ゼムアイ「ゼムナス! 裏返った服をそのまま洗濯機に入れるなと、いつも言っているだろう!」
革張りのソファに腰を掛け、優雅にコーヒーをすする同居人に向かって、アイザは裏返しになっているTシャツを突き付けた。
「ふむ……それはすまなかった。以後気を付けよう」
ゼムナスは眼前に突き付けられたTシャツからアイザに視線を移し、晴れやかに笑った
この自由奔放な同居人がアイザの家へ転がり込んできたのは、一ヵ月ほど前のことだった。キーブレード墓場での戦いで消滅したはずの彼が突然自宅に押し掛けて来たかと思うと、アイザの手を取って「私には頼れる人間が君しかいない。住む家が見つかるまで、居候させて欲しいのだが」と頼み込んできた。一度は断ろうとしたのだが、寂しそうな顔で「そうか。無理を言って悪かったな」と肩を落とす姿を見ていられなくて、結局「……わかった。だが、勘違いするなよ。その辺で行き倒れられたら寝覚めが悪いだけだ。あなたのことを許したわけじゃないからな」としぶしぶ了承した。
ゼムナスとはⅩⅢ機関に居た頃、肉体関係があったが別に恋人だったわけではないし、その機関も瓦解して上司と部下でも無くなった。一ヵ月経った今でも正直どう接すればいいか分からずにいるというのに、マイペースなゼムナスの態度には振りまわされてばかりだ。
「小言を言われたのに、どうして嬉しそうなんだ」
「機関に居た頃の君なら、私に対して声を荒らげることなどなかっただろう? だから物珍しくてね」
「はあ……本当に反省しているのか?」
「ああ、しているとも」
相変わらず笑みを浮かべたまま、ゼムナスは胸を張って答えた。アイザはむっとして、
「あなたは昔から、都合が悪いことは笑って誤魔化そうとするきらいがあるからな。信用出来ない」
とぷいと顔を背けた。
「そんな風に思われていたのか」
心外だな、と呟いたゼムナスの態度は、依然として飄々としている。自分ばかりがゼムナスの言動に一喜一憂している状況に、アイザはなんだか泣けてきた。
「いい加減にしてくれ! 俺の小言に毎回わかっていると答えるが、本当は直す気なんて無いのだろう!?」
アイザは手に持っていたTシャツをゼムナスに投げつけ、叫んだ。泣きたくないと思っているのに、涙が勝手に溢れ出てくる。
「わざと俺を怒らせようとしているのか? もしかして、あなたを裏切った俺に対する当て付けなのか……?」
俯いて身を震わせているアイザの目の前に、いつのまにかゼムナスが立っていた。両腕がアイザの背中に回される。震える身体を力強く抱き締めながら、ゼムナスは「すまなかった」と静かに言った。
「私の前では怒ることがなかった君が、小言を言うようになったのが嬉しくて、つい度が過ぎた行動を取ってしまった。今後は真面目に行動すると誓おう」
幼子をあやすように、穏やかな手つきで背中を擦られる。ゼムナスの体温を間近に感じ、思わず過去の営みを想起してアイザは耳朶を赤くした。
「あの……あなたの真意はわかったから、もう離してくれないか」
「そうか。もう少し、こうしていたかったのだが……残念だ」
背中を撫でていたゼムナスの掌がアイザの髪の毛を優しくかき混ぜ、身体がゆっくりと離れていく。
「今日の洗濯は私がやっておこう。君はそこで休んでいるといい」
部屋を出て行くゼムナスの背を見送りながら、アイザは頬が熱くなるのを感じていた。