腐男子先生は妄想がお好き♡デイヴィス・クルーウェルは名門魔法学校で教鞭をとる教師である。比喩ではなく鞭を振るい、出来の悪い仔犬を一人でも多く立派な魔法士にするべく厳しく躾ける日々。そんな彼には誰にも言えない秘密があった。
彼は所謂、腐男子である。歴もそこそこに長く、商業的なものから二次創作まで幅広く愛し、自宅の隠し本棚には口外するのも憚られるような冊数の本を所有している。ちなみに内容は濃いめが好みだ。
そんな彼の職業をもう一度振り返る。名門魔法学校。ちなみに全寮制の男子校。ナマモノに抵抗のないデイヴィスがする事といえば、実にお察しであった。
(ああ、今日もスペードは可愛いな…)
今日も教室で生徒に指示を出しながらデイヴィスはそんなことを思う。デイヴィスの言うスペードとは、ハーツラビュル寮の一年生、デュース・スペードの事だ。スペードのスートに紺色の髪、最上級のパライバトルマリンのような美しい瞳、ツリ目気味だが非常に整った容貌。
デュースが入学式でデイヴィスの目に留まるのは早かった。日々のストレスを脳内で勝手に生徒同士を絡ませる事で発散しているデイヴィスにとって、入学式は新たなカップリングを生産する第一歩の場だ。わりと面食いなデイヴィスのBLリストに真っ先に突っ込まれたのがデュースだった。
クール攻め、まぁアリだろう。受けもいい。左右どちらに添えても華がある。カップリングとして相手を見繕うのはこれからだし、担任としてつくこともできて僥倖。今年は毛艶のいい仔犬も多くて豊作だ、などと実に教師にあるまじきことを考えていたのは数週間前の事。今現在、デイヴィスのBL脳はデュースを完全に右固定にしていた。
「おい、デュース何やってんだよ!」
「うおっ⁉ なんで煙が…‼」
「バカ、おまっ、粉と薬液の順番逆だったろ!」
「えっ、あ…そうだったか? すまないエース」
「もーマジ最悪……」
1つの机から何やら言い合う声があがり、デイヴィスは始まったかと口角が上がるのをグッと堪える。緩みそうになる表情を教師としてのものに固定しながら足早にその机へと近づけば、しょんぼりと肩を落とすデュースとやれやれとテラコッタの髪を揺らす少年。エース・トラッポラ。いつもデュースと一緒に行動し、寮も同じで部屋まで同じ。お調子者で弟気質更には甘え上手のエースとの絡みは、デイヴィスの中では王道カップリングである。
今も文句を言いながらもデュースの失敗を一緒に片付けているし、「今度パン奢りだかんな」と軽口を挟みつつ二人の距離は近い。そう、やたらと近いのだ。仲の良いメンバーは他にも居るのに、このエース・トラッポラという仔犬はベタベタとデュースに触れてくる。からかって遊んでいるようにも見受けられるが、これは典型的な『好きな子には意地悪してしまう思春期男子』のパターンではないだろうか(当社調べ)。
ちょっと鈍感で恋愛に疎い受けに、はっきりと好意を伝える勇気も出ずちょっかいを出すばかりの攻め……いやいつもセット扱いされるせいで一緒にいるのが当たり前になり友情と好意の境界が曖昧になっていきある日突然自覚してしまう……いや喧嘩ップルも捨てがたい……ううん、この二人は本当に様々なパターンで妄想が出来てしまう。いかんいかんと思考を一時停止してデイヴィスは机の端をピシャリと鞭で叩いた。
「で? 今回の失敗はどちらの仔犬の粗相だ?」
「デュースくんでーす」
「うっ、エースだって『多分合ってるから早く入れろよ』って言ったじゃないか」
「多分は多分、自分でしっかり確認しろよな」
「お前に確認とっただろ」
キャンキャンと仔犬が戯れるような会話は日常茶飯事、テンポも良く聞いていて飽きない。こっそりマジカメで巡回するエーデュースタグは公式、営業のようなわざとらしい写真は一枚も無いのが素晴らしい。
(先に恋を自覚するのはトラッポラ。認めたくなくてつい意地悪とも取れる態度を見せるが監督生や周囲にはバレており、気づいていないのはスペード本人だけ……最後には自分の心に素直に従い押せ押せのゴリ押しタイプ…)
勿論全てデイヴィスの逞しい妄想である。それはさて置きNRCの教師としてのデイヴィス・クルーウェルはこの仔犬に指導をせねばならない。
「デュース・スペード、躾け直しだ。放課後来るように」
本当はこんなことを言いたくはない。何故ならデュースは今日部活があり、そこでは獣人であるジャックとの絡みがあるのだ(個人の見解です)。
言い渡されたデュースは「ええっ」と声を上げる。そうだろう、そうだろう。寮も違いクラスも違う二人は昼食や部活でしかゆっくりと顔を合わせられない。そんな貴重な時間を減らすなどという推しカプの邪魔をする行為、デイヴィスは断腸の思いである。ストイックで馴れ合いを得意としないジャックが、真っすぐでちょっと危なげのあるデュースに対してツンデレに気を掛けてやる。獣人は一途なのでデュースを大切にしてくれるだろう。デュースもジャックの気遣いをサッパリとした「ありがとう」で受け入れるだろうし、裏表のない性格は相性がいい。おっと脱線するところだった。
「すぐ作業に入れるように植物園で必要な材料を採取してから来い、この俺様が貴重な時間を割いてやるんだからな」
脳内で勝手に垂れ流しになるデュースを右に固定した想像は、デイヴィスの生活を豊かにしてくれていた。
デイヴィスは腐男子になってからの人生の中で、ここまで理想の右固定(ナマモノ)に出会ったことがなかった。誕生日が6月のせいで全体的に見ても歳下属性。素直な性格で上級生や教師にも目をかけられている。
ハーツラビュルのトレイやケイトはトラブルメーカーのエーデュースをなんだかんだとフォローしつつ気に掛けており、ここの組み合わせも美味しい。寮長であるリドルとの組み合わせは無くもないが、これは敬愛やプラトニックな分類かもしれない。
デュースの瞳の色は様々な国で人気のあるもので、夕焼けの平原や珊瑚の海は言わずもがな、特に熱砂の国では大変な人気がある。デュースがカリムに何度も「うちに来ないか?」と誘われているのをデイヴィスは知っている。まぁこれは恋愛や好意がどうのこうのというより、ピーコックグリーンの瞳をもつデュースを保持したいという別方向のものだろう。希少価値のあるものとして富豪に囲われるデュース、推せる。それにカリムには従者であるジャミルが居るし、主従関係の組み合わせは王道で至高である(個人の見解です)。
周囲に恐れられているオクタヴィネルの3人組ともデュースは接点がある。いつだったかイソギンチャクを頭に生やして随分とこき使われていたと思うが、あの3人はデュースを気に入っていたようだった(デイヴィスの主観です)。熱砂の国ほどではないが珊瑚の海…というよりも人魚はあの浅瀬色の瞳に惹かれやすい。特に寒く暗い海ではあの瞳の色は憧れなのだ。頭の回転が早くないデュースをじわじわと海へ引きずり込むように外堀を埋めていく3人。普通の先輩後輩程度に仲を深め、デュースが3人を慕うようになった頃、突如として始まる一方的な年齢指定ドロドロぐちゃぐちゃハード展開、裏切られた気持ちでボロボロのデュースと所有欲を満たして満足げな3人、終わらない悪夢の始まり……表紙は衣類が半脱ぎのデュースに人魚の尾ひれや触手が絡みついてるものでお願いします。全体的に暗めの配色、表情は無表情か呆然としている感じが…おっといけない脱線にも程がある。
他寮の上級生や寮長クラスからの覚えもいいのだからデイヴィスの妄想が爆発してしまうのも仕方がない。ポムフィオーレの寮長だってデュースのことを「あの新じゃが2号がアタシのとこの寮生だったら徹底的に磨き上げていたのに」と言うし、引き籠もりのイグニハイド寮長とは何やらマジカルホイールの話をする仲だとか。極めつけはディアソムニアのマレウス・ドラコニア。何をしたのかデュースは彼に希少な鉱石を贈られたという。度々マレウスが「スペード」とデュースに声を掛けていることがあるし、デュースも「ドラコニア先輩、こんにちは」などと他の上級生と変わらずに接している。臆せず接触してくるデュースの好感度は高いだろう。身分違いで種族も違う、しかしハードルや障害は多いほど……
「クルーウェル先生、準備できました!」
「……ッ、そうか。では授業と同じように1からやってみろ。トラッポラの代わりにサポートは俺がする」
あっという間にやってきた放課後、妄想に耽っている時の時間の流れはとても早い。デュースはデイヴィスに指示された通りに採取してきた薬草を実験台の上に材料を並べていた。並べられた薬草をチェックしたが間違いは無く、デイヴィスが「間違えずに取ってこいが出来たな」と言えばデュースはホッと息を吐いてはにかむように笑った。
鍋を火にかけてゆっくりとデュースが掻き混ぜる様子をデイヴィスは横に立ってじっと見ている。鍋の中身に異常がないか目を光らせながらも、デイヴィスはつい鍋を真剣に見つめるデュースの顔を見てしまう。綺麗な顔だ。黙っていればその辺の読者モデルは霞むレベルの美少年。その道に進めば数年で名前が売れるのではないだろうか。なのに本人は茨の道であろう警察官、その先の魔法執行官を目指している。勿体ないと思うが、それがデュース・スペードの在り方なのだから、自分は彼がその道を進んでいけるように教師として支えるだけだ。
四年間の成長を見届けるのは楽しみである。最も、それは実に邪念に塗れた楽しみで、来年後輩が入ってきた時には後輩×デュース、卒業生に一目惚れされるデュース、遠征試合で他校生を魅了してしまうデュース、完全にデュース右固定で登場人物全てをデュースの左に添えてしまう。デイヴィスの人生最推しの右、デュース・スペード。もしこのとんでもない妄想の中の1つが現実になってデュースが誰かと恋仲になるのならば、デイヴィスは一人で高級ホテルの最上階のレストランに行き、16年物のワインを開けて盛大に祝うだろう。ああ、本当にそうなればいい。リアルBLもデュースなら大歓迎だとデイヴィスは強く思った。思ったのだが。
「クルーウェル先生……、僕、先生のことが、好きなんです」
完成した魔法薬をデイヴィスが受け取った瞬間、デュースはそう言った。デイヴィスの表情が凍りつく。
「こんな僕に何時間も付き合ってくれて、たまにキャンディ以外のお菓子をくれたり…その、先生に褒められると胸が苦しくなるんです! 補習があった日はドキドキして眠れなくなっちまって、迷惑だってわかってるんすけど……」
真っ赤な顔で困ったように眉を下げ、デュースは唇を小さく噛んだ。可愛い。これは何度も妄想の中に登場した受け側からの告白シーンだ。デイヴィスの想像の中ではデュースから告白をする割合は控えめだ。アタックされて初めて自分の恋心に気づくようなちょっと、鈍感な受けがデュース・スペード。それでも勇気を振り絞って相手に気持ちを伝えるというシチュエーションも、勿論考えた。だがしかし、いやいや、ちょっと待て。
「………………俺、か?」
「……そ、そうです! 僕はクルーウェル先生が好きなんです…っ!」
「…勘違いじゃないか? 何故俺なんだ。お前なら選び放題じゃないか」
おかしな事を言ってしまった自覚すらないまま、デイヴィスは目眩を感じた。デイヴィスは推しカプを愛でることに全てを捧げて来たし、デュースはデイヴィスの人生に舞い降りた最高の受けなのだ。この数ヶ月のデイヴィスの心の渇きを潤し、様々な相手とのカップリングを楽しませてくれた(脳内での出来事です)。その推しが、自分を、好きだと言う。
(待ってくれ、やめてくれ、俺は壁や天井になりたいんだ、そんな攻めに向けるような顔で俺を見るんじゃない、デュース・スペード‼ )
デイヴィスは夢小説はあまり興味がなかった。何故自分をそこに据えねばならないのか。自分は完全に閲覧者で、干渉されない場所から睦み合いを堪能するのがいいんじゃないか。いつだってデイヴィスはそうだった。自分はカップリング対象外、夢小説は地雷源。
「スペード、落ち着け。お前は恐らく勘違いしている。親身になってくれる俺への尊敬や敬愛を…」
「俺は…ッ! ……僕は、そんなんじゃないです、先生と、き、キスしたい……そういう気持ちで、言ってるんです」
あ、こんなセリフは想像には出てこなかったから新鮮だとデイヴィスは思う。ほうほう、デュース側からの告白パターンはこんな展開もあるのか。混乱する頭と冷静な思考は意外と両立している。
一瞬、デイヴィスは悪くないかもしれないと思ってしまった。理想の受けからの告白。デイヴィスだって彼を可愛いと思っているし、様々な表情を見てみたいと思ってしまう。クルーウェル×デュース? 教師×生徒? 落ちこぼれの生徒に甲斐甲斐しく世話を焼く教師、そんな教師に対して憧れを抱いていた受けだがいつしかそれが恋心へと変化し…? 確かに設定自体は王道ではある。王道ではあるが、しかし全く想像がつかない。##name1##はデイヴィスの知らぬジャンルだ。
突如始まったロールプレイのような展開で、演じる役割はまさかの自分自身ということか。デイヴィス・クルーウェルなら果たしてこの場をどうするのだろう。いやデイヴィス・クルーウェルは男子生徒と恋仲になる選択をするのか? セリフ
のチョイスは、行動は、デイヴィス・クルーウェルという攻めキャラは一体何をするのか。
「クルーウェル先生……」
デュースから絞り出されたそれは、懇願のような声色だ。泣きそうな顔は少し俯いている。そんな顔は攻めの前以外でしないでほしい。いや今この瞬間カップリング候補はデイヴィスに違いないのだが。
(どうする、どうすればいい、俺は、このカップリングは有りなのか。他の組み合わせの方が遥かに唆られる、こんなの解釈違いだ、だが…!)
目の前のいじらしいデュースの姿に、デイヴィスは胸がきゅうと苦しくなった。それはドキドキとした心拍の上昇とのぼせるような頬の熱も伴って、それはまるで、デュースのことを好きにでもなってしまったかのようで。
(…………ハッ、これはまさか告白されてようやく自分の気持ちに気づくパターンか⁉ 俺の方がか)
その展開もあるあるだな、何度も薄い本で読んだ。冷静な思考は遠くでそんな事を呟いている。展開は王道、カップリングはマイナー、いや俺得でしかない。俺が得ならいいだろう。
「………スペード、俺は」
────それ以降デイヴィスは左右固定に目覚め、夢小説にも寛容になり、恋人が自分以外の人間と絡む妄想をピタリとやめ、投稿サイトの巡回時間を減らし、リア充寄りの人間になりましたとさ。
「? …デイヴィスさん、この薄い本みたいなのがいっぱい並んでる棚って何ですか?」
「ステイ、ステイだ。ゆっくりと後ろに下がれ。それは一般人には非常に危険な本だ」
エンド♡