ラプラス・リハビリーセンター
人工照明の白光が、壁一面の強化ガラスに反射している。無機質な空間に響くのは、エコーする機械音と、定期的な滴下音だけ。冷たい、けれど落ち着く音。
「ふう……変わってないわね、ここも」
銀の短いドレスのようなラボスーツに包まれたヒサベスが、白い床コツコツと歩いていた。髪の蛇たちは騒がしくも、久しぶりの帰巣本能に満足しているようだった。
「うっわ……なんか、腐った海藻の匂いしねぇか……って、お前か?」
背後からひどい声が飛んだ。
「……メディスンポケット」
振り返ると、白衣を着たままの大柄な影が、足に採血ケーブルを引きずって歩いてきた。ペアンで無理やり束ねた白髪、その内側からビーグル模様のマーブル色がのぞいている。
「久しぶり、あなた。まだ実験台やってるのね」
「は? オレはオレで完成してんだよ。お前こそ、蛇と一緒に銀河でも観測してりゃいいのに、なんで戻ってきた」
「ちょっとした検体の提出よ。そっちこそ、また医療ラボを私物化してないでしょうね?」
「私物化っていうかオレの部屋だしここ。オレの血もまだ冷めてねーし」
「そもそも、あんたそのままじゃ検疫通れないでしょ。体内の抗体量、異常値だったってウワサ聞いたけど」
「ふっ、そんなもん目盛りの精度が低いだけだ。科学機器がオレに追いついてない。オレは時代の先を――」
「ええはいはい、言ってなさい。2号が鼻つまんでるから、近づかないでくれる?」
ヒサベスの髪からにょきっと現れた小さな蛇、2号が「クッサ!」とでも言いたげに丸くなった。
「へっ、そいつ育ち悪いんじゃねぇの?」
「1号はあなたの心電図パターンにツッコミ入れてたわよ。“その波形、生きてるとは言えない”って」
「オレの波形がどうだって? 今ここで測ってやるよ。ほら、心臓に針ぶっ刺してやろうか?」
メディスンは白衣のポケットから長さ20cmはある注射器を取り出した。
「その注射針、滅菌してるの?」
「“滅菌”なんてクソくらえだよ、オレは病原菌と共存する方向で進化してるんだよ」
「そのまま滅べば?」
「お前が先に絶命しろ、メデューサ女!」
「言ったわね? あなたの血管、次に噛むのは3号だから覚悟しておいて」
「血はくれてやる! ただしお前の脳ミソが先に詰まるのを見届けてからな!!」
二人の怒鳴り声が実験室に響く中――
「……お、おふたりとも、あの……ここ、観察患者いますんで……」
リハビリセンターのスタッフが震えながら声をかけた。
「静かにして」
「邪魔すんな」
同時にぴしゃりと返され、即座に引っ込む白衣スタッフ。
ガラス越し、観察室のベッドで寝ていた患者が、ゆっくりと毛布を頭までかぶったのは言うまでもない。