓子と比べて見劣りしないか少し不安だった。するとリーバルは不思議そうに首を傾げる。
「こういう嗜好品は多い方が嬉しいものさ」
「でもクッキーなんて村でも食べられるものじゃない? アメだって普通のハチミツアメよ?」
「皆、味の違いを楽しんでるみたいだよ。ここのクッキーはクルミが沢山入ってるから村のとは風味が違うんだってさ」
「それならいいけど…」
「僕も君の店のクッキー、嫌いじゃないよ」
それに村の外には出られない雛達が楽しめるものを少しでも増やしたいんだ、そう話すリーバルの表情は凛々しくも優しげで気のいいお兄ちゃんという雰囲気だ。
しかし、そんな一面はドアベルの音と共にやってきた客によってあっと言う間に変わっていく。フード付きの黒いマントとロイヤルブルーのチュニック、背中に絢爛な剣の鞘を背負ったハイリア人――五日前と同じ姿でリンクが現れたのだ。
「いらっしゃいませ。……あら」
「どうして君がここにいるわけ」
サエズリの出迎えに被せるようにリーバルがリンクへと詰め寄った。リンクは無言でリーバルを見つめている。
「……この店に用があります」
「用って?」
しばしの間のあとようやくリンクが口を開くも、リーバルから矢継ぎ早に質問があり、またリンクは沈黙してしまった。
リンクがスノーホワイトにやってきた理由も、リンクがリーバルに話せない理由も推察できるサエズリにとっては見ていられない状況だった。おそらくこの場を切り抜けられるだけの話術をリンクは持っていない。堪らず助け船を出す。
「私がリンクさんに仕事の依頼をお願いしようと思っていたのよ」
とにかく話を合わせて頂戴と願いながらリンクに視線を送ると、リンクは同意するように小さく頷いた。すると今度はリーバルの視線がリンクから外れてサエズリの方を向く。いつもの彼とは違う雰囲気に気圧されそうになるのをぐっと堪える。
「仕事の依頼だって? どうして僕やリトの戦士に頼まないのさ」
「あら、リーバルはハイラル王国の王族に仕える近衛騎士様に伝手があるのかしら?」
リンクには容易いがリーバルには難しいもの――とっさに思いついたのが近衛騎士だった。案の定リーバルは小さく舌打ちしてそれ以上追求してこない。
「……フン。邪魔したね」
それどころかリーバルはバックパックを回収するとそのままリンクの横を通り抜け退店してしまった。またお越しくださいませ、と声をかけてからサエズリは小さく息を吐く。どうにか切り抜けられたようだ。
リンクも流石に肝を冷やしたのではないだろうかと目をやると、じいっとリーバルの辿った足跡を名残惜しそうに見つめている。その顔には赤が宿り、五日前にアクセサリーを注文した時と同じ表情をしていて――その瞬間、サエズリは全てを察した。
激しく飛び回るリトの戦士に贈るためのアクセサリーならば耐久性を気にするのは当然だし、彼の髪留めやアンクレットに合わせるために希少なヒスイをまず指定したのも理解できる。彼の卸したサファイアを彼への贈り物に使うなんて以てのほかだろう。そして彼との関係性を探っていたのは不仲ゆえのものではないということになる。
思えばリンクがアクセサリーを贈ろうとする相手について充分すぎるほどにヒントが散りばめられていたのだ。ただ、先入観や二人にまつわる噂によって気付かなかっただけで。
対してリーバルはどうだろうか。先ほどの態度はつっけんどんでリンクと恋愛関係があるようには見えなかったが、よくよく考えてみると噂の『目の敵にしている』とも少し違うようにも見える。
普段いないはずの人物がここにいる理由を聞くのも、仕事の依頼を任せられない不満も、リーバルの性格を考えるならば割と真っ当な反応だ。別に会話の間を待たずにまくし立てたっていいのに、リンクの口から出る答えを待っていたのは少なからず好意があるのではと思うのは、流石に飛躍しすぎだろうか――。
「サエズリさん」
ふいに名を呼ばれ、はっとする。気がつくと店の入り口付近にいたはずのリンクがいつの間にかレジカウンターの前に立っていた。客のプライバシーを詮索した揚げ句、応対が遅れるのは商売人失格である。軽く首を振って謝罪する。
「ご、ごめんなさい。私、ぼうっとしてしまって……」
「いえ。それより見て欲しいものがあります」
特に気にしていなさそうなリンクはそのままごそごそとマントの下に手をやって、布に包まれた小さな塊をカウンターの上に置いた。
布をめくって出てきたのはポカポカ草の実ほどの大きさのサファイアの原石だ。ヘブラの冬の夜空のような深い青からはサイズの割にしっかりとした冷気が感じられて、リーバルが店に卸したサファイアに勝るとも劣らない質ということが一目見ただけで分かった。
「サファイア、採ってきました。あまり大きくないですけどチョーカーに使えそうでしょうか」
「ええ、これぐらいのサイズならカットで形を整えても大丈夫です」
「……良かった。ここを訪れた後にイワロックの危険個体の討伐の任務があったので、欠片を報酬としてもらうことにしたんです」
キケンコタイというのがサエズリにはよく分からなかったが、リンクはやはりイワロックを討伐してサファイアを手に入れたようだ。宝石の質もさることながら有言実行が出来る能力の高さや意志の強さに改めて驚かされる。
「この見事なサファイアでお相手に相応しいチョーカーを必ずお作りしますわ。一月、お待ちください」
そう告げるとリンクは赤い頬のまま少しだけ眉根を上げてお願いしますと小さく呟いた。これだけのことが出来ても恋する純情青年のままなのが微笑ましく――だからこそ汚してはならないという気持ちにもなる。サエズリは小さく息をつくと再度嘴をリンクに向ける。
「さて、次は私の用件ですね」
「ええと……何かありましたか」
「近衛騎士様との伝手が欲しいと話したでしょう?」
するとリンクが不思議そうに首を傾げた。それはそうだ。近衛騎士の話はその場しのぎの方便のはずだったのだから。だがチョーカーを贈る相手について気付いてしまった以上、リンクを相手――リーバルに対して嘘をついたことにするわけにはいかなかった。ここから嘘を真実にする必要があるのだ。
サエズリはカウンターから出て売り場にある菓子コーナーに向かう。リーバルの爆買いの影響で陳列棚は随分とすっきりしているが、完全な買い占めではなかったおかげで商品は幾つか残っている。その律儀さに感謝しつつクッキーの入った包みを一つ手に取り、リンクに渡した。
「はい、近衛騎士様。これからもスノーホワイトをご贔屓に」
「えっ? いや、あの…」
「うちの店のクッキー、結構人気でリーバルも気に入ってくれてるみたいなんですよ。是非味わってくださいな」
戸惑うリンクがやんわりと拒否しようとする素振りを見せたのでリーバルの名前を出してみる。するとリンクは目を大きく見開きクッキーの包みをまじまじと見つめた。そして表情を緩め唇を綻ばせ――とうとう柔らかな笑顔を見せた。
「…リーバル殿が……ありがとうございます、いただきます」
幸せなオーラを放ちながら退店するリンクを見送った次の日、サエズリはゲルド地方へ翼を向けた。友人のゲルド細工師にサファイアの加工とチョーカーに使う金具を依頼する為である。
馬の鞍に使うような丈夫ななめし革を持って行った上で、この革を使って作るチョーカーに合う金具が欲しいと告げると、友人は「どんなじゃじゃ馬が着けるチョーカーなんだい」と驚いていたが、リンクとリーバルの名前を伏せた上で経緯を伝えると快く引き受けてくれた。
こうしてタバンタ村とゲルドの街を何度か往復し友人と協力して作成に励んだ結果、チョーカーはリンクに約束した一月を待たずに完成することとなった。「これならじゃじゃ馬も喜んでくれるはずさ」と満足げに呟く友人の隣でサエズリも頷く。あとはスノーホワイトに持ち帰りリンクが訪れるのを待つだけだった。
手紙などでこちらから連絡することも考えてみたものの、魔物の活性化でハイラル各地を転戦しているリンクの居場所を特定するのは困難であるし、それに間に人を介してこの秘密ごとが外に漏れてしまうのも避けたかったので止めた。
そんなことをせずともリンクのことだ、折を見て店に顔を出すに違いない。完成したチョーカーを見て赤ら顔になるリンクが容易に想像できる。願わくば送り相手であるリーバルがチョーカーを身に着けるところも見てみたいところだが、流石に無理だろうか。自然と甘い妄想が広がっていく。
しかし、一月後リンクがスノーホワイトにやってくることはなく。また、サエズリも彼を出迎える余裕はなかった。
――ハイラル城にて厄災が復活したのだ。
……かくして復活した厄災はハイラルに絶望をもたらしたが、希望を捨てなかった人々は滅びの未来に抗い続けた。防戦を続けていたハイラル軍はハテノ砦の戦いの勝利を機に反転攻勢に転換し、封印の姫巫女と退魔の騎士、四人の英傑を中心としてハイラル平原に集結、彼の地を奪還。勢いのままハイラル城に攻め込み、見事厄災は封印されることとなった。本の中の物語ならばこれで『めでたしめでたし』で『おしまい』である。
しかし、現実というものは生がある限りは続きがあり、この戦いの時代を生き延びたサエズリもまた例外ではなかった。
ある日の昼下がり、サエズリはスノーホワイトにて中央ハイラルへの物資納入の準備に励んでいた。
厄災封印から半年、ハイラルは復興の道を着々と歩んでいたが、特に激しい戦場となった中央ハイラルは戦禍の残滓によって未だに人が住める状態ではない。なので比較的被害の薄い地域からあらゆるモノを集め、急いで街を作り直しているのが現状だった。
スノーホワイト――タバンタ村が中央ハイラルにモノを送る側なのは厄災による被害が少なかったからである。
(もっとも、あの夜は生きた心地がしなかったけどね…)
サエズリは厄災復活の夜を思い出す。
変わらない日常を過ごしていたはずなのに、全身の羽根が逆立ち寒気に襲われる感覚。程なくしてどこからか怒号が聞こえ、夜とは違う闇の向こう側から魔物がやってくる。村を守るためにリトの戦士や滞在していたハイリア兵が応戦してくれているが、多勢に無勢でこのままでは皆やられてしまう――そんな時に大地を震わす巨鳥の鳴き声が辺り一面に響いた。
闇に弱いリトの目にも届く青の光。英傑リーバルの操る神獣ヴァ・メドーのものだった。空を翔けるメドーを討たんと魔物たちは光に集まる虫のように村から離れてメドーを追い、そしてまんまとメドーの光に焼かれていった。
英傑と神獣、何て頼もしいのだろう。彼らがいれば絶対に大丈夫、だなんてその時は思ったものだ。厄災復活の日、その分身によってリーバルが大怪我を負い、神獣が厄災に乗っ取られかけていたなんて噂も耳にしたことがあるが、本当かどうかは分からない。ただ、タバンタ村にいた者達にとっては彼らだけが希望だったのだ。
そんなことを考えていると、ふとリーバルからの連想でカウンター奥の棚に目が行ってしまう。棚の中ではやけに浮いて見える黒いもの。リンクから依頼があって作成したサファイアのチョーカーを収めているケースだ。
リンクはサファイアを持ってきたあの日以来、スノーホワイトどころかタバンタ村にもやってきていない。リンクのハイラルに対する働きを思えば、いつか時間に余裕がある時に来てくれればいい、とサエズリは思う。商売人としてはチョーカーの支払いがまだのままなのは少し痛いが、まあ、前払いだとか分割して支払いだとかそういう手段を取らなかった自分が悪いということで納得している。
その時、からんと店のドアベルが鳴った。反射的に笑顔を作り目線を店の入口の方へ向ける。
「いらっしゃいませ、えええええ!?」
店内に入ってきた人物にサエズリは思わず大声を上げた。背中の絢爛な剣鞘とフード付きの黒いマントは変わらないものの、ハイリア人の冒険者が着るような肩当てのある緑色の旅装束を身に纏ったリンクと、いつものリトの軽鎧に首元を白のマフラーで守っているリーバルが一緒にやってきたからだ。
二人とも英傑の証であるロイヤルブルーを纏っていないことから完全なプライベートなのだろう。
「随分な出迎えじゃないか、サエズリ」
「サエズリさん、お久しぶりです」
二人からほぼ同時に放たれた言葉に思考が追い付かない。「二人とも元気そうで何よりですわ」などと社交辞令を返すのが精一杯だった。
「遅くなってすみません。……あの、アレ出来ていますか」
「あ、アレ……?」
「俺が注文していたアクセサリー、です」
「…ああ! 勿論、用意してありますよっ」
つい先程まで二人とチョーカーについて考えていたのに、リンクの問いにすぐに反応できなかったのが申し訳ないやら情けないやらだ。すぐに棚に置いてある黒いケースを持ち出し、カウンターの前までやってきたリンクとリーバルに見せる。
「リンクさんから御注文いただいた品です」
冷静を装っていても心臓がうるさいぐらいに鳴っていた。まずリンクとリーバルが一緒にやってきたことが驚きであるし、二人でやってきたことからチョーカーの贈り相手は十中八九リーバルなのだろうが確証があるわけではない。デザイン案は出してもらったものの実物を見てリンクの気に召す出来なのかも分からない。そしてリーバルがどう思うのかも。リンクの意志を尊重して贈り相手を訊かずにいたことが、今となってはとんでもない過ちだと言う気がしてくる。
これまで喜んでもらえる想像しかしていなかったのに動揺が不安を呼んでいた。商売をしていてこんな気持ちになったのは初めてだった。
「ありがとうございます!」
そんなサエズリの内心など知る由もないリンクは軽率にケースを開けた。
中にあるのは卵の形に加工したサファイアを金属の台座と金具で黒いベルトに繋ぎ止めたチョーカー。装飾はリンクの望み通りシンプルな作りになっていて、耐久性を考えながらも空を飛ぶのに邪魔にならないように出来る限り軽くしたつもりだ。光に反射して煌めくサファイアは、周囲の気温に合わせて石の力を発揮するように調整したので店の中では冷気を放っていない。
「…俺、アクセサリーにあまり詳しくないんですけど、凄く良い出来だと思います!」
「お気に召していただけて何よりです」
頬を赤くしてリンクが微笑んだ。反応がかなり良いことにほっと息をつくが、すいと歩み寄ってきた影に心臓が高鳴る。
「君が僕に用意したっていうプレゼントがこれか」
チョーカーを見ながらリーバルは呟く。この話しぶりからしてリンクがチョーカーを贈るリト族はやはりリーバルだったようだ。予想が当たったことに安堵するものの、声色からは喜んでいるかどうかは分からない。
リンクの肯定の頷きにリーバルは小さく鼻を鳴らすと、今度はサエズリの方に目を向ける。
「ねぇ、着けてみていい?」
「え、ええ。そうだ、椅子を用意しないと」
カウンターの奥の壁に立て掛けてある折り畳み椅子をセットし、それから必要になるだろうと私物の手鏡も用意する。腰掛けたリーバルがマフラーに手を伸ばそうとすると、彼の背後に立っていたリンクがそれを制するかのように動いた。
「……あのさ、マフラーぐらい自分で外せるよ」
「うん、知ってる」
小さな吐息と共にリーバルの手がマフラーから離れ、代わりにリンクがマフラーを外していく。何気ないやりとりだが二人の間にそこはかとなく漂う親密な雰囲気と、リンクの口調が畏まったものではないことから、以前スノーホワイトで二人が揃った時よりも距離が縮まったことが察せられた。そのままリンクはチョーカーを手に取りリーバルの首元を飾っていく。
「キミを好きになった気持ちを形にしたくて作ってもらったんだ」
「僕が身に着けるアクセサリーなのに、僕に相談はしなかったんだ」
「あの頃はまだキミとそういう関係じゃなかったから……」
つまりリンクは片思い中にアクセサリーを贈る案を思い付き、そのままスノーホワイトで注文したということになる。サエズリの知る恋愛のセオリーからはやや外れていて、なかなかに勢い任せの行動だ。一つでも噛み合わなければ関係性が壊れてしまうような危うささえあるが――。
「…ふぅん」
どうやらリーバルにはかっちりと嵌まったようだ。リンクの言葉に相変わらずその気の無いような相槌を打っているものの、彼の顔は言葉よりも雄弁に心情を現していた。普段の凛々しさはどこへやら、鏡に映る自身とチョーカーを見て嬉しそうに目を細め、嘴の端と眉が柔らかく綻んでいる。
「俺達ハイリア人にとって快適な気候は、キミ達リト族にとって少し暑いんだってサエズリさんに教えてもらった。サファイアのアクセサリーがあれば快適に過ごせることも。だから、これを着けたキミと将来、一緒に暮らせたらいいなって」
「……そう。ありがとう、気に入ったよ」
「こちらこそ、気に入ってくれてありがとう」
「でもさ、僕と君が一緒に暮らすって話だけど
。もしヘブラで暮らすとしたら、宝石の力が必要になるのは僕じゃなくて君の方だよね」
「確かににそうだけど、それでも俺はキミにチョーカーを――」
「僕が言いたいのはそういうことじゃない」
舌打ちするリーバルと首を傾げるリンク。甘酸っぱい青春真っ只中の二人に、サエズリは名前の通りに口を出したくなるのを必死に抑えていた。
いつものリーバルならはっきりと言っているはずなのだ。察せないリンクが鈍いのかもしれないが、言えばすぐに伝わることを濁しているのはリーバルの方である。あまりの焦れったさに勝手にやきもきしていると、ようやくリーバルが再度嘴を開いた。
「……貰いっぱなしだなんて気が済まないし、こんな話を聞いたら尚更だよね。僕からもこのサファイアのチョーカーに負けないような、見事なルビーのアクセサリーを君にプレゼントしてあげるよ。羽毛がない君がヘブラで凍えないように、ね」
リーバルの口から出てきたのは尊大なプレゼント宣言だった。ようやく彼らしさが出てきたことに安堵しつつ、彼のアプローチもまた一般的な恋愛のセオリーからは外れていることにサエズリは内心で苦笑した。この二人はそういう部分が似た者同士なのかもしれない。案の定リンクは純粋に喜んでいる。
「…ありがとう、すごく嬉しい。あ、でも、俺にはルビーの防寒効果は必要ないかも」
「は?」
「だってヘブラでもキミが側にいたら寒くない、から」
「…………なにうまいこと言ってやったみたいな空気を出してるのさ。暖房扱いするのが誉め言葉だと思ってるわけ」
「誉めてるわけじゃない。事実だし」
「そんな理由なら一緒に暮らすのはごめんだね。……僕は暖房になるために君の側にいるわけじゃない」
「…うん、知ってる」
サエズリの知るかつての二人といえば、まくし立てるリーバルと寡黙なリンクという図式だった。それが今では対等にやり合っているどころか、幾分リンクが優勢にも見える。
リーバルと恋愛関係になる前からアクセサリーを贈ることを計画し、使う宝石を自身で用意する情熱を考えれば押しが強いのが本来の気質であっても決して不思議ではない。不思議ではないが――。
「ちょっと、リンク…! あっ……」
――流石に押しが強過ぎやしないだろうか。いくらリト族の顔の大部分を占めているからといって嘴はそんな簡単に人前で撫で回すようなものではないのだから。というかリーバルもリーバルで何故無抵抗なのか。いや、恋人同士ならば抵抗しないのもおかしくはないが、これまでの彼の振る舞いを考えるとあまりにもリンクに従順でしおらしい。
……世界を救った英雄二人だ、目の前でいちゃつくぐらいは許すつもりだ。しかし完全に二人の世界に入ってしまって店内で『その先』に進まれるのはいくら何でも困る。たまらずサエズリが小さくこほん、と咳払いをするとリーバルははっとしてリンクの手を振り払った。何事もなかったかのような澄ました顔をしているが、眉根が下がり少し少し伏せられた目の中にある緑の瞳がせわしなく揺れている。動揺しているのだろう。
勿論こんな彼をつついて追い討ちをかけるなんてことはしない。すべきことは商売人としての仕事だ。営業スマイルを作り、いつもの軽い口調をやめて言ってやる。
「よくお似合いですわ。返礼のアクセサリーなら是非スノーホワイトにご用命くださいな」