ひまわり畑でつかまえてカラリとした熱い風と、照りつける太陽の陽射し。背の高いフロイドの視界を遮るように揺れているのは、一面のヒマワリ畑だ。
「ねぇねぇ、サバちゃんは夏っていったら何が思い浮かぶ?」
スマホを弄りながら言うフロイドに、デュースは課題から顔を上げる。今日は二人とも部活もなく、フロイドもラウンジの仕事がなかったので、デュースはフロイドの部屋で課題をこなしていた。状況でお察しであるが二人は恋人同士である。フロイドの熱烈なアプローチの結果だ。
「夏……夏ですか。うーん…夏、アイスとか海とか、そんなんですかね」
「ふーん」
「いや、ふーん、て。一体何ですか急に」
「アズールがさぁ、そろそろ夏に向けた期間限定メニュー始めたいから案出せって言うんだけど、陸の夏ってよく分かんねーじゃん?」
「メニューって……それ内部事情なんじゃないですか? 僕に話しちゃっていいんすか?」
「サバちゃんもう身内みたいなもんだしいーでしょ。で、サバちゃんの考える夏っぽいものって何?」
ベッドでゴロゴロとスマホを弄りながらフロイドはまたデュースに問いかけた。スマホの画面はどこかの通販サイトなのかシューズの画像が並んでいる。フロイド自身は自分で調べる気はさらさらないようだ。
身内みたいなもの、と言われてデュースはちょっとドキリとする。人魚との交際はそのままつがい、つまり陸で言うところの結婚に至る前提というのは最初に聞いていた。普段は意識していないのだが、時折それが垣間見えると恥ずかしいようなむず痒いような気持ちになってしまう。
「夏か…。やっぱりプール、海、虫取り、花火……夏休み…」
「何かドリンクに使えそうなネタねぇの? サマーカクテル風ドリンク。オシャレなのがいいんだけどサバちゃんの案全部稚魚っぽい」
「ちっ、稚魚!? 先輩酷くないですか…」
ぷう、と頬を膨らませるデュースは可愛らしい。普段の凛とした雰囲気に優等生らしくあろうと頑張る姿も好きなのだが、どことなく子供っぽい振る舞いを見せるデュースはフロイドの庇護欲を刺激した。
進まない課題のページをペラペラと捲りながら、デュースは夏っぽいものを連想していく。
「…そういえば、夏になると母さんは毎年アサガオやヒマワリをプランターで育ててましたね」
「アサガオ? ヒマワリ? ……あー、花ね。植物園にもあったわ」
「植物園のヒマワリってそんなに大きくないじゃないですか。アレ、品種や土の栄養次第では先輩よりデカくなるんすよ」
「えっ、マジ?」
デュースのセリフにフロイドの瞳がキラキラと輝いた。どうやら琴線に触れるものがあったらしい。
「小さい頃はデカいヒマワリに見下ろされるとちょっと怖かったですね」
「そんなに? つーかウケるんだけど」
ベッドからするりとフロイドの腕が伸びてきたと思うと、デュースの腰に絡みついてそのままベッドへと引きずり込まれた。背中から抱き込まれ何事かとデュースが身じろぐと、目の前にスマホの画面が割って入ってきた。近すぎてよく見えない。
「ね、週末暇でしょ? ここ行こーよ」
甘い声だった。デュースはこれがフロイドのおねだりするときの声だということを既に知っている。耳元で囁かれるこの声にデュースはひどく弱かった。いやいや、何でもかんでもすぐ頷いてはいけない。フロイドと交際するにあたって何故か寮長のリドルから耳にタコができるほどデュースは聞かされていた。
ようやく目の前のスマホは適切な距離にまで離れ、画像にピントが合う。それは一面のヒマワリが植えられた公園のホームページだった。
アズールに頼んで学園長に『ちょっとお願い』すればすんなりと鏡の利用許可がおりた。名目はラウンジの新メニュー開発の為の何とかかんとか。許可さえ貰えれば何でもよかった。
「ちょっとあっついねぇ」
「ですね…、賢者の島より地域的にも南部ですから」
降り立ったのはある程度観光地として整備された街で、ここから郊外に歩くと例の公園があるらしい。街全体もアチコチでヒマワリを見ることができ、グッズやレストランメニューにも取り入れられ商業的にも盛り上がっているようだった。
黄色は目を惹くしパッと明るく華がある。街を歩きながらデュースは口を開けたままキョロキョロと視線を忙しなく彷徨わせた。
「ほら先輩見てください! ヒマワリの染料で染めたシャツとか珍しくないですか? あ、ヒマワリの形のキャンディ…うわぁ、すごくリアルだな」
「へぇ〜、ヒマワリの飴細工とかけっこう良いかも。もっと細かい作りにすればドリンクやデザートの飾りに十分使えそう」
手にした飴を光にかざしてクルクルと回しながら、意外と真剣に飴を見つめるフロイドの横顔にデュースはまたドキドキする。フロイドから告白されたとはいえ、今ではすっかりデュースもフロイドの事を大好きなのだ。単純にカッコいいし、いつもからかってくるけれどちゃんとカバーもしてくれる。何だかんだ優しいし、あと強い。ヘラヘラしているようでしっかりすべき時にはそうしてくれる。
「これ3本ちょーだい」
2本はお土産用に包んで、と店員に告げると、フロイドは手にしていた飴細工をデュースへと差し出した。
「はい、あーん」
「へ? あ、あーん?」
口元へと差し出されたソレを、デュースは戸惑いながらもパクリと口に迎え入れた。花びらの先端で多少咥えにくくもあるが、口いっぱいに甘い味が一気に広がる。
「美味しい?」
「甘いです」
「だよねぇ」
ケラケラ笑うフロイドは綺麗にラッピングされた飴を受け取ると、既に隣の店に興味をひかれているようだった。ショーケース越しにたくさんの焼き菓子やパンが並んでいる。
「ヒマワリの種のクッキー…普通に美味しそうだな…。このパンは種が混ぜ込んであるんですね。キャラメルで固めたお菓子、…へぇ、煎ってそのまま食べたりもできるのか」
「カクテル系ドリンクのツマミにつけるのも面白そう、夏野菜のサラダに混ぜて…うーん、でもコレだけじゃ夏っぽくねぇか」
「でも普通に美味しそうですよ? クローバー先輩に言えば作ってもらえるかな」
「あ、サバちゃんそれはダメ」
デュースの手にしていた飴を取ると、フロイドはちょっと身を屈めてデュースの口にチュ、とキスをする。
「その前にオレが作ってあげるし、つーかオレと居るのに他の雄頼るみたいな発言は無しだから」
そう言ってデュースから奪った飴を自分の口へと運ぶ。言われた言葉の意味と奪われた飴の行方に、デュースの顔が真っ赤になるのに十数秒を要した。
「先輩のバカ、メッチャ人に見られてたじゃないですか!」
「えーいいじゃんオレら恋人でしょ? なんかマズいの?」
「うっ、別にマズくはないですけど…」
歯切れ悪くまた頬を膨らませるデュースは、先日と違い恥ずかしそうに頬を染めている。デュースは恋愛偏差値の低さゆえか、公の場でイチャイチャすることに随分と抵抗があるようだった。求愛で歌を唄ったり、つがいへの愛をストレートに表現する人魚とは温度差がある。フロイドはそれでもいいと言ってくれたのだが、上手く言葉にも行動にもできないことにデュースが歯痒い思いをすることは少なくない。
「その、恥ずかしいだけで、僕は先輩のこと、ちゃんと好きなので」
そんな拙いデュースの想いが、フロイドは心底嬉しいのだった。
大通りをブラブラと視察を兼ねつつ歩き回り、二人はお目当てのヒマワリ畑へとゆっくり向かっていった。地域柄カラリとした暑さのお陰で思ったよりも過ごしやすい。ただそれでも直射日光に晒されていると灼けるような熱を感じるし、地面からはジリジリと陽炎が立ち昇るのが見える。デュースは着てきたパーカーのフードを被り、フロイドはフラリと立ち寄った店で黒地にヒマワリの刺繍があしらわれたツバ付きのキャップを購入した。
街の外れまで来ると、少し遠くに整備された樹木と柵が見えてきた。公園の入り口と思しきゲートも見える。観光地として売り出しているだけあってどんどん人が吸い込まれていく。
「なーんだ、バスまであるじゃん。歩いて損した」
「でもお店見ながら歩くの楽しかったですよ」
「サバちゃんがそう言うならいいや」
実際デュースは見慣れないものに目を輝かせ、まるで小さい子供のように驚いたり楽しそうにするものだから、隣りを歩いているフロイドも退屈しなかった。視察だのメニューの為だの色々と都合のいい事を並べてここまで来たが、実はフロイドがデュースとお出掛けという名のデートをしたかったというのが本音だったりもする。可愛い恋人を見せびらかして歩きたい。本人には内緒のことだ。
ゲートを過ぎると木々の生い茂る道を抜け、やがて拓けた場所へと出た。そこは一面のヒマワリ畑。雲のない快晴の空に映える黄色と緑の絨毯が広がっていた。街なかで見るよりも一回り高さがあるように見える。
「すごい、こんなにヒマワリが咲いてるの初めて見ました!」
「オレもこんなにでっかいのは初めてかもぉ」
やや混み合っているが敷地面積が広い為かそこまでの混雑ではない。人の流れに乗りながら一角に近付くと、ヒマワリはデュースが見上げなくてはいけないほどの高さで、フロイドの視界の高さでもヒマワリの垣根の向こう側を見通すことはできなかった。
「ちょうど先輩と同じくらいですかね」
「は? なんかムカつく」
そう言ってヒマワリに向かって剣呑な目を向け始めたので、デュースは慌てて「あっ!! 先輩あそこにアイスのワゴンカーありますよ、僕アイス食べたいです!!」と強引に腕を引っ張っていく。
ちょっと列が出来ていたが順番はすぐに回ってきて、アイスを手にする頃にはフロイドの機嫌はコロリと良くなっていた。これまたヒマワリの種を焼いて砕いたものが入っているらしく、トッピングで可食用のヒマワリの黄色い花びらがのせられていた。
「街に来てからずっとヒマワリの漬けですね。先輩、飽きたりしません?」
「ん? 別に。だってサバちゃんと居るだけでメチャクチャ楽しーよ。……何ボーッとしてんの、アイス垂れてるんだけど」
「えっ、うおおっ!?」
あんまりフロイドが優しい顔で言うものだから、ついデュースは呆けてしまう。すぐ顔が赤くなってしまう。暑さで溶け始めたアイスを舌で必死に舐め取り、デュースは「僕も楽しいです」という言葉を言うタイミングを失ってしまった。
「へぇ、迷路なんてあるんだ」
「迷路? ですか?」
整備されたヒマワリ畑の中の通路を進んでいくと、『Labyrinth』と大きく看板に書かれた入り口のようなものがあった。どうやらヒマワリの垣根を使った迷路のようで、ラビリンス(迷宮)とは随分と仰々しいなとデュースは思う。入らなくてもヒマワリ畑は抜けられるが、ちょっとした名物として観光客の半分くらいは迷路を抜けていくようだった。
「どうするサバちゃん、入ってみる?」
「折角だし行ってみましょう」
入り口には係員が立っていて、中であまり他の通行人と鉢合わせたり混雑しないように出入りの人数を管理しているみたいだった。インカムでおそらく出口の係員とやり取りをしているようで、待機列に並んで20分ほどで二人の順番は回ってきた。
「どんなに迷っても15分もあれば出られますよ、いってらっしゃ~い!」
係員のお兄さんに手を振られ、鬱蒼と茂る緑と黄色の迷宮へと二人は足を踏み入れる。最初の角を曲がったところでデュースはあれ、と声をあげた。
「外の音が聞こえなくなりましたね」
「防音魔法でも掛けてるんじゃねぇの? 音の方角で出口見つけらんないように」
「なるほど…?」
道幅は狭く、二人並んで通るのは難しいほどだ。覆いかぶさるように少し頭を垂れたヒマワリの花は丁度フロイドの顔面の高さでちょっと煩わしい。
「僕はヒマワリの日陰に入れますけど、先輩は背が高いから頭が出ちゃいますね」
「この花ウザい、頭暑いしなんか嫌になってきた。つーかそもそもオレ暑いの苦手〜」
「えええ……じゃあ何で出掛けようなんて…」
「サバちゃんとどっか行きたかっただけ。これ終わったらプールとか行かねぇ? オレ今メッチャ泳ぎたい。つか喉乾いた」
「まだ迷路入ったばっかりなのに…、先輩、ジャンプしたら出口とか見えません?」
「ジャンプとかダルい」
デュースは内心ため息をついた。こうなってしまうとフロイドは何を言っても駄目になってしまう。それにフロイドは帽子を被っているとはいえジリジリと熱に晒され続けているのだ。変身薬で人間の体ではあるが、人魚は熱に弱いと聞く。もしかしたらヘラヘラしているようであまり体調が良くないのかもしれない。そう考えると意外と今の状況は深刻なのでは? 喉も乾いたと言っている。
「先輩大丈夫です? 外出るまで頑張れますか」
「頑張るっていうかぁ…、んー…頑張れないって言ったらサバちゃんどうすんの?」
「えっと、最短距離でヒマワリ掻き分けて先輩を連れて脱出します!」
それを聞いたフロイドは思わず吹き出した。こうして突拍子もないことを言い出すから退屈せずにいられる。馬鹿だな、と思うし、可愛いな、とも思う。
「あは、それなら安心。でもサバちゃんがチューしてくれたらオレ頑張れちゃうかも」
「えっ!?」
頭はジリジリ熱いし、喉が乾いたのも本当だ。でも陸は2年目だしもっと暑い地域にアズールやジェイドと行ったこともある。デュースをからかって遊ぶのは楽しい。それに真っ直ぐ反応を返してくれるのは嬉しい。チュー、と言われて顔を赤くするのはきっと暑さのせいではないだろう。照れた顔も、恥ずかしがる顔も、好きだなぁ。
一瞬目を逸したデュースは、ちょっと戸惑いながらフロイドに屈むように促してきた。普段は滅多にデュースからされることのないキスに、フロイドも少しドキドキ、まぁほぼワクワクの方でその瞬間を待つ。
さてどんなキスをするのか、と思ったのも束の間、デュースはぶつけるようにフロイドの頬にぶちゅりと唇を押し付けてパッと顔を離した。あまりの出来事にフロイドも固まったまま動けない。え、今のがキス? と思考がフリーズしてしまう。それでも目の前の恋人があまりの恥ずかしさに真っ赤なまま震えているのだから、からかうのも笑うのも我慢でした。
さて、恥ずかしがり屋の恋人が一生懸命キスをしてくれたのだから自分もちょっと頑張らなくては。足元を見れば前に入った人間の足跡や痕跡でなんとなく正解のルートは分かる。一度も間違えずにゴールできたら驚いてくれるだろうか。そうだプールに行くなら水着も買わなきゃ。恋人が他の雄に肌を見せるのは嫌だからやっぱり海より映画でもいいな。そういえば近くの海岸では毎週末小規模な花火が上がると観光ウェブサイトに書いてあった。それもいい。外泊届けは出してないのでやりたい事は今日中に済ませなきゃ。忙しい、でも全部できたら楽しそうだ。
勝手に強引なプランを立てるとフロイドはまだ顔が赤いデュースの腕をグイグイと引いて、最初の分かれ道を左へと迷いなく駆け出した。
時間ギリギリに学園へ帰ってきた二人はちょっと日焼けしていて、フロイドは実にご満悦、デュースは疲れてヘトヘトで一歩も動きたくない状態だった。強がっていたフロイドも実は熱中症一歩手前で、アズールの煩い小言に言い返すこともできなかった。
後日始まったモストロ・ラウンジの期間限定メニューにはヒマワリの種が使われた品がいくつかと、ヒマワリモチーフのサマーカクテル風ドリンクが並び、随分と好評だったとか。
「このヒマワリイメージのドリンク、飴細工もメチャクチャお洒落ですごいですね。この中に沈んでる青っぽいゼリーと緑っぽいゼリーもアクセントになってて」
「あー、それね、オレとサバちゃん♡」
End.