腐朽関ヶ原の戦後処理の為に入城した吉田郡山城。
主人不在の通い慣れたこの居室で見覚えのある装飾の入った箱が目に入った。
「あいつ、これ食ったのか…」
途中立ち寄った外国で見た菓子を見様見真似で作らせ、送り届けさせた時に使った箱だ。
航海を終え、国に戻った暁にはまた別の土産を持参して会いに行くつもりで。
旅の高揚感を胸に戻ってみれば国はなくなっていたのだが。
「全部俺の一人相撲、か」
そういえば味がどうだったのかも聞けてないな、とぼんやり思いながらもうあいつの事を考えるのやめたじゃねぇか、とかぶりを振る。
それでもやはり気になってしまい箱を手に取る。
蓋を開ければ綺麗に磨かれており、俺の送った書がそのまま入っていた。
「長曾我部様」
不意に呼ばれ振り返れば隆元が一瞬、俺の手元の箱を見て瞠目し、鋭い目を向けてくる。
「なあ、あいつ、これ食ったのか?」
「……ええ、貴方様の目論見は外れてしまいましたが」
棘のある言い方に眉根を寄せる。
「目論見?何のことだよ」
聞き返せば「しらばくれるのはおやめください」と隆元が憤りを抑えるようにこちらを睨みつけてくる。
「なんだよ、俺はただこれをあいつに食わせたかっただけじゃねぇか」
ただ喜ぶ顔が見たかったんだ。
何度も何度も通ううちに少しずつでもあいつの心を開いてやれたと思っていた。でも結局、あいつは俺を裏切った。どうせ腹ん中では俺のこと笑ってたんだろうよ。そう吐き捨てる俺に隆元が悲痛な声をあげる。
「それを利用して裏切ったのはそちらが先ではないですか!元就様は…父は…!!」
「俺がいつあいつを裏切ったって言うんだ!」
そんなこと一度もしたことはない。するはずがない。
「その菓子に毒を仕込まれたではないですか。
元就様はすぐに吐き出され大事には至りませんでしたが、これが裏切りでなくなんだと…!」
今にも掴みかかってきそうな隆元から聞き捨てならない言葉が溢れる。
「毒、だと…?」
「死には至らずとも思考を蝕む神経毒を選ばれるとは」流石、元就様のことをよくご存知だ。隆元の言葉が頭に響く。
何だ、何のことだ、何の話だ。
毒?俺が毛利に?まさか…あるわけがないだろう。
狼狽する元親の蒼白具合に隆元もいくらか冷静になり、問いかける。
「まさか、本当にご存知なかったのですか…?」
「ぁ、ったり、前だろ…」
「そんな…」
では、いったい誰が。隆元は口元を抑えて小さく呟く。
そんなの俺が一番知りたい。
確かあの菓子の材料は俺が一から選んだ。
餅米は国から持ってきていたものを、鳳梨は現地の商人に聞きながら俺が目利きをした。
では調理は?船内の厨を任せているのはいつもと同じ奴だ。でもあいつがそんなことをするわけがねぇ。いつも「アニキに恥はかかせられねぇ!」って張り切って菓子をこさえてくれるじゃねぇか。
いや、待てよ確かあの時は厨に何人か新しく来た奴がいなかったか?
馬鹿野郎、何で俺が野郎どもを疑わなきゃならねぇんだ。
そもそもこの話自体が毛利が自軍の士気を上げるために仕込んだ策かも知れねぇだろ。
いや、でも、と自問を繰り返す。
本当に、あいつの策だったのか?
あいつは俺の持ってきた菓子を食べる時少しだけほっとした顔をしていた。本人は気がついていなかったかもしれないが、あの顔に嘘はなかった。
だから俺はあいつに受け入れられたと思っていたのだ。ほんの少しでも心が通じたのだ、と。
だから、喜んだ顔が見たくて何度も…。
何だ、俺は、俺たちはいったいどこで間違えた。
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