enjoy chatting【sideS】
『たんざく…?』
「そう、願い事を書いてつるすんだ」
お互いに作業をしながらの通話の中で、今日は日本では七夕なのだと口にしたのがその話の始まりだった。少し休憩でもしたかったのか、詳しく聞きたがったアルバーンに知っている範囲で話していると意外な部分に関心を示される。俺自身、随分昔にやったきりの行事ごとであるし、それぞれ地域毎の特色もあるから話せる内容は限られたものだったが、短冊についてくらいならそう難しいことじゃあない。
そうして話している内に、アルバーンの声にまじって何やらごそごそと動く気配が聞こえてきた。タイピング音や、クリック音でないことは確か。元々作業通話をしていたのだから、何をしていようと構わないが気になることは気になる。さり気なく聞いてみようか、今は何をしてるのかって。そんなことを思っていると、画像データを受信した通知音が耳に届いた。そして、それを開くと同時にどこかわくわくした様子のアルバーンの声が問いかけてくる。
『こういう感じであってる?』
届いた画像ファイルは、長方形の黄色い色紙に日本語で書かれた願い事を撮ったもの。
《漢字がもっとよめるようになりますように》
短冊と呼ぶには細長さが足りないようにも思えたけれど、そんなものはご愛嬌。それに、苦戦しながら書いたであろう文字を見ているとついつい口元が緩んでしまう。
「何してるかと思ったら短冊を用意してたのか。うん、よく書けてるよ」
『へへっ、聞いてたら作ってみたくなっちゃった』
どこか照れくさそうな、でも得意げにも聞こえる声のなんと可愛いこと。ああ、でもあまり可愛すぎると作業に身が入らなくなるのが難点だな。
そんなことを思いながら、ふと、あることが気になった。
「それにしても、黄色い紙なんてよくあったな」
少なくともうちにはない。まっさらな紙だってあってもせいぜいメモ紙程度。すると、急にうーだとかあーといった唸り声のようなものが聞こえだす。言いにくいなら適当に誤魔化したっていいだろうに、なんて、思っていられたのもそこまで。
『えっと、その……サニーの色だからさ、その方がききめあるかな〜…とか、ちょっとね!ちょっとだけ思ってついさ!!』
饒舌になっているのは焦りと照れからとしてなんだその理由は。いや分かってる、日本語に関することだから俺と結びつけたんだろう。それは素直に嬉しい。嬉しいが、それ以上に言い表しようのない感情が込み上げて、気付いた時には思わず腕を振り下ろしていた。
――ダンッ
『ヒャッ』
なんだお前のその反応は、可愛すぎんだろ。どっから声出してんだ。振り下ろしたままの拳がデスクの上でわなわなと震える。
『さ、さにぃ?』
様子を窺うような名前の呼び方は、意図していないのだろうが随分と舌っ足らずな響きで耳に届いた。
落ち着け、別に今に始まったことじゃない。素の方が性質が悪いなんていつものことだろう。狙って“そういう”振る舞いをすることだってあるくせに、ほんとに分かっちゃいないんだ。
「ああ、悪い、ちょっと追い払ってたんだ」
――邪念を。
【sideA】
サニーに《たんざく》のことを聞いてからTANABATAのことが気になってつい調べてしまった。作業に飽きていた、というのは否定しきれないけど知りたい気持ちが刺激されたのも事実。丁度集中力も切れてきたところだったしと、言い訳しながら出てきた検索結果に目を通しているとその中の一つに興味を惹かれページを開く。
それは中国の神話に由来しているという内容のもの。結婚してから仕事をしなくなってしまった織姫と彦星が引き離され、真面目に仕事をするのを条件に年に一度だけ会うことを許されたという内容はなかなかツッコミどころがあった。年に一度しか愛する人と会えないなんて我慢できることなんだろうか。僕だったら…、うーん、ちょっと想像出来ないな。
『アルバン?今作業してないだろ』
なんてことを考えていると、少しばかりイジワルな響きをしたサニーの声が釘を刺してきた。耳に痛いその言葉に思わずうぐっと声を詰まらせてしまったけれど、一応やることはやっていると主張はしておく。
「今は頑張ったから休憩中!」
それまでは集中して進めていたし、進捗は悪くないし。うんうん、全然言い訳じゃないから。
オリヒメとヒコボシについて少し興味が湧いたのだと話すと、サニーからも話を聞くことができた。ふたりを隔てているのは天の川で、橋がなければ渡ることが出来ない。だから年に一度、7月7日にだけかささぎの群れが翼を広げて両岸を繋ぐ橋になることでふたりを会わせてくれるのだという。どんな離れた場所にいるのかと思ったけど、ふたりの間に流れるのが天の川というなら随分とスケールの大きい話だから多少は納得できるかも…?
それにしても、仕事をそっちのけで、おしゃべりばかりして過ごすようになるっていうのはちょっと他人事じゃない。勿論、怠けているつもりはないけれど話しているのは事実で、今だって通話中のうえになんなら僕に至っては作業は中断。そしてふたりの間を隔てるものはあまりにも大きいとくれば…
『アルバン?』
想像したらおかしくて、つい笑ってしまったものだから怪訝そうに呼び掛けられてしまう。
「ごめんごめん、僕らもちょっとオリヒメとヒコボシみたいだなって思ってさ」
『はぁ!?』
少し突飛かもしれないけど、そんな反応しなくってもよくない?ノってこないまでも、笑って流してくれたっていいのに。そんな面白くない気持ちから少し困らせたくなってしまって、ついつい含みのある言い方でサニーに問いかける。
「んふふ、来年やってみる?ふたりで、7月7日にオリヒメとヒコボシごっこ」
僕今わっるい顔してるんだろうな。勿論、こんなのは冗談で本気で言ってる訳じゃない。返ってくる答え自体はなんでも良くって、僕はその反応を知りたいだけ。けれど、いつまでたってもサニーの声は聞こえてこなくって少しばかり不安になってくる。ちょっとふざけ過ぎたかな。
「サニー…?」
このまま待つのは僕の方が耐えられなくて呼びかけると、普段通りの声でサニーがおかしなことを言い出した。
『いや……なかなか難しいな、夫婦としての設定を取ると年に一度しか会えないのか』
――なぁにそれ。また変なこと言ってる、という感想の後にこみあげてくる衝動を抑えきれなくて、盛大に吹き出してしまうとムッとしたような口調でこっちは真剣なんだぞと文句を言われてしまう。だからだよ、大真面目にそんなこと言うから笑っちゃうんじゃないか。一度笑い出してしまうとなかなか止まれなくて、ひぃひぃ言いながらなんとか落ち着いた頃には笑いすぎてお腹が痛いくらいだった。
ああでもほんと、
「僕、サニーのそういうとこも好きだよ」
――ダンッ
わぁお、サニーってばまた暴れてら。