卒業今日は仕事が立て込んでいるから、帰りが遅くなるし先に寝てて良いと伝えていたのに、凛月はリビングでパジャマのまま俺の帰りを待っていた。
「おかえりぃ」
「ただいま。寝ててよかったのに」
「夜の方が元気だしねぇ。まだ眠くないし」
「そっか。ちょっとカップラーメン食っていい?」
「うん」
夜型なのは知っているとして、最近は割と夜寝て朝…昼前かな…昼前に起きることが多かったのに。
何か悩んでたとしてもハッキリと言わないからなぁ。
カップラーメンにお湯を注いで、箸と飲み物を持って、凛月の横に座った。
そう言えば、食器は何も洗って伏せてなかったし、シンクも濡れてなかったからコイツ食ってないんじゃないか?
「夕飯何食った?」
「適当に」
「一人でもちゃんと食えって」
「……分かってる」
「悩みでも愚痴でも口に出してくれよ。超能力者でもないし、何かあったのかなってのは察してもアドバイスも出来ないだろ?」
「大したことじゃないから」
大したことじゃないならそんな暗い顔せんだろ。
あまり詰め寄りすぎて機嫌損ねても気まずくなるからこの辺にしておくか。
普段は沈黙も苦じゃないのに空気が重い…テレビでもつけよう。
『卒業シーズンの今…』
桜も咲き始めたしそんな時期か。
自分の誕生日も近付いてるなぁとぼんやりと考えながら、カップラーメンの麺を啜り始めた。
「ねぇ、ま~くん」
「ん?」
「りつは成長してる…?出会った頃と比べて変わった?」
「…変わったとこもあるし、変わってないともある…かな」
「あのさ、変わりたいって…ま~くんと一緒にいたくて…でも、りつの成長なんて微々たるもの過ぎるから。
みんなはもっと変わっていくし、きっと今までのことも忘れて大人になっていくんだろうなって思うと、何か嫌だなぁって思って」
「……?すまん、ちょっと分かってないけど、何でも変化してくのは生きてたら当たり前というか…背が伸びたりもそうだし、医療の進歩だとかもそうだし」
「じゃあ、ま~くんは?ま~くんはりつ以外の子を好きになっていなくなる可能性もあるの?」
「俺、そんな信用ない?」
「ちがくて…いや、信じるのが怖いのかも。もし違ったときに辛くなるから…でも、ま~くんのことは信じたい…」
「お前、何でそこまで深刻になってんの…?」
「…卒業、シーズン…だから…」
「?」
ちょうど今テレビから流れてきた言葉だな…
ああ、辞めていく生徒がいるからだろうか。
確かに自分も幼稚園や小学校で関わった先生をハッキリと覚えているかと言うと曖昧だ。
凛月が担当してる生徒の年齢を考えると余計に…
でも、もしその子達がピアノを続ければ覚えてる気もするけどな。
こればっかりは断言は出来ないが。
カップラーメンを食べ終え、片付ける前に話しとくか。
「凛月」
呼ぶと不安げにこっちを見る。
すかさずキスをすると、珍しく驚いた顔をする。
「不安になるならいつでもするけど?」
「…ばかじゃないの」
「凛月は変わったよ。正直、少し俺の方が寂しくなるくらい。
でも変わらない物もあるから一緒に今いられてる訳だし。
ピアノ教室の生徒達も何かの拍子で大人になっても覚えてる子もいるかもしれないし…
こればっかりは当人じゃないと分かんないけどさ。
これからもみんな変わっていくと思う。もちろん俺も。
他の人のことは俺から言えない部分が多いけどさ、俺と凛月のことならいくらでも、安心するまで話するから」
「…うん。今日は察しがいいね」
「今日は、は余計。
それにさ、俺だって…アイドルって誰のファンでいるかは自由だろ?だから、長く応援して貰いたいけど、やっぱり推し変しちまう人もいるだろうし」
「確かにそうだよねぇ」
眉を下げて微笑む顔を見て、多少は不安を取り除けたのだろうか。
こいつのことだから、今後も繰り返すかもしれないけど…
十分凛月だって変わったのに、周りのことばかり見てるんだよなぁ…
箸を洗って、カップラーメンの容器をすすいでから捨ててまた凛月の横に戻った。
「カップラーメンの味のするちゅーは初めて」
「悪かったな」
「もう一回して」
「カップラーメンの味するけど?」
「良いよ」
機嫌も割と戻ったみたいなので良かった。
出会いと別れの季節だもんな、毎年落ち込んだりするかもしれない。
でも卒業も成長の一貫だし、それを何度も見届ける凛月は強くなると思う。
ほんっと…俺の方が何だか寂しくなるんだけどな。