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    asaki

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    asaki

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    2022.12.18[星々が紡ぐ旋律2]にて展示していた作品。

    卒業式後、気持ちに見て見ぬふりをする桐ケ谷と落ちてくるのを待つ刑部の話

    ※多分、今後続きます。

    #刑桐
    paulowniaWood

    【刑桐】Irresistibile/春 すうすうと無防備に寝息を立てる男の姿を、初めて見たかもしれない。
     二人掛けのソファに窮屈そうに脚を投げ出し、胸元には読みかけの参考書らしきものが伏せられている。
     ベランダの窓は開け放たれ、生成りのシアーカーテンが揺れるたびに影が揺らめく。甘い匂いを乗せた風がはらりはらりと桜を誘い込んでくるのか、室内に桜の花弁が散っていた。
    (絵になる男――)
     まるで映画かドラマのワンシーンのようで、桐ケ谷は思わず舌打ちしたくなった。


     高校を卒業したら進路は分かたれる。今までのようにつるんではいられない。
     地元の専門学校に進んだ桐ケ谷と、都内の大学に進学した刑部――どうしたって、共有する時間は減る。中学と高校時代、小学校の時よりも一緒にいた時間は少なかったが濃度が違った。ぎゅっと凝縮されていて、いつでも桐ケ谷の後ろには刑部がいるような気がしていた。事実、スターライトオーケストラとして活動している間は刑部とほぼ一緒にいたと言っても過言ではない。菩提樹寮へ通う際も、一緒にツーリングしているような気になった。
     そういう日々を過ごしていて、いざ卒業式になった時――やけに胸元がスースーするなと思った。ぺたりと胸元に掌を当ててみても、そこには異常はない。やけに落ち着かない気持ちを持て余したが、今日が卒業式だからだろうと自身を納得させた。
    (遠い――)
     刑部が登壇し、卒業生代表として答辞を読む姿を見て、紡がれていたよすがが切れそうなほど細くなっているのを感じた。
     ただの感傷に過ぎなかったが、どこかがヒリヒリと痛む。
     そんな気持ちを引き摺ったまま、桐ケ谷はがらんとした教室で机の上にだらんと上半身を倒した。生徒のほとんどは、この後の謝恩会の会場へ向かっている。
    (バックレるかな……)
     強制参加ではあるが桐ケ谷がいなくても咎める者はいないだろう。既に卒業生である。内申やら試験やらに影響もない。
     教室から見上げる窓の外は快晴で、抜けるような青空だ。ツーリング日和だなと思う。
    「晃」
     ぼーっと外を見上げていると、頭上から声が降ってくる。壇上にいた時よりは柔らかく、桐ケ谷の知る男の声だった。
    「どうしたんだよ、生徒会長サマ」
    「元、だ」
    「大差ねーだろ、そんなん」
     視線は窓の外に向けたまま、軽口を叩く。
     校内ではほぼ接触をしてこない男が、どうしてこのタイミングで桐ケ谷の元を訪れたのだろうか。
     一緒にスターライトオーケストラへ参加しているのは知られているが、相変わらずの犬猿の仲だと校内では思われるように努めていた。それも、もう――今日という一日が終われば、おしまいだ。
    「これを渡しておこうと思ってね」
     チャリという耳慣れた金属音と共に、桐ケ谷の視界にぶら下がるものがある。
    「鍵……?」
     ぶら下がって揺れるままのそれを見つめていると、「要らないなら、」と引き上げられそうになる。慌てて引っ掴めば、指先が刑部の手に触れた。じんと痺れたような余韻が爪先に残る。
     なんの鍵だろうと、ようやく上体を起こして刑部を見れば――やけにその瞳が熱を持っているような気がして、危険信号のようにドキリと心臓が一跳ねした。
    「晃の好きにするといい」
     メモ用紙も一緒に押し付けられると、刑部はそのまま去って行ってしまった。
    (あいつが晃って呼ぶとき、ろくなことがねぇんだけど……)
     刑部は昔から桐ケ谷のことを「晃」と呼ぶ。だが、犬猿の仲を演じるにあたって「桐ケ谷」と呼ぶようになった。だが、周囲に人の気配がないと今みたいに「晃」と呼んでくる。そう呼ばれる度に、刑部の掌で転がされているような気分になるのはいつからだっただろうか。
     渡されたメモ用紙には、刑部の神経質そうな文字が並んでいる。
    (これ、もしかして――)
     書かれていたのは、都内の住所だ。住所と共に渡される鍵なんて、思い当たるのはひとつしかなかった。


     この部屋に訪れるのはそんなに多くない。
     いつもはきちんと連絡してから訪問するようにしていた。小学校の時とは違い、やはり他人の家に許可なく上がるのは気が引ける。空振りに終わるのも嫌だし、なにかと理由は付けては顔を出した。ただ――いまだに鍵を渡された理由は知らない。
     今日はたまたまバイクを転がすにはいい日和で、遠出してみようと目的地を決めずに――なぜかここに来てしまった。
     刑部の部屋からはマンションの敷地内に植えられている桜の木が見える。桐ケ谷は蕾が膨らんでいく様を楽しみに眺めていた。いつか一斉に綻んで、満開の姿を見せてくれるだろうと思って――。
    (それが今日、見たくなった……ってのは、言い訳になっかな)
     桐ケ谷はリビングの入り口から動けないでいたが、そこから垣間見えるだけでもたくさんの花がふわふわと風に揺れている。
     満開に咲く様を見たいと言っていたのだから、刑部も一声かけてくれれば良かったのに。今日訪れなければ、満開の姿は見られなかっただろう。桜は最盛期が短いのだ。
    (水臭いやつ)
     と、思いつつその場から動けない桐ケ谷である。
     息も潜めて、ただ眠る男を遠巻きに見ている。
     誰の目もないこの場所で、ただの桐ケ谷晃と刑部斉士として過ごす時間は意外にも心地が良かった。
     喧嘩はするし、いけ好かないことに対しては嫌味の応酬もあるが、すべてコミュニケーションの一環だ。本当に仲が悪いわけじゃない。だが、外に出てしまうとそれを意識してしまう。もうその必要はないが、ヤスたちを前にするとどうしても装ってしまうのだ。
     足を忍ばせて、ゆっくりと慎重に刑部に近づく。
     眠る刑部は眼鏡もかけておらず、刑部自身もこの場所では無防備だった。
    (こいつ、大学ではどうしてんだ?)
     眼鏡は刑部のイメージ戦略だ。別に目が悪いわけじゃない。それにもう〝優秀な生徒会長〟を装う必要もないのだから、付けていない可能性だってある。
    (嫌味なくらい、整ってやがる)
     真横までやってきた桐ケ谷は、腰を下ろして膝立ちになるとじっとその顔を覗き込む。
     精悍な顔つきだ。眼鏡をかけていればインテリに見えるが、外すとちょっとワルい顔に見える。ストイックそうな雰囲気を纏っているのに、遊んでそう――そんな相反する属性を併せ持つような、抗えない魅力がある。本人の立ち居振る舞いもそうさせるのかもしれない。
    「そんなに見つめられると穴が開く」
    「……その方がいいんじゃねぇの」
     不意に開いた琥珀色の瞳が、間近で桐ケ谷を見つめてくる。眼鏡を隔てないそれは、いつもよりも深く――桐ケ谷の奥の奥まで見られているような気がしてしまう。
    「そうなったら晃が困るだろう?」
    「なんで」
    「俺の顔が好きだからな」
    「ハァ!?」
     自意識過剰が過ぎる。たまたま珍しく寝ている刑部を眺めていただけで他意はない。
     ムッとして、至近距離でその顔をジッと眺める。
    (ムカつくほどに男前)
     口には出さないけれど、顔はいいと思う。好きかどうかは――よく分からない。付き合いが長いのだから、好悪など超越している。
    「晃」
    「んだよ」
    「それ以上近付いたら口付けるよ?」
     するっと頬を撫でられ、驚いて思わずのけ反る。その反応に刑部はにやりと唇を歪めた。
     口付けだなどというせいで、うっかり刑部の唇を凝視してしまい慌てて目をそらす。
    「お前、そういう冗談はよせよ」
    「――冗談? 冗談だったら悪質だな」
    「本気なわけ? お前、俺とキスしたいって?」
     顔が好き嫌いという話から、なぜキスの話になっているのだろうか。
    「したい、というかする」
     桐ケ谷の目の前にいるのは本当に刑部だろうか。
     どうして刑部がそんなことを言い出すのか、桐ケ谷には理解が及ばない。ただ分かるのはまるで蜘蛛の巣に絡めとられてしまったように、桐ケ谷は逃れられないということだ。
    「晃、あの時どうして鍵を受け取ったんだ。その後も、律儀に理由をつけてやって来る。どうしてだ?」
    「――そっくりそのまま返す。なんで俺に鍵を渡したんだ」
     質問を質問で返すのは良くないと思いつつも、桐ケ谷は自分が知りたいことを押し通すことにした。それを知らなければ、刑部の質問には答えられない気がしている。
    「渡したかったから」
    「意味わかって言ってんのかよ」
     図らずも拗ねたような声になってしまって、桐ケ谷は唇を尖らせた。
     合鍵を渡すなんて行為は、桐ケ谷の知る限り家族以外では――恋人だけだと思う。そんな合鍵を桐ケ谷に〝渡したい〟と言うのは、告白されていると受け取っていいのだろうか。
    (いやいや、なんで俺普通に受け止めてんの?)
     刑部の告げる言葉のすべてを、嘘偽りないものとして受け取ってしまっている。揶揄っている可能性だってゼロではない。
    (……嘘は、ねぇんだよ)
     そう予想を立てても、桐ケ谷はそこに嘘がないことが分かってしまう。
     刑部の瞳に浮かぶのは、こそばゆくなるような甘い色合いでやっぱり嘘など微塵も見受けられない。
     〝そういう意味〟で渡してきた合鍵を、桐ケ谷は受け取った。受け取らされたような気もするが、掴むのが間に合わず取り上げられても、刑部から取り戻しただろう。合鍵がもたらす時間を欲していたのは事実だ。刑部とのよすがを、――繋ぎ留めたかった。
    「ガッコも離れるし、お前との時間が増えるなら……と思って」
    「受け取らなくても晃との時間は無くならない。今までよりは、多少時間が減るだけさ」
     それが嫌だから受け取ったのだ。
     なんで嫌なのか、少し考えれば分かる。桐ケ谷はまだそれを直視する勇気も気概もない。
     黙りこくった桐ケ谷を見て、刑部は嘆息すると「晃、俺は待たないけど」と上体を起こして顔を近付けてくる。「どうする?」と囁かれた吐息が唇を愛撫して、キスされるのだと桐ケ谷に知らせてくる。
     桐ケ谷は微動だにできなかった。
     束の間、刑部は桐ケ谷の反応を待っていたようだったが、タイムリミットだというようにやんわりと唇が重なった。少しして離れて、今度は唇を食まれる。遊ばれているようなそれは決して押しつけがましいものではなく、遊びに誘われるように胸の奥をくすぐっていく。
    (ずるい)
     刑部も、桐ケ谷も――どちらもずるい。明確に言葉にせず、相手に言わせたがっている。二人ともとうに白旗を上げているくせに、それを相手のせいにしたがっているようだ。
    「感想は?」
     分かっているのに、強がることしかできない。
     こじれているわけでもなく、だからと言って今更素直になれるわけもなく――桐ケ谷はこの状況に臍を噛む。もっと早くに、それこそ合鍵を受け取った日に言えばよかったのかもしれない。
    「もう少しスパイスが欲しいね」
     婉曲的な表現を解釈するのは苦手なのに、刑部が言うとよく分かってしまう。理由など考えるまでもなく、桐ケ谷もそれを望んでいるからに他ならない。
    「刺激的なヤツなら、」
     ゆるりと腕を回して、刑部の首を引き寄せる。がぶりと噛みつくように唇に触れて、舌をねじ込んだ。
     仕返しのつもりが、絡んでくる舌や口内の熱さに溶けていってしまう。澄ました顔の下にそんな熱を隠し持っていたのかと思うと、ずくずくと疼く何かがある。同時に、卒業式に感じていた空虚さもヒリヒリした感覚も、じんわりと癒えていく。
     唇が離れてはく、と息を吸う。
     昼下がりの、快晴で、桜が満開の最高のロケーション――それなのに、荒い息を吐きながら刑部と桐ケ谷はギラギラした瞳でお互いを見つめ合う。
     勝負をするようなことじゃない。それでも勝敗を付けるようにキスを交わし合うのは、互いに互いを暴いて目の前に晒したいという欲だ。
    「大食らい、は、……嫌われる……んじゃねぇの?」
    「好きなものを好きなだけ――食べて、なにが悪い……」
     合間に悪態をつくのに途切れることのないキスに、桐ケ谷は理由を探るのをやめた。今は自分がしたい――それでいい。
     桜の花弁と、甘い香りが部屋に吹き込む。――桐ケ谷と刑部は、それすらも気付かずお互いに夢中になっていた。

    fin,
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    konatu_0722

    MOURNING日常推理モノが書きたいと頑張ったけど、面白くないのでここで供養
    「呪いって信じるか?」
     深夜午前二時。明かりを消して怪談話をするにはもってこいの時間だが、同じベッドに眠る刑部は興味の欠片もないようで欠伸をしている。桐ケ谷だって別段、怖い話をしようと考えたわけではない。ただ単に、ふと思い出しただけだ。
    「お前の口からそんな単語が出てくるなんてね。どうした、夜中のトイレに行くのが怖くなったか」
    「そんなんじゃねぇよ。ただこないだ大学の先輩に変なこと言われてさ」
     興味を持ったのか、枕に預けていた頭を腕に乗せてこちらを見てきた。
    「詳しく話してみろ」

     まだサブスクにも上がっていない話題の映画があった。興行収入何百億だかで、大学でも見に行ったと話題で持ちきりだった。あいにく桐ケ谷は見てなかったが、同じ学部の先輩が興味あるならDVDを貸してくれると言う。その先輩は二年に上がってから同じキャンパスで通う内に仲良くなり、来年は大学院に進むらしい。スタオケの練習と授業の兼ね合いが難しく、提出物に困っていると声をかけてくれたり、過去テストの情報をくれたりと工業部では珍しい部類の穏やかで気配りができる人で世話になっている。そんな先輩から、興味があるならと借りることができた。家に帰り早速観ようとパッケージを開けると、中は何の印字もされていないDVDが一枚。普通はタイトルが印刷されているのにおかしいなと思いつつデッキに入れようとしたところで、その先輩から電話がかかってきた。
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