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    takana10gohan

    @takana10gohan

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    takana10gohan

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    再録。クルデュ、星デュに恋したデイヴィスくんのお話。

    星に恋した子供の話 その人物が最初に記憶の中へと登場したのは、デイヴィスが一人歩きができて、体力の限りを尽くして遊び倒していた頃だった。
     親の顔以外にも、よく来る親類の顔をなんとなく覚え、散歩で様々な人と接する機会が増えた中で、その人物はデイヴィスにとって非常に印象的だった。
     その相手はふわふわと空中に浮いていた。青と白のふんわりとした服に金色の刺繍が施されていて、金の装飾品がキラキラと輝いていた。公園で遊んでいた時に、視界の隅に揺れるそれらを捉えたデイヴィスは、追いかけるように顔を向けた。

     目が、合った。

     その頃は例える表現を知らなかったけれど、海の浅瀬のような、宝石の翡翠の様な、吸い込まれるような澄んだ瞳。
     それは少年だった。夜色の髪にきらびやかな月の飾りをつけている。その場で動くのをやめた彼のまわりで、なんだか星屑が散ったような気がした。少年はデイヴィスが自分を見つめていることに気が付いたようで、大変驚いたような顔をした。それから嬉しそうに、笑ったのだ。
     それが最初。


     この世界にはスターゲイザーという存在がいる。世界中に根ざした星送りという催事の時期にどこからともなく現れ、願い星を人々に授け、星送りの儀式が終わると姿を消す。
     人の形をしているが魔法の干渉は一切受けず、また物理的な拘束も一切通じず、妖精の上位種とも別の世界の生き物とも言われていた。
     大昔からある存在なので、世界中の人々がその存在を当たり前に受け入れ、彼らを見かけるようになると「ああもうそんな時期になるんだね」と季節を告げる渡り鳥のような気持ちで迎えるのだ。

     あの日、公園でデイヴィスは初めてスターゲイザーを見たと思ったのだが、彼────デュースは違ったらしい。
    「君は……あの時の子か。良かった、ちゃんと願いは届いたんだな」
     少年はふわりと地面に降り立つと幼いデイヴィスに視線を合わせるように膝をついた。それでもふわふわと服や金のチェーンが重力に逆らうように揺れていて、デイヴィスは不思議な光景にポカンとしてしまった。
    「あっ、すまない。君は分からないよな。えーと…僕はデュース・スペード。スターゲイザーだ。スターゲイザーは知ってるだろう?」
     知らない人と口を利いてはいけません、ついていってはいけませんとデイヴィスは耳にタコが出来るほど親から聞かされていたが、それでもスターゲイザーという単語は知っていたのでコクコクと頷いた。
     周りを行き交う大人も子供も、デュースを見ては手を降ったり「こんにちは、今年も宜しくね」と声を掛けている。
    「半月もすると星送りの儀式がある。僕はその為に来たんだ。…お母さんかお父さんはここへ一緒に来てるのか?」
    「それなら」
     とデイヴィスがベンチを指差そうと振り返った時には、既に母親が駆け足でこちらへと近づいて来ているところだった。

     ここから先は、少しゴタゴタとした記憶しかデイヴィスにはない。母親が大泣きしていた事と、デュースが「本当に良かったです」と言っている事くらいしか覚えていない。
     是非家に来てお茶でも、という母の誘いを「まだまだ願い星を配らなきゃいけないので」と断り、二人にも願い星を渡すと少年はふわりと浮かんでどこかへと消えてしまった。


    「あのスターゲイザーの子はね、命の恩人なのよ」
     家に帰って3時のオヤツとジュースを口にしていた時、デイヴィスの母はそう言った。まだ母の目元は涙のせいで赤く腫れていたが、デイヴィスに微笑みかけながら優しく頭を撫で、思い出すように言う。
     去年の星送りの時期、幼いデイヴィスは風邪を拗らせてそのまま肺炎まで至り、病院に入院していた。高熱と呼吸困難で意識が朦朧としており、デイヴィスは殆ど覚えていない。魔法医術士がずっと治療の為の術を施してくれてはいたけれど、悪化はせずとも回復までは程遠い状態だった。
     上手く回復に向かえば良いが、デイヴィスの体力がいつ尽きるかも分からず両親は毎日病室で嘆いていたそうだ。
     そんな時に、毎年の来訪者であるデュースが来た。母も彼を子供の頃から知っており、その姿を見た瞬間にわんわんと泣いてしまったらしい。
     事情を聞いたデュースは暫く考えてから、「願い星の力は万能では無いし、せいぜいおまじない程度のものだ。それでも願ってくれれば僕は必ずその願いを届けると約束する」と言ったという。
     何処に届けるのか、誰に届けるのか、それはスターゲイザーである彼らにしか分からない。デイヴィスの両親や親類、特に願いは無いからと言ってくれた知人の願い星は、デイヴィスの回復への祈りを込めて輝きながら空へと昇っていった。
     毎年何でもない願いを込めていたのに、その時ばかりは藁にもすがる思いでその星を見送ったそうだ。数日後、星送りの儀式の夜。例年通り願いが叶うようにと祈りの舞を踊り、スターゲイザーたちは姿を消した。
     そして日付が変わる頃にデイヴィスの容態は急速に落ち着き、2日後には熱もすっかり下がって一般の病棟へと移動が決まるほどだった。
    「だからお礼も言えなかったの。今日ちゃんと言えて良かった。前は願い星なんてたいして信じてなかったんだけど、貴方の奇跡をみて信じるようになったの。本当は貴方が頑張っただけで違うのかもしれないけど、信じてたほうがロマンチックで素敵じゃない?」
     そう言ってコーヒーを飲む母は、今年の願い星に『家族が健康で過ごせますように』と願いを込めた。光の灯った願い星は夜になるとふわりと浮かび、空へと昇っていった。


     翌日、両親に連れられて近くのショッピングモールに来ていたデイヴィスは、またスターゲイザーを見掛けた。ただそれはデュースではなく、眼鏡をかけた緑髪の男の人だった。
     彼も毎年来てくれるね、と父が手を降ると、そのスターゲイザーもニコリと笑って手を振り返してくれた。何やら大量の買い物袋を手にした彼は、服がそれなだけで街行く人と何ら変わりないように見えた。
     女性のスターゲイザーがお洒落なカフェから出てくるのも見た。ちょうど良かった、と通行人から願い星を渡されてそのまま会話を楽しむ者もいる。
     星送りのテーマカラーである青と金の装飾は、モール内の至るところで目に付いてデイヴィスの幼心を擽った。
     母がリビングに飾る花が欲しいからとフラワーショップに立ち寄り、馴染みの店員にいつも通り希望の色と予算を告げる。それならこんな種類の花はどうですか、と言いながら店員が魔法で店内の花を集めて束ねていくのを、デイヴィスはいつもワクワクしながら見ていた。
    「ちょっと予算は出てしまうんですけど、この時期だけの貴重な花を使ったものです。ほら、蕾は小さくて金色、花は深い青。花芯の近くは斑に金が入ってて綺麗でしょう。これに白のカスミ草を合わせて星送りにピッタリ!一番人気のセットですよ」
     青い花をメインに金と白の散らばる花束は、成程、子供のデイヴィスが見てもスターゲイザーたちを連想させるものだった。あら素敵、じゃあそれを戴くわ、とそのまま会計に進む母もなんだか嬉しそうだ。
    「お買い上げありがとうございます!あ、そうそう。実はうち今日で開店か5周年記念なんですよ。良かったらどうぞ」
     そう言って店員は、デイヴィスと両親にそれぞれ綺麗にラッピングした薔薇を一本ずつ渡してくれた。花を買ってくれたお客さんに先着順で渡しているらしかった。色もランダムなようで、母はピンク、父には白、デイヴィスの手元には真っ赤な薔薇が渡ってきた。

     花束を片手に抱えた母に手を引かれ、デイヴィスは帰路につく。ちょっと後ろを大量のショッパーを両手に持つ父がついてきている。荷物持ちの為に連れてきたのかという荷物の量だが、二人が近所でも有名なオシドリ夫婦なのは子供のデイヴィスでも知っていた。
     父も母も日々の生活の中で、お互いへのなんでもない感謝を伝えることを忘れないし、ちょっとした記念日でも迎えようものならホームパーティーの如く家中を飾り付けんばかりの勢いだ。
     好きな人がいるっていいなぁ、とデイヴィスはほかほかとした気持ちになる。その中に自分がいることも非常に嬉しい。
     生憎デイヴィスには『母さんと結婚したい』期は来ていないし、近所で気になる子もまだいない。ただ人目も憚らず歩道の真ん中で軽いキスを交わし合う両親を見ていると、恥ずかしいような、でも羨ましいような気持ちになる。
    『好きな子が出来たらちゃんと相手に好きって言わないと伝わらないぞ』
    『愛情を伝えるならお花とキスも欠かしちゃダメよ』
     恋人気分と新婚気分がずっと続いているような両親は、そんな事をよく口にした。いつか自分にも好きな人ができたら、母と父のように仲良くありたい。
    「あ、」
     家までの距離が近くなるからと、馴染みの公園を通り抜けようとした時だ。少し遠くで見覚えのある姿がふわりと揺れた。
     それは昨日、丁度この公園でデイヴィスに声を掛けてきたデュースだった。ベンチに座る親子と何かと喋っている。デュースが胸の前で祈るように指を組むと、ほわりとその手が光り、見慣れた星の形が手の中から現れた。願い星だ。それを受け取った親子は嬉しそうに笑い合っている。
     親の方がカバンを漁り、何かを手渡しているのが見えた。小さく個包装された飴が何かのようだ。それを受け取ったデュースが、ふふ、と微笑んだ。
     キレイだな、とデイヴィスは思った。
     口元に手を当てて控えめに笑う仕草が、ふわふわと空中を揺らめく装飾品の金のチェーンが、優しく細められた瞳の翡翠が、サラサラとした夜の色の髪が、とてもキレイだった。
    「デュース!」
     気がつくとデイヴィスはその名前を大きく叫んでいた。振り向いたデュースがデイヴィスの姿を認めて表情が明るくなったのを、デイヴィスは何故かとても嬉しく感じる。
     ベンチの親子に軽く手を降ると、デュースはふわりと宙を泳ぐようにデイヴィス達の元へやってきた。
    「デイヴィス、昨日はビックリさせたよな。悪かった」
     ふわ、とデイヴィスの前までやってくると、デュースは昨日と同じように膝をついてデイヴィスと視線の高さを合わせてくれる。
     スターゲイザーの人たちはみんな優しいんだろうか。
    「………あ、の。去年、病気治してくれたって、お母さんが」
    「……あー、僕が治したわけじゃないんだ。僕は皆の願い星を届けただけ。皆の願いと、君自身が頑張ったからだ。…でも治って本当に良かった」
     優しく頭を撫でられて、デイヴィスは胸がきゅう、と苦しくなった。ドキドキする。母と繋いだままだった手が、じんじんと熱い。頬がなんだかポカポカして、唇が震える気がする。眼の前の吸い込まれそうな瞳が、優しく自分を見つめてくれている。繋いでいる反対の手には、真っ赤な薔薇。

     ちゅ。
     と、誰かが止めるよりも早く、デイヴィスは眼の前の少年の唇にキスをした。ちょっと首を傾けて鼻がぶつからないようにするのは、両親を見ているので知っている。両親の頬へと送るキスとは違い、凹凸があって、柔らかかった。ずっとくっつけていたら心臓が破裂してしまいそうだったので、ほんの一瞬で離してしまう。
     デュースはポカンとしていた。何をされたのか全く理解できていなのだろう。「………え?」という言葉が出るまで大変なタイムラグがあった。デイヴィスは母の手を離すと、その場で片膝をつく。まだフリーズしたままのデュースに向かって、たった一本の赤い薔薇をデュースの前へと差し出した。
    「デュースの事が好きだ。結婚してください」
     参考にするものが殆どなかったので、その子供の中では好きな相手に告げる言葉はそれしかなった。
     家のリビングのサイドボードの上に置いてあるたくさんの写真立て。その1つに、ある写真があった。どこかの海辺なのか、サンセットに染まる海と空。逆光のシルエットではあるが砂浜に片膝をつき薔薇の花束を差し出す男性。その向かいには口元に手を当てるワンピースの女性。
     映画のワンシーンかポスターかと見紛うそれは、デイヴィスの両親のプロポーズの瞬間だった。
     薔薇の王国ではプロポーズの時には赤い薔薇の花束と相場が決まっている。プロポーズが成功した後に渡す婚約指輪にも薔薇の刻印を入れることが多い。
     だからデイヴィスは好きだと思ったその相手に、両親がしたように、そうしたのだった。

     まぁそれはそれとして、もちろんそのプロポーズは失敗ではあった。
    「………あー、その、僕の事を好きになってくれてありがとう。でも僕はスターゲイザーだ。1年で半月も一緒にいられない……気持ちは嬉しいけど、応えられないんだ」
     それは実に大人の対応だった。
     思えば母が子供の頃から居たのだから、見た目とは裏腹に遥かに歳上なのだ。
     好きと伝えた後に何があるのか考えていなかったデイヴィスは、大泣きした。両親も、『デイヴィスがあんなに泣いたのは後にも先にもこれっきりだった』と笑い話にするくらいデイヴィスは泣いた。
     最初は慌てて宥めていたデュースも、途中からは「デイヴィスが僕を好きで嬉しい」「こんなに好きだと言ってくれる人間は初めてだ」「デイヴィスは可愛いな」と笑うようになった。悔しいのに、その笑顔を見てデイヴィスはやっぱり好きだと思う。
    「…ひっく、う、…バラは、っ、受け取って、くれる?」
     しゃくりあげながらもデイヴィスは改めて真っ赤な薔薇をデュースの方へと向けた。
     この国では薔薇は特別な意味がある。きっとデュースだって知っているだろう。ちょっと逡巡してから、デュースはデイヴィスが差し出した赤い薔薇をそっと受け取った。
    「ありがとう、…いい香りだな」
     ふわりと笑った彼は、半月後の星送りの夜にデイヴィスの前で舞を踊るとキラキラと輝きながら消えていった。
     願い星には『デュースと結婚したい』とお願いしたけれど、デュースは笑うばかりだった。

     それからデイヴィスは星送りの季節が楽しみになった。クリスマスよりハロウィンよりイースターより、その季節が待ち遠しくなった。
     翌年の星送りの季節、スターゲイザーを見掛けたデュースは街中を駆け回った。目当ての人物はすぐに見つかり、デイヴィスは「デュース」と声をあげる。
    「……デイヴィス!」
     ちょっと驚いたような表情で振り返るその顔は、一年前と寸分も変わらない。鼓膜を揺らす声も同じだ。デュースの周りだけ星屑が散ったようにキラキラして見えるのも同じ。ゆっくりと自分の前まで降りてきて、しゃがんで目線の高さを合わせてくれるのも。
    「元気にしてたか?」
    「してた!デュースも元気そうだ」
    「ふふ、そうだな。今日は一人か?」
    「他のスターゲイザーの人を見たから、デュースも来たと思って探してた」
    「……そうか。そう言ってもらえると嬉しいな」
     しゃらんと頭の髪飾りが揺れた。他のスターゲイザーよりも華やかな飾りはデュースの髪や瞳の色を引き立てる。
    「デュース、願い星ちょうだい」
    「お。そうだな、ちょっと待ってくれ」
     デュースの手から生み出された願い星を受け取ると、デイヴィスはすぐに「デュースと結婚したい」と呟く。キョトンとするデュースの前で願い星は白く輝き、デイヴィスは満足気に星をデュースへと渡した。
    「デュース、俺はやっぱりデュースが好きだから、絶対にデュースと結婚したい」
     一年前、ぎゃんぎゃん泣きながら「結婚して」と喚いていたのが嘘のように、デイヴィスは静かにそう言った。
     一年。ぷにぷにと柔らかそうだった頬は、少しだけ輪郭に沿ったように見える。身長だって伸びただろう。デュースは子供の成長が早いのを、毎年大人へ近づいていく子供たちを何人も見送ったのだから知っている。
    「一年にちょっとしか会えなくてもいいから、結婚して」

     それから毎年、デイヴィスの願い星は同じ願いを込めてその相手へと手渡される事になる。初恋として語るにはあまりに長い恋の始まりだった。

     更に翌年からはまた赤い薔薇も一緒に渡すようになった。デイヴィスが苗から育てた薔薇は、子供には難易度の高い魔法で星送りの季節に咲くようにした。その為だけに植物育成の魔法をマスターしたのだから、デイヴィスの根性は並大抵のものではない。深みのある赤い薔薇の蕾がほころぶ頃にデュースはやって来て、満開の頃に摘み取られ、そして願い星と共に渡される。
     デイヴィスの願いは毎年同じで、それはエレメンタリースクールに入り視野が広がっても変わらなかった。デュースだって数年続くそれを微笑ましく思っていたが、このままではいけないという気持ちは年々強くなる。
    「なぁデイヴィス、お前クラスの女の子振ったんだってな」
    「は…? な、デュースは誰にそんなこと聞いたんだ⁉」
     エレメンタリースクール卒業を翌年に控えていたその年、公園のベンチで並んで座りなが喋っていた時にデイヴィスはデュースにそう切り出された。ちょっと困ったように笑うデュースだが、やっぱりそうなのかと言葉を続ける。
    「可愛い子だったろう。デイヴィスにはちょっと大人しく感じたかもしれないが、優しそうで裏表のない良い子だったじゃないか」
    「………好きでもない相手とは付き合えない。そういうのは誠実じゃない」
    「……そうか。デイヴィスは真面目なんだな」
    「違う。俺にはデュースしか要らない。デュース以外と付き合うとか結婚するとか考えられない」
     口をへの字に曲げて不満げにデイヴィスは零した。デイヴィスにとってデュースは、既に人生の半分の期間を想い続けた相手だ。歳を取らないスターゲイザーは毎年同じ姿で現れる。最初に出会った頃からデュースは髪の長さも、背も、声も何一つ変わらない。なのにデイヴィスは背が伸びて、声が少しずつ変わって、取り巻く環境だって変わっていく。
    「……僕はスターゲイザーだからな。それに男だし、ずっと側には居てやれない。あと10年もすればデイヴィスも分かる」
     デイヴィスに言ったことは無いがデュースが真剣な付き合いを申し込まれるのは今回が初めてではない。数十年前にも一度、とある男性に数年越しのプロポーズを受けたことがある。何度も断り続けた翌年、街に降り立ったデュースはその男性が女性と仲良く連れ立って歩いているのを見掛けたのだ。ホッとしたのも本音だし、やっぱりな、と思う自分もいた。想いを通じ合わせるにはあまりにも会える時間が少ない。
    「じゃあ10年後も好きだったら結婚してくれるのか?」
    「それは約束できないな、僕はデイヴィスが元気でいてくれるだけで十分だ」
     そう言って笑うデュースの顔がなんだか寂しげで、デイヴィスは胸が苦しくなる。絶対に10年後だってデュースのことを好きでいる自信がある。なのにデュースは信じてくれない、いや信じているのかもしれないけれど、どこか壁を感じる。悔しいと思う。種族の壁はそんなにも厚いのか。
     赤い薔薇と願い星を渡すのは別れの合図。デュースは毎年一番最後にデイヴィスの願い星を受け取り、デイヴィスの前で舞を踊ると消えてしまう。詳しくは知らないが『スターゲイザーの暮らしている世界、あるいは次元のズレた世界』へと帰るのだという。またな、という声はいつだって優しい。デイヴィスは泣きそうになるのを我慢してデュースを見送るのだった。

     また数年が経ちデイヴィスは黒い馬車の迎えを受けた。それは名門魔法学校ナイトレイブンカレッジの入学を意味する。誇らしいと同時にデイヴィスは渋った。スターゲイザーは基本的に担当の区域が決まっているらしく、そこからあまり離れることはない。ナイトレイブンカレッジは全寮制。当然その季節はホリデーでも何でもないので一時帰宅はよっぽどの用事がない限り叶わない。つまりデュースに4年も会えないのだ。これはデイヴィスにとって由々しき事態だった。悩みに悩んだ挙げ句、デイヴィスは両親に「俺はNRCに進学する。星送りの季節にデュースが来たら『4年待っていてほしい』と伝えてくれ」と言伝てを頼んだ。入学に際してはデュースの写真をこっそりとアルバムで持ち込み、同級生に隠れて眺める日々が続いた。闇の鏡はデイヴィスを薔薇の寮へと振り分け、デイヴィスは堅っ苦しい生活に辟易とする。
     ちょっとしたトラブルは日常茶飯事、徐々に性格が派手になるデイヴィスは目立つ存在になっていった。全寮制の男子校ということもあり、デイヴィスは多方面からモテた。踏んでくれという特殊な性癖の相手から共に美を追求しないかという奴まで。
     中にはデイヴィスの目から見ても美しいと思える相手もいたが、それでもデュースのことを考えるとそんな気持ちはすぐに消えてしまう。スターゲイザーの神秘的な輝きを抜きにしても、デイヴィスにはデュースが何よりも綺麗だった。
     そうしてNRCで迎えた初めての星送りの季節。デイヴィスは本当につまらなかった。NRCに訪れるスターゲイザー達はみんなフレンドリーで、特に女性のスターゲイザーは男子校ではアイドルのような存在だった。それでもつまらない。同室の寮生がわいわいと騒ぐのを横目にデイヴィスは小さく息を吐いた。
    「なぁデイヴィスは願い星貰わねーの?」
    「要らん。今は願うことなんでないからな」
    「そう言うなよ、寮長になれますよーにとか良いじゃないか? 狙ってるだろ」
    「それは自分の力で叶えるものだからな」
    「ヒューかっけ〜!」
     スターゲイザー達も願い星を渡そうとしてくるのだがデイヴィスは何かと理由をつけて全て断った。デイヴィスが願い星を受け取りたいのも捧げたいのも、この世にたった一人なのだ。この学園での星送りは少し特殊で、集めた願い星は学園の裏にある星送りの為の大木に最終日まで飾られ、ちょっとした観光スポットのようになるという。
     そんなことに使われる願い星は可哀想だな。デイヴィスは鼻で笑う。デュースのいない星送りの季節は、こんなに味気なく感じるものなのか。
     そうして迎えたデュースのいない星送りの季節の終わりの夜、願い星が一斉に消えるのを見る為に教師も生徒もこぞって外へと出ていった。興味のないデイヴィスはなんとなく校内に留まり、グレートセブンの石像の前で佇んでいた。あと3回もこんな星送りを過ごさねばならないのか。そう思うとデイヴィスの心は地の底よりなお深く暗く落ち込んだ。
    「デイヴィス」
     焦がれた声が幻聴の如く聴こえる程度に。
    「デイヴィス、NRCって広いんだな。目立つところに居てくれて助かったぞ」
     聞いてるかデイヴィス? そう言われてデイヴィスは思わず振り返った。翡翠の瞳と目が合った。いつもと変わらない姿に、いつもと同じ柔らかな声色。デイヴィス、と呼ぶ声。
    「…………デュース?」
    「はは、お前の母さんから聞いてな。あの街から出たのは初めてだったけど、なんとか来られたみたいだ」
     ふわふわと浮かぶデュースは、ちょっと誇らしそうに胸を張っている。
    「デイヴィスは一年で随分身長が伸びたな。それに声も少し低くなったか? もう僕の背を抜かしそうだ」
    「………どうして」
    「どうして?」
    「どうして来たんだ? 待っていてくれと伝えたはずだが」
    「………だって、デイヴィスは僕に会いたいんじゃないかって、思ったから」
     ふんわりとした笑顔に、ああ狡いな、とデイヴィスは思った。自分の気持ちを知ってるくせに、気持ちを返すつもりもないくせに、そんな期待させるようなことを言うなんて、狡い。きっと本人はそこまで考えてない。純粋にデイヴィスのことを想ってここまで来てくれたのだろう。
    「それにしてもデイヴィスは髪が派手になったじゃないか、校則はユルいのか?」
    「かなりユルいぞ。成績さえ維持していれば大抵は許される」
    「そうなのか。じゃあデイヴィスは成績優秀ということだな」
    「トップ3から落ちたことはない。成績表でも見せてやろうか」
    「デイヴィスは嘘をつかないだろ」
    「まぁな。デュース、願い星をくれないか」
    「…まだだったんだな」
    「俺はデュース以外から願い星を受け取りたくないし、デュース以外に渡す気もない」
     そうか、とデュースは小さく呟くと、その手の中からほわりと願い星を生み出した。デュースがデイヴィスの為に願い星を出してくれるこの瞬間が、デイヴィスは密かに好きだった。
    「そろそろ別の願いも聞いてみたいんだが、できれば叶いそうなやつで」
    「フン、この願いだっていつか叶うかもしれないぞ?」
    「……そうだな」
     その時のデュースの表情はなんだか今まで見たことのないもので、デイヴィスにはひどく印象的だった。
     そうしてデュースは4年間、星送りの最後の日にデイヴィスの前にやってきた。デイヴィスの為だけに来て、願い星を渡し、願いを受けた星を預かると舞と共に姿を消す。デイヴィスの青春の甘酸っぱい淡い部分は、それだけだった。

     デイヴィスが更に進学し地元から離れても、デュースは毎年デイヴィスの前に現れた。教師への道を志し就職でNRCに戻ってきても、星送りの最後の日には必ず会いに来てくれた。
     デイヴィスは少年と呼べる時期がとうに過ぎ、大人になっていた。酒も煙草も覚えた。異性に言い寄られる機会もグンと増えた。自分の容姿には自信があるし、それが評価されているようでちょっとした優越感もあったが、それはデュースの為に磨いたようなものであって、それ以外からの評価はあまり気にならなかった。
    「デイヴィスは本当にカッコ良くなったな!」
     そう言って見上げてくる少年は、あの頃のまま。身長は既にデイヴィスの方が10センチは高い。年相応に低くなったデイヴィスの声とは違い、デュースはいつまでも少年の声のまま。
     お見合いの話が舞い込んでくる。勝手にセッティングされた席で愛想笑いに終始する。両親はいい加減にしろと言う。いい加減、いい加減とは一体なんだ。
     デイヴィスはデュースが好きだ。愛していると言ってもいい。初めてその姿を見た瞬間から心を奪われた。もう20年をゆうに超える片想いだ。今年デイヴィスは32歳になった。デュースへの想いが叶わないなら、一生独り身でいる覚悟だってある。この恋に殉じることが出来るならそれがデュースと添い遂げることと同義だ。

     そうして今年も星送りの季節がやってきた。学園内もお祭りムードで教師であるデイヴィスも日々忙しく駆け回っている。
    「ああ先生、今年もあの子を待ってるのね」
     スターゲイザーの一人がふわりとデイヴィスの横を泳ぎながそんなことを言う。綺麗な女性だ。毎年一度はデイヴィスに願い星を差し出し、あらそういえば貴方は浮気しないのよね、とからかっていく相手でもある。
    「世界は広いのよ先生、きっともっと心を動かされる出会いだってあるわ」
     返事をする間もなく、そのスターゲイザーはすぐにどこかへ行ってしまう。彼女はかなりの人気者でこの学園内では彼女からの願い星を皆こぞって貰いたがる。
     やれやれとため息をついてもデイヴィスのモヤモヤとした気持ちは晴れない。
    デイヴィスとて32歳という年齢に思うところが無いわけではない。学生時代の知人は家庭を持つ者もチラホラ、家族が増えた家庭もある。自分の想いの全てはあのたった一人のスターゲイザーへと捧げてきた。幼い頃の『好きな人と結婚したい』という可愛らしい願いは、もっとずっと重いものへと変質しているような気がする。

    「デイヴィス」
     それはいつもの声だ。今年の星送りの最後の日は、例年よりもずっと星が綺麗で、不思議な夜だった。
    「遅かったじゃないか、デュース」
    「うん、まあ。そうだな」
     ふわふわとデイヴィスの前に降り立ったデュースはちょっと困ったような顔をしている。デイヴィスが「遅かった」という通り、今年の星送りは終わり、願い星もスターゲイザー達も既に姿を消した後だ。学園の裏にある明かりの消えた大木の下で、デイヴィスはその相手を待っていた。
    「とうとう俺に愛想を尽かしたかと思ったぞ」
    「そんなことはない」
    「どうだか。風邪を引いたらお前のせいだからな」
    「デイヴィスの作る魔法薬ならあっという間に治せるだろ」
     デュースはまたちょっと困った顔で笑う。ここ数年、デュースの表情はどことなく固かった。デイヴィスは気づいていたが、それをわざわざ聞くには時間が足りない。デュースはいつもギリギリの時間に現れては消えてしまうからだ。
    「……すぐ行かなくてはならんのだろう? ほら願い星を…」
    「デイヴィス」
     急に遮られ、デイヴィスは横へと逸らしていた視線をデュースへと向けた。記憶の中の優しげな表情とも、見慣れてしまった困った顔とも違う、真剣な表情で真っすぐデイヴィスを見つめるデュースと目が合った。ああ、やっぱりこの瞳だ、とデイヴィスは思う。
     デイヴィスへと差し出された願い星は、既に薄っすらと光が灯っており、いつも手渡されるものよりもひとまわりくらい大きかった。コロリと手の中に転がされたソレをデイヴィスは思わず見つめてしまう。
    「デイヴィス、その願い星は特別なんだ。スターゲイザーは百年務めを全うすると、その願い星を授かる。その願い星は、どんな願いも叶えられるんだ」
     ドクンとデイヴィスの心臓が音をたてる。動かなくなったデイヴィスに、デュースは彼が何を察したのか気がついたようだ。
    「まぁ規模のデカいこととかは無理だけど、個人が身の回りで望む程度のことなら、だいたい、多分だが。……デイヴィス、その願い星はお前にやる。お前の願いは、今夜叶えてやる」
     ────ああ、狡い。だってこんなもの渡されたら願うことなんて。そう思うのにデイヴィスの思考は目まぐるしく変化する。デュースに幸せになってほしいと思う。笑っていてほしいと思う。ずっと側にいてほしいと思う。触れていたい、キスをしたい。その先も。結婚したいという気持ちは性愛を伴う感情へと変化した。全部がほしいと思う。なのに一年でたった半月程度の逢瀬しか許されない。彼はスターゲイザーで、自分はただの人間で、だから。だから。
    「デュース、俺は、……俺は」
     呼吸が速くなる。喉の奥がヒリつくように痛い。唇が震える。視界は揺れて世界はひっくり返ってしまいそうだ。どこまでの願いは許されるのか、願ってもいいのか、叶うのか。
    「俺の願いは…、……デュース、お前が人間になって、俺と一緒に生きてくれること、だ」
     口にしてしまえば、それはなんて独りよがりで自己中心的な願いだっただろう。叶ってしまえと思う。叶わないでほしいと思う。こんな醜い願いは吐露するべきではなかった。デイヴィスの震える手の中で、その特別だという願い星はゆらゆらと煌めきだす。
    「………………そうか」
     デュースの瞳もその煌めきを受けてキラキラと輝いている。いや、その目尻からポロリと零れた一筋の光は、涙のような、星屑のような。
    「僕は、デイヴィスと一緒に歳をとっていけるんだな」
     二人の間でパチンと光が弾けた。願い星は跡形もなく消え、周囲は月明かりだけの暗い夜へと戻った。ふわふわと浮いていたデュースはゆっくりと地面に足をつけた。いつも水中のように揺らめいていた衣装や装飾品や髪飾りが重力に捕らわれる。見た目にはなにも変化は無いが、デュースは顔の前に手を持ってきて握ったり開いたり、手足を揺らし体のアチコチを確かめるように動かした。ふるふると頭を左右に振ると髪飾りのチェーンが音をたてる。その場でジャンプをしたデュースは着地に失敗してよろけてしまった。
    「ッ、デュース、」
    「悪いデイヴィス、これじゃ慣れるのに暫く掛かりそうだな」
     慌てて手を伸ばしたデイヴィスの手を取ると、デュースは困ったようなあの笑みを浮かべる。それから久しく見なかったあの優しげな表情へと変わった。
    「デイヴィス、これから宜しくな」






     ★ after ★ 

    「デュースとの生活はどうだ?」
     翌年の星送りの季節。たまたま里帰りの叶ったデイヴィスは随分昔に見かけた緑髪で眼鏡を掛けたスターゲイザーに捕まった。デュースは本屋でマジホイの雑誌を物色しており、デイヴィスは一服する為に店の外へ出ていた。
     この眼鏡のスターゲイザー、昔から何かとデュースを目に掛けており、デュースも彼を慕っているのをデイヴィスは知っていた。なので敵視しているとまではいかないが好いてもいない。
    「どうもこうも、順調だ。特例で戸籍も用意できたし、魔法適性があったから学校にも通わせている」
    「デュースの想い人が良い奴で本当に良かったよ」
    「……想い人、か」
     ふう、と紫煙を吐き出してデイヴィスは空を見上げた。実のところ、デイヴィスは内心思うところがあった。特別な願い星だと言って渡されたものを、デイヴィスは本当に私欲の為に使ってしまった。デュースは素直で流されやすい質だ。自分に絆されてしまったのではないかと。
    「デュースは俺の事を本当に愛してくれているだろうか」
     ポツリと紫煙と共に吐き出された言葉。それに対して目の前のスターゲイザーは何を言っているとばかりに声をあげる。
    「愛されてるさ。あの特別な願い星はそうそう人間に渡すようなもんじゃない。あの願い星はどんな願いも叶う。スターゲイザー自身の願いもだ」
    「スターゲイザー自身の…?」
    「ああ。スターゲイザーは百年に一度授かる願い星を求めて務めを続けるようなものだ。その願い星で消滅を願うのも、人間になることを願うのも、ままあることだな。不老不死は楽しいばかりじゃない。だから、百年分の報酬を渡してもいいと思えるくらいには、デュースはデイヴィス・クルーウェルという人間を愛してるのさ。それに」
     スターゲイザーの男がステッキを振るうと、ポンと頭上から何かが落ちてきた。透明な袋に入ったそれは、赤い薔薇のドライフラワーだ。花は大量に入っている。いくつかは茎にリボンが巻かれており、特に目立つひとつの薔薇にデイヴィスは見覚えがあった。
    「人間に貰ったものをこんなに長く大切にしてるスターゲイザーは珍しいよ」
     ラッピングが施された一輪のカサカサの赤い薔薇。それは遠い昔、両親との帰り道、花屋で貰いデュースへと渡した最初の薔薇だ。
     遠くでデイヴィスを呼ぶ声が聞こえて、デイヴィスは慌てて煙草をもみ消した。どうやら本棚の高い場所の本が取れないらしい。緑髪のスターゲイザーは「それはデュースに渡してやってくれ」と手を振ってどこかへ行ってしまった。
    「ごめんデイヴィス、あそこの本なんだが」
    「これか?」
    「ああ。ありがとう。やっぱり空が飛べないのだけは不便だな」
     そう言ってデュースは笑う。少し前髪が伸びたと思う。背も少しだけ。少年はゆっくりと青年へと変わりつつある。
    「………デュース、愛してる」
    「僕も愛してるぞ」
     即答で返される言葉はきっと裏のないもので。デイヴィスが頬へ口づけを贈れば、デュースは擽ったそうに首を竦めるのだった。

     ────こうして星を手に入れた男と、男にとって一番星だった少年は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

     めでたしめでたし。


                          End.
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    Replies from the creator

    takana10gohan

    DONE再録クルデュ、オメガバ③巣作りについて。
    既刊の書き下ろし再録分です。書き下ろし以外はプライベッターです。
    幕間 ヒートの前になると、デュースはオメガの例に漏れず巣作りをする。本人は全然そのつもりはないらしいのだが、ヒートが近づくとデイヴィスの衣類に執着を見せるようになる。ヒートの直前ともなれば授業を受けることもできないので早めにデイヴィスと一緒に休暇に入るのだが、部屋中のクローゼットやキャビネットの衣類を引っ張り出してベッドに敷き詰めた。
     あまり器用ではないデュースの巣作りは、気に入った衣類を中心に鳥の巣のように丸く積み上げるタイプだ。デイヴィスは手持ちの服が多いので、デュースは満足いくまで服を積み上げることができる。ヒート直前の不安定なオメガの精神を満たすには十分な量だ。
     そんなデュースにデイヴィスはちょっと困っていた。デュースは本当に手当たり次第、服の値段なんてお構いなしに巣作りに使おうとする。基本的に値の張る衣類はデュースの巣作り行為を考慮して家以外の場所に外部保管しているのだが、数着ほど6桁マドルの服を巣材にされてしまった。一点ものでないのが救いだった。ちなみに匂いが強いもののほうがオメガの巣作りでは素材ランクが上なので、6桁マドルの服より肌着や下着のほうが巣作り中のデュースはお気に入りだったりする。ちょっとツラい。
    788

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