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    FuzzyTheory1625

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    FuzzyTheory1625

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    若干のアドラーの神秘学家差別発言あり、
    ただ本編に比べれば些細なもの。一応誤字脱字確認しましたが、多分ミスってるところあるんでDMください。

    ご都合主義者リハビリセンターの空気は、いつもと変わらず穏やかだった。消毒液の匂いが薄く漂い、廊下にはリハビリを終えた患者が歩く姿がちらほらと見られる。

    ウルリッヒは静かに待合室の椅子に腰を下ろし、手元の資料に目を落としていた。彼の目的は、単なる視察と研究データの回収。ここには神秘学家や人間のための特別なリハビリ設備があり、必要があれば利用することも考えていたが、今のところその予定はない。

    その隣ではアドラーが腕を組み、退屈そうに足を揺らしていた。

    「おい、いつまでここにいるんだ?」
    「あと少しだ。キミは何か問題が?」
    「問題はねぇけど……退屈なんだよ。」

    アドラーが椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた瞬間——

    ——それは起こった。

    静かな空間に、唐突な違和感が満ちる。

    ウルリッヒは即座に異常を察知し、視線を鋭くした。空気が微かに歪み、まるで世界のルールが一瞬だけ書き換えられたような感覚が全身を包む。

    「……今のは?」

    低く、慎重な声。

    ウルリッヒは素早く周囲を見渡したが、何も変化はない——はずだった。しかし、その直後。

    「……は?」

    聞き慣れた声がした。しかし、どこか違う。

    ウルリッヒはゆっくりと横を向き、そして目を見開いた。

    アドラーが消えていた。

    いや、厳密には消えたわけではない。

    そこにいたのは——

    見知らぬ12歳の少年だった。

    漆黒の髪はそのままに、しかし幼さが際立つ顔立ち。明らかに体格が縮み、服はぶかぶか。元々長身だった彼のジャケットは肩からずり落ち、ズボンも危うく腰から抜け落ちそうになっている。

    「は?」

    少年——アドラーは呆然と自分の姿を見下ろした。そして、信じられないものを見たというように、細い指を何度も握ったり開いたりする。

    「……おい、嘘だろ。」

    ウルリッヒは冷静に彼を見つめ、慎重に言葉を選んだ。

    「キミは、アドラー……なのか?」
    「当たり前だろ!!なんで俺がガキになってんだよ!!」
    「落ち着きたまえ」
    「落ち着けるか!?この手!!この腕!!」

    アドラーは目をひん剥き、子供の細い腕を振り回す。そこにあったのは、かつての筋肉のついたしなやかな腕ではなく、未発達の少年のそれ。

    「……マジかよ……マジかよ!!」

    動揺を隠せず、アドラーは頭を抱え込んだ。

    ウルリッヒは彼の混乱を黙って見つめ、ゆっくりと推論を組み立てる。

    「どうやら、何らかの異常現象が発生したようだ。」
    「そんなことは見りゃわかる!」
    「原因を探るべきだな。」

    アドラーは荒い息を吐きながら、自分の体を確認する。

    (……クソ、力が出ねぇ……)

    体格が小さくなったことで、当然ながら筋力も落ちている。手足の長さも違うため、動きの感覚が微妙にズレる。何より、視界が低い。

    最悪だ。

    それでも頭は回る。幸い記憶は残っている。……が、それだけではどうにもならない問題が山ほどある。

    「これ、どうすんだよ……」

    アドラーはウルリッヒを見上げた。いつもは見下ろしていた相手を、今は見上げている。その事実が余計に屈辱的だった。

    ウルリッヒは、少し考え込む素振りを見せた後、淡々と告げた。

    「まず、服をどうにかしよう。」
    「そこ!?」
    「当然だ。今のキミはまともに服を着れていない。」

    アドラーは顔をしかめたが、確かに今にもズボンがずり落ちそうになっている。

    「……チッ、仕方ねぇ。とりあえずベルト締めるわ。」

    しかし、彼の手は小さすぎてバックルの調整に苦戦する。もたつく様子を見かねたウルリッヒが、無言で手を伸ばした。

    「……っ、やめろ!俺は子供じゃねぇ!!」
    「事実として、キミは現在12歳だ。」
    「うるせぇ!!!」

    完全に子供の反応だった。

    ウルリッヒは少し考えた後、静かに結論を出す。

    「このままでは不便だ。まずは、解決方法を探る。加えて、この体での行動制限について考える必要がある。」

    「……クソ……クソが……」

    アドラーは顔を伏せ、悔しそうに拳を握った。しかし、今はどうしようもない。

    ——アドラー、12歳。

    前途多難な日々の幕開けだった。



    §



    アドラーが12歳の姿になってしまったという異常事態を前に、ウルリッヒは相変わらず冷静だった。

    リハビリセンターの待合室に漂うのは、微かに消毒液の匂い。外では車のエンジン音や人々の話し声が聞こえ、ここだけが異様に静かだった。

    一方、当のアドラーはというと、明らかに苛立ちと困惑を隠せず、ずり落ちそうなズボンを片手で必死に押さえながら荒い息を吐いていた。

    「クソ……なんだって俺だけこんな目に……」

    彼の声はまだ低めではあるが、以前のような渋みは消え、どこか未成熟な響きを帯びていた。本人はまだ信じられないといった様子で、小さくなった両手を見つめ、指を開いたり握ったりを繰り返している。

    それはまるで、夢の中で突然自分の身体が変わってしまったときのような感覚だった。違和感と不快感が積もり、どうしようもない無力感が心に巣食う。

    ウルリッヒはそんなアドラーの動揺をひと通り観察した後、淡々と口を開いた。

    「キミの体が12歳に戻ってしまったことは、ほぼ間違いない。」
    「そんなことは見りゃわかる!」

    アドラーが低く唸る。

    「ならば、今できることを考えるべきだな。」

    ウルリッヒは落ち着き払っている。アドラーのような人間が突如12歳の体になれば、普通はパニックを起こすか、怒り狂うかのどちらかだろう。しかし、ウルリッヒがこうして冷静でいられるのは、意識覚醒者である自身には「幼少期」という概念がそもそも存在しないからだ。

    彼にとって、「子供時代」は体験したことのない領域。つまり、アドラーのように「昔の姿に戻った」という認識そのものがないのだ。

    「クソ……まず服だな……」

    アドラーは今すぐにも原因を突き止めたいところだったが、それよりも目の前の現実的な問題が邪魔をしていた。

    服が合わない。

    ズボンは腰の位置が合わず、歩けばずり落ちる。シャツの袖はぶかぶかで、肩の位置もずれ、まるで大人の服を借りて着た子供のようだ。

    「なぁ、ウルリッヒ。俺の服、どうにかならねぇのか?」
    「ベルトを締めれば最低限の対策にはなる。」
    「そうじゃなくて、サイズが合う服を……」

    ウルリッヒは考える素振りを見せ、やがて短く答えた。

    「それなら、適当な衣料店で調達しよう。」
    「……マジかよ……」

    12歳の姿で服を買いに行くという屈辱的な任務。アドラーは本気で嫌そうに顔を歪めたが、今の自分の姿を見れば納得せざるを得なかった。

    それに——

    このままの格好では外を歩くことすらまともにできない。

    「ちっ……仕方ねぇ。さっさと行くぞ。」

    アドラーは歯噛みしながら立ち上がる。しかし、重心のズレに一瞬バランスを崩した。

    「っ……!」

    ウルリッヒがその様子をじっと見つめ、静かに言った。

    「やはり、身体能力も相応に低下しているようだな。」
    「うるせぇ、わかってる……!」

    自分でもわかっていた。歩く感覚が違う。筋肉が落ちたわけではないが、今までのような機敏な動きができるかといえば、確実に無理がある。

    ウルリッヒは淡々とした表情で立ち上がり、歩き出した。

    「では、行こうか。」

    リハビリセンターを出ると、外は昼下がりの柔らかな光に包まれていた。

    アドラーは小さな歩幅で不機嫌そうに歩き、何度もウルリッヒを見上げた。

    「なぁ……この体のまま外歩くの、地獄なんだけど?」
    「仕方ない。対策を講じるまでの辛抱だ。」
    「対策って、服買うこと以外に何か考えてんのか?」
    「当然だ。まず、この現象の発生原因を特定しなければならない。」

    ウルリッヒはそう言いながら、手元の端末を操作し始めた。

    「このリハビリセンターにいたタイミングで発生したことを考えると、ここに何らかの要因があった可能性は高い。」
    「……まさか、誰かの神秘術か?」
    「その可能性もある。」
    「……ハズレならいいが、誰かが故意にやったんならそいつをぶっ飛ばすぞ。」

    アドラーはぶっきらぼうに言いながら、懐に手を入れようとして——止まった。

    ——そうだ、携帯式神秘術ディスクがない。

    いつもの紙束と共にあるはずのディスクが、当然ながら存在しない。というより、今の自分の身体ではディスクを発動させるどころか、持つことすらできない可能性が高い。

    (マジで最悪だ……)

    ため息をつくアドラーを尻目に、ウルリッヒは冷静に彼の観察を続けていた。

    「キミの身体の適応速度を見る限り、しばらくはこの状態が続くと考えた方が良さそうだな。」
    「そんな簡単に言うなよ……」

    アドラーは再びため息を吐き、片手で乱雑に髪をかき上げた。

    ——12歳の姿のまま。

    ウルリッヒはそんな彼の姿をしばらく見つめ、淡々と結論を下した。

    「とりあえず、服を買いに行く。」
    「……だから、それが一番嫌なんだって……」

    現実は非情である。

    ウルリッヒが無表情のまま、さらりと言い放った。

    「……そんなに文句を言うのなら、最前線学校の制服でも着るか?」

    アドラーは思わず足を止め、ウルリッヒを見上げた。

    「は?」

    冗談じゃない。いや、冗談だろうが、それにしたって笑えない。

    「おい、ウルリッヒ……最前線学校の制服って、あれだろ? 神秘学家の子供が着るやつ……」

    「そうだ。」

    「俺は人間だぞ。」

    アドラーは苦々しく言い放ち、舌打ちした。

    最前線学校——それは、神秘学家の子供たちが教育を受けるための施設だ。人間とは異なる素質、及び種族である者たちが通う場所であり、その制服を着るということは、要するに「お前はそっち側だ」と言われているようなものだった。

    「そもそも、あの制服って子供用じゃねぇか。俺が着たら、ますます餓鬼扱いされるだろうが。」

    アドラーは腕を組み、苛立たしげに足を鳴らす。

    「それとも何か? 俺に白インナーと長いフリフリの上着に、クソッタレな漂白ハーフパンツでも履かせるつもりか? ふざけんな。」
    「少なくとも、サイズは合うだろう。」
    「お前、本気で言ってんのか……?」

    ウルリッヒは薄く肩をすくめた。

    「冗談ではない。キミは今12歳の身体になってしまったのだから、それに適した服を着るべきだ。別に、最前線学校の制服は質が悪いわけではない。むしろ機能性は高い。」
    「そりゃそうかもしれねぇけど……! いや、そういう問題じゃなくて……!」

    アドラーは頭を抱えた。

    ウルリッヒが本気で言っているのが、逆に厄介だった。

    彼は基本的に無駄な発言をしないし、合理性を最優先する。だからこそ、こういう時、アドラーの常識とはズレた提案を平然としてくる。

    (最前線学校の制服なんて着たら、完全に神秘学家のガキだろ……! ただでさえこんな体になってるのに、冗談じゃねぇ……!)

    「……着ねぇぞ。」
    「そうか。」

    あっさりと引き下がるウルリッヒ。

    「ならば、一般の衣料店で子供服を買うしかないな。」
    「……それも嫌なんだけどなぁ……」

    アドラーは小さく溜息をついた。

    ウルリッヒが提案した制服よりはマシだが、だからといって子供服売り場で服を選ぶのも屈辱的だった。

    「……俺の服、誰かに頼んで詰めてもらうとかじゃダメか?」
    「それは時間がかかるし、動きづらいだろう。」
    「くそ……詰んでる……」

    現状をどう考えても打開できないことに、アドラーは深いため息をついた。

    すると、ウルリッヒが端末を操作しながら、静かに言った。

    「安心しろ。キミの本来の身体を取り戻す方法は、いずれ見つかる。」
    「……だったら、早く見つけろよ。」

    アドラーは苛立ちながらも、ウルリッヒの言葉に少しだけ安堵した。

    それでも、問題は山積みだった。

    まず、今の状態でまともな服をどうするか。

    そして、この異常事態をどうやって解決するか。

    さらに——

    「俺は12歳になってしまった」と他の奴らにどう説明するか。

    「……はぁ……とりあえず、服だけなんとかするか……」

    アドラーは小さく呟き、ウルリッヒを睨んだ。

    「ただし、最前線学校の制服は絶対に着ねぇからな。」

    ウルリッヒは無言で頷いたが、その磁性流体の奥には何か考えがあるようだった。

    アドラーは、やや不機嫌な顔でウルリッヒの隣を歩いていた。

    「……なぁ、外出許可取るの、ダルすぎねぇか?」
    「面倒だな。」
    「だろ? だから財団のどっかで適当に服探せばいいんじゃねぇか。」

    ウルリッヒは一瞬考え込んだあと、静かに頷いた。

    「合理的だ。」
    「だろ?」
    「では、行くぞ。」

    そう言って、ウルリッヒは迷いもなく歩き出した。

    アドラーはそれを見て、なんとなく嫌な予感がした。

    (……なんか、アイツのことだから手当たり次第に探しそうな気がするな……)

    嫌な予感は的中した。

    ウルリッヒは無駄な時間を嫌う性格だ。だからこそ、「適当に探す」といっても無秩序に歩き回るのではなく、目的に向かって一直線に行動を起こす。

    つまり、財団の施設内を片っ端から調べるつもりだった。

    「ウルリッヒ……お前、どこ行くつもりだ?」
    「服がありそうな場所を優先的に探す。」
    「具体的には?」
    「研究棟の物資倉庫、仮眠室、ラプラスの私物管理エリア……それと、回収された物品の保管室。」
    「おい、待て、回収された物品の保管室って、それ……!」

    機密扱いの、由来不明の神秘学アイテムが集まる場所だ。

    まともな服があるとは思えないし、下手すりゃ神秘術に巻き込まれる。

    「いやいやいや、そこはさすがにナシだろ!?」
    「何故だ?」
    「何故もクソもあるか! そんなヤバいもんばっか集めたとこで服を探すとか、どう考えてもおかしいだろ!」
    「だが、そこに子供用の衣類がある可能性もゼロではない。」
    「可能性がゼロじゃないってだけで行動するんじゃねぇよ!!」

    だが、ウルリッヒはアドラーの言葉を無視し、淡々と歩き続ける。

    しかも、歩くスピードが速い。

    アドラーは短い足で必死についていくが、当然ながら体力の消耗が激しい。

    「おい……待て……!」

    ついに息が上がり、足が止まる。

    ウルリッヒは立ち止まらない。

    「ウルリッヒ!! 俺、体力ないんだけど!?」

    ようやく気づいたのか、ウルリッヒは一瞬だけアドラーを振り返る。

    「……そうか。」
    「『そうか』じゃねぇよ!!」

    アドラーは膝に手をつき、荒い息を吐いた。

    「お前、俺がガキの体になったの、見てわかってるよな? なのに、なんでこんなペースで歩かせんだよ……!」
    「キミの体力の低下を考慮していなかった。」
    「……もっと考慮しろ……」

    アドラーはうんざりした顔でため息をつき、その場に座り込んだ。

    「……ったく、俺が動けなくなったら、お前一人で探す気だったのか?」
    「そうするつもりだった。」
    「お前さぁ……!」

    アドラーは頭を抱えた。

    ウルリッヒに悪意はないのはわかる。だが、合理的な判断だけで動くせいで、こういう無茶を平気でやるのが問題だ。

    「……とりあえず、休ませろ……俺、今子供の体だから……マジでキツい……」
    「……ならば、ここで待っているといい。」
    「だから、一人で探すなっつってんだろ!!!」

    叫ぶアドラーを無視し、ウルリッヒは先へ進もうとする。

    その瞬間——

    「あ、子供服なら仮眠室にあったぞ。」

    突然、後ろから声がした。

    アドラーとウルリッヒが振り向くと、そこにはメディスンポケットがいた。

    「……なんでお前がここにいんの?」
    「いや、偶然通りかかったらお前らが騒いでたからな。」

    メディスンポケットは鼻を鳴らし、腕を組む。

    「それより、服探してんだろ? 仮眠室の隅に、サイズバラバラの服が適当に置いてあったぞ。たぶん忘れ物とかだろうけど。」

    アドラーはその言葉に、心の底から安堵した。

    「マジか……助かった……」
    「ボクも確認する。」

    ウルリッヒはさっさと仮眠室へ向かおうとする。

    アドラーは苦笑しながら、それについていった。

    (ったく……結局、お前のせいで無駄に体力使っちまったじゃねぇか……)

    メディスンポケットの案内で仮眠室に着くと、確かに隅のラックに服が詰め込まれていた。

    ウルリッヒが迷わず手を伸ばし、適当な服を手に取る。

    「これでいいか?」
    「……いや、さすがにもうちょっと選ばせろ……」

    アドラーはげんなりしながら、服を物色し始めた。

    「それはそうと……」

    メディスンポケットが、腕を組んでアドラーを見下ろすように言った。

    「お前、マジでそのままなのか? 体、ちっちぇぇまんまで。」
    「……見りゃわかんだろ。」

    アドラーは不機嫌そうに眉をひそめる。

    「そりゃ見りゃわかるけどよ、まじまじと見ると笑えるな。」
    「お前、バカにしてるだろ?」
    「そりゃバカにするだろ。オレより年上のはずのあんたが、こんなガキになっちまってんだからな。」

    メディスンポケットはニヤニヤしながらアドラーの頭をポンポンと叩いた。

    「てめぇ、頭触んな!!」

    アドラーが手を払いのけるが、今の身体では威力がまるでない。

    メディスンポケットは余裕の顔で肩をすくめた。

    「おっと、怒るなよ。……いや、怒ってもいいけど、そのチビの体で威嚇しても全然怖くねぇんだわ。」
    「っ……!」

    アドラーはギリッと奥歯を噛みしめる。

    元の体なら拳の一発でも入れてやりたかったが、今の身体ではメディスンポケットを殴るどころか、ちょっとした衝撃でこっちが吹っ飛びかねない。

    「ったく、なんで俺がこんな目に……」

    アドラーが頭を抱えていると、不意に呑気な声が割り込んだ。

    「生物学者であるキミを探す手間が省けたな。」

    ウルリッヒだった。

    アドラーが「は?」と顔を上げると、ウルリッヒは相変わらず淡々とした調子でメディスンポケットを見つめている。

    「……お前、何を言ってんだ?」
    「キミは生物学の専門家だろう?」
    「ああ、そうだが?」
    「この現象について仮説を立てるには、生物学的観点が必要だ。ちょうどいい、協力してくれ。」

    メディスンポケットは呆れたようにため息をついた。

    「はぁ……なるほどな。つまり、オレが通りがかったのはお前らにとって都合がよかったってわけか。」
    「そういうことだ。」
    「んなもん知るかよ。オレ、今ヒマじゃねぇんだが?」
    「協力してもらう。」

    ウルリッヒはさらっと言い切った。

    「いや、だからヒマじゃ——」
    「キミが今していることは?」
    「……?」
    「立ち話だ。」

    ウルリッヒは容赦なく言った。

    「つまり、今のキミにはこの会話をするだけの時間がある。」
    「……ッ」

    メディスンポケットは言葉に詰まる。

    アドラーはそれを見て「やられたな……」と心の中で呟いた。

    ウルリッヒは理詰めで相手を追い詰めるタイプの人間だ。

    メディスンポケットがどれだけ適当に言い逃れしようとしても、ウルリッヒの論理は冷徹に切り返してくる。

    「くそ……」

    メディスンポケットは渋々といった様子で頭を掻いた。

    「わかったよ。オレが協力すればいいんだろ。」
    「助かる。」

    ウルリッヒは満足げに頷く。

    アドラーは溜息をつきながら、そのやり取りを見ていた。

    「……ったく、これで少しはマシな解決策が出てくるってわけか?」
    「それはキミの体を調べてみないとわからない。」

    メディスンポケットはニヤリと笑った。

    「んじゃ、アドラー、お前……」
    「……なんだよ。」
    「とりあえず、上脱げ。」
    「は?」
    「子供の体になったってことは、肉体の構造も変化してるかもしれねぇだろ? だから、調べさせろって話だよ。」
    「絶対に嫌だ。」

    アドラーは即座に拒否した。

    「チッ、ノリ悪ぃなぁ……」
    「誰がこんな状況でノリ良くなるか!!」

    メディスンポケットはアドラーの拒否に肩をすくめると、ウルリッヒの方に向き直った。

    「で、ウルリッヒ、お前は?」
    「何を聞いている?」
    「こいつの体、強制的に調べちまっていいか?」

    アドラーは叫んだ。

    「やめろおおおおおおお!!!」



    §



    「おい、離せ!! おいっ!!!」

    アドラーの抗議の声が、財団の通路に響き渡った。

    しかし、そんな声などまるで気にしていない様子で、メディスンポケットは片腕だけで軽々とアドラーの小さな身体を抱え込み、そのままスタスタと歩いていく。

    「いやー、これマジで楽だな。お前、めちゃくちゃ軽ぇぞ?」
    「当たり前だろ!! 今の俺は12歳なんだからな!!」

    アドラーは暴れようとしたが、今の身体では抵抗できる力もない。そもそも体格差が大きすぎた。

    「いいから降ろせ! 俺はお前の実験動物じゃねぇんだよ!!」
    「いやいや、ちょっと調べるだけだから。つーかオレの腕の中で暴れんなって、落としたらどうすんだ?」
    「落とせよ!! そしたら俺はこのままダッシュで逃げる!!」
    「へぇ、そんな貧弱な足で逃げられると思ってんのか?」
    「クソが!!!!!」

    アドラーはもがいたが、メディスンポケットは全く動じず、むしろ余裕そうな顔で歩き続ける。

    その後ろを、ウルリッヒが静かに歩いていた。彼の腕には、さっき適当に拾ってきた子供サイズの服がかけられている。

    「しかし、意外と手間取ったな……もう少し簡単に手に入ると思ったが。」
    「いや、それな。財団内で子供服探すとか、そもそもおかしいだろ。普通ねぇよ。」
    「いや、あったじゃないか。」
    「だから『普通ねぇよ』って話してんだよ!!」

    アドラーが叫ぶが、ウルリッヒは淡々とした口調のままだ。

    「仮眠室の隣の保管庫にあったのは幸運だったな。どうやら、過去に未成年の神秘学家を受け入れた際の名残のようだが。」
    「そんなもん取っとくなよ!!!」
    「とはいえ助かっただろう?」
    「くそっ……まぁ、それは認める。」
    「素直でよろしい。」
    「でもそれとこれとは別だ! 俺は今、研究室に連行されようとしてるんだぞ!!」

    アドラーが怒鳴るが、メディスンポケットは相変わらず飄々とした態度で彼を小脇に抱えたままだった。

    「研究室っていうかオレのラボな。安心しろ、すぐ終わるって。」
    「どこが安心材料なんだよ!!!」
    「ちょっとした身体測定と反応テストくらいだからよ。すぐ終わるって。」
    「それが嫌なんだよ!!!」
    「まぁまぁ、そう言うなって。」
    「お前、俺の気持ち考えたことあんのか!!?」
    「ねぇよ。」
    「この野郎ォォォォ!!!!」

    アドラーの絶叫が再び響き渡る中、一行はそのままメディスンポケットのラボへと向かっていく。



    §



    メディスンポケットのラボは、財団内でも異様な空気を放つ場所のひとつだった。

    無造作に積まれた研究資料、床に散乱するコードや計器類、液体の入ったフラスコが無数に並べられた棚。どこからか低く機械音が響き、時折「ピピッ」「カチッ」と何かの起動音が聞こえる。

    そんな混沌とした空間の中央に、アドラーは座らされていた。

    「……おい、何をするつもりだ?」

    彼は椅子の端に寄るようにして、小さな体を縮こまらせる。目は警戒に満ち、いつでも逃げられるように足に力を込めた。しかし、その様子を見てメディスンポケットはニヤリと笑う。

    「お前さぁ、そんな怯えた顔しなくてもよくね?」
    「怯えるに決まってるだろ!! なんでお前みたいなやつに『身体検査』されなきゃいけねぇんだよ!!!」
    「いや、オレは生物学者だぜ? つまり人体についての専門家。だから、安心して任せろって。」
    「一番信用ならねぇ!!!」

    アドラーは叫びながら椅子から降りようとするが、すかさずメディスンポケットの手が伸びてきて、首根っこを掴まれた。

    「おっと、逃げんなって。」
    「くそっ、離せ!!」
    「まぁまぁ、そう焦るな。ちょっと診るだけだからよ。」
    「テメェの『ちょっと』ほど信用できない言葉はねぇんだよ!!!」

    アドラーは必死に暴れたが、体格差は歴然だった。メディスンポケットはまるで小型犬でも押さえつけるように、片手で彼を制してしまう。

    一方、ウルリッヒはというと、後ろで腕を組み、静かに成り行きを見守っていた。

    「……アドラー、少し落ち着いたまえ。必要な検査だ。」
    「お前も協力すんな!!」
    「いや、ボクはただ見ているだけだが?」
    「それが余計に怖いんだよ!!!」

    アドラーの叫びを無視し、メディスンポケットは楽しげに彼の顔をじっと観察する。

    「へぇ~……すっげぇな。これ、どういう仕組みで若返ってんだ? 完全に12歳のガキになってるじゃん。」
    「見りゃ分かるだろ!! いちいち言うな!!」
    「おいおい、そんなガキみてぇな口の利き方して、マジで12歳に染まってきたんじゃねぇの?」
    「殺すぞ……!!」
    「おっかねぇー!」

    メディスンポケットはゲラゲラと笑いながら、アドラーの腕を掴んで指を一本ずつ曲げたり、肘や肩の可動域を確かめたりし始めた。

    「筋力も完全に12歳レベルだな。しっかし、もともと細ぇけど、今はもっと貧弱になってんなぁ。」
    「ほっとけ!!」
    「お前、今の状態で戦えんの?」
    「戦えるわけねぇだろ!!!」
    「うわっ、クソ雑魚じゃん。」
    「てめぇえええええ!!!!」

    アドラーが歯ぎしりするが、メディスンポケットは面白がるばかりだった。彼は今度はアドラーの頬を指でつつく。

    「うわっ、モチモチしてんな。やっべ、めっちゃ赤ちゃん肌じゃん。」
    「触んな!!!」
    「こんなプニプニだったっけ? おいウルリッヒ、お前も触ってみろよ。」
    「遠慮しておこう。」
    「マジかよ。お前もこういう時は楽しめって。」
    「楽しむ要素がない。」

    メディスンポケットが肩をすくめる一方、アドラーは顔を真っ赤にして椅子の上で震えていた。

    「もういいだろ!! 検査とかどうでもいいから早く元に戻す方法探せ!!!」
    「いやいや、こんな面白ぇ現象、すぐに終わらせるのはもったいねぇだろ?」
    「ふざけんな!!!」
    「とりあえず血液採取して、細胞の活性状態でも調べてみるか~。」

    メディスンポケットが注射器を手に取ると、アドラーは一瞬で硬直した。

    「……やめろ。やめろよ。」
    「いや、普通の採血だって。痛くねぇって。」
    「嘘つけ!!!」
    「ガキかよ。」
    「今はガキなんだよ!!!!!」

    アドラーが必死に抵抗するが、無駄だった。

    「まぁまぁ、終わったらアメでもやるからさ。」
    「誰が欲しがるかそんなもん!!!!」

    メディスンポケットは心底楽しそうな顔で、アドラーをじっくりといじり倒しながら、実験を続けるのだった。



    §



    ラボには、低く機械音が響いていた。検査装置のスクリーンには、アドラーの体内データが次々と表示され、無機質な光が暗い室内を照らしている。

    メディスンポケットは腕を組みながらスクリーンを覗き込み、時折「へぇ」「ほぉん」と興味深そうに相槌を打っていた。その横で、ウルリッヒは静かに佇み、アドラーは未だ不機嫌そうに腕を組んでいる。

    「……で? 結果はどうだったんだよ。」

    アドラーが苛立たしげに尋ねると、メディスンポケットはニヤリと笑いながら振り返った。

    「結論から言うと……ただの変な神秘術にかかっただけだな。」
    「……は?」
    「要するに、身体が勝手に縮んじまっただけで、特に病気でも異常でもねぇ。時間が経てば元に戻るはずだ。」

    アドラーは呆気に取られた顔でメディスンポケットを睨んだ。

    「……本当に戻るんだろうな?」
    「おう。ま、そのうち勝手に大人の体に戻るぜ。」
    「……ほんとかよ。」
    「信じらんねぇなら、自分で検査するか?」

    メディスンポケットは、再びスクリーンのデータを指差した。

    「見ろよ。この細胞の活性状態。お前の身体、めちゃくちゃ若返ってるけど、DNAレベルでは“何か”が時間を巻き戻してるってより、一時的に変質してるだけなんだよな。物理的には縮んでるけど、記憶も思考もそのままなのは、脳の神経系統が完全に維持されてるからだ。」
    「……俺はパスコードの専門家で生物学の専攻じゃねぇ、要するに?」
    「要するに、ちゃんと元に戻るよって話。ただ——」

    メディスンポケットは、またニヤリと口角を上げた。

    「——質量保存の法則がめちゃくちゃだがな!!」
    「おいふざけんな!?!?!?!?!?」

    アドラーは思わず立ち上がり、椅子を蹴り飛ばしそうになった。

    「質量保存がめちゃくちゃって、それ大問題だろ!!! どこ行ったんだよ俺の余った質量!!!」
    「さぁ? どっか行ったんじゃね?」
    「適当言うな!!!!!」

    アドラーは今にもメディスンポケットの胸ぐらを掴みかかろうとするが、その腕は短く、小さい。本人は普段の力で動こうとしたのかもしれないが、体が軽すぎてバランスを崩し、よろめいた。

    「ちっくしょ……マジで色々不便すぎる……!!」

    それを横目に見ながら、ウルリッヒは淡々とした手つきでアドラーに服を渡した。

    「とりあえず、これを着たまえ。」
    「……何持ってきたんだ?」
    「財団の仮眠室の隣にあったものだ。サイズが合うかは分からないが。」
    「適当すぎねぇか……」

    アドラーは半ば呆れながら、それを受け取る。シンプルなTシャツとスウェットパンツ。明らかに子供サイズのものだった。

    「……最前線学校の制服とかじゃねぇだけマシか。」
    「それを着るのは、さすがに抵抗があるのか?」
    「そりゃそうだろ。あれは神秘学家のガキが着るやつだぞ。俺は人間だ。」

    ウルリッヒが何か言いかけたが、結局言葉にはしなかった。ただ腕を組み、じっとアドラーの様子を見ている。

    一方、メディスンポケットはというと、まだアドラーの体を見ながらニヤニヤと笑っていた。

    「いやーしかし、マジでガキになったな、お前。」
    「お前が一番バカにしてんじゃねぇか!!!」
    「いや、だって面白ぇし。声も細くなってるし、手足も短ぇし……」

    メディスンポケットはまたアドラーの頬を指で突いた。

    「やめろっつってんだろ!!!!!」
    「プニプニしてんな~、マジで成長途中のガキの肌じゃん。」
    「触るなクソが!!!!」

    アドラーが必死に手を振り払うが、やはり体格差がどうにもならない。

    「ま、しばらくこのまま生活するしかねぇな。」
    「ふざけんな!!!! 早く元に戻せ!!!!」
    「だから、時間が経てば戻るって。数日か、数週間か、もしかしたら数ヶ月かもしれねぇけど。」
    「クソ長ぇじゃねぇか!!!!!」
    「まぁまぁ、長くてもいいじゃねぇか。しばらくはオレが観察してやるよ。」
    「嫌だわ!!!!!」

    アドラーは頭を抱えた。この状況、どう考えてもまともではない。

    だが、メディスンポケットは心底楽しそうな顔をしていた。

    そしてウルリッヒは、そんな二人を見ながら静かに息をついた。

    「……さて、ではどうするつもりだ? このまま研究所に閉じこもるのか、それとも普段通り動くのか。」

    アドラーは小さな拳を握り締め、まだ文句を言いたそうだったが、結局は渋々服を着ながらこう答えた。

    「……普段通りにするしかねぇだろ、こんな状況でも。」

    その言葉に、メディスンポケットはまたニヤリと笑った。

    「おっ、いいねぇ。その調子で楽しめよ、子供生活。」
    「楽しめるか!!!!!」

    アドラーの怒声が、ラボに響き渡った。




    §



    「――ッ!!?」

    不意に、室内の空気が震えた。

    アドラーが何かを言いかけたその瞬間、突如として白い煙が彼の身体を包み込む。

    「?!?!?!」

    ウルリッヒが眉をひそめ、一歩後ずさる。メディスンポケットは「おおっと?」と興味深げに目を輝かせた。

    煙は一瞬で室内に充満し、視界が遮られるほどだった。ラボの換気システムが作動し、白い靄を吸い上げていく中、中央に立っていたアドラーの姿が——元の、成人の姿に戻っていた。

    「……は?」

    アドラー自身も理解が追いつかず、思わず自分の腕を見下ろす。

    元に戻った。間違いなく、≈30歳の大人の身体だ。

    ただし——

    「……おい。」

    彼の声は怒気を孕んでいた。

    「?」

    メディスンポケットが気の抜けた声を出し、アドラーの方を見た瞬間、

    「ぷっ……」

    メディスンポケットは椅子から転げ落ちた。

    「ぶはっ、あっはっはっはっはっは!!!!!」

    爆笑。

    尋常ではない爆笑だった。

    「おまっ、はっはっはっ……! その格好、ははははは!!」

    床を転がりながら、メディスンポケットは完全に呼吸困難に陥っていた。

    「ちょっ……ウルリッヒ、見ろって!! パッツパツってレベルじゃねぇぞこれ!!!」

    そう、アドラーは今、子供サイズの服を着たままの状態で元の体に戻ってしまったのだ。

    スウェットパンツは膝丈にまでしか上がらず、ウエストは限界を迎えていて、ゴムが今にも弾け飛びそうだった。シャツに至っては、明らかに伸びきっており、腹部を覆いきれずに肌が見えている。

    「……ッッ」

    アドラーのこめかみに青筋が浮かんだ。

    「おい……」
    「ぷはっ、はっ、ま、待っ……っははははっ!!!!!」

    メディスンポケットは床をバンバン叩きながら、涙まで浮かべている。

    「ウルリッヒ!!! 何か言えよ!!」

    アドラーはウルリッヒを振り向いた。

    「……」

    ウルリッヒは何も言わなかった。

    ただ静かに、彼のジャケットを広げ、無言でアドラーの肩にかけた。

    「いや、そうじゃねぇだろ!!!!」

    アドラーは叫んだ。

    「なんか言え!! 何かコメントしろよ!!!!」
    「……」

    ウルリッヒは、しばし沈黙した後、一言だけ呟いた。

    「……とりあえず、服を着たまえ。」
    「分かってるわ!!!!!!!」

    その横で、メディスンポケットは笑い転げ続けていた。

    「やばっ、はっ、くっ……まじで……!!!」

    笑いすぎて過呼吸を起こしたのか、彼の呼吸は完全に乱れ、呂律すら回らなくなっている。

    「あ、っ、ぐ、ふっ……っ、ははは……っ、や、やっべ……!!」
    「笑いすぎて死ぬ気か!!!!」

    アドラーが怒鳴るが、それすらもメディスンポケットの笑いの燃料になってしまっているようだった。

    「う、うぐっ、ちょっ……! だめ、無理……っはははは!!!」
    「F***!!! 俺に今すぐまともな服をよこせ!!!!!」
    「それがいい。」

    ウルリッヒは淡々と頷き、アドラーの肩を軽く叩いた。

    しかしその後ろで、メディスンポケットの笑い声がまだ響き続けていた。

    そしてその姿を見たアドラーの怒りは、さらに爆発寸前まで膨れ上がっていくのだった——。



    §



    着替え終わったアドラーは、しばし鏡を見つめた。

    元の服に身を包んだ自分の姿を確認するが、内心の怒りは一向に収まらない。元通りの姿に戻ったとはいえ、あの一瞬の恥辱は消えることはない。体が子供のままであったその数時間、心の中で幾度も自分を見失いそうになった。

    「ふざけんじゃねぇ……」

    アドラーは低く呟いた。その声には冷徹な響きがあり、まるで血が沸騰しそうなほどの怒気を孕んでいる。

    メディスンポケットの笑い声は相変わらず、部屋の隅から聞こえ続けていた。彼は未だに床に転がり、笑いが治まらないのか、時折激しく痙攣しながらも、その笑いの余韻に浸っている。

    「うるせぇんだよ、いい加減にしろよ、クソッ!」

    アドラーが叫ぶと、メディスンポケットはまたもや笑いを抑えきれず、突然ウルリッヒの足を蹴り飛ばした。

    「——!」

    ウルリッヒは一瞬磁性流体を尖らせたが、すぐに無言でその足を引っ込める。彼の目は、ただ淡々とメディスンポケットを見下ろしているが、特に気にする様子もない。

    「お前、どこまでバカなんだよ……」

    アドラーがさらに怒りを露わにして呟く。その言葉に、ウルリッヒは視線をメディスンポケットから外さずに返した。

    「ここでボクは何かリアクションをした方がいいか?正直冷静をたもつの…もやっとなほど…フグッ」
    「面白くないわ!!!」

    アドラーは強く振り返り、その言葉を否定した。眉間に深い皺を寄せ、肩を激しく震わせながら、深呼吸を繰り返す。

    「お前ら、全然分かってねぇな。あんなことされて、笑っている場合じゃねぇんだよ!!」
    「ははっ落ち着いて、アドラー」

    ウルリッヒは肩をすくめ、目の前で震えているメディスンポケットに目をやりながら、あまりにものんびりとした調子で言った。

    アドラーの怒りがその言葉に引き金を引かれたかのように、さらに膨れ上がる。

    「ふざけんなよ……!」
    「アドラー、落ち着け。」

    ウルリッヒは軽くため息をつきながら、アドラーの肩を押さえるように手を伸ばす。しかし、アドラーはその手を力強く振り払うと、すぐに部屋の中を歩き回り始めた。

    「落ち着けだと!? こんなことがあって、どうやって冷静になれって言うんだよ!」
    「そうだな。」

    ウルリッヒはその言葉を受け入れるように頷いた。しかし、決してアドラーの怒りを理解しているわけではないようだ。彼はどこか冷静で、アドラーの感情に対してやや距離を取っている。

    「なら、これからどうすんだ?」
    「……どうするって、俺がやるべきことは一つだろ。」

    アドラーはふと止まり、視線を鋭く前に向けた。目は強い意志を帯びており、言葉の奥には決意が込められている。

    「神秘術をかけた奴を、探し出して……」
    「おい、ちょっと待て。」

    ウルリッヒはその言葉をすぐに制止する。彼はアドラーの前に立ち、何かを言おうとしたが、アドラーがそのまま一歩を踏み出す。

    「探し出して、殴り倒すだけだ。」

    アドラーは言葉を続けると、そのままラボの扉に向かって歩き出した。彼の瞳は鋭く、まるで獲物を狙う猛獣のようだ。その目は一度も揺らぐことなく、確かな決意に満ちていた。

    「おい、アドラー。」

    アドラーは怒りで思考を支配されていた。メディスンポケットの笑い声が耳に響くたび、彼の中の感情が一層強く膨らんでいく。その瞬間、アドラーはもう誰の制止も効かないと感じていた。

    「ふざけんなよ、いい加減にしろ!」

    アドラーは一歩踏み出し、ウルリッヒが彼の肩を掴んで止めようとする瞬間、そのままウルリッヒを力任せに突き飛ばした。

    「——ッ!」

    ウルリッヒはその勢いに驚きながらも、無理に立ち止まることなく倒れ込んだ。倒れたその体勢のままで、ただアドラーを見上げる。磁性流体が波打ち、少しの間、言葉を失ったようにアドラーの姿を見つめた。

    しかし、アドラーはそのままメディスンポケットの横を通り過ぎ、間髪入れずに大きな力で部屋のドアを蹴破った。ガシャーン!と大きな音が響き渡り、ドアは粉々に砕け散る。

    「待て!エニグマ!!」

    ウルリッヒはすぐに立ち上がり、アドラーの背中を追おうとしたが、その前にメディスンポケットが反応した。腹を抱えて笑い続けていた彼は、今やその笑いが止まることなく空気中に溶けていった。

    「ハハハ! 待てよ、アドラー! それでどこに行くつもりだ?」

    メディスンポケットは地面に寝転んだまま、笑い声を止めることなく叫ぶが、アドラーはもう振り返ることなく進んでいく。

    ウルリッヒはその様子を眺めて、再びため息をつく。

    「損害はキミの食事補填から引くから…」

    彼の言葉は、空気に消えていった。ウルリッヒはアドラーを追いかけるために、再び歩みを速めた。しかし、振り返ることなく、アドラーの背中はますます遠ざかっていく。

    メディスンポケットはようやく笑いを落ち着かせ、息を整えながら、ゆっくりと立ち上がった。笑い疲れた表情で、アドラーの後ろ姿を眺める。

    「んー、あいつ、結局また面白くなりそうだな。」

    言いながら、メディスンポケットはその場から立ち上がり、ウルリッヒと共にアドラーを追いかけるべく歩き出した。
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